ゆとシートⅡ for SW2.5 - ゆと工公式鯖

マリィ・トゥイーディア - ゆとシートⅡ for SW2.5 - ゆと工公式鯖

マリィ・トゥイーディア

プレイヤー:ぶらんけっと

種族
リカント
年齢
20
性別
種族特徴
[暗視(獣変貌)][獣変貌]
生まれ
密偵
信仰
ランク
センチネル
穢れ
13
5
7
5
7
10
9
12
5
成長
5
成長
7
成長
0
成長
6
成長
5
成長
2
器用度
23
敏捷度
27
筋力
15
生命力
20
知力
24
精神力
14
増強
1
増強
1
増強
増強
増強
1
増強
器用度
4
敏捷度
4
筋力
2
生命力
3
知力
4
精神力
2
生命抵抗
11+1=12
精神抵抗
10+1=11
HP
44+17=61
MP
14+2=16
冒険者レベル
8

経験点

使用
37,000
残り
1,690
総計
38,690

技能

フェンサー
8
スカウト
8
セージ
7
エンハンサー
1
アルケミスト
1

一般技能

鍵屋(キースミス)
5
肉体労働者(レイバー)
2

戦闘特技

  • 《両手利き》
  • 《スローイングⅡ》
  • 《ターゲッティング》
  • 《頑強》
  • 《トレジャーハント》
  • 《ファストアクション》
  • 《鋭い目》
  • 《弱点看破》

秘伝

  • 《船上銛打ちの法》
  • 《銛兵采配の法》

練技

  • 【キャッツアイ】

賦術

  • 【ヒールスプレー】

判定パッケージ

スカウト技能レベル8 技巧 12
運動 12
観察 +1= 13
セージ技能レベル7 知識 11
アルケミスト技能レベル1 知識 5
魔物知識
+4=15
先制力
+1=13
制限移動
3 m
移動力
30 m
全力移動
90 m

言語

会話読文
交易共通語
リカント語
汎用蛮族語
魔動機文明語
魔法文明語
神紀文明語
魔神語
妖精語

賦術

賦術
基準値
ダメージ
上昇効果
専用
アルケミスト技能レベル1 賦術 5
技能・特技 必筋
上限
命中力 C値 追加D
フェンサー技能レベル8 8 12 -1 10
《スローイングⅡ》 1
武器 用法 必筋 命中力 威力 C値 追加D 専用 備考
[魔]引き戻せるショートスピア・カスタム+1[刃] 1H投 8 13 13 9 +1=11 射程20m 必要筋力-2 魔法の武器化 引き戻しの網
[魔]スローイングスター・カスタム[刃] 1H投 4 +1=14 4 9 10 射程20m 必要筋力+3
マレット・カスタム[打] 1H投 4 +1=14 9 11 10 射程20m 必要筋力+3
[魔]ウォーターバルーン 1H投 1 +1=14 0 なし 10 射程20m 水・氷属性魔法ダメージ
シルバーストーン[打] 1H投 1 13 1 11 10 射程20m 銀製
ハンドアックス[刃] 1H投 7 13 12 10 10 射程20m
ダガー[刃] 1H投 3 13 3 9 10 射程20m
技能・特技 必筋
上限
回避力 防護点
フェンサー技能レベル8 8 12
防具 必筋 回避力 防護点 専用 備考
[魔]差別の ミモレの布鎧 2 2 両手に何も持っていない時、回避力判定+2。   【アビス:観察判定パッケージ強化・動物にダメージ-2。 】
[魔]多機能ブラックベルト 1
合計: すべて 12 3
装飾品 専用 効果
[魔]栄光なき 叡智のとんがり帽子 魔物知識判定+2。 【アビス:魔物知識判定強化・1日1回自動成功時振り直す。】
[魔]ひらめき眼鏡 見識判定・探索判定に+1。
[魔]錯乱の ディスプレイサー・ガジェット ✔MP 『その他』部位追加。 【アビス:先制判定強化・手番開始時1の出目で射程:接触の対象が無作為になる。】
[魔]巧みの指輪 器用度+1。壊すと+13。
[魔]幸運のお守り 戦利品判定+1。遭遇時、撃破時共に装備している必要有。ロッセリーニの魔法印(リリー)
背中 [魔]インテリアニマルサック 探索、魔物知識、異常感知、危機感知、罠回避の各判定に+1。
右手 [魔]俊足の指輪 敏捷度+1。壊すと+13。
左手 [魔]知性の指輪 知力+1。壊すと+13。
[魔]多機能ブラックベルト 防護点+1。『腰』部位追加。
アルケミーキット ✔HP 賦術使用可能。
[魔]サイレントシューズ 隠密判定+2。
[魔]スカベンジャーの帽子 戦利品出目13を持つ相手に対し、行動判定もしくは戦利品の出目に+2。
所持金
25,655 G
預金/借金
0 G / 0 G

所持品

生活水準:富豪(生命精神抵抗・生死判定+1)

武器

・ストーン
・シルバーストーン*10
・ダガー*2
・マレット・カスタム*6
・ハンドアックス*6
・引き戻せるショートスピア・カスタム+1*4
・スローイングスター・カスタム*6
・ウォーターバルーン*18

技能道具類

・精密ツールセット(専用)
・スカウト用ツール*7
スカウト用ツール+1*23
アンチスペルピック
・アンロックキー*2
・マナチャージクリスタル5点
・マジックコスメ
・聴音の筒
・ネズミ玉*4

消耗品

・陽光の魔符(6/5/2)
・月光の魔符(6/5/2)
・魔晶石3点*7
・魔晶石5点*5
・魔晶石10点*5
活性薬剤‪α‬(緑)*0 ※セッション中器用度+6
活性薬剤‪α‬(青)*0 ※セッション中敏捷度+6
活性薬剤‪α‬(紫)*2 ※セッション中知力+6
・消魔の守護石5点*1

回復類

・ヒーリングポーション*3
・アウェイクポーション*2
・スカーレットポーション*1
・デクスタリティポーション*1
・ポーションボール(ヒーリング)*4
・ポーションボール(トリート)
・ポーションボール(アウェイク)*2
・ポーションボール(デクスタリティ)*2 ※3R命中+2
・ポーションボール(スカーレット)*2 ※6R最大HP+10
・救命草*5
・救難草*2
・魔香草*3
・眠慈の香*5
・気付け薬*2
・夢幻の薬
・熱狂の酒*2
リリウムポーション*1

装飾品

・ラル=ヴェイネの観察鏡
・怪盗の足
・俊足の指輪*3
・巧みの指輪*3
・筋力の指輪*1
・宗匠の腕輪*4
・知性の指輪*5
・叡智の腕輪*3
・疾風の腕輪*2
・綺羅星のインパネス
スマルティエのチョーカー(ネロの遺品)

冒険道具類

・冒険者セット
・ベルトポーチ
 ・ロープ(30m)
 ・フック*2
 ・くさび(10個)
 ・バランスのよい小型ハンマー
 ・ジャックの豆*2
 ・白炎玉*2
 ・弾き玉*1

その他

・保存食7日分
・ポーションボール*7
・マスカレードマスク
・礼服(1000G)
・筆記具
 (羽根ペン、インク、羊皮紙)
・ミスティックインク
錆と潮の鍵
  L錆と潮の鍵、調査記録 #1(済:1234)

コネクション

マテリアルカード

BASSS
6224
名誉点
155
ランク
センチネル

名誉アイテム

点数
冒険者ランク500
バランスのよい小型ハンマー0
コネ:闇に救われた少女 メグ(リカント)
コネ:薬草の調合師 エウルシア(メリア(長命種))0
コネ:調鍵士 スミス(ルーンフォーク?)0
コネ:奈落の研究者 ジルアール(ダークドワーフ)0
ショートスピア 専用化0
マレット 専用化0
スローイングスター 専用化0
ミモレの布鎧 専用化0
精密ツールセット 専用化0
アルケミーキット 専用装飾品化0
ディスプレイサー・ガジェット 専用化0
多機能ブラックベルト0
銛王ナイネルガの伝承0
引き戻しの綱0

容姿・経歴・その他メモ

概要

 15歳の頃からヴァイスシティ旧市街地区でコソ泥として生きている、一見気の強そうな女性。
 表面上そこそこまともなようにみえるが、その内面は過去の出来事から酷く歪んでいる。
 自らの犯罪をお手製の『罪科手帳』に事細かく記録しており、いずれ裁かれたいという願望を持つ。
 罪を重ねるために、不要なものをきまぐれに盗んでは、不要なのできまぐれに誰かに与えるという、傍から見れば無為な日々を過ごしていた。物や金より、罪そのものこそ彼女にとっての“財”だった。

 そんな中、BAR灯火にて“財”を求めるという共通の目的を持つ者達と偶然の出会いを果たす。
 汚い方法で手に入れた大金には、それだけ大きな罪科が付きまとう。彼女はそこに大きな価値を感じた。
「命を投げ捨てる真似はできないけれど、裁きがより大きく理不尽なものになるなら、いっそ大悪党になるのもいいかもね。」
 もはや正常な道が見えぬ彼女は、そうぽつりと呟いて、新たな一歩を踏み出した。

パーソナリティ

身長:166(耳なし)
体重:53
好き:何かの世話、家族との思い出、道具の手入れ
嫌い:炎(日常生活程度は平気)、アルコール(嫌いというか弱い)、現在の仕事、悪徳者(自分自身)

経歴

【経歴表】

C-5-2:5人以上の兄弟姉妹がいた。
A-1-5:罪を犯したことがある。
A-2-1:臨死体験をしたことがある。
【大金を求める動機】
より重い罪科を得る動機となるため

【出自】

 ハルシカ商協国出身。
 実家は鍵屋であり、7人きょうだいの長女として生まれる。面倒見が良い朗らかな少女だった。
 10歳の頃、母親が持病で他界。妻の死因となった病が遺伝性であることを聞いた父親は、この死の病が子供たちにも遺伝しているのではないか、と精神を病み、失踪してしまう。
 それからは記憶を頼りに家業を継ぎ、両親に変わって弟妹達を養っていた。
 彼女ら一家を不憫に思う者達もいたが、きちんとした技術を身につけていない半人前の職人に仕事を依頼する者は多くなく、どんどん貧しくなっていくことになる。
 それでも鍵職人以外の真っ当な方法で日銭を稼ぎ、なんとか食いつないでいた。自身が少し無理をすることで手に入る弟妹達の笑顔が、彼女の支えだった。
 そんな中、自身は発症しなかったものの、やはり数人の弟妹が母親と同じ死の病を発症してしまう。

【犯した罪について】

 病の症状を和らげる薬を用意するため、大金が必要になった彼女は、ついにその手を犯罪に染めざるを得なくなる。
 せめて悪徳な人間から盗みを働こうと思い、彼女が標的に選んだのは、ハルシカで秘密裏に蛮族と取引を行っていると噂されている大商人だった。
 そしてある夜、キースミスとしての腕を悪用し、彼女は見事様々な金品を盗み出すことに成功。しかし引き上げる途中、商人の愛人に見つかってしまい、慌てた彼女は意図せず商人の愛人を殺害してしまう。
 半ば錯乱しながらも彼女は逃げおおせることができたが、この騒ぎを聞きつけた大商人に顔を見られてしまったことに気が付かなかった。

【臨死体験と喪失。悪徳の街へ】

 しばらくは困らない程の量の薬を手に入れた彼女は、鍵屋である家に戻り、きょうだい達に与える。安らかな表情を浮かべる彼らの笑顔によって、彼女は初めての殺人と盗犯の罪悪感を、安心で覆い隠すことができた。
 しかしある日の深夜。一家が寝静まる鍵屋に火が放たれる。標的とした大商人は実際に蛮族と取引を行っており、法機関に通報することができず、報復としてこれを行った。
 煙を吸い込んで動かない身体。熱さに喘ぐきょうだいの悲鳴。あえなく倒壊する両親の店。
 治療のため運び込まれた神殿で、彼女が目覚めたときには、全てが終わっていた。
 理不尽ながらも幸せだった場所は焼け落ち、自分以外のきょうだい達は灰となり、放火の際の実行犯によって足が着いた大商人は、そこから秘密裏の取引が曝露され、即刻裁かれた。
 殺害された商人の愛人も曰くつきの人物だったらしく、商人の手によって隠蔽されており、その死体が発見されることはなかった。そのため彼女が罪に問われることもなかった。
 自らが原因と自覚しつつ、思いの行き場もなくした彼女に残ったのは、ひどい喪失感と後悔、そして汚れてしまった手だった。
 自己喪失になりながら、悪人の自分には相応しいと彼女が目指したのは、悪名高い北西の町ヴァイスシティだった。

【結局のところの彼女の望み】

「きょうだいたちの分も精一杯生きなきゃいけないから、生存に手を抜くつもりはないけど、誰かちゃんと裁いてね。」
家族の分も生きなければという義務感と、強い自責の念からくる罪悪感との板挟みになった結果、彼女は正常かつ道徳的な判断ができなくなった。

一般技能

詳細

●キースミス
 両親の生業であり、かつての主収入。
 ヴァイスシティに住み着いてからも、鍵を破ることにおいてその腕を磨き続けた。
●レイバー
 10代前半の頃から、夜間の出来高制の肉体労働を大人と変わらない分こなし、家庭を支えた。

人々への評価

 ソロの盗賊として過ごしていたマリィは、誰かと協力することの恩恵を肌で感じている。
 大きな仕事を達成するためには他者との協力が必要不可欠だと実感しており、自身も可能な限り手を尽くすことにしている。
 ただしお節介焼きな自覚はあるようで、必要以上に踏み込みすぎないように気を遣っている。

●パーティーメンバー

 偶然にも同日時に灯明に所属した仕事仲間。二人称は大抵『アンタ』。
 悪徳者は然るべき裁きを受けるべきという当然の価値観を持っているが、各々の事情が垣間見えたことや、自身よりも幼い少女達がこの仕事をせざるを得ない現実に対し、軽率にも同情の念を抱いている。
 現在は一定のラインは引きつつも(主に自分が踏み込んでしまいそうという理由で)、良好な関係を築くことに損はないと自身に言い訳するようにもなった。

ネロ

 金銭への執着が強く、故に時々軽率。仕事中一番楽しそうにしているように見える。
 倫理観の欠落というよりは、そもそもそういったものに触れてきていないという印象。人間男性へのトラウマからも過酷な人生が垣間見えている。
 しかし素直なもので、仕事においても理由を説明すれば引いてくれたりもする。裏も感じられず、自然体に近い状態で話しそうになる相手。
 見た目が痛々しくなるほどの経験をしてきたのだから、こんな街でのこんな仕事でも、楽しめているならそれはいいことだと思っている。
 何度も“処置”を受けている可能性がある。

 あまりにもかわいそうで、もはや自分でもはっきりとわかるぐらいフラットな目で見ることができていない。どうしてこんな過酷な人生を与えられたのだろう…。
 
 私が殺した。
 

ヴィリア

 小さくて華奢で、気が弱いのか主張をすることもほとんどない。まるで小動物のよう。
 しかし自身に害意を為す者への防衛本能からくる戦闘方法が、時々恐ろしくも見える。
 気づけばスリをしていたりと意外な行動力に驚かされたり、歴が短いながらもその手腕に、同業として一定の敬意を持っている。
 余計なことだとは解っていても、その体躯と性格から気がかりなメンバーで、しかし出過ぎた真似はしないよう距離感を測っている。

 意外と度胸がある。自覚があるかはわからないがサービス精神(?)もある。故に時々ハラハラする。ちょっと頭撫でてみたい。

 そのままが一番幸せなのかもしれない。…それで…良いと思う。

ベルティアナ (ベル)

 小さなナイトメアの自称レディ…ではなく、実際に年上と目される。
 死体やアンデッド好きの変態。しかしながら確かな愛情の元に扱っているのはわかる。
 ただ、どういう経緯でそういう嗜好に至ったのかがわからない。だからといって趣味や私生活に口を出すつもりはないが。
 人を嘲笑うこともあるが、そこに計算を感じるようなことはなく、気合を入れすぎて緊張している場面を見たりと、なかなか子供っぽく、意外と可愛げがあるなと思っている。
 何度も“処置”を受けている可能性がある。

 憎まれ口を叩かれるのも悪い気はしない。…言えるうちが華だから。どうか無事で。

 この仕事には向いていない。そう在り続けて欲しいと言うには…もう遅い。

リリー

 彼女を見て真っ先に思い浮かぶ言葉が『道具』と『利用』。自身が彼女の興味の対象外だと思っており、役割をこなす限りはよほど問題にはならないと考えている。
 機械的だが、その抜き身のナイフのような振る舞いから、根底にあるものが激しい感情的なものだと直感している。
 それが彼女にとって好ましいことかは抜きにして、軽率に殺しという選択肢が出てきたり、時に自身をも盾としたりと目的への近道を目指すあまり、危ういところがある。
 ヴィリアとは別の意味で非常に心配な相手。

 金銭の工面に苦労している様子が度々見られる。どんな形であれ頼られること自体はやぶさかではない。

 魔神にすべてを奪われたという過去を知った。この街に居る理由もなんとなくわかった。そして厄介な者に目をつけられていることも。
 その話を知って、彼女を見る目が変わらないわけがなかった。

 穢れた魔神憑きになってしまった。…どうして我慢できなかったの。

ジンジュウ

 腹の底こそ見えないが、それを考慮しても話しやすい相手。
 どんな相手とも小粋なトークをできるのは素晴らしいが、それは懐の深い証拠か大人の余裕かそれとも。
 これまた本心かどうかは不明だが、自身を過小評価しているように思える。しかし仕事において能力を頼りにされるのは、そう悪い気分ではないし、彼の仕事もとても有用だと思っている。
 情報を集めることの重要さを心得ているマリィにとっては、彼のようなタイプが恐ろしくもある。深入りは禁物か?

 交渉役として信頼している。よほど変なことにはならないはずだ。だが、裏の人間としては目立ちすぎている可能性があって少し心配。

 仕事仲間への向き合い方は、彼を参考にすべきだというのはわかっている。

Dr. (ドク)

 探ってみても情報が少なすぎる。掴めた情報はせいぜい本当に医者の心得があることぐらい。
 ティエンスであることは明らかなので、最近まで眠っていた可能性があることまでは思い至るが、想像の域を出ない。
 騎獣に目をかけているのをよく見るし、突飛なことをしていることもある。意外とお茶目?とはいえ仕事に必要な殺しは冷酷に行う。
 1対1で話した記憶がほとんどない。どんな視点を持っているのか単純に興味がある。が、危険な臭いも感じている。
 他のメンバーとは違い、灯明の為に動いている可能性がある。

 組織人として粛々と仕事をこなしているだけであり、意外と面倒見は良いのかもしれない。嘆かわしいことを嘆いているなら表情ぐらい見せたほうが誤解はされないと思うけれど。

 同類。

●コネクション等を持つ者達

 パーティメンバーではない、縁を持つ者達。二人称は『あなた』。

闇に救われた少女 メグ(リカント)

 更なる苦しみを味わうことにもなる上、合理的に考えるならばよせばいいのに、それでも捨て去れない良心から救い出してしまった少女。しかしそのおかげでマリィは精神崩壊せずに済んだ。
 その存在をかつてのきょうだい達に重ねており、庇護の対象。汚い世界からできるだけ遠ざけた上で、マリィを必要としなくまでは彼女を守り通すつもりでいる。 
 今までの不幸の分、できる限り幸せに過ごせるように、好きなことをして欲しいと願っている。
 マリィの精神は現在、彼女を支柱の一つにしている節があり、依存しているとも言える。

灯明のマスター ギルバート

 底知れない恐ろしい人物。好奇心で触れてはいけないタイプ。
 エルクロの1件や仕事仲間達への干渉方法から、そのやり方に懐疑心を抱いている。
 彼にとっては都合のいい駒だろう。

薬草の調合師 エウルシア(メリア(長命種))

 怪しげな雰囲気ながら、その腕は確か。
 メグの視力回復を手伝ってもらったので、信用している。
 もはや友人のつもりでいるし、彼女への対応は素に限りなく近い。

調鍵士 スミス(ルーンフォーク?)

 懇意にしている鍵師仲間。
 彼の仕事は素晴らしい。ツールの面倒を何度も見てもらっている。

山月亭亭主 アイザック(人間)

 仕事前に150ガメルの薬膳料理を食べに通っている。可能な範囲で料理を参考にしている。

運び屋の少年 クリント(レプラカーン)

 仕事への真摯さがとても信頼できる。
 インモラルなものを運ばせるのは悪いな、とは思っている。

火葬場の主 ブルガトリオ(ドレイクバロン(人間形態))

 深いトラウマの原因になった、マリアの一家を“行方不明”にした趣味の悪い蛮族。
 最低最悪。仕事でも会いたくない。

資産家 スペクルム(ドッペルゲンガー)

 エルクロの集落のルーンフォーク達をゴミ呼ばわりして掃除を依頼してきた人物。正体不明。
 ブルガトリオ並に嫌いなタイプ。非常に不穏な気配を感じており、彼女の支援を受ける気はない。 

ギルドの貸出屋

 格安での貸出は魅力的だが、仕事道具へのこだわりから、利用する機会は少ないと思われる。

奈落の研究者 ジルアール(ダークドワーフ)

 アビスシャードへの興味がすごい偏屈な研究者。
 ダークドワーフとしての技術も持っているらしい。いずれ世話になることもあるだろう。

吸血鬼アミレア

 危険とか警戒とかそういう次元に居ない。生物として、種として、上位の存在。
 彼女からしてみれば、退屈しのぎに弄ぶ対象でしかないだろう。できればあまり目をつけられたくない。

加工技師 オールドヴァー(エルフ?)

