エルゲ地方の遠洋にフェブシロ島という孤島がある。海賊や奴隷商人で賑わう島であり、バジリスクの夫婦が領主を務めていた。そして、領主達からそのバジリスクは生まれた。

生まれつき穢れの少ないウィークリングであったが、両親にとって第一子であったため、幼少期までは大切に育てられた。
だがどれ程教育を施されようと魔法は上達せず邪眼の力も弱い。彼女は両親から見放された。

「玩具」という名をつけられ、両親からは魔法の実験体として、配下の蛮族からはストレスの捌け口として扱われる毎日。
彼女は絶望しきっていた。

ある日、大型の嵐がフェブシロ島を襲う。拠点にしていた古城は老朽化が進んでおり、あちこちから建材が軋む音が聞こえてくる。
そして彼女が監禁されていた部屋の壁に穴が空いた。飛来してきた物が当たったのだろうか。
いやそんなことはどうでもいい。目の前には荒れ狂う空と見ているだけで吸い込まれそうな夜の海。
彼女は身を投げた。

ここに留まっていても奴らに飼い殺しにされるだけだから。こんな世界で生き続けても希望なんて一切ないのだから。

頭は終わらせたがってるのに、身体は酸素を求めて浮上しようとする。自分の覚悟のなさが嫌になる。

必死にもがいていると視界に奇妙なものが映る。世界の綻びとでも言い表わせそうな切れ目のようなもの。
アルフレイム東方には世界の隔りから奈落の力引き出して利用する魔法体系が存在すると以前両親が言っていたような気がする。まさかこれがそうなのだろうか。

だとしたらとんだお笑いだ。今際の際になって奈落魔法の才能に目覚めるなんて。薄れゆく意識の中、己の不運を呪いながら目を閉じた。

どれだけの時間が経ったのだろうか。ガタガタと揺れる感覚で目が覚めた。手には枷がはめられており、周囲には同じように人族達が捕まっていた。そして下卑た笑い声が聞こえてくる。
海岸に打ち揚げられ、人攫いの蛮族達に見つかり、連れ攫われている最中といったところだろうか。

思わず乾いた笑いが漏れてしまった。
ああ、まだ私の不幸は続くのか。

それから彼女は蛮族が支配する街「オルダスカ」へと運ばれ、奴隷として扱われるようになる。そこでガルーダのウィークリングと知り合った。名前は「イセン」というらしい。イセンは自分と違って幼い頃からずっと奴隷扱いされていたというのに、明るく振る舞う不思議な子だった。彼女と触れ合う時間だけは現実の辛さを忘れられた。

いつの日だったか、イセンといつものように話していた時のことだ。いつか2人でここから抜け出して、魔剣探しの旅に出ようと約束したことがあった。この世界には様々な力を持つ魔剣があるという。2人で魔剣を手に入れて、この惨めな日々からおさらばして……。

いや、違う。本当は魔剣なんてどうでもいい。私はただこのクソみたいな世界に負けたくないだけ。魔剣探しなんて自分を誤魔化すだけの偽りの希望。

だけど……イセンと触れ合う中でどれだけ儚い希望であったとしても捨てるべきではないと気づかされた。だから絶対ここから2人で抜け出してやる。固く決意した。

転機は突然訪れた。どうやら人族の冒険者が街中に潜入していたようで、彼らは秘密裏に人族奴隷を解放していたらしい。蛮族達は奴隷を探し出そうと捜索隊を編成している。

今しかないと思った。この混乱に乗じて抜け出すしかない。私はイセンの手を引いて必死に走った。ただひたすらに走った。そうして気がつけば人族領まで到達していた。ここまでくれば追手はこないだろうが……。これからどうするか2人で話し合うことにした。

まずは放浪者として経験を積み、人族に認められるよう努力しよう。そしていつか冒険者になって2人で魔剣探しをしよう。それが2人が出した結論だった。
それと人族社会に来たのだから名前を新しくしようという話になった。イセンは名前を「アリス」と改めた。彼女に読んであげた絵本の主人公の名から拝借したのだろう。
それなら……私も同じようにしよう。あの大好きな絵本を参考にして……。今日から私の名前は「ドロシー」だ。

2-6 本から大きな影響を受けたことがある
3-6 大きな挫折をしたことがある
4-4 大切な約束をしている

冒険に出た理由:3-6 最高の冒険者になるため

生まれた環境表:35～42 嗜虐の対象
きみは気まぐれに殴られ、放り投げられ、魔法や武技の練習台にされた。相手は殺してもいいと思っていたが、運良く生き延びた。