父はもと冒険者で、自分が生まれたときに私を助け出してから、冒険家業からは足を洗ったと聞いた。
その後は好きだった歌の特技を活かし、ときに吟遊詩人、ときに旅芸人の一座に所属しながら南へと下る旅を続け
私を育ててくれた。

子供の頃の私はとにかく負けん気が強く、アビスの子だと自分をからかう子は容赦なく打ちのめして
周りの大人を困らせた。父はそんな私を強く叱ることなく、やられたらやりかえしていいんだ。
ただやりすぎるなよ、と笑っていた。ただ、少しだけ笑みに悲しみが混じっていたような、そんな気がする。

私は、父がしばらく所属していた芸人一座の怪力男に憧れ、彼に師事した。
鎖で大きな獣を制したり、重たいものを引きずり、そして振り回したり。
気に入らないやつらを殴り飛ばすより、力を観客に見せるショーに変える技術を学んだ方が
父に喜ばれるような気がしたのだ。

最初は驚いた父だったがすぐ受け入れてくれ、私がなにか1つ芸を覚えるごとに
手を叩いて喜んでくれた。「よくがんばった！えらいのうた」のような
めちゃくちゃな歌もよく作ってくれた。

12歳の頃だっただろうか。
父が急にやつれていったのは。それまで、細身ではあったが快活で歌うのが好きだった父が
妙にぼんやりとする日が増え、ときに涙を流すようになった。

そして時折私を見るあの目……あれは……恐怖？悲しみ？

父は様子がおかしくなってから、また、公演のないときにフラリと一人で外出するようになった。
フラフラとなにかに操られているように。

その頃から眠る頃になると、扉の小魔が私の枕元に訪れるようになった。
「奈落のお姫さん」「神子様」なんらかの敬意を持って私にすり寄ろうとするそれらを
毎晩のように拳で打ちのめしたと思う。

両手では数えきれないほど芸を覚え、ショーに出るようになった。
その頃一座はこつこつと稼いだ実績のおかげで、ユーシズの興行師に呼ばれたのだ。
一座は湧き、道はどうしよう山路か海路か、と盛り上がった。
父は突然フラリと「出かける」と言い残し、皆が止めるより早く幽鬼のように消えてしまった。

2日後。
戻ってきた父の手にはユーシズ行き、望めばハーヴェスまで往くことのできる
飛行船のチケットが握られていた。

「アッラ。遠くへ行きなさい。」
傷だらけの父の声は優しく、昔のようにキラキラと輝く力強い目をしていた。
「幸せにおなり。」
「そして……母さんを探しては、いけないよ。」
言うが早いか、胸に手を差し込み、何かをえぐり出し、そのまま倒れた。

周りの大人達が慌てて駆け寄り、抱き起こした父の顔は今でも忘れられない。
溶けていた。顔の筋肉がだらしなく緩み、全ての感情を失くしたようだった。
父の中身は空洞になってしまった。そう思った。

その後すべてが終わったあと、私は大人たちに言われるまま、一座を抜け
ユーシズへの飛行船に乗り、南へ、南へと行くことになった。
訳がわからなかったが、師の怪力男は必ず迎えにゆくが、とにかく遠くに行け。逃げろ。
と短く繰り返すだけだった。

あとで手紙で聞いたところによると、父は魔神使いに「苗床」にされようとしていたのだった。
父は元々、高名な冒険者であり、召使いとしてその技能が狙われたのではないかとのことだった。
魔神の種の摘出はうまくいき、体の傷は癒えたものの、心を失ってしまい、
冒険者ギルドゆかりの療養院で治療を受けている、とのことだった。
そして躊躇うような筆跡で、その魔神使いは捕まっていない。お前を狙っているかもしれない。
一座から追い出すも同然で旅立たせてすまない、と続く。

いつの間にか足元にいた扉の小魔が囁いた。
「姫様、契約致しましょう。そうすればお父上ももとに戻るかもしれませんよ。」

奈落、魔神、小魔、魔神使い。おまえたちがそうなのか。
私の父を壊したのはお前たちなのか。

私は手にした鎖でで小魔を締め上げ、引き絞り、全身の骨を砕いた。
力が入りすぎていたのか、鎖もそのままちぎれてしまった。
ショーの練習に使っていた鎖。師との数少ない繋がりだった。

芸人としての私は死んだ。

逃げはしない。来るというなら迎え撃つ。いや追って父の仇を取る。
強い力が要る。一座で猛獣を締め上げていた鋼の鎖のような毅さが。
知識が要る。奈落を、魔神を、魔神使いをこの世から塵一つ残さず滅ぼす術が。

私その足でイーヴ神殿に向かった。