 この街に在って、温もりを感じる人物。
 だが、その優しさに答えられなかったことが負い目であり、辛い。

履歴

罪科手帳

 羊皮紙を綴じたお手製の冊子。自身が犯した罪を鮮明に覚えておくために書き記している。
 この冊子は、灯明での仕事の内容を書き留めておくためのもの。(ソロでこなす軽い仕事は別の罪科手帳に書き記してある。)
 この仕事への罪悪感から、過程や自分の心の機微まで一際細かく記録しており、半ば日記のようになっている。

第1話『悪徳の秩序』

 今日から新たな仕事のツテを手に入れた。そのため新しい手帳を作ることにする。
 奈落に近い北区の麻薬路地、その中にある店のひとつ『BAR灯火(トモシビ)』にて。
 闇ギルドのひとつ『灯明(アカシア)』と接触することができた。

 偶然にも、同じようなタイミングで集まった7人で仕事に当たることになる。

 ボロボロの服や髪で、火傷痕が痛々しく、滑舌も若干拙いアルヴ、ネロ。
 ドワーフの低身長を引き継いでしまったかのような背の低いナイトメア、ベルティアナ。
 身につけているドレスは質の良いものだけどボロボロで、頑丈な首輪をつけらたレプラカーン、ヴィリア。
 抜き身のナイフのような、張り詰めた空気を持つティエンス、リリー。
 素肌を一切晒さず素顔も見せない男(多分ティエンス)、ドクター。
 軽薄な言葉遣いと胡散臭い身なりの人間、ジンジュウ。

 彼らが、冒険者で言うところのパーティとなるのだろうか。
 誰かと組んで仕事をするのは初めてだが、互いに足を引っ張り合うようなことにはならないように祈る。


 最初の依頼は、盗み出されたものを取り戻し、恐怖を教えるという、言ってしまえば報復強盗殺人。
 報酬額は7万ガメル。

 ターゲットの盗賊が居る拠点は既にゴブリンに荒らされており、数人の死体も見られた。彼女の仲間だったのだろう。
 取引現場が記された紙を見ていると、窓の外からターゲットに狙撃されたが、間一髪で回避する。仕事仲間が危険を知らせてくれなければ危なかった。

 後に私たちは、先ほど掴んだ取引現場に向かうと、やはりターゲットとその取引相手数人が居たので、交戦。
 ターゲットは追い詰められると「取引が終わればこの街を出られる」と命乞いをしてきたが、私たちはまるで気にかけることもなかった。
 あちらが先にこちらを撃ってきたので、命を奪われることになろうとも、お互い様だろう。
 盗んでいるなら盗まれもするし、殺しているなら殺されもする。
 …いずれ私もそうなるだろう。そうであってほしい。

 ターゲット含め取引現場に居た5人を殺害。

第2話『D.I.Y.(Dead In Yourself)』

 前回の依頼から約一ヶ月。新たな仕事道具を買い揃えたら、前回の報酬はあまり手元には残らなかった。
 これからは同じように、仕事に使うマジックアイテムを買い揃えることになるだろう。
 元より隠れ家を転々とする暮らしぶりなので、元々物は少ないし物欲もない方だと思う。
 仕事仲間達の顔色が今までに比べてよかったのは何より。特にネロ。彼女は今までロクな生活を送ったことがないのだろう。初対面の時よりかなり表情が晴れていて正直安心した。…ほんの少しだけね。
 私も下手を打たないよう体調を整えるために、稼ぎを使うことにしよう。

 今回の依頼人は、常夜紅城歓楽街近傍の火葬場の主であるドレイクバロン『ブルガトリオ』(火葬場の主 ブルガトリオ(ドレイクバロン(人間形態)))。
 訪れた屋敷で出迎えてくれた使用人は酷く怯えていた。望まぬ従属をさせられているのは誰が見ても明らかだったし、その目がどこか助けを求めているように思えて仕方なかった。
 …思うことがないわけではないけれど、私に一体どうしろというのだろうか。
 この街で生きるコツは、理不尽に巻き込まれないよう目立たないこと、噛み付く相手を選ぶことだ。

 ブルガトリオの屋敷は“人製”の家具で満たされていた。“家具作り”が彼の趣味らしい。蛮族らしく大した変態趣味だ。
 人の生き血をすすりながら、濃厚な死の気配を纏う彼は握手を求めてきた。私は触りたくないからドクに任せた。
 ベルが分かりやすく彼に媚びていた。彼女はああいうのがタイプなのだろうか。

 依頼の内容は人攫い。新市街地区の貴族の娘を“養子”として迎え入れるために、自分の元へ連れてくるようにというものだった。
 報酬は5万ガメル。

 その娘を養子にすると言いながら、人攫いにお誂え向きな背負袋まで渡された。
 近頃両親が行方不明になった貴族の一人娘がいること。そして厄介な付き人がいること。
 たかが旧市街の蛮族が、何故新市街地区の一介の貴族の内情を知っているのか、不快だけれど大体見当がつく。

 ザーレイを巡回させている屋敷に忍び込み、いよいよ家主が不在となる屋敷を物色しながら、退路の確保を行う。
 ヴィリアは、単独潜入にあんまり乗り気ではなさそうだったけれど、相当上手くやってくれた。
 常夜紅城の地下格闘場で酔っ払いに渡された、声を真似るチョーカー型の魔動機『カムフラージュボイス』に、メッセージルージュに残された母親の誕生日おめでとうのメッセージを記憶させ、ヴィリアが行方不明の母親の声で、ターゲットを部屋からおびき出してくれた。
 私はその間にコソ泥らしく、厳重に施錠された金庫を破ってみれば、その役割を主のために果たすことのなかった奇跡の首飾りを見つける。
 ターゲットの少女の部屋をちらりと見れば、彼女が大切にしていたであろう、意匠の凝られたロケットペンダントをみつける。……ペンダントを開くための合言葉から、彼女の誕生日に贈られたものであることと、ターゲットの少女の名前がマリアということがわかった。

 仕事仲間達がマリアを背負袋に詰め込む時に、暗闇の中で彼女の顔をチラリと見た。やめておけばよかった…などと言う資格はない。私はこの罪を刻明に記憶していなくてはならないのだから。
 彼女の顔を見たとき、私は母さんが死んで、父さんまでいなくなった時に見せた、チビ達の顔を思い出した。
 私はあのあどけない無辜の少女を、家具の材料にされることを解りながら、あの蛮族に引き渡すのだと思うと、あまりに罪深くて胸が痛くなる。

 屋敷を後にすれば、程なくして屋敷のメイド長であるシュヴァリエという名のナイトメアが、飛行型ザーレイを引き連れて追ってきた。その手にはアームフッカー。彼女は元は腕の立つ冒険者だったのだろう。
 元冒険者とはいえナイトメアでありながら、大きな私室を用意されていた彼女の待遇や、彼女がマリアを守ろうとする強い意志。マリアが大切にしていたであろうロケットペンダント、そして残された誕生日のメッセージから、とても暖かい家庭だったのだろうと想像できた。
 などと考えていると、シュヴァリエは一足飛びに私の懐まで飛び込んできた。それだけ彼女は必死だったのだ。
 私だって家族の危機を救うために手段を選ばなかった側の人間だ。近しい人のために手段を選べない気持ちはわかる。しかし…そういう向こう見ずな手段は大抵失敗する。
 私たちは万全の体勢で、分別のつかない状態の彼女を迎え撃つことができたため、彼女は呆気ない幕引きを迎えることとなった。

 シュヴァリエを始末し、ブルガトリオにマリアを引き渡す。
 依頼の達成にあの蛮族はよほど機嫌がよかったのか、コネや稼ぎ口、人製の家具製作まで取り計らってきたが、どれも私には必要のないものだった。できればあの蛮族の顔を拝みたくもない。
 屋敷を去る直前に見た、絶望に満ちたマリアの表情が脳裏にこびりつく。
 …きっとしばらくはまともに眠れないだろう。眠らず反芻し、自分を責めなければ。罪を背負うと決めた時からそうだったように。

 物色した戦利品を故買屋に流す時、マリアのロケットペンダントが5000ガメルと聞いて一瞬納得できなかった。しかしすぐに思い出す。物の価値は見る者によって変わるし、大抵その価値は“低く”見られるということを。そして本来あるはずのその尊さを私は汚し、無価値にした。
 ロケットペンダントを渡す手が重かったのを覚えている。数々の盗み、そして殺しを働いて生きてきて今更何様のつもりなのだろうか、私は。
 私はあの家族に、末代まで呪われて然るべきだ。そしてその末代は私だ。私でなければならない。

 殺害人数は1人……間接的にターゲットも殺害したことにもなるので2人。

幕間『異端の者達』

 今月二度目の依頼。

 今回の依頼人は、この街にはふさわしくない、華美ではないが身なりの良い学者の男『アルハイゼン』。
 彼は裏社会の人間ではなさそうだったが、BAR灯火にて優雅に本を読んでおり、随分と肝が据わっていた。ひょっとしたらそこそこの実力者なのかもしれない。
 私たちが手段を選ばないという理由で依頼してきた。
 
 依頼の内容は、『魔動機文明時代の遺物の回収』。
 報酬は一人あたり4000ガメル…つまり28000ガメル。研究にはそれぐらいの額をかける価値があるのだろう。
 最近遺跡から発掘されたものらしいけれど、どうやらその発掘した組織が問題らしい。
 その組織は貴重な遺物を、法外な値段で流すような、商売道具としか思っていないよくある小悪党といった感じだそうで、学者としてはそれ自体が癪に障るだろうし、なによりそれより安く回収できそうな“こちら”の方法を選んだというわけだ。

 話はジンジュウが大体つけてくれたので、私は柱に寄っかかって耳を傾けるだけでよかった。胡散臭いナリをしてはいるが、彼がいると何事も円滑で助かる。

 ターゲットを持つ組織のボスは、がめつい性格らしく、部下すら信用していないようで、自分ひとりだけ一時の拠点にしている館の二階に引きこもって、貴重な品々を確保しているのだそう。
 おかげさまで夜襲で巡回の人数をこっそり減らすのは容易い仕事だった。ここで二人を殺害。
 ところで、夜襲において役に立ったアイテムがある。サイレントブーツだ。
 足元を寒そうにしていた裸足のネロが、最初に買った靴らしい。仕事であろうと日常生活であろうと足回りはとても大事なので、いい選択をしたなと思う。これで彼女の足も痛くならないだろう。
 …とにかく、ネロが快く貸してくれたこれがとても役に立った。いずれ私も買おう…。

 翌日の突入作戦。
 館の1階の制圧にかかる。どうやらライダーギルドとは別の方法で騎獣を手懐けている組織らしい。主人より賢いジャイアントリザードがいた。
 私が弓兵の攻撃を避けた隙をついて、リザードは攻撃してきて、傷を負ってしまう。
 リリーが呆れながらも手当してくれる。なんだかんだで理由を付けて悪態はつくけれど、彼女の仕事は信用できる。少なくとも、私が信用の置ける仕事をする限りは。…わかりやすくて嫌いではない。
 5人殺害。作戦中ということもあってか、この場では珍しく誰も死体に興味を示さなかった。まぁ、それは私にとってはどうでもいいけど。

 2階へ続く鍵を手に入れ、組織のボスと対面。ディノスを飼っているようだが、その戦力で部下と共に私たちに対処していれば良かったものを。
 一瞬ディノスに目をやった瞬間に、部屋のデスクの裏でものすごい音がした。骨が折れるような肉が潰れるような。
 とにかく仕留めに向かうと、そこにいたのはドクと虫の息になっていたボスだった。
 …目を離した一瞬で、ここまで追い詰めるとは。彼は一体何者なのだろうか。ますます謎が深まる。仕事仲間として頼れるならそれで十分だけど。
 ディノスに関して言うことは特にない。やたら身のこなしが巧いのが意外だったけど。
 1人殺害。小悪党だけに、規模も練度もやり方も三流で、簡単な仕事だった。

 殺害人数、合計8人。
 人数の割に罪悪感がないのは良いことか、悪いことか。

幕間『悪鬼の宿屋』

 今月三度目の依頼。
 依頼内容は、相次ぐ『失踪者問題の解決』。表の冒険者のような内容で拍子抜けした。
 しかし依頼者は、闇ギルド『灯明(アカシア)』…つまりは此処。ただの人探しや人助けではないようだ。

 灯明の登録者が、街中で次々と失踪を遂げているらしく、失踪者の状態問わず持ち帰ることと、この問題の解決して欲しいとのことだった。
 私たちが選ばれたのは、既にここで何度か依頼をこなしているからだそうだ。
 この街で失踪者が出るのは別に珍しいことではない。私も正直あまり興味がなかったけれど、仕事をこなすことで今後より重い依頼を回してもらえるようになるなら、しっかりこなしてみせるべきか。

 前金は3000G。やる気があるのかないのかはっきりしない額だったけれど、意外にもその使い道はすぐに訪れた。
 失踪者の足取りを追ってみれば、ある古い宿屋で途切れていた。
 中に入ってみれば、くたびれた3部屋しかないボロ宿で、店番をしている老婆に部屋を見せてもらおうとしたら、泊まらない人間を部屋に上げるわけにはいかないと、拒否される。
 ならばと宿泊料を聞けば、1部屋1000ガメルだそうだ。冗談じゃない。一応もらった前金で払えないこともなかったけれど、問い詰めてみれば、50ガメルまでまけてくれた。それでも高い…!2部屋分の料金で、新市街地区のスイートルームを借りられる。この老婆は私たちのことを舐め腐っているとしか思えない。
 老婆を“どかす”提案も何人かから上がったけれど、こんなくだらないことで目立つことが得策とは思えないし、私はそもそも快楽殺人者ではないので無益(でないにしても安すぎる)なそれは飲めない。無理矢理前金から3部屋分の料金を払って部屋を見ることにした。

 宿屋に残ったのは、私とリリー、ジンジュウ、ドク。
 ヴィリア、ネロ、ベルの三人は、留まることを嫌い、外の探索に向かった。
 部屋を調べるうちに、この宿の地下から何かの物音を感じた。地下に何かいるのはその時感づいた。
 一度情報共有のために集まった中で、ネロがこの周辺に魔神に関連するものの存在を感じ取ったので、彼女や地下の動きを警戒しつつ、店番の老婆が宿を去るの宿屋の中待った。彼女が居なくなれば好き放題探索できるというもの。最初に宿屋に残った4人は各々時間を潰して、深夜を待っていた。

 しかし、それがミスだった。
 私たち宿屋に残ったメンバーは地下から魔法でまとめて放心させられ、魔神に隠されていた地下へと連れて行かれてしまった。

 私たち…これまでの失踪者を出していた犯人は、『悪魔の転生者』。
 彼女は、他者の肉体に魔法で何度も自らの魂の情報を上書きし、不死の存在として生きていくつもりだったらしい。
 そのために、他者の肉体を必要としていた。攫った者を地下の牢屋に閉じ込めていた。

 このままではまずいと思っていたけれど、どんなに努力しても意識が定まらなかった。後から突入してきたヴィリア・ネロ・ベルの声で私たちは放心から意識を取り戻した。
 元よりただでやられるつもりはなかったとはいえ、仕事仲間以上の関係ではない私たちは、てっきり見捨てられるかと思っていたので、依頼達成のためだろうと、来てくれたことに感謝する。どこかで埋め合わせぐらいはしておこう。

 悪魔の転生者の言葉から察する情報を頼りに、私たちは彼女は陽光や月光によって弱体化を図ることができると推測した。ヴィリアの機転によってボロボロの天井を破壊することで、転生者を難なく制することができた。

 悪魔の転生者を殺害し、倒れていた失踪者を担いでBAR灯火に戻る。

 報酬は、一人あたり3000ガメル、前金や持ち帰った登録者達と合わせて総額25000ガメル。
 殺害人数は一人…あれがこれ以上転生することがなければ。

幕間『聖夜の配達人』

 ――ライフォスマス。
 この時期になると、ハルシカにいた頃、街中や家中をチビ達と一緒に飾り付けて回ったことを思い出す。
 聖夜の賑わいはこの悪徳の街ですら変わらないのがなんだか不思議。

 そんな中、今月初の依頼が回ってきた。

 依頼人は、『メルダ』という人間の女性。
 依頼内容は、『25日前夜に、家主のローメロイに気づかれることなくロード家の屋敷に潜入し、彼の息子のロンにこっそりプレゼントを届ける』というもの。ローメロイに気づかれなかったら報酬を増額するそうだ。
 なんて聖夜にふさわしい依頼であり、私たちにふさわしくない内容だろう。こんな悪人達にサンタさんになれというのだから。
 
 ただし、やはりその内容はひどいものだった。
 彼女は用意したプレゼントの箱を取り出すと、決して中を確認せず、丁寧に扱ってくれと念を押す。
 中身を開けたら、メルダにそのことがすぐにわかるのだそう。

 そして屋敷の番犬『ポチ』避けに、餌を渡してきた。
 ポチはベルダの作った餌を好んで食べたという。こういう言葉の節々から彼女の人物像が徐々に見えてくる。

 また、彼女は報酬として、薬指につけた指輪を見せてきた。これを報酬として払うのだと。なんというか、薬指の指輪を報酬として支払うというだけで、色々と察してしまう。
 一見、ただの質のいい指輪に見えるけれど、よく見てみればそれはひどい代物だった。
 『[魔]怨念の指輪』。
 元は質の良い宝石のついただけのただの指輪だったのだろう。しかしメルダの強い恨みが、これを呪いのアイテムへと変質させていた。

 指輪の本質について理解できたのは私だけだった。私はこれを理解した瞬間、今回の仕事が『ロンの殺害』なのだと察した。このアイテムを報酬として渡す、ということはそういうことだ。
 それとなく彼女に自分がやろうとしていることに間違いないかと問う。
 語気以上に冷たく、黒いものを含んだ肯定の答えを返す彼女の顔色の変化を窺い知れなかった。
 その返事とともに、私はまた無辜の子供の命を奪うことになると確信した。

 依頼遂行に必要な情報を集めるうちに、ロードの屋敷の使用人名簿と、彼らの勤務時間を手に入れることができた。
 それと同時に、依頼人のメルダが、この屋敷の元使用人だったということと、五年前にその仕事を解雇されたことがわかった。
 元々目星はついていたけれど、なるほど、彼女にとっては少なくとも五年越しの悲願というわけだ。
 『数年前からローメロイの長男、5歳のロンが謎の病にかかって、やむを得ず隔離している。』という聞き込みで得た情報の原因も、あの指輪が何か知っている私にはわかった。
 

折りたたんだ羊皮紙の切れ端が縫い付けられている。

 ……普段の盗みなどは別の手帳に記録しているので、ここに書く事はないけれど、スリでこんな大金を手に入れることになるとは思わなかったので……いや、とにかくこちらに記録しておく。

 街で情報収集がてら、聖夜に浮ついていたライカンスロープから2000ガメルを“勝手に拝借”することに成功した。
 私がリカントで相手がライカンスロープだから、とか、彼が持っているより役に立つ使い方ができる、とかそういう動機じゃなかった、と思う。そもそも最初は、くだらないスリなんてするつもりはなかった。

 情報収集にと、賑わう市場を歩いて、彼の近くを通りがかった時、彼と他の蛮族との会話が耳に入った。
 彼はこの聖夜に自分の子供のために必死でお金を貯めたのだそう。それで、ライフォスマスのツリーやリース、サンタ衣装なんかを買おうとしていた。
 その話を聞いて、私は、かつて自分が特別な日に奮発するために、チビたちを思って働いていたことを思い出した。

 聖夜に浮かれる彼…リカントとよく似たその容姿でありながら行いは蛮族そのもので、こんな悪徳の街で、陽気に笑う彼が、それだけ大切に思える家族がいる彼が……許せなかったのかな。羨ましかったのかな。わからない。
 いずれにせよ、私が自分の行いに気づいたのは、彼が家族を思って働いた時間と労力の結晶を、容易く奪い取った後だった。

 誰かの不幸を願う行動なんて、と思っていたけれど、結局私もこの街にありふれた悪意ある者達と同じ穴の貉だったと思い知った。
 そうじゃなければこの街に私は居ないはずなのに何を今更…。

 後に、慣れないスリに失敗して言い合っているティエンス二人組が見えたので、金銭に困っているのかと彼らにこれを渡そうと提案したけれど断られた。
 本当は。
 私がこの2000ガメルを自分で使うことなく手放したかっただけだったのだと思う。

 
 作戦決行は24日の23時から。
 23時から翌5時までの間は、使用人たちも寝静まっている時間だからだ。

 前庭…屋敷の玄関口を警戒するように設置された犬小屋に、『ポチ』…ヘルハウンドが眠っていた。
 ポチの餌をあさっての方向に放り投げ、彼がベルダ特製の大好物の餌に夢中になっているところを私たちは横目に通り過ぎ、屋敷内部へ潜入する。
 …リリーが魔導バイクに乗ってそのまま侵入したのは少し驚いたけれど、ドクもダウレスに乗っていたので今更か。いずれにせよ、仕事に支障がないなら構わない。双方とも見た目とは裏腹に静かで素早い。

 休眠している使用人に変わって屋敷内部を警護しているのは、タイガー等、単純な動物たちだけだった。
 厨房から餌を拝借して、これを利用して彼らの警戒を躱していく。

 しばらく進んで、長い廊下の角を曲がり、こっそり入り込んだ先は小さな書斎だった。
 そういえば聞き込みの情報の一部に、ローメロイはこの書斎に隠し部屋を作っており、そこに財産の一部を保管しているという噂があった。
 探してみれば本棚の一部に、不自然な空きスペースがあるらしい。鍵のようなものがあるのだろうとすぐにわかる。

 「そんなに大事なもの、私なら枕元にでも置くわね」
 仕事をするときは大抵獣の顔でいるので、そのまま私はそう言うけど、彼らのほとんどには伝わらない。
 リカント語を理解できていそうなベルを見れば、私が言ってないことをさも言ったかのように翻訳した風に話す。
 人の顔に戻って、彼女に視線を送り、私が交易共通語で同じことを言い直そうとすると、彼女は私が先ほど言ったことを、自分の考えのように言い出した。
 身長120cmの彼女が言うので、いたずらっぽい子供なんだなぁと思うだろうが、おそらく彼女は私より年上だ。さらにはサンタの話に目を輝かせていたり、彼女は中々に子供っぽい所があるのかもしれない。
 『これまでずっといい子にしていたのに、サンタなんて来なかったから、サンタはいない』と主張するネロと、どちらが大人だろうか。サンタに関しては双方とも辛い現実を知っているからこそだとは思うけれど。

 依頼とは関係のないことだったけれど、隠し部屋の財産を盗み出すべく、ローメロイの寝室へ侵入すると、夫婦仲良く就寝中。暗い部屋を探せば、やはりその鍵となる物は机に置いてあった。あれを拝借するには、ヴィリアの透明化が役に立つ。
 彼女が難なく鍵を拝借し、書斎の隠し部屋を開けてみれば確かに、隠し財産があった。ここから持ち帰れた財産の総額は1500ガメルといったところ。それ以上は本命の仕事に支障が出る。

 さて、本命の仕事に戻るべく、屋敷の中を抜け、ロンが隔離されているという離れに向かう。
 廊下を抜けた先の扉から外に出れば、雪に覆われたこぢんまりとした離れが目に入る。その煙突からは煙が上がっていた。
 離れの玄関近辺は、クロコダイル2匹が見張っており、ただでは入れそうにない。

 そこで、ヴィリアがサンタさんよろしく、煙突から侵入し、玄関から透明になって出てくるという方法が取られた。
 いくら調教されている動物とは言え、ドアが空いた程度では不審に思わないだろう。

 まずはヴィリアに、煙突まで登ってもらう必要がある。屋根の高さは5mといったところ。落ちると少し危険かもしれない。
 しかも、離れの周りには膝の高さほどの水が張られており、登攀の難易度が高かった。彼女は落下してしまう。
 水場へ走り込み、落下する彼女を無傷でなんとか受け止めることができたが、その身体の軽さに驚いた。人一倍華奢で年若く見える彼女に危険な仕事を任せるのはなんというか忍びない。と一瞬でも思ってしまった程。もちろん、適正を活かして立派に仕事をこなせるヴィリアに言うのは失礼だし、おこがましい考えなので決して口にはしないけれど。私たちは仕事仲間でしかないことを忘れてはいけない。
 …冬場の水を全身に被るのは冷たかった。しかしそれよりも心を冷たく保たなければ(あるいはそれすら感じないほど狂っていなければ)、裏仕事はあまりに辛い。

 煙突にロープを投げて引っ掛け、ヴィリアの登攀の補助をする。
 ダウレスも水場で足場になってくれたので、これで幾分か登りやすくなった。
 期待通り、ヴィリアは屋根へと登り、消火用の水の入った水袋をロープで引き上げ、煙突の中に水を流し込んでから、侵入していった。侵入しない私たちは待ちだ。
 しばらくして、離れのドアが開く。見張りのクロコダイル達がそちらに気を遣った気がするが、そこには誰もいない。彼らにも、私たちにも、透明な人が見えるはずないのだから。
 程なくして、ヴィリアは完璧な仕事をして、私たちのもとに戻ってきた。
 中で何があったのかはわからないけれど、大きな音が立つようなことはなかったし、単にメルダからのプレゼントを枕元か靴下に置くだけにしては時間がかかったように思える。

 …中でロンと何か会話をしたのだろうか。…私がもし中に入る役割だったとしたら、何を話しただろうか。

 そんなことを考えながら、来た道を来た時のように餌を使って獣たちの気を逸らしながら戻り、あとは前庭を抜けるだけとなった。

 屋敷の玄関を抜けると、門の上に気配を感じて咄嗟に数歩飛び退いた。
 気付かなかったメンバーは、生臭くて生暖かい液体を垂らされたことだろう。…番犬のよだれだ。
 懸念はしていたとはいえ、案の定、ヘルハウンドのポチに行く手を阻まれた。ポチは名前の迫力の割に、強靭な肉体とキレる頭脳を持っているらしく、遠吠えで仲間のウルフやパックリーダーたちを呼び出してきた。
 そう簡単に帰してくるわけにもいかないらしい。

 素早いと言われる幻獣を相手取るのは初めてだったけれど、速さでは私が上回った。こちら側が万全の準備を整えるための時間を十分に稼げたと思う。
 こちらの思うように動けたので、そこからはそこまで危機感はなかった。
 誤算があったとすれば、それは私たちの背後の扉…屋敷からタイガーが現れたことぐらい。

 リリーが何かを察知したように、タイガーが現れるタイミングで最も近くに陣取ったことにも、なんならその身で止めようとしていたであろう身の振り方にも驚いた。今でこそ使える使えないで物を判断している節のある彼女だけど、かつては献身的な性格だったのかもしれない。…まぁ、踏み込み過ぎないように。

 かくして私たちは、脱出を阻む獣たちを始末し、その痕跡ごと持ち帰った。

 灯火で待つメルダのもとに戻ると、彼女はその顔をゆがんだ笑みで満たしていた。
 そうして、約束された報酬である、怨念の指輪を外してみせた。つまり、彼女が強く強く憎んだ相手は、もうこの世にはいないということだった。
 やはり、あの“プレゼント”にはそういうものが入っていたわけだ。
 

歪に縫い付けられた羊皮紙の切れ端の走り書き

 指輪の正体に気づいていたのは、私だけだったし、彼女らの罪の意識の有無を確認する前に事が終わってしまった以上、他のメンバーは知らなくていいことなのかもしれない(もしかしたら興味もないかも知れないが)。だから言及はしなかった。
 ……いや、本当は指輪がどんなものか、解った時に説明すべきだった。それが正しい行動。だけど私は、ネロに額を聞かれたから額を答えた上で、メルダにそれが報酬になる意味を、それとなく確認をしただけだった。…どうして黙っていた?単に説明が面倒だった?仕事内容に関係があるのに?報酬のために拉致や人殺しを厭わない彼女らをすこしでも罪悪感から守るため?ふざけているのだろうか、私は。彼女らなら察しているだろうから関係がないといえばそうか。そもそも私たちはひとり残らず極悪人だ。だから……今更何を考えているんだろう。哀れみ?いじらしさ?仲間意識?悪人如きが気色悪い。本当に。…...,

 
 上機嫌のメルダは、追加報酬の12000ガメルを渡してきた。この5年越しの復讐のために貯めた額だろうか。
 直接手を下したわけではないとはいえ、彼女はもう、一人の人間を殺めたのだ。これからのことに少し忠告だけして、私は冷えた体を温めるべく、その日は隠れ家へと戻った。


 …私は真相の一端を知る者として、そしてなにより罪を犯した者として、今回の顛末を追うことにした。
 後日、街で情報を集めてみれば、それはすぐにわかった。

 あの日、ローメロイの屋敷の離れで爆発があったのだという。
 その時の死者の人数と、その名前も、私が予想していた通りのものだった。
 …これを以て、今回の仕事の殺害人数は一人と記録する。

 “謎の病”に苦しみ、小さな離れにずっと隔離されていた五歳の男の子『ロン』。
 彼を苦しめたそれは、彼自身にはなんの責任も原因もない、一方的な恨みだったんだろう。
 そしてついに彼は苦しみから解放された。たった一人だけが望む方法で。

 メルダは強い恨みで以て復讐を果たした。そういう復讐というのは大抵、様々な意趣返しをしていたりする。実際、私たちへの依頼は、かなり回りくどいというか、指定が多かった。
 故に、そこからローメロイが彼女にたどり着くことは容易に想像できる。

 これから起こること。それは…復讐の連鎖、因果応報。当てはまる言葉はいろいろあるだろう。
 報復や復讐。それが肯定されるべきことなのか、否定されるべきものなのか。あるいはもっと柔軟に扱うべきものなのか。……私にはわからない。

 だけど。ただ確かなことは
 
 解っていて無辜の人を巻き込むような輩は、みんな地獄に落ちるべきだ。

第3話『Drug Good Luck』

 聖夜が過ぎ、まもなく一ヶ月が経とうとしている。
 冷たい雨の降る寒空の下、路地を往く私の耳に、か細い声が届いた。
 やせ細り、雨に濡れた子猫が数匹、木箱の中で鳴き声を上げていた。
 飼い猫に子供が生まれ、面倒を見きれなくなったのだろうか。どこに行こうとも、人の勝手でこういうことが起こるのは変わらないようだ。
 彼らをかわいそうとは思ったが、私にできることは、せいぜいレインコートを譲り、これ以上雨に濡れることを防いでやることぐらいだった。
 面倒を見られる保証がないなら、最初からペットを飼うべきではない。それは、こんな仕事をしている私もそうだ。
 後ろ髪を引かれる思いがなかったといえば嘘になるが、これ以上できることはないので、その日はその場を後にした。
 後日、同じ場所を訪れると、木箱は相変わらず残っており、力尽きた子猫たちもそこにいた。
 この場からなくなったのは私のレインコートだけだった。


 …さて、そんな時節、今月初めての依頼が入ってきた。
 依頼主は、『闇ギルド灯明』。つまりマスター直々の依頼となる。。
 依頼内容は、『無許可でクスリを売りさばいてる者にこの街の掟を教えること』。つまりは殺しと破壊の依頼。
 報酬金は、50000ガメル。7人での仕事だから、一人あたり約7000ガメル。
 さらに前金として一人あたり5000ガメル。
 額からしてかなり気合が入っている。
 期限は三日。

 調査場所は『黒メノウ小路』。
 よそ者はあまり歓迎されていないという視線を感じる。
 ただ、商店ひしめくこの場所は、払うものを持っている者にはある程度寛容だ。
 この街で払われたガメルが綺麗か汚いかなど気にするものは少ない。私たちの様な者にとっては案外過ごしやすい場所かも知れない。

 ――初日。
 宿屋で食事がてら情報を集める。情報を集めるなら宿屋や酒場は基本だ。
 ジンジュウは自分の顔を売り込むことをよしとしている。彼が店中を巻き込んで派手に演奏に食事にと大盤振る舞いしてくれたおかげで、こちらは目立たずに済んだし、客の口はとても軽くなっていた。
 ほかの仕事仲間は、商店街や賭博場に行っていたらしい。
 ジンジュウの演奏とタダ飯と聞きつけたのか、入れ替わりの客足が途絶えることがなかったので、私とジンジュウは一日中聞き込みを行うことができた。
 ただ、何度も酒を勧められたため、正直酔いがひどかった。それでも事前調査がうまくいったのは、運と情報の量と質が共に良かったおかげだろう。
 以前から情報収集のために、酒場で酒を奢って、付き合って呑んだりすることはあったが、やはり私はアルコールにあまり強くない。
 幸い、下卑た目の男や酔っ払いをあしらうのは特に問題なくできる質なので、大きな問題になったことはないけど、改めて気を付けようと思った。……今回は仕事中だし尚更。

 夜間に、この宿に泊まっていたヴィリアがある人物から接触を受けたそうだ。
 『運び屋の少年 クリント(レプラカーン)』。
 レプラカーンの運び屋集団『ブリンガー』のリーダーらしい。
 彼は私たちに、運び屋の仕事を持ちかけてきた。
 両手がふさがりそうな大きなアイテムを、回収可能地点まで運んでくれるのだそうだ。
 仕事ごとに2000ガメルで彼らに依頼ができるらしいので活用させてもらおう。
 今回の仕事中、クリントと数回だけ言葉を交わす機会があったが、彼らの仕事は信用しても問題ないと思う。
 何しろ2000ガメルを“二ヶ月は裕福に過ごせる金額”という捉え方をしているからだ。この思考は、彼らがこの仕事がそれだけ自分たちの生存に直結すると考えているからだと思う。

 ――二日目。
 前々から思っていたけれど、仕事仲間達はすこぶる優秀だ。
 作戦実行に必要な情報は、昨日の時点で全て集まっていた。
 ターゲットの名前、ターゲットの麻薬工場の地図、労働者リストと巡回ルート、めぼしい物品や鍵の位置など…。

 ターゲットの名前は『エドモンド=ハルテー』。26歳の長命種の男性。
 黒メノウ小路の一角に建つ、小さな麻薬工場の主で、半年前に旧市街地区に引っ越してきた人物。
 工場の金庫に、独自のクスリの製造方法を保管しており、このクスリを売って儲けているというわけだ。
 ちなみに、この工場の労働者は、自分たちが何を作らされているのか、まるで知らないらしい。

 そしてそのクスリというのが、『D.G.L.』。
 覚醒剤や麻薬など、それまで裏市場で流れているものが生易しく感じる程、致命的な後遺症を残す物だ。
 私はこういうものを売る者の気持ちはまるで理解できないけれど、依存させやすいのは金儲けとしては良いものの、それこそ継続して服用する方法が無くなる程深刻な後遺症を残すものは、継続的な利益が出ないと考える。長命種のメリアの癖に目先のことしか考えていない底の浅い男なのだろう。…だからこそ灯明のマスターに目をつけられるのだろうが。

 また、ターゲットは、私室の隠し部屋に嗜好品を隠しているのだとか。
 隠し部屋の嗜好品…よほど大切なものか、それとも人に見せられない様ないかがわしいものか。
 いずれにせよ、彼には必要のなくなる物なので、回収してしまおうと思った。

 必要な情報はもう既に集めていたため、私はこの一日は、明日に向け、装備や体調を整えるために使う。
 商店街に足を運んで、装備を整えることにした。
 偶然だったが、行き先が同じだったネロと一緒に買い物をする。

 ネロが言うには“魔神化血清”なるものがこのあたりで売っているらしい。
 魔神の力を自分の内に宿し、力にするのだという。
 私は自分の中に何かが混ざるのは気分が悪い気がしたし、生まれ持った体から変化してまで生きていたいかと言われるとそうではない。
 しかしネロは、そこまでして金を稼いで、長生きしていきたいのだという。
 力を手に入れることで、幸せになると思うのであればそうすればいいと思う。
 人脈含め力無き者は、この街では相応の生活しかできない。力をつけることはこの街においては絶対的に正しい。
 そして幸せとは人それぞれだ。それを求めることも、一人ひとりの人生において尊重されるべきことだろう。
 ――それが、無辜の誰かの幸せを奪うことにならない限りは。

 とはいえ、私達はこの狂った街で、さらに既に戻れないところまで来ている者達だ。何が一般的な幸せかを語ったところで、彼女を困らせるだけだ。
 身の上話を直接聞いているわけではないが、街で偶然拾い集めた噂や出で立ちなどから察するに、恐らく彼女たちはとても苦労する人生を送ってきたのだろう。
 ……どうせ私達全員は、いずれ地獄に落ちる。
 裁かれる日が来るまでは、彼女達がそれまでの不幸と釣り合いが取れるぐらいには幸せに過ごせるといい、とは、思う。……本当に?

 体を休めるために宿屋に戻ると、ジンジュウが相変わらず…もはや演奏会というか宴会というか…賑やかにやっていた。
 明日にはターゲットと偽の商談を行う役割があるというのに、豪胆なものだ。よほど話術に自信があるのだろう。
 彼の護衛に、透明になったヴィリアも付くそうなのでそちらもあてにしておくことにしよう。


 ――三日目。作戦決行日。
 3班に分かれて行動する。
 目標は、工場破壊のため、支柱に爆弾を設置することと、ターゲットのエドモンドの始末。
 回りくどいことをせずとも、エドモンドを始末してからのんびりと爆破すればいいのではないかと思うだろうが、可能な限り情報が集まっているとはいえ、あちらの防衛策までは不明なので、実際に潜り込んで問題を探し出し、可能なら内部から少しずつ戦力を削っていく選択が安全策と言えるだろう。

 ひと組は、応接室にてターゲットと偽の商談を行って気を引く。ジンジュウと、透明になって密かに付くヴィリアが担当。
 その二人と私以外が、工場の崩落した天井の穴から侵入。1Fの破壊工作が目的。
 私は、地下から繋がる下水道から単独潜入。この仕事にありつくまでは、ずっとソロだったので、一人での活動には慣れている。
 B1Fの破壊工作が目的だけど、合流のために地下から一階へ上がるには特殊な鍵が必要なようで、どうにかして鍵を手に入れる必要がある。

 地下一階を巡回する従業員は一人。彼が地上へ繋がる鍵を持っているらしい。
 やる気がないのか隙だらけだったので、工場の音に紛れて背後を取るのは容易だった。
 …必要のない殺生をする気はない。私は狂人ではないのだから。
 彼から鍵をすりとって、さっさと支柱に爆弾を仕掛ける。
 ついでに、このままでは爆発に巻き込まれてしまう地下の物資を回収して回り、巡回の目を盗んで1Fに上がる。

 1Fに上がって巡回している3人の従業員の目をかいくぐって、1F工作組と合流を目指す。
 途中、仮眠室を通過したとき、血まみれのベッドを目撃した。
 周囲に争った形跡と、死体は見当たらない。
 ……やったわね、彼ら。ただ寝ていただけの従業員を。
 血飛沫の跡を見るに、強烈な打撃が加えられたことが見て取れる。
 なるほどドクがやったらしい。彼は割と躊躇なく積極的に手にかけるきらいがある。
 まぁここで寝ていた従業員は運がなかった。私だって、鍵のスリに失敗したら、地下の彼を手にかけざるを得なかったかもしれない。

 合流してから、応接室で商談中のエドモンドの私室へと侵入する。
 さぞ儲かっているらしく、美術品の類を厳重なケースに保管していた。
 さすがにケースの鍵が強固で、手持ちの道具と時間では解除は難しかったので、これは断念する。
 さらに、D.G.L.の取引顧客リストを発見したらしい。これを欲しがる者は必ずいるだろう。…それこそ灯明のマスターか。

 私はそれを横目に、隠し部屋の開放を行う。
 鍵自体は大したことはなかったけど、出入り口が建物の構造を知っていないと発見することができないような位置にあった。
 さて何が隠されていたのか。

 隠し部屋はランタンで照らされている程度で薄暗く、部屋の中には2m四方の小さな牢があった。
 牢の中には、息も絶え絶えの黒毛のリカントの少女が横たわっていた。
 年齢は11歳程度で、服は何も着せられておらず、全身に打撲の痕が多数見られた。
 近寄って名を訊いてみても、反応を見せず、目も見えていないようだった。
 牢に鍵をかける必要がないのも納得だった。
 ……見ればわかる。
 彼女は、エドモンドの捌け口にされていた。そして恐らくD.G.L.を何度も摂取させられている。実験か、あるいは強壮か。
 このまま見過ごせば、工場の爆発に巻き込まれて死んでしまうだろう。
 

縫い付けられた羊皮紙の散文

 この時、私の頭の中では色んな思いが巡っていた。
 チビ達の末っ子のニアが生きていれば、彼女ぐらいの年齢だっただろうか。
 母さんが亡くなった時、ニアはまだ赤ん坊だった。甘えん坊で、きょうだいみんなで可愛がっていたのを覚えている。…そもそも可愛がらなかった弟妹なんていなかったか…。

 同じリカントだからだろうか。いや、多分どんな種族でも関係なかっただろう。とにかく、目の前で力なく横たわる彼女に、色々な記憶を刺激されていた。

 昔、きょうだい達が、街で子猫を拾ってきたことがある。当然、母さんと父さんに飼育の許可をもらいに行くわけだが、母さんは「その命に責任を持って“最期”までお世話できる?」と、チビ達に念を押していた。
 一時はみんなで喜んで世話をしていたけれど、後日、悲しいことが発覚した。父さんとクラブ、オリーブにマル……うちの男衆は重度の猫アレルギーだったのだ。お互いの幸せのために、泣く泣く知人に猫を欲しがっている人はいないか探し回って、その人に譲ったという、一家全員で味わった猫への申し訳なさと苦味のある思い出。
 この時学んだのは、命に責任を持つというのはとても簡単なことではないということだ。不測の事態、様々な不幸、めぐり合わせ。どんな準備や覚悟をしていても、避けようのない障害。
 ……だから私は、身一つの根無し草のように、ソロで活動していた。

 次に思い出したのは、燃える大火と焦げた臭い。
 煙を吸って動けなくなった私の体。部屋を出ようと手をかけた灼熱のドアノブに手が張り付いてしまって叫び声をあげながらのたうち回るマル。焼け落ちた建材に腰から下を押しつぶされたカスミ。煙を吸い込んで叫び声すら上げられず炎に包まれていくきょうだい達…クラブ、オリーブ、アスティの体。涙を流しながらすがるようにこちらを見るばかりで、もう動かない小さなニア。暗くなる視界…。
 そして、この惨状を招いたのが、ほかならぬ自分だということ。
 私は、弟妹に幸せでいて欲しかっただけだった。彼女達が人並みの幸せを求めることすらできないのは理不尽だと思っただけだった。ただそれだけなのに。

 ……とにかく、私は、目の前の少女を助けようとしていた。
 その命に、責任は持てるのか?これから死のうと危ない橋を渡っている私が?その汚い手を差し伸べるのか?多分、彼女にこんな仕打ちを受ける責任なんてない。
 仮に、彼女がそれに値する大罪人であったとしたら?彼女はまだ子供だ。善悪の分別が正しく付いていないうちに、こんな仕打ちはあまりに酷すぎる。
 子供だから許されるべき?罪人にふさわしい末路では?それは前提が罪を背負っている場合の話だ。そして責任能力というものもある。だから私は私が狂人ではないと頑なに自分に言い聞かせているのではないか。
 私が仕事を請け負って殺したマリアやロンと何が違う?仕事の対象じゃない。…本当に仕事の対象ではない?
 吐き気がする。必ず向き合わなければいけないことなので、後に反芻すること。

 
 仕事内容に関係のない彼女を殺すつもりはなかった。私は無益な殺人はしない。
 彼女をマントで包み、運び屋のクリントに依頼して、回収地点まで運び出してもらった。

 それが済んだらしばし美術品のショーケースを開けにかかるも、やはり失敗。
 私の鍵開けもまだまだだ。

 やがて、商談中の応接室から抜け出してきたヴィリアが合流。護衛がいらないほど、話が弾んでいるらしい。
 ジンジュウがエドモンドの気を引いている内に、今回の作戦で最も障害が多いと思われる二階の支柱へ爆弾を仕掛けにかかる。
 エドモンドの気を引いているから多少楽になる…というわけにもいかなかった。

 昇降機で2Fに上がるなり、設置されていた魔動機に検知され、工場全体に警報が鳴り響いた。
 まもなく、エドモンドの私室にあった個人用昇降機から、慌てた形相のエドモンドが上がってきた。
 ここに配置されている複数の魔動機はレンタル品らしいが、これだけ厳重ということは、よほど大事なものがあることの証左だ。
 程なくしてジンジュウも私たちが使った昇降機を使って合流してきた。慌てて駆けつけてきたのだろう。警報が鳴ったタイミングで、下でどんなやりとりが行われていたかは知らないが、戦う力に乏しい彼が無事でいられたのは幸いというべきか。

 事前に調べておいた工場内の情報から、このフロアの魔動機の制御装置があることはわかっていたので、それに細工をして戦力を削ぐのが第一目標。ヴィリアにそれを任せ、彼女を走らせるために散開する。
 ベルの従えていたゾンビが、ネロの倒した棚の荷物に巻き込まれていて、ベルが激しく怒っていた。…彼女のことが少しわかった気がする。彼女の言うダーリンとはそのままの意味だったのかもしれない。死体を欲しがる様子があったのは、ブルガトリオに接近するためかと思っていたが違ったようだ。

 魔動機の光条や、エドモンドのライトニングをくぐり抜け、フロアを制圧する。
 エドモンドの最期は見苦しいものだった。罵倒。命乞い。這いつくばってでも逃げようとするその姿。
 …生きる意志は尊重されるべきものだ。最も、それが無辜の誰かを不幸にするものでなければ。
 この男は財の為に多くの人間の未来を奪い、ひとりの少女を尊厳と心身を侵した。…生への執着心こそ違うものの、その有り様が“自分が誰よりもよく知る誰か”と変わらず反吐が出る。鏡を見たときに感じる苛立ちを濃縮させたかのような不快感が、喉元までせり上がってきたのをよく覚えている。それを吐き出す権利は、私にはない。

 いつものように虫の息のターゲットにゆっくりと迫るドクの姿と、汚れることを嫌いつつも止めを刺したジンジュウを尻目に、私は予定通り支柱に爆弾を仕掛け、その奥にあった金庫の開錠にかかる。
 これだけ厳重に守護させていたということは、何があるのかは見当がついていたが、案の定、D.G.L.の製法だった。

 私は存在してはならないこれをすぐに焼却しようと思ったが、ここで意見が分かれる。

 D.G.L.は大量の汚い金を売人にもたらす。それはエドモンド自身が証明している。
 だから、このクスリの製法を欲する人間は数多あり、そこに金の糸目を付けることはないだろう。ざっと考えても、この製法書を売るだけで10万ガメルはくだらないとは思った。
 これを売るべきか、それとも仕事の内容通り処分すべきかで意見が分かれたのだ。

 売却派のヴィリア、ベル、ネロは、これを世に送り出すことの危険性を理解していなかったようだった。あるいは、わかっていてそれすらも跳ね除けるつもりだったのかもしれないが。その時はさすがに力を貸せない…と思う。
 一方、処分派は私、ジンジュウ、リリー、ドク。
 
 私の考えをまとめておく。
 まず金銭について。
 これは依頼を完遂することで次に繋がる。金銭は仕事を継続し続けていれば、いずれ目の前にぶら下げられている金額より確実に手に入る。
 次に面倒事の多さと困難さ。
 D.G.L.の恐ろしい部分は、依存性や副作用はもちろんのこと、経口摂取でなくとも効果を発揮するというところだ。D.G.L.が出回るということは、これを利用した犯罪も多く起こるだろう。…隠し部屋の彼女のように。そこに私達が巻き込まれないとは限らない。依存性と五感を失うことを警戒しなくてはならないのは面倒だ。
 そして私なら、D.G.L.が新たに出回っているのを確認した時点で、この仕事を任せた者を真っ先に疑う。その時起こる面倒事は考えたくもない。

 ネロは言う。『ここにいる誰かがバラさなければ大丈夫』と。
 ……そう。どこに目や耳があるかはわからない。ことこの街においては。最も、これは普段街で情報を集めていて感じる直感でしかないけど。
 仮にその目がこの場になくとも、この代物の流通ルートをたどれば、いずれ私たちにたどり着いてしまうだろう。

 この場は多数決で決定し、この製法は工場ごと爆破することに。
 これでクスリの全てがなくなるわけではまったくもってないが、あんなものが存在していてはならない。いかにこの街での営みが正気ではいられないものであっても。

 今回の仕事の殺害人数は、仮眠室の一人とエドモンドの二人。ほかの従業員は、警報が鳴った時点で工場から退散していたようだ。
 そしてこれは後でわかったことだけれど、地下の従業員は爆発に巻き込まれて死んだらしい。せっかく私のスリが成功して運良く拾った命だったというのに、そこで命運が尽きてしまったようだ。
 ……合計で3人とする。

 ブリンガーに指定した回収地点に行き、あずけた荷物を回収する。
 私はマントにくるまれたやせ細ったリカントの少女を背負って、BAR灯火へ報告に戻る。

 事務的な手続きの後、少女を治す方法を探そうと、この場を後にしようとした時、リリーとドクに声をかけられる。
 リリーは、彼女の目が見えていないことを気にして、魔法での治療を試みてくれた。言動に反してやはりリリーは優しい子だ。治療のために神殿を訪ねる手間も省けて助かった。
 『選べ』ドクがそう言って、私に差し出されたのはナイフと治療用のメス。ドクターを名乗るだけあって、医学の心得があるらしい。神聖魔法がダメなら、こういったマイナーな治療方法をあてにするしかない。
 ……答えは決まっている。
 結局、彼女の目に光がもどることはなかったが、容態を安定させることはできた。

 彼女の治療を行っている間、彼女を仕事で使えるように仕込んでおくか、とマスターに話しかけられる。
 私は、彼女に仕事をさせたくて連れてきたわけではない。
 ……彼女は謂れもなく、あんな目にあって、そこから先を自分で選択することすらできないなんて、おかしい。しばらくは何も考えずにただ生きているだけの時間が与えられても良いと思う。
 彼女の今後については容態が安定してから考えることにしよう。……拾った以上責任は持つつもり。

 隠れ家を転々とする今の生活では、回復に支障が出る。
 しばらくは目立つ行動は控えて、しっかりとした場所に腰を下ろすべきだろうか。
 

リカントの少女とその後について

 結局、拾った彼女を、地下の隠れ家に連れ帰ってはみたものの、私にとっても道具の手入れや寝るためだけの簡素な場所だ。ここが病人や怪我人の回復に良いようには思えない。
 まだ息の細い彼女を一度ベッドに寝かせ、改めて栄養状態の確認を行う。学があるわけではないが、心得があってよかった。
 現在生命力に乏しい彼女に必要な食材と薬を購入しに街へ出た。
 誰かの為に料理をするのは実に数年ぶりだろうか。
 相手の様子を見て、時期を考えて、献立を考える。かつてはこんなことを毎日していたのかと思うと少し不思議な気分だ。最も、6人もいたチビ達は自分が食べたいものを口々に教えてくれたため、その辺りに苦労した記憶はほとんどない。
 怪我や病気の特効薬として有名な一角獣の角も考えたが、神聖魔法や外科手術で治せなかったものを治せる保証はないし、そもそも幻獣の角など滅多に市場に流れるものではない。思いつく限り、薬品と食材を購入して隠れ家へ戻る。

 家族の誰かが体調を崩した時によく作ったジンジャースープ。作り方は意外と体が覚えているものだ。そこに色々な食材を追加して、栄養と味を両立させる。
 納得した出来になったところで、寝ている彼女のもとへ持っていくと、ベッドの上でちょうど目を覚ましたようだった。

 月並みな挨拶をして、名を問うても、やはり返事はない。色々なショックがあったのだから無理もないだろう。
 いきなり干渉しすぎて怖がらせるのもと思いつつ、しかし弱った盲目の彼女に、用意したものを置いておくから勝手に食べて、とは言えない。
 
 ろくな食事をとっていないのは見て明らかなことや、もうエドモンドのことを考える必要はないと語りかける。
 それでも話してくれない彼女に、一方的に話しながら、彼女の口に食事を運ぶ。目が見えていないとはいえ、病人の世話自体は意外と体が覚えているので、そこまで苦労はしなかった。
 ただ、話す内容には少し苦労した。私について話せることなどほとんどないからだ。
 せいぜい、名前と、種族と、ここがどこかとか、そんな当たり障りのないことぐらいか。

 汚い仕事の話などすれば、また要らぬ恐怖心を抱かせるだけだろう。こんな悪人に拾われたと知った時の気持ちもいいものではないだろう。
 なぜあの場に居たのか問われれば、返答に困るが、彼女からなにか訪ねてくる様子は今のところない。…もしこの質問をされて返答をするなら、D.G.L.を潰しに来た冒険者パーティに鍵師として雇われていたとかそんな感じだろうか。

 この世には知らない方が良いことも多い。“盲目”だからこそ幸せなこともある。だから…少なくとも本人に覚悟が出来、自ら進んでこちらの世界に足を踏み入れようとしない限り、秘匿しておくべきだろう。……最も、そんなことを言いだしたら止めるが。彼女が要らぬ危険を冒す必要なんてない。そんなことしなくても、この街では生きていける。
 彼女には表の世界でやっていける術だけを教えるつもりだ。その他にも表の色んなことを知って、視野を広げて、自分の人生を生きていければそれでいい。彼女が働きたくないというのならそれもいい。この世界は盲目の彼女のような者には優しくはないだろうから。彼女がたとえそういう選択をしたとしても、面倒を見るのが私の責任だ。

 ……私はそう遠からず必ず死ぬ。それをわかっていながら、私は彼女のことを見捨てられなかった。一方的に彼女の生存を望んだ。これは無責任なことだ。でも誰かの生存を願うことが、本当に間違っていることなのだろうか?この期に及んで人として正しいことをしたのか、私にはわからない。
 だからせめて、私は私なりに責任を果たさなければならない。私が死ぬまで面倒を見るのは当然のことで、私がいなくなっても、彼女が一人で生きていけるだけの道は探しておくのも当然のこと。

 さて、食事と薬の摂取を終えたあとも、当たり障りのない話を一方的にしているうちに、彼女は再び眠りについた。
 仕事を終えたあとなので、私も疲れているが、自分のベッドはこの小さな客人に貸しているので、寝る場所があるわけでもない。
 二人でもまともな暮らしができる、窓のある家でも探そう。そう思って隠れ家を出た。
 きちんとしたプライベートな空間とはいえ、地下生活はいくら目が見えなくても、息が詰まるだろう。稼ぎは良いので、そこそこ良い物件もすぐに見つかった。
 明日にでも引越しといこう。幸い荷物はほとんど…というか無いので身二つでできるだろう。

 ああ、そうそう。彼女やあなたでは呼びにくいし、彼女が自ら名乗ってくれるまでは、こちらで勝手に仮名を付けようと思う。
 それにあたって、私は自身やそれに連なるの名を思い返す。
 私のマリィや、きょうだい達の名は、花言葉に詳しい母さんと、自らの“色”に縛られないで欲しいという父さんの願いを合わせたものだそうだ。つまり幸せな言葉を持つ、青い花ではない、植物の名を元にしている。

 私が彼女に送る言葉にふさわしい花があった。
 マーガレット。つまり仮名を『メグ』とすることにしよう。彼女に安らぎがありますように。
 勝手に名付けて彼女に迷惑にならなければいいが。

幕間『黄金の花』

 前回の仕事の数日後。
 一応もはやお馴染みの面々での仕事になるのでこちらに記述するが、特に罪を重ねたわけではない。
 何かと入用のため、どこかに盗みに入っても良かったが、割のいい仕事を斡旋してもらえる可能性があるならまずはここだろうと、BAR灯火にやってきた。
 同じように仕事を求めている奴らが、偶然そこにいた。ジンジュウを除いたいつもの面々だ。

 しばらく様子を伺っていると、こういった場所には似つかわしくない、元気な少女の声がこちらに向かって発せられた。
 彼女は『エルクロ』というらしい。片方の目が魔神化しているのが明らかなエルフだ。どうやらドクとは知り合いの様子。
 灯明のギルドメンバー歴としては1,2年程度らしく、私たちに先輩として振舞っていた。よほど後輩ができたのが嬉しかったのだろうか。まるで無垢な子供のように、彼女の出で立ちには邪念を感じなかった。しかし見ればわかる。その腕が確かなことが。

 さて、そんな先輩さんがなぜ声をかけてきたのかというと、何やらお願いがあるらしい。
 『“鍋底”に用事があるので、協力して欲しい。』そうだ。
 鍋底とは、この街の北西部の森で、危険な魔神も徘徊している場所だ。
 協力というのは、つまりは護衛だ。何やら荷物を運ぶらしい。普段なら、仕事のパートナーがいたようだが、そいつは最近死んでしまったらしい。蘇生もできないほどひどい状態だったというわけだ。こんな仕事をしているのだからそういうこともあるだろう。悪人が逝くべきところに逝っただけの話。
 この話をするにあたって、エルは、私が探しているものをちらつかせてきた。D.G.L.…クスリの後遺症への治療薬の原料として使われる『金蝶花』が生息している場所を知っているのだそう。
 ……その話をどこから聞いたのかは知らないけど、その情報は正直助かる。私はその話に乗ることにした。安全とは言えない場所だ。単身で探すよりは、見返りとして案内を要求した方が確実だろう。

 そして彼女はこれらの話をするだけして、この場を去ろうとしていた。ここにいるメンバーに協力を取り付けたつもりでいるらしい。……いや、私の他に一人だけ勇み足だった者がいる。リリーだ。彼女は魔神と聞くと目の色が変わる。今回もそうだった。
 報酬の話をしないエルに、私とリリー以外のメンバーが報酬無しでは動かないことを伝えると、総額15000ガメルほどの財宝の在り処を教えてくれるという。それでようやく、この場の面々は動くことにしたようだ。

 次の日、黒メノウ小路の待ち合わせ場所に、エルは大量の荷物を抱えてきた。あれでは運搬以外にまともな行動はできないだろう。
 華奢なエルフの彼女がそうしているのは正直見てられなかったけれど、荷物を預かることよりも、私達は護衛として万全に動けたほうが良いだろう。

 鍋底への関所にはボルグが立っており、驚いたことに交易共通語で話しかけてきた。鍋底へは自由に通すが、鍋底から帰るときに通行料を要求するらしい。危険な鍋底で宝を見つけた者からその上がりの一部をもらうというところか。
 彼の脇を通り抜け、鍋底へ降りる段差を降りていく。登るのには苦労しそうだ。徘徊する魔物に、この高低差。下から関所にたどり着く頃には間違いなく体力を持って行かれている。あの門番に通行料を払わない方法を取るの容易ではないだろう。

 森の中は北向きの針がうまく機能しないらしく、迷いやすくなっている。エルも自信はないようだったので、皆で工夫をしながら進む。
 途中、魔神化したアクリスに襲われた。この辺りは奈落の影響も受けやすいのか、幻獣も妙な変化をしている。たしかにこの場所の危険度は高いと言えるだろう。襲われたのがアクリス程度で済んでいるのは運が良いのかもしれない。私達も長く留まるとどんな影響を受けるかわからない。

 エルが言うには、金蝶花はこの辺りに沢山生息しているらしい。探してみれば、花が根こそぎ採取されてしまっているようだった。誰かが独り占めしているなら、盗みの仕事になるだろうか。

 森を抜け、エルの目的地である集落に到着する。ルーンフォークたちの集落のようだ。
 彼らは魔神化の影響を受けたりはしないらしいので、この場所でも生活できるのだろう。

 エルはここの住人の人気者だった。以前から何度も足を運んでいるのだろうか。何も言わずとも泊まる部屋すら用意されているようだった。
 そして彼女がここまで運んできたのは、どうやら娯楽品の数々だったらしい。危険が多く存在する場所故、気が張り詰めっぱなしで気疲れしてしまう場所だ。こういうものは有難いだろう。

 くたびれた様子の集落の長に、金蝶花について訊ねると、彼はこの集落に降りかかる災難について話し始めた。
 湖を隔てた対岸の洞窟……炎獣の洞窟に、魔神が住み着いたらしく、その魔神は価値のあるものを根こそぎその洞窟に溜め込んでいるらしい。金蝶花もその魔神が回収したのだろうと。
 集落の収入である価値のあるもの全てが影響を受けているらしく、彼がくたびれている理由がよくわかった。

 そこで長は、エルの顔見知りであることを頼りに、私達に依頼をしてきた、
 依頼内容は、『炎獣の洞窟に住み着いた魔神の討伐』。
 報酬は、3000ガメル。6人なので一人あたり500ガメル。駆け出しの冒険者ですら物足りないと思う金額だ。しかも危険度は折り紙つき。
 私は金蝶花が手に入れば構わない。だが仕事仲間達は動かないだろう。そう思っているとエルは切り出した。『15000ガメル分の財宝はそこにある』と。なるほど、彼女は初めからこのつもりだったのだろう。まぁ、私としては助かるけれど。
 エルは装備を持ってきていないらしいので、私達だけで行くことになった。

 この依頼にあたって、長は集落に守神として安置されている首飾りを貸してくれた。
 よく見ればそれは、“カースレベリオン”だった。マイナーではない正真正銘のものだ。最上級のマジックアイテムのひとつといっても過言ではないそれだ。
 エルは自分の仕事を彼らに話していないのだろうか。こんなものを私達のような者に渡してしまったら盗まれてしまうだろう。…長も依頼が終わったら返してくれとは言っているものの、それほど切羽詰まった状況だからというのもあるのかもしれない。
 理由はどうであれ、相手が魔神であれば非常に心強いお守りだ。

 長から直接これを渡されたベルは、お供のゾンビにこれをつけようとしていた。よほど死体(今日の恋人)が大事らしい。いや、恋仲というのはそういうものなのだろうが…多分。
 さすがにリリーがそれを止めた。最終的に痛いのが嫌だからという理由で、ヴィリアの手に渡った。華奢な彼女が打たれ強くなるなら、私としても安心。

 船で炎獣の洞窟付近まで運んでもらうと、暗い入口から長居はしたくない程度の熱気が漏れ出ていた。なるほど、炎獣…つまり炎の幻獣の住まう場所にふさわしいわけだ。…逆だろうか?炎獣が住むから熱いのだろうか?それに関しては最後までわからなかった。
 ある程度奥まで進むと、洞窟内はオレンジの光に満たされていた。温度にふさわしい暖色の色…というには少々暑すぎる。
 慎重に進むも、誰が仕掛けたのか、罠が多い。私自身がまんまと罠にかかることはなかったものの、パーティが罠にかかるのは斥候の責任でもある。……仕事の成功率に直結することなので要改善だろう。

 5、6時間ほどだろうか。洞窟を彷徨っていると、ただでさえ暑い洞窟内に熱気が走る。炎獣のお出ましだ。
 ヘルハウンド。魔神化している。件の魔神の影響だろうか。その後ろにケタケタと笑う人影がひとつ。魔神ケッククバック。どうやら魔神が炎獣を従えているらしい。
 特に難があったわけではないものの、魔神が空間のマナの流れをおかしくしたのか、ベルの魔法がリリーの背中に突き刺さる事態が発生した。それを見て笑い転げる魔神。…炎獣にも突き刺さっているというのに、自身の命に刃が近づこうともその余裕。魔神というのはよくわからない。

 それはともかく、気になった点がひとつある。
 戦闘中、ヴィリアが魔神の爪のようなものを操っているように見えた。
 考えてみれば、昨日顔を合わせたときから少しおかしなところがあった。
 ネロは影がネロ自身の形を取らなくなっているし、ベルは少し存在感と角が大きくなった気がする。
 魔神化。これに値する症状を聞いたことがある。前回の仕事から、彼女らに決定的な何かがあった…そう思える。
 思考を巡らす中で、一つの共通点に思い至る。
 ――まさか。
 ジンジュウ……彼と一度会ってみるべきか。彼の状態も参考にしたい。憶測はこれを確かめてからでもいいだろう。

 さて、露払いを済ませてみれば、奥に魔神が溜め込んだ価値のあるものが大量に積まれていた。
 収集するのはこの魔神の習性であって、何かに使おうというつもりではなかったようだ。そのほとんどが無事だった。エルが言っていた通り、15000ガメルは下らないだろう。
 それとは別に、私が求めている金蝶花も大量にあった。一人分の治療薬には十分すぎる量だ。集落でも薬として使われているようなので、彼らに必要な分を渡そう。
 金蝶花を回収し、他の物は皆に任せ、外気の流れを感じたので、そちらに向かってみる。

 外につながっていたが、見えたものは巨大な壁。奈落を押しとどめるためのもの。
 あれを前にして人族も蛮族もなく、醜く生きている。
 ……この場にいた者はなにか感じただろうか。
 多分、この街で生きる者たちは自分達の問題で精一杯だ。少なくとも私は。
 特に感想を言い合うでもなく、何もないならばと来た道を帰り始める。

 集落に帰ると、住人たちに歓迎された。こんな経験は初めてだ。冒険者や放浪者はこんな気分なのだろうか。
 ……私は自分の目的を果たしたついでだったけど、気分は、そう、悪くなかった。
 必要な分の金蝶花を持って行ってもらい、残りはもらうことにする。

 さて、懸念していたカースレベリオンだが……集落へしっかり返却された。正直意外と言う他ない。私としては胸をなでおろす結果となった。
 ひとつ心当たりがあるとすれば先輩の圧というやつだろうか。エルも念を押して返すように言っていた。私にとってはまったく恐怖を感じるものではなかったけれど…。

 目的の金蝶花を手に入れたので、一刻も早く帰り、治療薬にしてもらいたかったし、“彼女”を一日独りにしておくのは不安だったけれど、既に日も落ちていたので、集落にお世話になることにする。
 彼らは救われ、私は目的のものを手に入れた。大変めでたいことだ。集落を上げて宴会もしてくれた。

 私に日々を楽しむ資格はない。だというのに…今回の仕事は少し……胸がすくようだった。

幕間「海賊戦記」

 金蝶花を持ち帰って数日。
 彼女…メグの容態は大分安定している。質の良い薬や食事を用意できているだろうか。
 ……彼女のことをメグと呼ぶたびに、彼女の容姿には全く似合ってないなと思ってしまう。まぁ、私のマリィという名前も大して変わらないか。

 さて、そんな風に質の良いものを用意しているため、やはりなにかと入用になる。
 この日も割の良い仕事を求めて、BAR灯火に来た。
 いつもの面々……ドクはいないようだったけれど、彼女たちも同じようだった。
 しばらく面々の様子を伺っていると、依頼の方からやってきた。

 依頼主は、海賊船の船長『エドワード』。
 依頼内容は、『敵対海賊への報復』。彼の海賊団は、その海賊団に手ひどくやられたらしい。その仕返しの手伝いをして欲しいのだそうだ。
 報酬は、『25000ガメル』程。6人なので4000ガメル程になる。
 これの出処はその海賊団からの略奪品の50%だそうだ。取り分をもう少し渋られるかと思ったけれど、海賊団というのは面子が大事らしい。今回は金銭よりも、面子を取ったというわけだ。
 汚い仕事というよりは傭兵の仕事という感じなので、報酬はまぁこんなものだろうか。特に誰も不満を漏らすことはなかった。

 エドワードの船に乗って、ターゲットの船を強襲する算段らしい。つまり海に出ることになる。
 船に乗るのはハルシカで生活していた頃、大河フラドーの渡し舟以来だろうか。さらに海に出た経験となると、まっとうな仕事をしていた頃に、仕事で乗ったアビス海を渡る貨物船ぐらいだろうか。
 船は揺れる。命に関わるため欠かせない仕事道具ではあるが、熱狂の酒は控えたほうがいいだろう…。負傷の影響をマナで誤魔化すものだが、あれも一応アルコールだ。酔いが原因で命を落としたらそれこそバカバカしい。

 出発は次の日に決定し、その場は解散となった。


 気がかりなことを訊くため、ジンジュウを呼び止める。
 あの一件から、なにか変わったことがないかと彼に問えば、特に変わったところはなくいつも通りだという。私から見ても、彼の見た目に変化はないように思う。つまり彼も魔神化はしていないのだろう。
 これであの一件の真相に大分近づいたと思う。
 彼女らが誰かに殺されたというのであれば最初からそう言うだろう。しかしその自覚はないらしい。
 彼女らに魔神化血清を使用し、殺害し、何らかの記憶の処理まで施す。これを行うメリットが、多くの者にあるとは思えない。自ずとそれを行うメリットがある者たちは絞られてくる。
 つまり……D.G.L.の製造法の扱いの決定。あの場を見ていた“誰か”がいたのだ。それも各々の考えを知り得るほど近くに。
 私がメグを助け出したのは大分グレーな気がするが、これは不穏分子とはみなされなかったらしい。
 そのラインを見極める必要があるだろうか。……いや、私がただ悪逆非道になればいいだけではないか?
 ……メグを見捨てられなかった時点で、私が自らの有り様が変えられないことは明らかか。


 次の日、エドワードの船に乗り込んで、大砲の扱いを練習し、出航。
 景色の変わらない船上はなかなかに暇だったが、ジンジュウが歌っていたのであまり退屈はしなかった。
 しばらく進めば、穏やかな波の水平線上に、船影が見えてきた。ターゲットの海賊船らしい。
 交戦距離に入れば早速、大砲による砲撃の応酬が始まった。
 練習でも本番でもいい狙いをつけていたジンジュウが、興が乗ったのか意気揚々と弾を運んでいたところを吹っ飛ばされていた。申し訳ないが珍しいものを見てしまったと思う。
 そしてまもなく急に天候が荒れだした。海の天候には詳しくなかったが、この嵐はしばらく晴れることはないらしい。
 その状態でもなんとか狙いをつけ、目標の船体を機能停止させた。

 ここからは、相手の船体につけ、直接乗り込んで制圧を行う。
 これが正直、かなり危ない戦いだったと思う。
 腕に覚えのありそうな戦士3人に、船尾周辺の高い位置で構える狙撃手3人、そして船長と思わしき男。彼はサーベルとガンを同時に持ったり、長銃を使い分けるスタイルだった。あまり見ないが、海賊特有の戦闘流派だろうか。
 ともかく今回の仕事の犠牲者は、彼ら7人だ。

 ベルのゾンビが死んでしまったり(元々死んでいるが)、リリーが後方からの弾除けになる状況になったり、私も正面切って敵陣に陣取ったり、そのために躊躇っていた熱狂の酒を入れたり、多少無理はした。しかし……ヴィリアが力尽きて気絶したときが一番焦った。
 幸い近くに居たため、すぐに立て直しは出来た……その後のヴィリアの辛そうな顔が、痛々しくて見ていられなかった。かわいそうに…痛いことが一際嫌いな彼女にとってはさぞ辛かっただろう…。
 無茶な前線を張る私に、ネロが上級賦術(バークメイルS)で支援してくれたりもした。金への執着の強い彼女だが、さぞ値が張るものだろうに。だが、こういう切り札を使ってくれるのは悪い気分ではない。仕事にはこれからの仕事で答えることにしよう。

 制圧が終わると、エドワードが話していた通り、溜め込んだ財産が5万ガメル分出てきた。仕事の内容に反して少なく感じるぐらいには、命の危険を肌で感じた…。

 帰りの航路は……あまり思い出したくない。熱狂の酒のアルコールと荒れた波のせいで、酔いがひどかったのだから。

幕間『強奪と争奪』

 月が変わり、彼女…メグの顔色もだいぶ良くなってきた。薬や食事がまともなものを用意できているようで何より。
 あの経験のショックが尾を引いているのかもしれない。未だに何かを話してくれるということはないけれど、一方的に話しかける私に、積極的に反応を見せてくれているような気がする。そろそろ彼女が少しでも安心できる場所になれてきただろうか。
 人の心の傷を癒す方法は正直わからない。あるいは、ただ薄皮で覆い隠せるだけで、そもそも消えるものではないのかもしれない。

 私も……時折、胸に冷たい風が吹き抜けるような痛みに襲われることがある。だけど私はこのままでいい。この痛みが、私の犯した罪の重さであり、受けるべきものなのだから。私の過ちのせいで死んだみんなの分も、私はこの痛みを抱えて生きなければならない。
 無辜のチビ達を見捨て、これを私への罰とした神様。正直、人のことなんてまるで考えてないんでしょう?もし本当に人の営みに向き合う気があるのなら……無辜の人が死んでいくのが許せないなら……さっさと悪人の私を裁きなさい。……まぁ、今になってみれば、メグのことが落ち着くまでは、少しだけ待っていて欲しいけれど。

 ……さて、この日も仕事を求めてBAR灯火を訪ねた。今日はリリーはいないらしい。
 お誂え向きのように、私達向けの依頼をすぐに回してくれた。

 依頼主は、不当な取引に騙され差し押さえされた人物。名前を聞く必要はなさそうだ。
 内容は、『彼らから契約書共々金品を強奪して欲しい』というもの。
 報酬は、3万ガメル。6人割りで5000ガメルだ。

 相当ひどい取引だっただろう。闇ギルドである灯明に、こういった依頼が回ってくるということは、この組織は少し目立ちすぎたと言わざるを得ない。
 調べてみれば、この組織はなかなかの規模であり、この街に支部を構えていた。そこに今回のターゲットが一時的に置かれているらしい。直接盗みに入ったり、殴り込みに行くのは到底無理といった様子だったので、本部への輸送のタイミングを狙って、輸送車を強襲する作戦が取られることになった。

 各所から手に入れた情報で、輸送の日付とルートを割り出すと同時に、私達とは別に、この組織の輸送車を狙う一団がいる情報を掴んだ。三つ巴の奪い合いになるだろう。
 輸送ルートの森の橋付近に、先んじて罠を仕掛ける。橋の上を輸送車が通りかかった瞬間を狙って、橋を落とし、水没させる算段だ。
 それとは別に、発生が予想される戦闘用の罠を張る。罠なんて使う機会はあまりなかったけれど、これがなかなかうまく行った。

 次の日、罠を仕掛けた地点で待ち伏せを行う。
 一応罠を確認しておこうと思ったところ、橋の下…川底に、前日にはなかったマギテックが用意したと思われるボムが仕掛けられていた。それは、ターゲットを狙う私達ではない一団の存在を裏付けていた。
 解除するような時間はないし、そもそも橋を落とすことは私達の作戦でもあったので利用させてもらうことにした。しばらく潜伏しているとおおよそ時間通りに輸送車が橋の上を通る。
 予定よりもよっぽど派手な音と共に、作戦は開始。川の中に落下した輸送車から、4人の組織の人間が姿を現す。酷く動揺しているようだったし、なんならその振る舞いから随分と荒事の経験の浅い者達だとわかった。

 それと同時に、対岸からこの仕事にはどこか似つかわしくないテンションの4人組の少女達が現れる。
 彼女らは自らを、『便利屋68』と名乗った。……アウトローであることを美徳としているような口ぶりだった。
 後で街で情報を集めてわかったことだが、実際彼女らは確かな腕の便利屋らしい。
 名を、アルムツキカヨコハルカと、それぞれ言うらしい。

 橋の下に仕掛けられたボムや、数人ガンを携えているのを見て身構えていたものの、一向にガンを撃つ様子がない。…それどころかガンに装着された銃剣で何度も斬りかかっていた。
 ひとまず、輸送車に乗っていた連中を、互いに二人ずつ始末して、あとは目的の物の取り合いとなる。推定格上とは言え、こちらの人数の利もあって、魔動機術を渋る彼女らを退けるのはそう難しい話ではなかった。
 これも後で知ったことだが、彼女達は現在かなりの金欠らしい。それも弾丸を撃てないほどに…。金を稼ぐための道具が買えず、その金を稼ぐための仕事はうまくいかず、報酬もないのだから世知辛い話だ。まぁ今回は運が悪かった。

 そんな彼女達は、旗色が悪いと見るや、飄々と去っていった。やはり本気で戦っているわけではないのだろう。便利屋68……なんだかまた遭うような気がしている。最も、彼女達がこの悪徳の街でたくましく生き残れたらの話だが。

 今回の殺害人数は2人…いや、元より輸送者は全員始末する予定だったので4人でいいだろう。
 これで、あの組織は少しはやり方を変えざるを得ないだろう。…輸送を邪魔した者達に喧嘩を売る方向に向かう可能性もあり得るだろうか。

幕間『Melty Poison Drop』

 メグの容態を確認しながら、薬を調合してくれている薬草の調合師 エウルシア(メリア(長命種))
 彼女は甘ったるい喋る方をする相当変わり者というか、マッドサイエンティストの気があるため、少々不安になる時があるものの、その腕は確かだった。彼女が作った金蝶花を用いた治療薬は、その効果を発揮しているらしく、メグの目に光が戻ってきているのだという。
 しかし、メグに刻まれた後遺症は相当ひどいものだったらしく、D.G.L.を大量に摂取させられたことによって、これだけでは視力を取り戻すのには足りないという。
 そこでエウルシアは、それ以上の治療を望むなら『薬雫の水』と『魔神の体液』が必要だと私に告げる。ついでにその近辺で取れるアレコレを採ってきて欲しいので、裏ギルド灯明に依頼を出すというのだ。

 …メグにとって目が見えないことも、あるいは幸せなことなのかもしれない。この街はそれだけ目に毒な物事が多い。しかし同時に、目が見えないということはそれだけで明確に弱い立場の者になりやすい。
 私だって、彼女の一生を支えていくことはできないだろう。だからせめて、この街のカモにならないぐらいには自力でその人生を歩けるようにはしてあげたい。

 そういうわけで、エウルシアをBAR灯火に連れて行き、その場にいたいつもの面々に紹介する。今回の依頼主だ、と。今回はドクが不在のようだった。
 依頼内容は『始祖神の大神殿跡地にて、薬雫の水と魔神の体液、緑王菜などの納品』。
 報酬は『15000ガメル』。全員参加するなら当然6人割りだ。
 ここでいう魔神の体液というのは、何かしらから変異した魔神のものでないとダメらしい。ここで思いつくのはそう、魔神化を繰り返した状態の生物のことだった。そんなものが本当にいるのか、この時点では疑問だった。

 仕事に当たる前に、エウルシアは実験への協力を求めてきた。良い薬を作るための実験台といったところだろうか。
 彼女の作った薬を摂取することで、その見返りに500ガメルをくれるのだという。
 彼女の腕に、まだ少し信用できないところがあったものの、この薬でないにしろ、エウルシア製の薬をメグに摂取させておいて、自分は摂取できないかと言われるとそれはなんだか違う気がしたので、私はおてなみ拝見ということで実験に協力した。……薬を摂取した瞬間、とても体が重くなった。
 500ガメルに釣られたか、はたまた興味をそそられたか、ほかに摂取した面々であるネロ、ヴィリアも身体の不調を訴えていた。唯一ベルだけが何やら力がみなぎってきているようだった。
 しばらくすると薬は抜けるらしいけれど……仕事をこなす前にとてつもないハンデを背負うことになったら大変だ。次からはもっと慎重になるべきだろうか。

 また、ベルに何故私やリリーがこの依頼に入れ込むのかを問われた。
 リリーに関しては……恐らく魔神絡みの依頼だからだと思う。
 私に関して言えば、私に当てた依頼だから当然……なのだが多分彼女が訊きたかったのはそういうことではないのだろう。
 何故薬の材料なんか欲しがるのか、という当然の話だ。
 正直隠しているわけではないので、全部話してもいいのだけれど……まぁわざわざ言うほどのことではないだろう。情に訴えかけずとも、報酬が発生すれば彼女達は動いてくれるのだから。何より変に気を遣わせたいわけでもない……これは余計な心配かもしれないが。
 気後れしているように見えなくもないほどに、正直今回の報酬はほかに比べて安かったので、仕事を求めてここにいるなら一人でうだうだしているよりも、この依頼に乗っかって稼いだほうがよっぽどスマートだと伝え、結局はこの場の全員で仕事に当たることとなった。

 初日は情報収集に当てる。
 情報収集をしている際に、私達に接触してきた人物をまとめておく。

 騎獣の管理人 アルパトロン(タビット)
 後で聞いた話だが、リリーに赤字だから助けてくれと泣きついている姿が目撃されていたようだ。詳しくは知らないが、私達のような身分の者に騎獣を貸す者は多くはないらしい。ドクとリリー次第だが、彼に良くしてやるのは悪い選択ではないと思う。

 調鍵士 スミス(ルーンフォーク?)
 私が情報を集めて歩いていると、露天商のように、シートの上で道具を広げて座っている男に声をかけられた。遠目に私の手を見て、私が鍵を扱う者であることを見抜き、声をかけてきたらしい。
 彼は一見して右目と左脚が欠損しているルーンフォークだったものの、欠損部位の隙間から機械の部品が見えていた。魔動機の類…だろうか。どのみち意思の疎通ができるなら、私も相応の態度で接するだけなのだけれども。
 さて、彼が言うには、スカウト用ツールのオーダーメイドを行っているらしい。言われてみると、彼の足元には、見る者が見ればわかる優れたツール類が広げられていた。
 はっきり言って彼の仕事は素晴らしい。各々のツールがより専門的で、ツールに無理をさせても、精密ツールセットに近い成果を得られるだろう。
 私の仕事上、スピードが求められているので、スカウト用ツールに無理をさせることになる。その都度ツール一式が使い物にならなくなってしまうのだ。精密ツールセットのような繊細なものをゆっくり使う時間はほとんどなく、こういうツールを求めていた。
 彼のツールを購入することを決める際、彼に手を見せてくれと言われた。いきなり何を言い出すんだろうと思っていると、使用者の手に合ったものを作るにあたって、手を見る必要があるのだそうだ。正直ちょっとした変態なのかと一瞬思った。
 ツール(スカウト用ツール+1とでも言うべきか)作成依頼と同時に、使い心地についてのレポートを求められたので、機会があれば積極的に報告してあげようと思う。
 ヴィリアも鍵を扱うので、彼女にも紹介してあげた。…ただ、手を触られるから気をつけてねとは言っておいた。まぁあらかじめそういうことをされるということを伝えてびっくりさせないためであって、深い理由はないけれど。

 その後、集めた情報の整理に再び集合する。
 始祖神の大神殿周辺には、多くの亡者が徘徊しており、跡地内部には強力な魔神が潜んでいる。その強力な魔神というのに、元は人間だったという噂話もあった。その噂話が本当であれば、エウルシアの見込み通り、特殊な魔神の体液が手に入ることだろう。
 神殿跡周辺の治安も悪く、そこに至るまでの森は、蛮族の襲撃される確率がとにかく高いと言われるほどの危険地帯だそうだ。内部の強力な魔神との交戦も避けられないため、情報交換もそこそこに、各々準備を整えるため、その日は解散。

 次の日、特筆すべきほどの出来事は起こることはなく、自然の一部となりつつある崩れた大理石の神殿前までやってくる。あの始祖神ライフォスの大神殿であったものだが、犯罪者の隠れ家となっているのか、周囲に焚き火の跡やゴミが散乱しており、かつての栄華は見る影もない。

 しかしそんな自然に還りつつあるこの場所だからこそ手に入るものもある。
 周辺を探索してみれば、エウルシアの言っていた薬雫の水と緑王菜を手に入れた。
 依頼には直接関係がないものの、ネロが桃幻果という珍しい果物を持ってきた。売れば300ガメルは下らない高級な果物であることを伝えると、ネロは嬉しそうにそれを私のカバンに入れた。…市場で買うと600ガメルの珍しいフルーツ…なかなかお目にかかれないのだから食べてみればいいのにとは思ったけれど、それだけ彼女にとって金銭というのは大事なものなのだろう。正直私も少し味が気になったが、彼女がお金にしたいというのなら今回はお預けにしよう。

 周囲の探索を終え、いよいよ魔神の住まう大神殿跡へと足を踏み入れる。
 手入れされていない場所のため非常に埃っぽく、しかしアンデッドが徘徊する気配を濃く感じた。そのため、外にあった野宿の跡などは見られない。明らかにダンジョン化していたので、警戒すべきは人族や蛮族ではなくアンデッドや仕掛けられた罠だろう。

 3時間ほど警戒しながら探索を進める。不意に地面が抜け落ち、斥候として先頭を歩いていた私含めて、リリー以外の全員が落とし穴に落ちた。罠に見落としはなかったつもりだったものの、誰かが踏み抜いてしまったらしい。
 8m程だろうか…かなりの深さを不意に落とされ、流石に体が痛かった。落とし穴に落とされる味は、非常に埃っぽくなんだか屈辱的なものだった。
 ヴィリアが尋常じゃない身のこなしで着地していてとても関心と安心をした。8mかつ不意の落下で無傷とは、大した子だ。

 5時間ほど探索し、奥地へとたどり着く。
 長いこと放置されていたであろう扉からは、感じたことのある魔神の気配が濃く漂っていた。件の魔神がこの奥にいることは明らかだった。
 意を決して開けると、かつてないほど濃い魔神の気配に尻尾の毛が逆立つような気がした。

 その人型から、噂通り元が人であるということはかろうじてわかったが、既に首から上はなく巨大で、全身に複数の魔神化の影響を受けていることが見て取れた。
 …彼を英雄の成れ果てと言おう。理由は後にわかったことだが…。何かを守るように佇んでいたが、私たちを認識すると、侵入者を排除すべく動き出した。
 ああはなりたくないと魔神となった彼を見て思ったし、既に魔神化の影響を受けているヴィリア、ベル、ネロのことが、より気がかりになる…。

 かつての英雄といえど、もはや自我を感じない彼との戦闘は意外にも危なげなく終わった。数の利こそあれど、私達一人一人ははっきり言って腕利きの冒険者には遠く及ばない。意志の強さこそが人の強さであることの証明となってしまったのかもしれない。

 倒れ伏す彼から体液を採集していると、英雄の聖印がその懐からこぼれ落ちる。変異したライフォスの聖印だ。
 かつて国を救った英雄の聖印と聞けば、何かしら特別な力を持っていそうだったけれど、これからはそれを感じないし、聖印としての機能も失っているようだった。……そういう類のものはこの街では興味を示す者は少ないだろう。ジンジュウが歌と共に使うために回収していった。

 目的は果たしたものの、彼が守っていたものが気になった私達は、さらに奥へ進む。そこにあったのは鍵のかかった棺と、長き時をその形に保ち続け風化した石碑だった。
 大部分は風化しており、ほとんど判別できなかったが、読める部分の魔法文明語を読み解くと、こんなことが書いてあった。
 『我が朋友であり、この国を魔神から守り抜いた偉大なる英雄、ガートランド。君は役目を果たした。君の眠りは、友である私が永遠に守ってみせよう。』

 ……私は棺の鍵を開け、ガートランドの眠りを暴いた。罪悪感と背徳感はもちろんあったが、無辜の人の殺人よりはマシだったと正直に告白しておく。私はつくづく醜い。だが、今を生きる私達に必要なものがあるかもしれない。

 棺にはガートランドの白骨化した遺体と、風化を防ぐためか、その首にかけられた『始祖神殿の首飾り』。そして、どれだけ別れを惜しまれたのだろうか、見たこともないほど大量の魔晶石が収められていた。
 メンバーがこれら全てを持ち去ることに、まるで躊躇がないことには軽く頭を抱えたが、私も魔晶石を二つ受け取って、この場を後にした。そもそもどう考えても棺の鍵を開けた私が一番悪いし、その時点でこうなるのは既定路線だった。
 ベルにとって英雄の死体ともあれば、大した収穫…さぞ素敵な出会いになったことだろう。

 ライフォスが私達の所業を見ていれば、裁きぐらい下しそうなものだが(でなければ神の存在意義を疑う。あるいはこれもまた正常な人の営みの一部だとでもいうのだろうか。)、もはやこの場所は信仰を失った場所だ。英雄の功績も、信仰の光も、この街に届くものではなく無意味なものなのだろう…。

 BAR灯火にて、エウルシアに依頼された物品を渡す。
 これでメグの視力を戻す薬は作れるはずだ。その完成を待つ。
 彼女は仕事に対してしっかり報酬を払う質だ。気まぐれに彼女の薬草集めを手伝うのもいいかもしれない。…実験への協力は、しばらくは遠慮しておきたいが。

第4話『Aquarium Abyss Break』

 メグを保護してから二ヶ月が経った。まだまだ肌寒いけれど、暦上はそろそろ春になるだろうか。
 メグの様子はというと、最近は光や色の加減がわかるだけでなく、ぼんやりと見えるようになったのか、家の中を自由に一人で歩けるようになっている。エウルシアが調合した薬は確かに効いているようだ。
 彼女は怪しい薬師だけれど、やはり腕は確かだ。……たまには仕事を手伝ってあげてもいいかもね。

 さて、そんな折、街中の話題を一挙にかっさらっていた出来事がある。
 東部の自由市場方面の水没宮殿にて、奈落の魔域が発生。
 それを利用するために灯明のマスターは、私達にこの魔域に向かう他の勢力を排除して確保するよう仕事の話をしている時だった。
 突然、冒険者風の老年の女性が灯火に入ってくるなり、マスターに話しかけてきた。その様子から、二人は古くからの知り合いであることは明白だった。
 彼女は『ミスティア』と言うらしい。ティエンスの女性で老年というよりは壮年といった様相だったが…元気の秘訣はなんですか?とか聞く気も起こさないぐらい若々しかった。
 ちなみに灯明のマスターの名前は『ギルバート』と言うらしい。この時初めて知った。特に何かをするつもりはないが、興味本位で彼のことを少し調べてみようか。……いや、やめておこう。好奇心は猫を殺すという。
 私は、ソロでは自らが進んで背負おうとしない罪を得るための口実…つまりは強制力のある“仕事”をもらえればそれでいい。

 さて、そんなミスティアはマスターと一言二言交わした後、仕事の話を持ちかけてきた。『奈落の魔域の核を破壊しに行くから数名人員をよこせ』と。
 マスターが気が進まなさそうな様子だったけれど、突然の依頼ということで莫大な依頼料を提示した。その額実に120000ガメル。さらに前金で一人あたり3000ガメル。しかもこちらはいつもの7人だ。
 呆れたようにだがすぐに依頼内容を飲んで報酬の話を始めたマスターを意外に思ったけれど、二つ返事とまではいかないが、あっさりと提示額を飲んだミスティアに驚かされた。この額を個人で動かせるほどの人物はそう多くはないだろう。彼女は一体何者なのだろう。

 今回の仕事の内容を整理しよう。
 依頼主は『ミスティア』。ティエンスの老婆(?)。
 依頼内容は『水没宮殿に発生した奈落の魔域へのルートの確保』。
 報酬は『120000ガメル+前金一人あたり3000ガメル』。今回は7人のフルメンバーで臨む。
 期限は3日間。ミスティア側の準備もあるらしいので彼女の都合に合わせて、3日目に突入することになるだろう。

 私達は魔域までの道を確保すればそれで仕事完了。魔域の攻略はミスティア単独で行うのだそうだ。よほど腕に覚えがあるらしい。ただ、そのための戦力を温存するために、私達に安全なルートを確保をして欲しいのだそうだ。
 奈落の魔域の破壊を行おうとする冒険者ギルド『黄金の盾』の冒険者との接触が、状況的に予測される。
 最も今回の目的は奈落の魔域消滅の手助けに変更されたので、そう事を構えることにはならなさそうではあるけれど……こちらの事情を説明するのは面倒を起こすだけだろう。基本的にこちらの身分と動きは秘匿したほうが良さそうだ。

 一日目。自由市場に付く。
 やはり情報は食事のあるところに集まるだろうということで、山月亭で聞き込みを行う。
 山月亭はアイザック(コネ:山月亭亭主 アイザック(人間))という男性が営む薬膳料理の店だ。最近何かと薬草などに縁がある。ここの料理に興味はあるものの、初日は流石に情報を集めることに集中しよう。

 明らかに慣れた手つきでジンジュウは亭主に200ガメル差し出すと、いつものように場所を借り、客たちに一杯おごって、歌い始めた。ここもよく利用しているのだろうか。
 彼のおかげで客の口は軽くなる。なかなか有益な情報を得ることが出来た。

 さらに情報を集めるため、水没宮殿前に向かう。ジンジュウも同じ考えだったらしい。
 観光客で賑わうはずのこの場所は、奈落の魔域の出現によって現在立ち入り禁止となっていた。当然見張りも立っている。黄金の盾の冒険者だろうか。彼に話を聞いてみることにした。…もちろん自分達の立場は伏せて。
 彼は『アルフレッド=ハルバート』という若い冒険者だった。彼は奈落に突入する冒険者達の後援としてこの場所に立っているのだそうだ。雰囲気や装備を見るに、冒険者としての腕前は…私たちと互角かそれより少し下ぐらいだろうか。
 ジンジュウがフレンドリーに小粋なトークと、いつの間に用意した飲み物のプレゼントで、話を聞き出していく。
 黄金の盾は、二日後に魔域に冒険者を送り込むようだ。ちょうど私たちが突入する日だ。彼らと接触しても大した問題にはならないとは思う……けど面倒は避けて私たち、ひいては灯明につながる情報は、やはり残さない方がいいだろう。
 また、この場に見張りを立てているということは、当然私達は忍び込む必要がある。

 その後、各々情報を探りにかかる。
 観光地だけあって、水没宮殿の1、2層の情報はすぐにわかるものだったものの、その先については情報が乏しい。しかし山月亭での聞き込みが功を奏し、3層4層構造を調べることに成功した。

 二日目。
 集めた情報の持ち寄ってすり合わせるために集合すると、リリーはやたら眠そうだった。彼女が隙を見せるのは少し珍しいかもしれない。
 彼女が宿泊した場所が良くなかったのだろうか。しかしアメニティとして渡されたという獣除けの蝋燭の値段を考えると、そんなに悪くない宿に泊まったように思えるが…。

 情報を出し合っていくと、前日のうちに必要そうな情報を全て集めきることができたのがわかった。全くみんなして素晴らしい仕事をしてくれる。
 私たちが道を切り開く必要があるのは、それなりの危険が残っている地下3層以降だ。正面から突入する場合、冒険者たちとの接触は避けられない。
 冒険者と接触せず、そこまでどう進もうか難儀していると、ミスティアが地上から地下3層に繋がる穴を掘ったという。一体どうやって…というのは置いておこう。彼女はとにかくパワフルなおばあちゃんなのだ。
 突入はそこから行うとして、見張りにバレないように潜入する必要がある。私たちの中に隠密に覚えがある者は少ない。そういった類の魔法を使える者もいないので、全員で隠密行動を行うなら少し手段を考えなくてはならない。

 ともかく、ルート確保に必要な情報自体は昨日で集まったので、この日は準備に当てる。
 山月亭で、昨日食べ損ねた薬膳料理を食べてみることにした。
 5ガメルから食事ができ、私が頼んだフルコースは100ガメル…。時間はあるしたっぷり味わうことにした。最近、体に良い食材や薬草に触れることは多かったし、これからの参考にもなると思った。…亭主のアイザックほどの腕はなくても、メグに少しでも良い物を食べさせてあげたい。
 食事にしては少し値が張ったものの、そこの効果は確かで、すぐに体に力がみなぎるのがわかった。仕事前に通うことも考えようか。

 その後、昨日から状況に進展があればなにか聞き出せるだろうと、再びアルフレッドの元を訪れる。今日はベルも一緒だ。
 アルフレッドは相変わらず見張りをしていたが、昨日と比べ、やけに疲れているように見えた。
 彼に状況を尋ねると、どうやら人員のやりくりに困っているらしい。この異常事態に冒険者が人手不足とは、この街の治安の悪さ故だろうか。
 とにかくこれは私達にとっては朗報で、彼らの監視をくぐり抜ける隙はあるということだ。
 また、昨日までなかった動物が通れるほどの穴ができているという話をきいた。恐らくそれがミスティアの掘った穴だろう。
 余談だが、ドワーフ並に小さなベルが、しばらくアルフレッドに子供扱いされていた。ベルはそれに腹を立て、アルフレッドの眉毛を伸ばす魔法を行使した。……彼女を馬鹿にする意図とかは全く無いけれど、あの気の抜けるやり取りをしている最中に笑いを堪えていてよかったと思う。

 アルフレッドから聞き出した話を参考に、隠密行動にあたって必要なアイテムを購入し、全員で合流。最後のすり合わせを行う。
 金属鎧を着込んでいるメンバーに、購入しておいた接合潤滑剤を配った。自分では使う機会がないので、その効果には興味がある。

 三日目。ミスティアの準備が整う決行日。
 全員でミスティアが開けた穴を目指す。手を尽くしたとは言え、全員で隠密行動はやはり無理があるかと思われた。しかし、結局騒ぎになることなく地下3層へと繋がる穴にたどり着くことができた。
 今思えばあの穴は1m四方ぐらいの狭いものだった。…少なくとも出口部分は。
 
 穴の出口に全員が降りると、ミスティアは穴から顔だけ出して私たちを見送る。仕事はここからだ。
 早速すぐ近くで、何かを叩く音がしていたので、通路を覗き込んでみると、ペトロヴァイパーが檻に何度も体当たりをしていた。深層はやはりあまり人の手が行き届いていないらしい。それなりの危険度の動物が闊歩していた。
 手早く始末して、ヴィリアが檻の鍵を開錠してみれば、両目をくり抜かれた黄金の盾の冒険者が、息も絶え絶えの状態で壁にもたれていた。
 ジンジュウが話を聞くと、彼はあの大蛇に追われて命からがら牢に逃げ込み、鍵をかけたのだそう。
 私たちが黄金の盾の後援の者だと思っているようで、名前を問うてきた。上で見張りをしているであろう、アルフレッド=ハルバートの名を出すと、他の仲間のことを頼まれ、彼は息絶えた。彼には悪いけど、ほかの仲間を救える約束はできない。そもそも私達は彼らと顔を合わせない方が都合がいいのだから。
 心の中で少しだけ彼の死を悼みながら先に進もうとしたら、誰が言い出したか、彼の亡骸は綺麗な死体として、運び屋のクリントに運ばれていった。…悪いわね。

 水没宮殿は、下層に発生した奈落の魔域の影響か、それとも単純に昔の建物だからというのもあるのか、ところどころ崩落していた。そもそもわざわざ水没宮殿と呼ばれている理由を考えると、あちこちに無理が発生していてもおかしくはないか。
 奥へ進むと、魔法の鍵で強固に施錠されている妙な宝箱があった。
 こういう錠が施された箱というのは、大抵意味ありげに置いてあったりするものだと思っていたけれど、これはそういう感じではなく、どちらかというと無造作に置かれていたように思う。真語魔法の訓練に使われた?それにしては魔法のかかり方が強固なので不自然と言わざるを得ない。
 アンロックキーとスミスに調整してもらったツールを組み合わせるのは初めてだったけれど上手くいった。
 中から出てきたのは『錆と潮の鍵』。はっきり言って、これを書いている今でも用途不明。頑丈な作りなのでおもちゃや簡素な錠に使われているとは思えない。例えばそう、なにか大事なもののために使うような…。
 なぜあの場所に鍵をかけられて放置されていたのか、見当もつかない。鍵を鍵のかかった箱の中に入れておく理由としては、よほど開けられたくない鍵のセキュリティ強化のためだろうが…。
 今でも何に使うものなのか街中を探し回っているけれど、特にこれといった成果はない。

 リリーが、その箱の近くの水没した地点へ、カルキノスを操り降りていく。手に入れた事前情報を信じるなら、その奥に水没していない独立した空間があるらしい。
 戻ってきたリリーは少し傷ついていた気がする。水中で何かあったのだろうか…。
 私が宝箱を開錠している間に、ヴィリアはそことは別の水路に沈んだ鍵の開錠を行って、先への道を開けていてくれた。ところどころ水没しているので、ベルの妖精魔法に助けられた。…まあ今後何が起こるかはわからないので、この時ボトムウォーキングをかけられたのはヴィリアだけで、私は泳いだけれど。

 …これはただの愚痴。体の構造上、頭を水に沈めると耳に水がすごく入る。その水を抜こうとすると、無様な格好をする必要があるわけで。スマートに水を抜く方法はないだろうか。耳栓をすると音が聞こえないし、それは仕事的に困るから……困った。

 水没した通路を抜け、奥の空間にあがる。全身びしょ濡れなことが、各々の行動に支障がでなければいいけれど…。
 血の臭いと獣の気配に警戒しながら先へ進むと、サーベルタイガーが冒険者の死体を貪っていた。…中々キツイものがある。
 そういう障害を始末し、どん詰まりの部屋に空いた穴にロープを垂らして、地下4層へと降りる。

 4層の様子も異常だったと言わざるを得ない。何かを引きずるような音が、常に階層中に響いていたのだ。 
 しばらく身を潜めて移動するその音源を視界に捉えると、それはヒドラだった。なるほど、水没宮殿深部の探索が進まないわけだ。あれに見つかったら、相当な手練でなければ亡骸になるだろう。…ここで果てた冒険者の一人のように。
 5層へ続く穴のある部屋は塞がれており、そこに至るためには、このフロアにある光る床の謎を解かなければならなかった。
 ヒドラの目をかいくぐりながら、所定の位置に同時に生命体が乗ることで、部屋の扉が開いた。

 奥の部屋は、水路と5層へ落ちることができる穴があり、私は5m程の深さのそれを下る準備を整えていた。
 その間に、ボトムウォーキングを受けていたヴィリアとカルキノスを繰るリリーが、水路を探索していたらしい。
 すぐに戻ってきたため、潜ってすぐ行き止まりについたんだろうなと思っていたけれど、今思えば、二人はまるで何かを見てきたかのような様子だったような気がする。…何かあったのだろうか。先ほどといい、何があったかもう少し話してくれてもいいのに、とは少し思う。

 準備を整え、全員で5層へと降りていく。 
 そこは広い広い誰もいない四角い空間。見上げるほど巨大な祭壇のような構造物が佇んでいたが、そんなことよりも目を引くものがあった。
 見ているだけで吸い込まれてしまいそうなほどの黒。それがこの広い空間を侵食するように存在していた。
 奈落の魔域。それが目の前にあるということは、ルートの確保は完了したと言える。予め渡されていた通話のピアスで、ミスティアにその旨を伝えると、程なくして彼女はやってきた。
 彼女が言うには、この魔域が消滅したら、その先に出口はあるとのことだった。そして彼女は単身、意気揚々と奈落の魔域へと足を踏み入れていった。
 休憩も兼ねて、その場で彼女の帰りを待つことに。…ミスティアは失敗しない。誰もがそう確信する説得力が、彼女の出で立ちにはあった。

 しかし、彼女が魔域の向こう側に消えて程なくして、空間の中心に強い気配が現れた。
 水神ビスクーネ。ここに住み着いていた魔神だろうか。明らかな敵意をこちらに向けており、その足元から水がどんどん溢れてくるのが見えた。このままでは、この場所が水没すると直感できる空気だった。
 ベルがそれを察知して、メンバー全員にボトムウォーキングをかけようとした。しかしその行使が不発。…彼女は青ざめていた。このままでは私たち全員が溺死か、あの魔神に一方的に蹂躙されるかしかなかったのだから当然だ。
 彼女はナイトメアということもあってか、妖精との付き合いに難儀しているように思う。
 可能な限り散開して今後の展開に備えていると、程なくして、この空間全体が水に覆われるほどの水流が私たちを襲った。

 動揺するベルが、妖精を無理矢理御してか、ボトムウォーキングの行使を今度こそ成功させ、水中でまともに戦えるようになった。
 彼女が無声で魔法を行使できるナイトメアで良かった。……こう言うと不謹慎に見えるかもしれないが、私たちはそれに助けられた。これもめぐり合わせというものだろう。 

 ビスクーネが召喚した水心のラクリマを破壊すると、その場の水が一気に引いていき、そこからはこちらのペースだった。
 体勢を立て直し、私達が降りてきた上層から乱入してきた魔神化したクロコダイルを適当に相手しながら、ビスクーネに投擲攻撃をしていく。
 最近、物のバランスを考慮して上手く遠くに投げられるようになったけれど、それが明確に役に立った。

 リリーが魔神に止めを刺した瞬間、声を聞いた気がした。確証はないけど多分、魔神の元から発せられたものだったと思う。とても複雑な声。あれは気のせいだっただろうか…。

 なんだかんだで全員無事で、ビスクーネを葬ることができ、安堵していたところで、ミスティアが魔域の黒から姿を現した。…先に突入していた冒険者5人を抱えて。
 半信半疑ではなく確信していたとはいえ、本当に一人で奈落の魔域を攻略するとは…。彼女が何者なのかをいよいよ尋ねてみれば、彼女はデーモンハンターだという。なるほど、ステレオタイプのティエンスらしい。そして相当な死線をくぐり抜けてきたのだろう。

 やがて核を破壊された奈落の魔域は、侵食していた水没宮殿の一部と共に消滅。この際、この建物を支えるなにか大事な部分が欠落したらしく、建物全体が崩壊を始めていた。
 大量の水が流れ込んでくるし、帰り道になる予定だった場所もふさがり、このままでは私たちは窒息してしまう。危機を乗り越えた先の危機に、正直かなり焦った。
 しかしどこかに水流が発生しており、そこから外に出られる可能性があったので、それに賭けることにした。…それしかなかったの間違いか。
 結果として、どこかの水道につながっていたらしく、全員がなんとか生きて帰ることができた。

 地上に出ると、雨が降っていた。まだまだ肌寒い時期とは言え、探索中全身びしょ濡れで、冷えた身体の私たちには少し暖かく感じる雨だった。
 濡れ鼠で街を歩く私達を見て、同じく濡れ鼠のミスティアは、雨に濡れてるようだから目立たないで済むと豪快に笑う。それはそうだけど、雨では濡れないような見えないところまで濡れていて気持ち悪かった。尻尾が重いと歩きにくいし。
 また、彼女は私達が冒険者としての幸運を持っていると彼女は言った。思い返してみれば、灯明に来て仕事をするようになってから、少し出来すぎていると思うこともなくはない。しかし、私達はそれより前…ここに至るまでの人生が幸運とは多分言えないだろう。
 報酬についての話をひとしきりすると、ミスティアは路地から屋根へ一足に跳躍し、風のように去っていった。

 濡れ鼠のままBAR灯火に戻って、報酬を分配し、この仕事は完了。
 最近はあまり罪悪感の無い仕事が多くて助かっている困る。
 帰って体を洗って、熱いコーヒーでも飲もう。そう思い、家路へとついた。
 

綺麗に縫い付けられた羊皮紙

 家に帰ってきて『おかえり』という言葉を耳にしたのはいつぶりだっただろう。
 住居のドアを開けて中に入ると、出迎えてくれるメグの姿があった。その目に確かに私の顔を捉えて、その声で確かに私に語りかけて。
 最初はとても驚いたというか呆然としてしまった。だけどすぐに雨で濡れていた私の顔に、自然に溢れた暖かい雫が混ざったのがわかった。
 仕事から帰ってきた私を出迎えてくれたチビ達を思い出したのか、それとも目の前の少女が健康に近付いた故の安心感のせいか……多分理由は色々ある。
 あの時メグを助ける選択をしなければ、きっと私の心は、仕事への罪悪感に押しつぶされて壊れていた。…だからこれがただの自己防衛であり、自慰行為であり、偽善であったことも否定しない。とにかく、彼女が私をその目に捉え、私に向けて言葉を発した。それを理解した瞬間、私の胸に温かいものが灯った気がした。…少し私の視界にも色が戻ったような気がしたんだ。

 そしたらなんだかもう、胸の中に吹き続ける風が寒くて痛かったことを思い出してたまらなくなって、自分が濡れ鼠だったことも忘れて彼女を抱きしめていた。当然彼女を驚かせてしまったし、本当に私はどうしようもない碌でなしなんだなと思った。

 濡れたままだと風邪をひいてしまうので、二人して着替えて、暖かいココアを二つ用意して、彼女と話す。
 生まれが生まれだっただけに話し慣れてないらしく、たどたどしい口調だったが、メグは一生懸命自分のことを話してくれた。

 体を拭いてあげたときに見えた大きな痣は、生まれつきあったものだということ。それが原因で、家族から気味悪がられ、虐げられたこと。奴隷として売られて、この街に連れてこられ、あの男…エドモンドに買われたこと。その先のことは思い出す必要はないと流石に止めた。

 彼女の人生に、幸福など何一つなかった。
 誰もが持っていて当然の個人を指す名前も与えられず、生まれた時から自分のために生きることも許されず、迎えた先は拷問の日々……。
 こんなひどい話があるものか。

 …そんな感じの体験をしてきたものだから、彼女は今の状況をどうしたらいいのかわからないと言う。何かを返したいとも。
 そんなメグに対して、私は『恩に感じる必要もないし、何かする必要もないし、好きなだけここに居ていい。強いて言うなら、やりたいと思ったことをやって欲しい。』という私の希望を伝えた。
 今まで与えられるべきものがなかったのなら、その分だけ今を幸福に生きる権利があったっていい。

 何より……あなたが助かった理由は……他ならぬ私のためなのだから…...

 なぜ私はこの手帳にこれを縫い付けたのだろうか。

幕間『Live Living L***』

 街中探してもエルが見つからない。まずい。私一人で森を抜けて集落に行く方法がない。彼女が一人で行き来していたという秘密の道も見つからない。

――

 ギルドから言い渡された私達指定の依頼。
 依頼人は資産家と呼ばれている貴族『スペクルム』(コネ:資産家 スペクルム(ドッペルゲンガー))。
 新施設を設置するために、その場所を掃除して欲しいのだという。詳しい内容は、恐ろしの森に構えてる屋敷で話すとも。
 ……この形式での依頼。この時点で碌でもない依頼であり、碌でもない依頼主であると予想できてしまう。何しろブルガトリオという前例がいたから。
 今回の依頼には6人で臨むことになった。ジンジュウは灯明以外の何用で動いているのだろうか。

 最大限に警戒しつつ、恐ろしの森の入口に寄越された馬車に乗り込む。ドクとリリーは各々の騎獣に乗ってついてきていた。きな臭さがある以上、ある程度距離を置くのは正解だろう。
 執事に屋敷の門まで案内され、エントランスの扉を開けると、依頼主と対面。
 一見して物腰柔らかい女性にみえるが、生存本能が危険を告げる。相手を見る心得がある程度あるつもりではいたものの、相手のことがまるで理解できない。人の見た目をしているが、人ではない…?

 私達を応接室に通したスペクルムは、小間使いに茶を用意させ、依頼の詳しい内容について話を始める。
 依頼内容は『新たに施設を設置するために、アルアニマの森の“掃除”をすること。』
 報酬は前金に一人あたり10000ガメル。さらに成功報酬に一人あたり10000ガメル。

 アルアニマの森…鍋底と呼ばれる場所。以前、先輩の『エルクロ』を護衛した、ルーンフォークの集落がある場所だ。
 あの場所を最近購入したという。一体誰が管理し、誰によって売られたのかは知らないが…。
 スペクルムは、彼らを“ゴミ”呼ばわりし、その“掃除”を私達に依頼してきたのだ。しかも破格の前金を用意し、わざわざ私達を指定して。
 彼女の財力であれば、私達よりも優れた腕を持つメンバーを指定出来たはずだ。……私達がこの場所に少しでも関わったことを知っている?
 いずれにせよ、碌でもない予感は当たっていた。だが、ギルドの仕事を拒否することは許されない。
 それが許されているのなら、私はこの世界に足を踏み入れていない……。

 指定の日時は翌日。翌日には掃除を始めて完了しろという指示だ。
 あの集落のルーンフォーク達の殺戮と、ジェネレーターの破壊……戦う力を持たない彼らの殺害と、その集落を破壊し尽くすには十分な時間だった。

 ただ、スペクルムは掃除しろと私達に依頼した。要はあの場所から人をどかせばいいのだ。先に忠告ができれば避難ぐらいはできるだろう。
 既に鍋底の関所の蛮族達に、私達以外に誰も通すな、とスペクルムが話を通しているらしいが、そこから逃げることができなくとも、エルならなにか抜け道を知っているはずだ。物を持たない状態なら一人で行き来できるらしいのだから。
 とにかくエルにこの話をするため、彼女を探し回った。
 しかしどれだけ探しても彼女は見つからなかった。
 私一人で集落へ忠告しに向かうことも考えたが……流石に魔神がうろつく森を一人で抜けるのは無理だ……。

 結局その日彼女を見つけることはできず、最低限の準備を整えて、現地へ向かった。
 今にして思えば、もう少しやれることがあったかもしれない…。しかし派手に動く訳にもいかない状況で、最適な行動がなんだったのか、私にはわからない。

 やむを得ず、パーティと合流し、関所から鍋底へ。かの集落を目指し始める。
 あの時はエルもいたので迷わず向かえたが、今回はそうはいかない。どこを見ても同じような景色の森を、獣道だけを頼りに迷わず進むのは難しい。
 しかしその獣道にも明らかな変化があった。罠が多いのだ。それも集落へ向かう者を阻むかのように。
 この罠の仕掛け方がかなり巧妙で、見落としがあったのか、私の後ろで誰かが踏んだ罠が作動し、私はそれに巻き込まれた。蛮族の怪力を思わせる痛恨的な衝撃と痛み。当然だ。これは“彼女”が信念を持って仕掛けた罠なのだから。

 直後、大木の周辺に出たことに気づく。立て続けに、なにかの罠が作動した。
 作動したのは私達全員を一点に集めて縛り上げる罠だった。私でも多少無理して回避した程のそれを、斥候でもないリリーがどうやって回避したのかはわからないが……ともかく私とリリー以外は囚われた。

 その大木の袂に、こちらを見据える一人の黒フードの人物が居た。顔こそ見えないが、その正体が何者なのかはすぐにわかった…わかってしまった。
 手に持つ得物や背負う装備からガン使いであることは誰が見てもわかる。しかしその全てに普通とは違う気配…アビス強化の痕跡が見える。相当な無理をしているはずだ。それだけの覚悟を以て、集落に向かう私達の前に立ちふさがる者……思い当たる人物は一人しか居ない。

 対象を一点にまとめ、一網打尽にするスカウトガンナー渾身の作戦。
 目の前に現れた人物への動揺。自分たちに向けられた、確実に成果をあげる作戦を準備するほどの確かな殺意。それを理解した瞬間、私は獣変貌もせずその場から駆け出した。辺りの遮蔽よりも高い高台に登り、彼女の姿を完全に捉える。
 私達に構う前にもっとやることがある、と言葉を投げかけた。彼女が私達に与えられた仕事のことを知っているなら、私達を妨害するよりも、住人の避難をさせるべきだ、と。
 しかし、彼女は射撃の準備を整えながら何も答えない。
 その手元を狙って得物を投げつけ、止めにかかれど、彼女が止まることはなかった。いよいよ引き金に指をかけるのが見えた。
 しかし、その弾丸が放たれることはなかった。

 私は確かに見た。彼女は引き金を引くのを躊躇ったのだ。恐らく…“友達”を撃つことができなかったのだ。
 もう一度話せば分かり合えると思ったのかもしれない……。私達がそういう温かい思いを踏み躙ってきて、今ここに立っているということを知っていながら。

 その隙が命取りとなった。格上とはいえ、相手はたった一人。
 致命的なダメージを与える作戦が行われなかった今、消耗のなかった私達で彼女を制圧するのは容易かった。

 満身創痍で大木に背を持たれる彼女に駆け寄り、そのフードを剥がして、集落の人達はどうしたのかを問う。
 エルフの少女…エルクロ。彼女は首を振った。それは何か手を打つには、既に時間切れであることを意味していた。
 彼女の特徴的な魔神の眼は、何者かにくり抜かれたのか、失われていた。
 エルは私達の仕事の内容をどこかで見聞きし、それを妨害するために動いていた。
 しかし当然、それを灯明のマスターが見逃すはずもなかった。
 
 ギルドはエルを“処分”することにしたらしい。
 “処置”であるならば、魔神化していたその眼を潰す必要はなかったはず。
 それの対応に追われていたのだから、昨日彼女を探しても見つからなかったのだ。
 ……灯明がここまでする組織だとしたら。エルの相棒が死んだのは本当に“事故”だったのだろうか?

 エルは息も絶え絶えに話し始める。
 「わたしは元々捨て子だった。この街では珍しくもなんともない話。
  奈落の壁の方へ流されていく私を、拾って育ててくれたのがここにいるみんな。
  ここにいるみんなは、わたしの大切な家族。
  私のことは好きにしていい。だから、みんなの生きているこの場所を壊さないで。」

 自分の命が奪われることよりも辛いことがある。…ああ、よく知っている。
 ルーンフォーク…同族を増やすための唯一の方法であるジェネレーターを、彼らから切り離すこと自体に無理があったのだ。だからエルはあの場所そのものを守ろうとしたのだろう。

 彼女が、あの集落に娯楽品を持っていった理由。それは家族のためだったのだ。そして、この裏ギルドの仕事を選んだことも。
 しかし、彼女がこの仕事を生業にするには優しすぎた。
 彼女は家族のために働いていたというのに、その家族を脅かす存在であるはずの私達…彼女風に言えば“友達”を撃つことができなかったのだから。
 そして…この期に及んで、自分を犠牲にこんなお願いまでしてくるのだから…。
 
 私は…それができないことを伝えるしかなかった。そして多分、それは彼女も理解した上でのお願いだった。
 ならばもう仕方ないと……エルはこの場の全員が近くにいる状態で魔動機術の起動呪文を唱え始める。すると彼女の頭部付近のマギスフィアが輝き始めた。グレネードで自らもろとも爆発する気だったのだ。
 私はこの一撃は甘んじて受けるべきだと思った。もちろん死ぬつもりがあるわけではない。願いや無念や理不尽への訴え…彼女がこれまで積み上げた全て(いのち)がこもった最期の言葉だったから。
 私達を強く引っぱたく権利ぐらい…あるはずだ。彼女のこの行動は認められるべきだと思った。

 しかし直後、輝くマギスフィアが彼女の体から離れた…その首ごと。
 ヴィリアの操る魔神の指先が、彼女を最期の抵抗ごと亡き者にしたのだ。自身が傷付くことを避けるために。
 ……自身の身を守ることもまた、認められるべきだ。彼女を咎めることが誰にできようか……。
 …そうしてギルドの思惑通り、彼女がもう蘇生されることもなくなった……。エルが感じていた友情は、悪意に踏みにじられ、彼女の命とともにこの地に散った。
 リリーがベルに死体を集めているのではないかと問うていた。ベルは動揺しながら、ただ死体を集めているわけではないと主張した。リリーの質問には正直呆れた。
 胸の鋭い痛みと同時に、依頼の為ならメンバーの家族がいる場所すらも潰す灯明の方針に不信感が募る。

 …かくして私達を阻むものは居なくなった。
 あとは集落へ向かい、それほど難しくない仕事が残っているだけだ。
 時間の都合上、今エルを弔う時間はなかった…。
 重い足取りで(他のメンバーがどうかは知らないが)集落へと向かおうとすると、その場を動こうとしない者がいた。
 ネロとベルだ。

 ネロは、以前あの集落を訪れた時に味わった胸が熱くなるような感覚と、今感じている胸の痛みに戸惑っているようだった。
 ベルは、そんなことしなくてもまだ何かあるはずだと主張する。エルの埋葬も済ませたいとも言っていた。
 彼女達の気持ちは痛いほどわかる。そして私は彼女たちのことをひどく誤解していたことを知った。
 しかしこの仕事を放り出すということがどういうことかは……依頼主やギルドのことを考えると想像に難くない。
 だからといって、私が強く説得して無理矢理仕事をさせることが正しいことなのかもわからない。…この仕事をその手でこなすことで深く傷付くのも彼女達なのだから。
 仕事を遂行する理由にドクが、ゴミは掃除しなくてはならないと言う。ただ依頼主の言葉に合わせただけなのかもしれないが、それでも彼らをゴミ呼ばわりしたことは心底軽蔑する。
 もう手遅れであることや、生きていたければ仕事はするべきだし、それで報酬ももらえる、と中途半端な説得だけして、集落へ足を向ける。……彼女たちがついてくることはなかった。

 そこから先のことは……鮮明に覚えていなくてはならない。
 困惑の表情。悲痛な叫び。命乞いの言葉。肉を斬る感覚。骨を断つ感覚。返り血の生暖かさ。命が誕生する機械を破壊する背徳。
 娯楽品を受け取って喜ぶ声を思い出した。彼らを助けた時の晴れた表情を思い出した。宴会の和に混ざろうとしない私に、料理を持ってきてくれた少女型の子を思い出した。エルのことを語る見た目は若い老人を思い出した。…ここで過ごしていた時のエルの安らかな顔を思い出した。
 物音がしなくなって、ようやく息をした気がした。自分の荒い息と心音だけが大きく耳に残る。胸が張り裂けそうで、頭がどうにかなりそうだった。喉奥から今にも何かが逆流してきそうな感覚。奥歯に力が入りすぎて歯がガチガチと音を立てる。手足の震えが止まらなかった。
 こんなにも恐ろしいことを実行できてしまう自分が何よりも恐ろしかった。

 積み上がる外傷のひどい遺体の数々の中で立ちすくんでいると、スペクルムがこの場にふらりと現れた。まるでタイミングを見計らったかのように。
 まるで掃除を終えた部屋を見回すような清々しい表情を浮かべる彼女の言葉全てが吐き気を催したことは覚えている。
 亡骸を…ゴミを燃やしてしまおうと彼女が言った時、雨が降り始めた。
 残念そうにぼやいて、執事に傘を差させ、報酬の話をした後、彼女は去っていった。

 …最後までここに残ったのは、エルの埋葬を済ませていつの間にかこちらに来ていたベルと私だけだった。
 彼女に埋葬の方法について教えを乞うた。彼女は拒否はしなかったが、私はその顔をまともに見れなかった。
 冷たい雨が降りしきる中、見よう見まねで大勢の埋葬を行った。
 自分が殺した相手を手厚く葬る……何様のつもりだと反吐が出る行為なのだろう。しかしそうせずにはいられなかった。弔う行為が死者の為、しかしそれ以上に生者の為にある行為なのだと実感する。だってもう彼らはもう悲しむことも、怒りを顕にすることもできないのだから……。

 それ以降、特に発する言葉が見つからず、埋葬を済ませた後、恋人に背負われて帰るベルの背中を少し離れたところで視界に入れながら帰路に付く。…本当に小さな背中だった。私も…言葉を発しようとしたら、そのままではいられなかったと思う。
 前例を考えると、ネロやベルから目を離すことは愚かな選択だった。しかしその日の私にはそこまで考えることができなかった…後にそれが新たな後悔を生むことになった。
 報酬は後日受け取ることにして、それぞれが何も言わず、それぞれの帰る場所へと向かった。
 
 家に帰る前に、血みどろの服装をなんとかする。メグを驚かせるわけにはいかない。…また濡れ鼠の帰宅になった。
 家の扉を開けると、メグが出迎えてくれた。彼女の姿を見た瞬間、ものすごい罪悪感に襲われた。胸の中に空いた穴に強烈な風が吹き込むあの感覚と同時に、耐え難い吐き気。
 彼女の温もりに触れたくて仕方が無かった。しかし…私に彼女に触れる権利が本当にあるだろうか?
 こちらの世界を知らずに生きていくべきである彼女に、この汚れきった手で触れることが許されるはずがない。…そんなことに今更気づいた。
 

思考の痕跡が見られる散文

 ……では、私は何故彼女を助けたのだろう?自身の心を守るためでなければ、彼女を助けた意味は?
 ……そんなの簡単だ。願いの根源が保身ではなく、哀れみだけではなく、誰かを幸せにできなかった私が、今度こそ幸福な人生を誰かに与えたいと思ったところにあるからだ。だから、何も、必要など、ない……。

 私の人生が間違っていることなど、とうの昔からわかっている。
 しかし自ら首を差し出すことは、家族の分まで生きなければいけない私にはできない。それでいて私は幸せになってはいけない。罰せられなければいけない。それが罪を犯した者に与えられるべきものだ。
 それでも……私だけが生き残ったことに理由があるのだと思った。…それには罪の十字架を背負って苦しみ続けるためであることもそうだが、同時に何かを為すためだと。
 あれから5年以上経って、ようやく私は“この命の意味”に近いものに触れられた気がした。
 私の人生は間違っている。だけど、誰かの幸福を願うことが…この願いだけは間違っているはずない。
 この願いの正しさを証明するために……その誰かを不幸に落とさない為に、私はこの人生を続けていくしかない。メグが私を必要としなくなったとき、それまでは。

 ……では何も残せなかったエルやルーンフォーク達は間違っていたのだろうか?

  
 格好こそ一流の市民だったが、鏡を見るとひどい顔をしていた。そんな私に、メグは何も聞かずに温かい食事を用意してくれた。髪を梳いてくれようとしてくれた。
 やりたいことをやってほしいと彼女に伝えたのは私だ。彼女がよほど道を外そうとしない限り拒否すべきではない。…これは私の甘えだろうか。
 情けない話だけれど、未だ荒れ気味の手の熱に触れられると泣き出してしまいそうになる。忘れるべきでない先ほどの罪深い感触を、少しでも忘れてしまいそうになる。全部全部放り出したくなる。
 けれど、どれだけ汚い生き方でも必ず生き延びて、その小さな手を守らなければとも思った。

 後日、報酬の受け取りと報告の為に、BAR灯火へ足を運んだ。
 馴れ馴れしく…明るく話しかけてくる幼さの残る声がこのギルドに響くことは、もう、ない。
 ……私は数少ない友達を失ったのだと、強く実感した。
 震える手を無理矢理抑え、嗚咽を噛み殺し、報告を行いに向かう。

 そこにいたネロとベルの様子がおかしかった。やけにマスターへの態度が軟化したように思う。
 ……依頼遂行の意志に問題がある者への“処理”が行われたのだろう。動向に警戒していたはずなのに、目を離してしまったことを後悔した。
 しかし同時に、やはり私達の仕事を見張る目が確かに存在していることを証明していた。

 昨日よりいくらかマシになった頭が、ドクとスペクルムの会話を思い出させる。
 ギルドと資産家。互いの存在が互いにとって有用であると語っていた気がする。
 それに今日この場でネロとベルに語りかける言葉の数々……。
 彼は、私達のように自身の目的で動いてるのではなく、ギルドの為に動いている……?

 その兆候こそ見えないものの、今回も魔神化が進行しているとしたら、その過程で殺害された可能性が高い。
 アルヴとナイトメア……所謂汚れがそろそろ限界なはずだ。次があるならそのときは強めに説得することを考えたほうがいいかもしれない。

 いずれにせよ、私が強く共感した“彼女達”は、もう、居ない……。

幕間『モンスターハンター』

 あれから数日が経った。
 正直まだ気持ちに整理がついていない。
 満足に眠れているとは言えないし、あの時の感触を思い出して吐き気と震えが止まらなくなることだってある。
 だというのに、私はまた汚い仕事を求めてBAR灯火に来てしまう。
 ……更なる罪を被るために。

 灯明は裏ギルドだというのに、時折それに似つかわしくない依頼が入る。
 今回もそうだった。

 いつにもまして仕事にやる気なベルとネロを見て複雑な気持ちになりながら、依頼が入るのを待つ。
 この日は他に、ヴィリアとリリーがいた。

 しばらくして、ひと狩りいこうぜ!とやたら高いテンションの声がBAR灯火に響く。

 声の主は今回の依頼主『ウツシ』。この街の外まであちこちを行き来している有名な狩人だという。
 依頼内容は『古代樹の森のリオレウスの討伐』。特徴的な名前なのでその魔物の名前に覚えはあったものの、その場所については全く聞いたことがなかった。 
 このリオレウスが人々を襲っており、被害が拡大しているのだそうだ。
 報酬は25000ガメル。また、狩猟ということで彼らの素材を剥ぎ取って売れば、なかなかの報酬になるという。
 さらに目的地周辺にはもう一体、目立つ魔物がいるのだそう。それを倒せば追加で報酬が出るらしい。

 ……気楽な依頼で胸をなでおろした自分がいた。そうであってはいけないはずなのに。

 ウツシが駆る騎獣?に運ばれて、現地へ。
 狩人たちの拠点になっている場所だろうか。そこで下ろされる。
 支援品ボックスなるものが設置されており、中はヒーリングポーションや魔香水が入っていた。
 狩人たちが狩りを行うときの支援物資らしい。使うのは自由だが、持ち帰ることはできないのだそう。システム的には私達で言うところの前金だろうか?消耗品が使いやすいのはありがたい。
 また、狩猟には制限時間があり、今回は100分だという。それ以上は魔物がその場を去ってしまったりするのだろう。素早くこなしてこその狩人ということか。一つの依頼に三日かけたりする私達とは流儀がまるで違う。

 ウツシが言うには狩りの基本は、魔物の痕跡を探して、対象の位置を特定することだという。
 大自然の中、こういうのを行うのは野伏の方が得意そうだが……なんとかやってみることにした。
 ウツシの言っていた通り、リオレウスの痕跡の他に、もう一体、大きな魔物の痕跡を見つけた。

 先に目標外のその魔物を倒してしまうことも考えたが、戦っている間に、リオレウスに乱入されることが一番まずいという結論に至り、目標を素早く叩く方針で決まった。
 その前に各エリアを探索して、狩りに役立つものがないか探すこととなった。
 ウツシと別れて、5人で行動を開始する。

 大自然の中ということもあって、探索で見つかるのは薬草類や魔晶石などが主だった。エウルシアはこの場所を知っているだろうか?

 3エリア程探索して、リオレウスの足取りを追い、いよいよ接敵する。

 幻獣に分類するにはあまりに荒々しく動物に分類されるのは納得だ。しかし頂点捕食者としての気品すら感じるフォルムの翼竜に、正直息を飲んだ。空の王者と呼ばれるだけのことはある。
 生存本能が危険を告げていた。…だからこそ、ヴィリア一人を前に立たせる訳にはいかなかった。接近戦の心得に乏しいが、ふたりがかりで止めにかからないと容易にひねり潰されることが、本能的にわかった。

 なんとか陣形を維持し、戦いの体裁をとることができたが、正直二人とも死ぬかと思った。熱狂の酒を飲んでおいて良かった…。
 いつもとは違う感覚のリリーの治療魔法を受け、地面に引きずり落とすべく翼に攻撃を加える。
 ベルの氷の矢が翼を貫いた。…しかし妖精を痛めつけることによる妖精魔法の行使であれだけの成果を上げるとは。妖精の性質はよくわからない。
 戦いの趨勢がこちらに傾き、ホッとしたのも束の間、招かれざる来訪者が現れる。

 トビカガチ。このあたりを闊歩していたもう一体の大物。所謂サブターゲットだ。
 トビカガチは、焦る私達の気持ちとは反面、私達をほとんど無視して、リオレウスと縄張り争いを始めた。

 旗色が悪いとみたか、リオレウスは一度その場から退こうとしたのが見えたので、全力で撃破にかかる。
 意外にもすぐさま私達の刃は空の王者の命に届いた。
 すぐさまトビカガチに向き直るが、様子が一変し始めた。
 ……あろうことか魔神化したのだ。
 新たな腕や触手が生え、尻尾は巨大化し、傷が瞬く間に癒えていくのを見た。
 恐ろしい存在に変わって行くのを間近で見せられ、背筋に悪寒が走ったのを覚えている。
 先ほどのリオレウス並の戦力を得たトビカガチに苦戦しつつ、なんとか倒しきることができた。

 そのタイミングでウツシがこちらへやってきた。全く気配がなかったが、ずっと様子を伺っていたらしい。ハンター恐るべし。
 そんな彼が私達の戦闘の腕を評価してくれたのは、素直に喜ばしいことだろう。
 素材の剥ぎ取りを済ませると、報酬はなかなかのものになった。

 ……こういう依頼の間は、正直無心でいられる。
 良くないとわかっているのに、安心してしまう。今回も死にかけたはずなのにね。

 今夜は稼いだ報酬で少しいいデザートでも用意しよう。メグは家事をよく頑張ってくれている。
 うさぎ型の団子、メグは喜んでくれるだろうか。

幕間『Capture the Chance and Cash』

 スミスに調整されたスカウト用ツールのレポートが溜まったので、彼に使用感を伝える。
 使用感はかなり良好であり、費用対効果も高いため、今後も継続して利用させてもらう旨を伝えると、彼は自分に投げられる解錠依頼を手伝えば、その分私のツールの調整を優先してくれるという。彼の本業は飽くまでもスカウト用ツールのオーダーメイドであって、解錠依頼も収入源のひとつではあるが、本業の妨げになっているらしい。
 私はスミスの解錠依頼を手伝うことにした。正直嬉しかった。メグに胸を張って“鍵屋の仕事”と言えるのだから。

 ハルシカで鍵屋をしていた頃にも、こういった依頼は何度もこなしてきた。亡くなった祖父母の金庫の解錠…高い金品や、逆に誰かには価値のない思い出の品などがよく出てきた。失くした家の鍵の解錠…錠前の変更も同時にやった。
 居なくなった父さんのコネで高収入な公的機関の依頼もいくつか回ってきたけれど、私の技量はやはり低く、徐々にそういう重要な依頼は減っていったことも覚えている。父さんが築き上げた鍵屋の名を守るには力不足だったことが辛かった。……結果的には、技量不足だけでなく、私は盗みや殺しを犯してしまえる人物だったので、そういった機密性の高い重要な仕事を回さなかった彼らの判断は正しい。

 父さん……凄腕鍵師と呼ばれたヴォルフ・トゥイーディア。彼は今どこで何をしているのだろうか。
 彼は責任を放棄して家族を捨てた。いなくなる直前の父さんは…本当に辛そうだった。
 娘の私が見ても愛妻家で、仕事が忙しくても私達に構ってくれて…とても良い父親だった。
 だからこそ、本人すらそんなに深刻ではないと思っていた詳しく分かっていない病で、愛する母さんを亡くして、子供達も同じ病に苦しんでしまうという現実に耐えられなかったんだと思う。父さんはある日何も告げずに姿を消した。
 誰もが父さんを無責任な男だと罵った。…そんな彼らだって父さんを罵るばかりで残された私達の方を向いてなんかいなかった。当時の私からしてみれば彼らだって無責任な大人に思えた。同情と叱責ばかりで何もしてくれないのだから。大人になった今ならそれも仕方ないとしか思わないが。
 ただ、当時の私は父さんのことが大好きで…戻ってくるとも信じていた。そんな大好きな人を罵られたことがショックで、差し伸べられた神殿の孤児院の手も振り払って自分できょうだい達を守ると決めた。いつでも思うことだが、この時から私は既に間違えていたのだろう。きょうだい達も孤児院に行きたがっていなかったとはいえ、私が素直に孤児院を頼っていればあんなことには…ならなかったのかもしれない。
 父さんがいなくなった理由はわからない。今どこで何をしているのかも。帰りを待つ家族がもういないこともきっと知らないまま。
 私達を見捨てたのは事実かもしれない。5年も帰ってくることがなかったのだから。
 彼には言いたいことが沢山ある。必要のない苦労をしたことも。何よりみんなが一斉に死ぬようなこともなかっただろう。病気の子達だって…もしかしたらすぐに発作に苦しむようなこともなかったかもしれない……いや、これは私のせいだ。
 それでも、どうして…どうしてか、彼のことをどこか嫌いになれずにいる。たしかに受けた愛情や、彼が味わった苦悩を思うと、怒りが引っ込んでしまう…。

 …そんなことを思い出しながら解錠依頼をこなしていった。
 “仕事”中は流石にそんな余裕はないが、時間をかけて鍵と向き合うとどうしても思い出してしまう。

 …さて、灯明での仕事について記録する。
 依頼主は、カジノ:セントラルカジノの支配人『ティアルピオーネ・G』。なんだか妙に芝居がかった雰囲気の名前だ。
 依頼内容は、『今夜カジノの中で問題が起こった場合の対処』。非常にざっくりしているが、問題がなければそれはそれでラッキーだろう。
 報酬は、5000ガメル。さらに前金で2000ガメル。もちろん、両方一人あたりの金額。

 支配人が言うには、『今夜嫌な予感がするので』という理由らしい。本人曰く、こういった勘は割とアテになるのだそう。…そういう嗅覚があるから彼はカジノで成功したのかもしれない。
 今回の依頼は、ジンジュウ、ヴィリア、リリー、ネロと共に行う。

 事が起こるまでは、カジノで遊んで時間を潰してくれて構わないと彼は言っていた。
 また、このカジノにはルールがあるらしく、中に入る場合にはマスカレードマスクをつける必要があるらしい。素性を隠すためのルールだろう。彼からそれを受け取り、早速カジノへと向かった。

 カジノでは主に4つのゲームが盛り上がっていた。
 Black Jack…定番の21を目指すトランプゲーム。掛金は2000ガメル。
 UP&DOWN…提示された数字よりも次の数字が上か下か、それとも7ぴったりかを当てるトランプゲーム。掛金は2000ガメル。
 Tresure Lottery…1~10の数字を選んで当てるゲーム。前後一つまでは配当有り。掛金は3000ガメル。
 Dead or Alive…所持金を全てかけて、コインの表裏を当てる狂気のゲーム。当てれば3倍。このカジノの目玉らしく、これを目当てに来る者が後を絶たないらしいが…頭のネジが二つほど吹き飛んでいる…。

 私が会得したこの街で生き残るコツの一つに、噛み付く相手を選ぶこと、というものがある。
 なので基本的に勝算のないことに首を突っ込まないことにしている。当然確率勝負のカジノもだ。
 しかし、生活費は十分すぎるほどに既に確保していたし、丁度遊べと言わんばかりの前金が渡されていたり、報酬も約束されていたので、少し遊んでいくことにした。

 …ブラックジャックで負けて早速所持金が掛金に満たなくなった。
 ジンジュウが貸そうと提案してきたもののそれは断った。単純に借りを作るつもりがないのもあるが……正直彼から借りるのは少し怖い。彼には悪いけれど…。
 なので止むなくデッドオアアライブに行った。

 リリーも同じような状況だったらしい、彼女もテーブルに付いた。
 持ち金を全てテーブルに出して、コイントスを見る。…一見してイカサマをしているようには見えない。
 リリーは外してしまい、本当に全ての持ち金を没収されていた。…なんて恐ろしいゲームが人気なのだろうか。
 続いて私の番。やはりイカサマをしているようには見えない。
 確率、という点で、リリーが外れたから私は当たる、という考え方はものすごく愚かなのだが、少しでもそう思わずにはいられなかった。
 ……結果的には私の掛金は三倍になって返ってきたのでよしとする。
 これで暇せずに済む…という考え方になっていたのは我ながら非常にまずい。ただこのカジノにはそんな熱があったのも事実だ。

 持ち金を失ったリリーを見て、ヴィリアが彼女にガメルを渡していた。
 貸している、という感じではなかった。ヴィリアの良心からだろう。なんだか気の緩むやり取りだったが、動いている金額を考えると中々……。
 そんなリリーの負けっぷりは凄まじかった。
 街で情報収集をしていると時々聞く、『賭場で派手に負ける白金髪の女』の噂を思い出す負けっぷりだった。……ん?

 トレジャーロッテリーでは、ネロがぴったり数字を当てて5倍の配当を得ていた。先日の桃幻果といい、彼女は時々運が良い…と思ったが、動作の怪しいカードシューターを掴まされていたりもするから、単に振れ幅があるのだろう。…もちろん、ここに至るまでの人生や依頼の話は抜きにしてだが。
 最後の最後でジンジュウが、デッドオアアライブに挑戦するのを見て正気を疑った。彼もまたこのカジノの熱にあてられたのだろう。そして、彼は全ロスした。
 私はというと…ほとんどプラマイゼロ。いい時間を潰しになった…でいいだろう。

 そうしてしばらく賭け事に興じていたが、やがてフロアが騒がしくなった。
 支配人の予感は当たっていた。
 荒くれ者達が暴れまわっていたのだ。
 彼らが騒ぐ声を聞く限り、このカジノでよほど負けたらしい。その憂さ晴らしに来たというわけだ。…いや、憂さ晴らしというには少し行き過ぎているか。そこまで気圧されるようなものではなかったが、確かな殺意を感じた。それは間違いなくカジノの従業員や支配人に向けられたものだ。

 仕事の時間だということで、彼らの前に立ちふさがる。
 5人と1体。いかにも力自慢といった2人、室内にはふさわしくない狙撃手2人、そしてこの事態の首謀者である邪教の神官一人。
 そして…その神官が使役する魔神。召異使いの使役魔神とは違ったような気がする。どちらかというとベルが使役している(というと彼女は怒りそうだが)アンデッドに近いような、そんな感じだ。

 大した障害もなく彼らを殺害し、その場を治めた。逆恨みで魔神を使って誰かを殺そうとしていたどうしようもない奴らであったので仕方がない。
 とはいえ、支配人が私達に依頼しなければ、確かな被害が出る相手ではあった。支配人の直感には目を見張るものがある。私にもそういう嗅覚は必要なので見習いたい。

 その後は、いつもどおり報酬の話をして、解散。特別書くようなことはない。
 だが…やっぱり過度なギャンブルはやめておこう、と、一瞬でも素寒貧になったメンバーを見て改めて思った。

幕間『バビロンの支配者』

 平穏な日々が続いていた。
 私は盗みも働かず、解錠依頼をこなす鍵師として働いて、帰ればメグが出迎えてくれて。
 こんな街でもそんな日々があるとは思っていなかった。…あるいは手に入るものだったのに目を逸らしていただけなのかもしれない。
 どんなに平穏な日々であっても、私の心の中に蔓延るのは、罪の意識だ。平穏であるほど、何もしないほど、私はそれに押しつぶされそうになる。
 私のせいで死んだ人々がいる。私がのうのうと生きていていいはずがない。いかなる理由でも自死を選ぶことができないなら、裁かれるべく罪を犯せ。そういう強迫観念というべきそれが、脳裏にベッタリと張り付いて、私の視界を狭める。

 私が求めるのは、私にとっては理不尽に、当然のように裁かれるという人生の終着点だ。では私はその瞬間、満足を…幸せになってしまうのだろうか。それは正しいことなのだろうか。

 …久しぶりにマスターから仕事を言い渡された。
 彼が言うには、今回の仕事は今後太いパイプとなるのだそう。それだけ灯明にとって有用な相手ということだろう。話は直接聞いてこいということなので早速向かった。
 今回のメンバーは、ジンジュウとドクを抜いた5名。

 指定された場所は、旧市街地区最大の娼館バビロン。殺しさえしなければ、なんでもありの汚い欲望に塗れた場所。従業員にとっては、心も体も弄ばれた先にある報酬はそれでも魅力的らしい。…そうしなくては生きられない人々がいるのが、ただ事実として存在する。
 ネロがマスターの指示でこの場所で働いていることを聞かされたが……私にはどうしようもない話か。本人が随分嬉しそうにこのことを話していたのが恐ろしい。彼女はこういうことを嫌っていたのに…。

 依頼人は娼館の支配者 バビロン(エルフ)。物腰が柔らかく、柔和な笑みを浮かべているエルフの女性だったが、こんな街の最も有名な娼館の支配人だ。腹の中に抱えてる物は計り知れない。
 依頼内容は、『行方不明になったメリアの娼婦の捜索と、彼女をアフターで外に連れ出した客を連れてくること』。娼婦の方は生死を問わないらしい。
 ティエンスの女性客が、彼女をアフターで連れ帰ってから、一晩経ってもまだ戻ってきていないらしい。この手の仕事を依頼するには裏ギルドでなくとももっと然るべき場所があるだろうが、わざわざ灯明を選んだということはきっと何かあるのだろう。ただでさえ社会的にはグレーゾーンな店ということもある。
 報酬は一人あたり、6000ガメル。ただし嬢を生きて連れ帰ることができたら、追加で報酬を払うということだった。蘇生する手間賃を考えてのことだろうか。
 マスターの意向を汲むなら、生きて連れ帰る方がより灯明への信頼を獲得できるだろう。…まぁそんなことに興味はないが、後味や報酬を考えると、最善は尽くすべきだろう。

 客の情報はきっちり抑えてあり、その住所を手がかりに捜索を始めた。
 場所はオシャレ小路。その名の通り、治安には似合わない閑静な高級住宅地といったところだろうか。気取った連中が庭でお茶会を開いているのが散見された。
 客の家の前に着いてみたものの、門に鍵はかかっており、人の気配は微塵も感じられなかった。
 ベルがさっさと突入しようと提案するが、手柄を焦ると足元を掬われる。確かに既にもぬけの殻である可能性は高かったが、万が一を考え、客を刺激しないように、先に手分けして情報を集めてから侵入することにした。
 …ベルがマスターから指示された仕事に異常にやる気を見せるのもきっとそういう“処置”を受けたせいなのだろう。

 聞き込みの結果、家主は昨晩からその家に帰ってきておらず、家主ではない何者かが、この家に入っていくのを見たという目撃情報を得た。
 また、ベルが聞いた話によると、家主はこの街を出るつもりであるという話を聞かされたが、そういうテイで適当に口裏を合わせてくれと金を握らされた者の話だったという。わかりきった話だったが、やはり何か思惑があって娼婦を連れ去ったのだろう。
 聞き込みから戻ったリリーとヴィリアが少し顔色が悪かったので、どうしたのか尋ねてみれば、庭でお茶会を開いていた者にお茶の味見を頼まれて飲んでみたところ、何かしらの睡眠薬を盛られたのだそう。風景こそ洒落た町並みではあるが、やはりここも悪徳の都なのだと改めて実感する話だ。
 かろうじてリリーが耐えてヴィリアを連れ帰ってきてくれた。知らない人からもらったものを疑いもせず口にしてはいけないと、両親に習わなかったのだろうか。そうなった詳しい経緯と事情はわからないので口うるさく言うつもりはないが、とにかく無事でよかった。

 家に侵入した誰かの正体が気がかりではあったが、中に誰もいないという確証を得られたので、眠そうなヴィリアに門の鍵を開けてもらって侵入する。
 広い家だったが、やはり人の気配はなく、難なく手がかりの捜索を進めることができた。
 秘密の封蝋による封印が施された封筒と、何も書き込まれていない地図、そしてひらめき眼鏡。めぼしいものはこれらだった。
 ひらめき眼鏡は、冒険者や私たちのようなダーティーワーカーでなければ、必要になる機会が少なく、そもそもなかなかの高級品だ。わざわざ用意されているということはミスティックインクによる読み書きが行われていると考えるのが自然だ。そしてそれは地図への書き込みに使用されており、郊外の廃教会にマークがつけられていた。
 封筒の中身も気になったが、私たちの中にこの封印を破れる者はいない。
 心当たりがあるとしたら、依頼主のバビロンだろう。ベルが言うには彼女は聖印と発動体を身につけていたのだそう。真語魔法に精通しているならば、この封印を解けるかも知れない。
 一度娼館に戻る必要があったが、それはペガサスに乗っていけるリリーに任せ、さらに情報を探ることにした。

 戻ってきたリリーから、封筒の内容を見せてもらうと、それは招待状のようだった。
 曼賛会会長『セレナーデ』からの立食会への招待状。この立食会に参加するには、身分を隠すための仮面と、この招待状が必要らしい。
 日時はちょうど今夜。場所は例の廃教会。そして招待状には譲渡などを禁止する文言。ロクなものではないのだろう。
 状況的にはメリアの娼婦はこの一件に巻き込まれたと見て間違いないだろう。
 …なぜこの家にそんな招待状が置かれているのかわからなかった。家主でない者の出入りが一度あったという目撃情報から、それを置いていった人物だろうか?単に届かなかったものが置いてあっただけで、深く考え過ぎなだけかもしれないが。

 ともかく、これがあれば会場に潜入するという方法が取れそうではあった。招待状が一枚だけなので孤立するリスクも高かったが。
 立食会集合時間まではまだ時間があったので、廃教会の下見を提案する。ほかに侵入する方法が探せるかも知れない。

 廃教会への移動の際に、ベルが今までの調査を真面目に頑張ったし歩くのが疲れるとごね、リリーのペガサスに勝手に乗る。リリーがそれを承諾したのが少し意外だった。見た目や実際の年齢差はさておき、どこか姉妹じみたやり取りは少し微笑ましかったように思う。ヴィリアの件といい彼女は元来は面倒見が良い少女だったのだろう。
 …仕事仲間の良いところを探すと、情が湧いてしまうので良くないと何度も思っているのに。私も彼女らも地獄に落ちるべき悪徳者だというのに。

 郊外の廃教会は静かなものだった。集合時間前の集合は対応しかねるという招待状の文言通り、まだ誰も来ていないようだった。中に立食会の主催やスタッフぐらいはいるだろうが。
 さて、正面からの侵入方法以外を探していると、裏手へと続く新しい足跡があったので、それを辿る。辿った先には魔法の鍵で閉じられた教会地下への入口があった。探索に時間をかけすぎたか、誰かの足音が微かに聞こえていたので、手早く解錠する必要がある。
 アンチスペルピックによる解錠を実践で試すのは初めてで多少手間取ったものの、ツールの良さに助けられた。無事に解錠し、メンバー全員を地下に侵入させることに成功。
 光のない地下通路を進み、薄明かりのある場所へ。人の気配がしていたので慎重に、立食会会場に潜り込む。

 他のメンバーはテーブルの下に入り込み、私は徐々に増えてきた立食会の参加者たちに、できるだけ自然に混ざり込む。招待制の立食会なので不用意な発言をしないように気をつけながら。
 リカント語で、今日の目玉は何かと呟けば、リカント語を理解できる親切な参加者が内容を教えてくれた。
 「メリアの体を使った料理」だそうだ。一瞬耳を疑った。他にもタビットの肉などという言葉が私に向けて発せられて、完全に理解した。
 蛮族の中には、ミノタウロスを始め、人族の肉を好む者もいるが、ここに参加している人族もまたそのようだ。
 カニバリストたちの秘密の立食会。胸焼けしそうな程の嫌悪感がせり上がってくるのを感じた。

 壇上に一人のティエンスの女が姿を現す。曼賛会会長のセレナーデ…この立食会の主催者であり、依頼対象の客。
 彼女の手垢に塗れたようなどうでもいい挨拶と共に、食前酒としてグラスに満たされた赤い液体が参加者に配られていく。アルコール臭さと、ぶどうと花のような香りからワインの類であるのはわかった。
 セレナーデ曰くこれは「メリアの体液とハチミツのサングリア」。メリア…恐らく依頼の娼婦のことだろう。
 体液が何を指すのかは不明だったが、真っ先に思い浮かんだのは、人族の生き血を啜っていた火葬場のブルガトリオ。……最悪。
 自分が手に持つグラスに、人のいかなる体液が入っていたとしても正直気分が悪い。だというのに周りの連中は、その香りをたっぷりと吸い込み、舌で転がしてゆっくりと味わい、恍惚の表情を浮かべている。彼らは食の欲求を満たしているというよりは、性の欲求を満たしているように見えてならない…。そんな奴らに囲まれていると思うと、身が縮み上がるような感覚がした。

 一滴も口をつけずに、グラスをテーブルに置いて様子を伺っていると、メインディッシュとして名が挙がっていたメリアの女性が壇上に連れてこられる…いや、拘束された状態で持ってこられたというべきか。
 首に傷口を作られ、息も絶え絶えで今にも息絶えそうなメリアの女性の皮膚を肉を切り分けるべく、セレナーデが大きな刃物を持ち出す。
 テーブルの下で待機しているリリーから、意識に直接状況を問われる。
 周囲にはバウンサーとして二人程が控えているのが見えたが、彼女を生きて救うなら今しかないだろう。…仮にこれ以上の機を伺うとして、その時に彼女の脊椎と頭が無事な状態であるのか、正直怪しい。人を食材として見ているような連中ならば尚更。
 
 リリーに好機であることを伝えると、彼女はヴィリアに魔神の指先でセレナーデを攻撃するよう指示を飛ばす。
 慄くセレナーデと騒然とする会場に私たちは躍り出て、制圧を開始する。
 奥へと逃げようとするセレナーデを捕らえるべく動くが、警護の者に阻まれてしまう。

 腕に覚えのある者は、数にして8。邪神の教官、魔神化の進んだ重戦士、ミノタウロス、妖精剣士がそれぞれ二人ずつ。
 展開の早さからして、侵入者への対処も想定済みといったところだろうか。前後を挟まれる形になる。少々命知らずなことは認めるところもあるが、目的を考慮すると元々退路を確保しての戦闘を行える場面でもないので仕方がない。改善点があるとすれば、立食会が始まる前の段階でこっそり救出することぐらいだが、今回の件は時間的にそれは不可能だった。
 私とリリーの馬、ヴィリアとベルの恋人で二手に散開し、打開を図るものの、敵神官の歌は私にとっては厄介なものだった。
 加護を受けた妖精剣士の魔力撃をまともに喰らい、危うく意識が飛びかけた。熱狂の酒でマナをコントロールしていなければその場で気絶していただろう。こんなところで倒れるわけにはいかない。
 そして気がつけば、私たちの背後…ベルとネロとリリーがいるはずの場所では、ベルとネロが傷つき倒れていた。そして…ベルが息をしていなかった。
 嫌な汗が背筋を伝った。私の予想では、彼女は既に二度殺されている。生来の穢れも含め、彼女の魂は既にほぼ限界なはず。
 だが私たちがその時それ以上気を取られるわけには行かなかった。油断したらすぐに陣形が崩壊する。
 それでもなんとか隙を作り出し、ネロに立ち上がってもらい、押し返すことができた。…失ったものは少なくない。

 邪魔する者を全て排除し終え、ベルのことは気がかりで仕方が無かったが、だからこそ手早く仕事を終わらせるべきだった。手分けをして事後の処理を行う。
 ヴィリアがセレナーデを捕らえに、私はメリアの娼婦を保護にかかる。
 首を切られ、出血が激しかったが、彼女はまだ息があった。賦術で応急処置をし、拘束を解いて彼女を運ぶ。

 その間も微動だにしないベルの恋人が、主の死をなによりも物語っていた…。
 行きは揚々とベルを乗せたリリーのペガサスの背に、動かなくなった小さな彼女の体を乗せ、報告へ戻る。

 バビロンに、セレナーデとメリアの娼婦を引き渡す。すると彼女はその場でセレナーデの首を魔法で刎ねた。表情も語気も平常のままやってのけるとは、彼女もやはりそういう世界で生きる人物なのだろう。
 そしてセレナーデの首を、彼女の家に飾れば依頼は完遂とするとバビロンは言った。この娼館のルールを破ったものはこうなるという所謂見せしめだ。

 くだらない追加の仕事を手早く済ませ、ベルの亡骸を抱えたまま、灯明へと戻る。 
 受付嬢が登録者の蘇生…いや、“処置”への関与を認めるような発言をしていた気がするが、今更か。
 ともかく、魔神化処置を始め、ネロへの仕事の斡旋等、灯明は登録者を徹底的に使い潰す方針らしい。…終点を求める私にとってはある種望ましい環境ではあるが、他者に降りかかるその実態を目の前にすると、やはり少々きついものがある。

 私たちそれぞれが、その手や魂がどれだけ穢れようと、何か手にしたいものや為したいことがあってこの仕事を選んだはずだ。
 しかし…蘇生されて戻ってきたベルの顔は…本当にそれに届くのか疑問に思うものだった。
 彼女はぼんやりとした眼で、独り、この場を去っていった。

 起こった出来事だけ見れば、莫大な報酬のために自分の命や尊厳を賭けて、敗北した結果でしかない。
 だが、己の幸福や未来を掴むのに、“こんなこと”が本当に必要なのだろうか。

 ベル。ネロ。どうか私たちの手を煩わせるような姿にはならないで。お願いよ……。

幕間『墓穴の呼び声』

 街を散策して情報を集めていると、大陸各地を旅しているという書物商と出会った。
 彼の扱う品物を見せてもらうと、子供たちに読み聞かせるような絵本から、私では理解不能な高度な学術書まで幅広く扱っていた。ある程度内容を見せてもらいながら、理由もなく眠れない夜を共に過ごすのににちょうど良さそうな本を見繕って数冊買う。
 メグが読めそうな児童書も購入したので、彼女の良い暇つぶしになればいいと思う。治安が悪い街なので、一人で外で自由に遊ばせてやることは中々できない。私がいる時ならば一緒に出かけてあげるのだけれど、そうもいかないことも多い。本が彼女に良い刺激や体験を与えてくれるといいが。

 購入した本の中に、ここから遥か南方のブルライト地方について書かれた書物があった。これには中でも「ナイネルガの伝承」について詳しく書かれていた。
 とある漁村が蛮族の襲撃を受け、村人のほぼ全員がその村を手放すことを決めたが、数多き漁師の一人であるナイネルガだけは違った。彼は自分たちの銛技を以て村を防衛し、ハーヴェスからの救援を待つという提案を熱心にしていた。
 命知らずとも言える無謀な提案。相手は魚等ではなく、知能を持ち、武器を扱う蛮族なのだから。しかしそれでも、漁を失って何が漁師か、と漁師の誇りが彼や村人を突き動かし、救援の冒険者が来るより前に、見事蛮族を退け村を守り抜いた。…そんな小さな英雄譚だった。
 彼は自らの誇りで生き延びた。人として、漁師として。しかしそんなに都合よくうまくいく話が何度もあるはずがない。
 同じような、あるいはそれ以上に過酷な状況に陥った人々はたくさんいて、たまたま生き残れた者が伝承として語り継がれているだけなのだろう。そう思うのは、彼への敬意に欠けることだろうが。
 …それでも、どこかにそんな英雄が、今もいてほしいと思う。この地獄を終わらせてくれるような、そんな英雄が。

 彼の遺した技術についてもその書物では触れられており、所謂“職人の勘”というものが現代にまで伝わり、解析され、上手く言語化されていた。
 それらは効率的な投げ銛方法、船上で体のバランスを取る技術、水棲生物の弱点を見抜くコツ等、冒険者にとっても応用しやすく非常に有用な技術だった。
 冒険者に有用ということは私にとっても有用となることが多いだろう。
 波によって発生する揺れの状況でも安定したバランスを保つ方法。これに対応できるなら、地上で足場が悪くとも上手く物を投擲できるだろう。
 昔、アビス海の貨物船に乗っていた頃も、自然とこれをやっていた気がする。改めて意識すれば、すぐできるようになるはずだ。
 水棲生物の弱点を見抜くコツも、何かと知識や経験を頼る私にはそんなに難しくはなさそうだ。

 また、ナイネルガは投げた銛を引き戻すのに綱を使っていたという。持ち手が長く、突き刺すことに特化したバランスだから取れる方法と言える。
 持ち運びに特化して伸縮機構をつけてもらった私のスピアにもどうにか応用できないか、武器職人に掛け合ってみようと思う。細く頑丈なワイヤーでもあればなんとかできるはずだ。ついでに今までは紛失を考えてなかなか手が伸びなかった魔法の武器にしてもらうのもいいだろう。


 さて別の日、BAR灯火を訪れると新たな依頼が言い渡された。
 依頼内容は『墓地に埋葬された死体から装飾品を回収すること』。つまりは墓暴きだ。
 報酬は『30000ガメル』。今回の依頼は、ヴィリア、ネロ、ベル、リリーと共に当たるので、ひとりあたり6000ガメルだ。

 灯明の借金の担保となっていた装飾品をつけた冒険者が死んで、埋葬されたそうだ。
 裏ギルドが依頼として出してくるということは、その装飾品は相当価値のあるものなのだろう。
 また、埋葬された墓地は、冒険者だけでなく浮浪者や身寄りのないものを埋葬する場所らしいが、埋葬方法が非常にずさんで、アンデッドが頻繁に発生している場所らしい。死亡した冒険者は、私たち一人一人よりは強かったらしく、もし彼がアンデッド化しているのであればと考えた結果、ギルドは実績のあるパーティを選んだというわけだ。

 やはりというべきか、ベルはやる気を見せる。そういう場所に家を建てたいらしい。相変わらず彼女の趣味は分からないが…。それはそうと、彼女が身につけている耳飾りは、中位アンデッドぐらいまでなら襲われない代物だった。…今回の依頼で彼女が死亡する可能性は低そうで少し安心する。
 そんなベルに、ネロはなにか小包を渡した。プレゼントだろうか…?と何気なしに眺めていると、ベルは恥ずかしいのか、こっちを見ないでと言ってきた。私はわざわざ目を逸らしたのに、結局彼女は包みを開かなかった。
 …気になったことといえば、金銭への執着があるネロが人にプレゼントを渡したということ…ではなく(なぜなら、これまでも高レベルの賦術で私たちを支援してくれていた。)そのネロの格好だろうか。
 元々痛々しい格好ではあったが、さらに露出が増えた。比較的新しく付けられたであろう火傷痕や、傷や痣の痛々しさが目立つ。さらに複数箇所にピアスや枷まで付けられている。娼館での仕事の影響だろう。私はそういう趣味に明るいわけではないが、下腹に集中する殴られたような痣から、明らかに低俗な欲望のはけ口にされていることぐらいはわかる。
 ネロがベルに何をプレゼントしたのかは分からないが、そういう痛々しい傷跡や、尊厳を傷つけられながら稼いだ金銭で、それが購入されていると思うと、いたたまれない気持ちにならざるを得なかった。
 明らかに異常であることは誰が見ても明らかだが、本人が嫌がっているようには見えない(操作された思考だとは思うが)。それに私達が身を置く状況が異常なのは今更だった。
 彼女が語った、金を稼ぐ理由。どんな力を身に受けてでも長生きしたいという夢。…今の状況は、本当にそれにつながることなのだろうか。
 口出しをすべき問題なのか、私にはわからない。今私にできることは、せいぜい自らの仕事で彼女らの負担を減らすことぐらいだろう。
 
 …依頼にあった墓地へと向かう。
 最初に訪れた昼の間は何ら変哲もない墓地だった。…いや、墓地というには確かに死体の処理が雑すぎるか。私の鼻には腐臭が充満していたように思う。わざわざ暴くまでもなく死者の眠りが守られているようには思えない。
 時に布団よりも浅くかけられた土を掘り返し、より深く土をかけてやりながら、件の冒険者の死体を探す。装飾品が外されないまま墓地に打ち捨てられた冒険者の死体が、アンデッド化したり土に還ったりしたのだろう。装飾品がいくつか見つかった。
 結局、件の装飾品は見つからず、すでにアンデッド化している可能性に思い至った私達は、夜に再び墓地を訪れることにした。アンデッド化して、装備しっぱなしになっていることに賭けたのだ。

 夜の墓地の探索は、あまり気分がいいものではなかった。
 私達の生命力に反応したアンデッドが、そこかしこから現れては私達に襲いかかってくる。
 それでもどうにか探索を進め、ある一点で私は違和感を覚えた。私達以外に誰もいない墓地から声が聞こえていた気がしたのだ。ものすごく気分が悪くなる声だった。
 警戒していると、近くでヴィリアが件の装飾品らしきものを見つけたらしいが、その装飾品はすぐに地中に引きずり込まれてしまったという。 

 迫ってくる気配に、緊張が走る。その気配は、私達の後方組を囲むような位置から感じるものだった。急いで形勢を整えるべく散開する。程なくして3体のアンデッドが私達を囲むように現れた。
 その中の一体が、レブナントと化していた件の冒険者だとわかった。
 ハイレブナント…生前の記憶をそのまま持っていながら、その思考は強い怨念と妄執にとりつかれて歪んでいるという。…問答もせず眠らせてあげるべきか。
 アンデッドだけあって、私の手持ちの武器はあまり効果がなさそうだった。なにか改善が必要だろう。少し考えておくことにする。
 ベルが恋人を私の肉壁として使ってくれたり、後方から私に支援をしてもらいつつ、手早く済ませる。彼女も、早く眠らせてやりたかったようで、アンデッドへの攻撃にも参加してくれた。…それとも従順じゃない恋人は嫌いなのだろうか。
 相変わらずリリーは攻撃的だ。神官らしい信心はなく、力を利用しているだけな彼女に、よく力を授けるものだ。イーヴがそういった清濁を飲んででも、悪を滅するのを良しとしているということだろうか。
 ヴィリアは新たな得物を振るいつつ戦場から害意を排除すべく駆け回る。魔神の指先は…本当に使用者に悪影響がなければいいが。
 ネロの支援はありがたいが、賦術の使用が激しく、懐事情が気になる。本当に大丈夫だろうか…?

 怨念を払った件の冒険者の死体から、依頼の装飾品を無事に回収する。鎖のような形をしており、何らかの力が感じられたが…私はあまり理解しなくていいものなのかも知れない。
 隷属の鎖。死体に死者の魂を縛り付け、ゴーレムと同等の強化を施すことができる代物。代わりに使用者自身も、このアイテムに宿った怨念によって死に誘われる。
 操霊使いの中でも禁忌とされる死霊使い自体の数が少なく、非常に希少な物品らしい。借金の担保には十分すぎる代物だろう。
 これを持っていた冒険者自身が、アンデッドとなるとは…。禁忌を犯した者だからこそ、これだけ死体を雑に扱われたのだろう。当然の報いではあるが。

 灯明に報告を行うと、私達のこれまでの仕事ぶりを評価し、灯明が行っているビジネスを紹介してくれた。
 ギルドの貸出屋は必要な者には非常に有用だろう。
 仕事道具に関して、私はそこそここだわりがあるタイプなので、いじることができないのは少し扱いづらいかもしれない。
 しかし貸出に関しては、良い品物を収めれば、定期的にある程度の収入が見込めるはずだ。…自分が使っていた物を出すのはあまり気が進まないが。

第五話『Wedge of Abyss』

 不自然すぎるほどの雨が、連日街に降り注いでいた。毎年のこの月は、雨が多い時期ではある。しかし今年はとにかく異常だ。
 一般的にはじめじめとした湿気は不快感をもたらすが、中にはこの雨が心地よいと思う者もいるらしい。もちろん、普通の雨とは違う意味でだ。
 …私は湿気で尻尾が重くなるので雨は少し苦手だ。それでも雨に濡れたい気持ちになることもあるので、わからなくもない…と言いたいところだが、多分そういうことではないのだろう。
 洗濯物が中々干せず、メグも不満そうだった。部屋干しにも限度はあるし、家の中に洗濯物が多いと気が滅入るのだろう。
 気分だけでも清涼感に浸れるように、そういうお菓子作りを教えたら喜ぶだろうか。

 さてそんな時節、パーティの全員が招集された。命を張る程ではない雑務は細々とあったものの、大きな仕事が来るのは久しぶりだった。

 仕事内容は『この街の最北端にある〈つながれた浮遊岩〉の城砦内神殿の石碑に、ギルドが用意した〈楔〉を打ち込む』こと。
 報酬は『前金5000ガメルと、達成報酬に15000ガメル』。…これは一人あたりの額だ。楔はドクが受け取っていたし、よほど重要な仕事らしい。
 期限は三日間。
 情報収集場所として提示された場所は、凱旋通り。そして、酒場『死にたがりの亡者亭』周辺。
 受付嬢が言うには、「マスターはこうもおっしゃっていました。これは、〈奈落〉に対する楔だと」。そこまで話すならば、最初から全て話してくれた方が仕事の重要度がわかるのだが。そう聞けども、やはり彼女は答えてはくれなかった。

 久しぶりにドクとジンジュウが同じ場所にいるのを見た気がする。
 ジンジュウについては方々の酒場で時折話を聞くが、ドクが何をしているのかは見当も付かない。まぁ、仕事ができそうならそれでいい。探ることで彼の気を損ねるのも本意ではない。
 ベルが先日にはつけていなかった首飾りをつけていた。奇跡の首飾り…恐らく先日渡されたネロからの贈り物だろう。これがお守りで済めば良いが…。ネロとリリーがお似合いだと言っていたが…多分違う意味なんだろう…。

 ――初日。凱旋通り周辺に移動し、早速情報を集める。
 情報収集といえば、私は真っ先に酒場か宿屋へ向かうことに決めている。となるとやはり、ジンジュウと向かう先は一緒になる。『命知らずの亡者亭』だ。
 石畳の大通りに面した木造一階建ての酒場であり、髑髏を象った悪趣味な看板に店名が描かれた大した趣味の門構えだ。先に聞いた話では、一つのミスで命を失うような狂った依頼が多くこの場に集う。…その様子が京楽として使われているぐらいには。
 入口をくぐればやはりというべきか、ジンジュウの顔は売れており、彼は人気者だった。酒を奢り演奏をする。仕事の有無に依らず、それが彼の酒場での振る舞いだ。
 彼がここまで顔を売る意味についても相変わらず分からないが、その流儀にあやかって、人々に話を聞く。
 多くのテーブルに広げられているのは、大量の強い酒と、違法薬物の臭いがするタバコ……それらをできるだけ避け、比較的正気を保っているであろうテーブルにつく。
 ここに集まるのは死にたがりと呼ばれるほど命知らずな冒険者だ。浮遊岩についてもよく知っているようだった。浮遊岩の城砦は蛮族の領域だが、命知らずな彼らの話から侵入経路についてアタリがつけやすかったのはありがたい。実際に乗り込んで軽く中の様子を見てくることもできるだろう。
 話を聞いていた男に、この店に集められた依頼を勧められた。内容を聞いてみれば、二つの模様が書かれた扉に勢いよく飛び込むというもの。言ってしまえばクイズというやつだ。それに挑戦するだけで1万ガメルという破格の報酬が支払われるという非常に魅力的な依頼だ。…間違えた先には溶岩溜まりが用意されていることに目を瞑れるならば。
 彼はやけに熱心に勧めてくるので、私が溶岩に落ちる姿が見たいだけだろうと言えば、「見たいね!」と清々しい笑顔を浮かべていた。…命知らずの亡者亭と呼ばれている理由がそれだけでよくわかった。

 一人で酒場を離れ、浮遊岩の城砦への侵入方法を考えながら、以前から行っていた魔神窟の調査を進める。
 錆と潮の鍵。水没宮殿にて見つけた厳重な鍵が施されながらも、その箱が雑に保管されていた詳細不明の鍵。
 錆と潮の鍵、調査記録 #1に詳細を記す。二ヶ月ほど前に、これについて知る人物をようやく見つけることができた。
 この商人はまだ何かを隠しているようだったため、他言無用を守り、単独で調査を行っている。…他者に漏らすことで起こることに彼らが巻き込まれたとき、その責任が持てない。

 仕事には全く関係ないことはわかっているが、私が鍵師の娘だからなのか、強い興味を惹かれてしまう。
 その手にある技術で、大切なものを守りたいという願いを当然としながら、隠されたものを暴きたいという相反する欲望を持つことは、鍵師としてはそう珍しいことではないのかもしれない。知識と技術の神ミルタバルがそうだったように。
 秘められたものを解放し、世の全てをつまびらかにする。そのために、手先の器用さと、物事の価値や真贋を見抜く目の両方を鍛えることを良しとする。なんの偶然だろうか、私が身につけた技術はそれに近い。もっとも、私は真理を掴みたいとかそういう欲望はないのだが。
 神話の時代に、ミルタバルがダルクレムから第二の剣イグニスを盗み出し、その軍勢を混乱に陥れた話はあまりにも有名だが、私はそこまで命知らずではない。…それともミルタバルにとって、これはただの怖いもの知らずのいたずらなどではなく、勝算や確証があっての行動だったのかもしれない。

 一方、私がこの鍵のことに触れることによって、鬼や蛇…それより恐ろしい事実が飛び出してくる可能性はまるで排除しきれていない。
 噛み付く相手は選ぶ。リスクと報酬は天秤に。生存に関わるリスクは最小を選ぶ。そんな私が身につけてきた処世術があるにも関わらず、何かに突き動かされてしまう。
 ……そんな時こう願掛けすることが冒険者や罠解除へ挑む者にとってお決まりだ。「神の指先ミルタバルにかけて。」と。

 事前調査と地図の作成は二ヶ月の間に済ませておいたので、今回は実際に潜入と探索を行う。
 初日は潜入を行った。魔神が闊歩するかなり危険な場所だったが、隠密行動は得意だったため…いや、単純に運が良かっただけかもしれないが…特に厄介な出来事は起こらなかった。
 その日は出入りのルート確認だけを行い、明日の探索に備えた。

 凱旋通りへの帰り際に、繋がれた鎖を伝い、浮遊岩の城砦への潜入も行って、現状を確かめておくこともできた。
 蛮族領域であることは聞いていたが、数がかなり少なかったように思う。若手の冒険者でも制圧できてしまうのではないだろうか。
 だが、冒険者を攫って奴隷としている話を聞くということはそれなりの戦力を持っているはず。軽く潜入しただけではわからないことも多い。

 持ち帰った城砦の現状をパーティと共有する。
 彼らは彼らで調査を進めていてくれたようで、内部の詳しい構造や要調査項目、隠された空間の噂などをまとめてくれていた。相変わらず一日で必要そうな情報を全て集めてしまう手際の良さに関心する。
 また、ジンジュウが酒場の近くで、城砦の蛮族にさらわれた自分の相棒を解放してくれという依頼を受けたという。まだ生きていればいいが…。

 ――二日目。明日の突入への準備を整える。
 すでに仕事に必要な情報は集まっていたので、私は朝から魔神窟の探索を行っていた。

 この場所をまともに攻略するのは骨が折れるだろう。だが潜入においては単独の方が動きやすい。…厄介事に遭遇したときのリスクは非常に高いが。
 魔神窟の地下に、商人が言っていた通り、この鍵と同じ文様が刻まれた鉄格子を見つけた。そしてやはりその中には魔動機が設置されている。
 …見たことのない魔動機だった。これの鑑定には時間がかかるだろう。後日改めて調査を行うことにする。それまでに必要そうな魔動機の知識を集めるべきだろう。
 さて、ここまで考えないようにしていたが、いよいよ避けられない疑問にぶつかる。『あの商人は一体なぜこんなところを訪れたのか?』だ。
 仮に訪れる理由があったとして、彼があまり話したがらない理由についても気がかりだ。考慮し得る要因全てがあまりにも不自然すぎる。…やはり手を引くべきだろうか?

 命と知識欲(そして私を突き動かす何か)を天秤にかけながら、凱旋通りに戻る足で、エウルシアの元を訪れる。
 彼女は私を歓迎してくれた。あれからもちょくちょく顔を合わせて会話もするが、相変わらず甘ったるい雰囲気のメリアだ。
 彼女の出す薬は、大いに役立ってくれている。人体実験が大好きと評されてはいるが、そこまで危険な目にあったことはない。…少なくとも今のところは。
 人は彼女をマッドと呼ぶこともあるものの、オーバードーズについての警告もちゃんとするし、致命的だったり不可逆な損失が起こったりしないようにちゃんと調整している。それを考慮しても人体実験に走る早さはマッドだとは思うけども。
 ネロも高い頻度でここを訪れては、薬の実験台になっているという。…あまりいじめていなければいいが。

 メグの予後について軽く話したあと、彼女に活性薬剤‪α‬の調合を頼む。
 調合に取り掛かっている間に、彼女の出してくれたお茶に口をつけようとした、違和感に気づいた。
 …正直いい香りだなとは思ったが、嗅ぎなれない匂いに顔をしかめていると、彼女が出来上がった活性薬剤を持ってきた。
 何のお茶か訊ねれば、エウルシアは少し残念そうに(本当に?)しながら、これがある種のマタタビを混ぜたものだと告げた。それもリカントを発情させる作用がある種の。
 彼女は私とそういう行為に及びたいのだろうか。…まぁ、酒場で情報収集してる時に、酒をやたら飲ませて潰そうとしてくる男共より嫌悪感はないが……。
 薬に頼らず、そういうのはしっかり段階を踏んで行いなさいと、別にそういう経験があるわけでもないので、一般的な感覚で彼女を諭すと、彼女は肉体や精神に影響のある薬の調合を行う薬師の自分にそういうことを言うのかと、まるで悪びれなかった。そんな調子でなんだか上手く言いくるめられてしまった気がする。
 そしてエウルシアは新しくお茶を出してきたが、やはり口をつける直前に、先程より薄まったマタタビの匂いに気づいた。(もしかして遊ばれてる?)
 どこまで本気かは知らないが…彼女に理由もなくメグを近づけるのはやめておくべきか……?

 いずれにせよ、彼女の調合薬を手に入れることができたし、彼女との会話で魔神窟の探索で張り詰めていた気が緩んだ気がする。
 結局一口もお茶に口をつけることなく、仕事中だからと、彼女の研究室を後にする。
 …今思えば、もしかしたら彼女なりに気遣ってくれたのかもしれない。次からは手土産ぐらいは持って行こう。
 
 パーティと合流し、明日の手筈を再度打ち合わせる。
 凱旋門の内部から入手したという、風化した月神の聖印風化した太陽神の聖印は役に立ちそうだった。…連日降り続くこの不自然な雨を晴らすに足りるかはわからないが。
 またこの二日間で、私達と接触のあった人物についても記しておく。

 奈落の研究者 ジルアール(ダークドワーフ)
 偏屈な老人だが、話が解る者には饒舌な職人気質のダークドワーフで、特にアビスシャード絡みの研究を行っている。
 独自の情報網や協力者を使って、アビスシャードを大量にかき集めているため、彼に頼めばアビスカースの問題を金銭で解決できるだろう。
 また、独自に開発した装飾品のアビス強化は、効果に対してデメリットも大きいが、必要とするものがあるなら一考以上の価値がある。
 彼に話を聞いてもらうには、それなりの手土産と信用足り得る証が必要そうだが。

 そしてこれは後で聞いた話だが、命知らずの亡者亭の依頼に挑んだ大バカ者達がこのパーティにいたらしい。
 渡りきったら1万ガメルの、落ちたら即死の鉄骨渡り。…何を言ってるのかこれを書いている今でも正直わからないが、そういうものがあったらしい。そして道楽として、この様子は様々な媒体で中継されていたという。
 挑んだのは、ジンジュウ、リリー、ヴィリア。あまり目立ちたがり屋ではないはずのヴィリアに関しては、なぜかバニースーツを身にまとっており、サービス精神が豊富すぎる…。
 同時に挑んだ名も知らぬ命知らずが落下して死亡しただけにとどまったが、挑んだパーティの面々は自分が死ぬとは思わなかったのだろうか。
 私達は感覚がマヒしているが、1万ガメルは一般的に蘇生費用と同額だ。ギャンブルのように完全な確率ではないだけマシとはいえ…。私なら倍額を積まれても絶対にやらない。
 ……まぁ、無事に戻ってくれて良かった。自ら進んで行ったとは言え、死んで戻ってきたりしたらなんて顔をすればいいのかわからない。

 ――三日目。繋がれた浮遊岩の城砦に乗り込む。
 繋ぎ止めている巨大な鎖を全員で登っていく。相変わらず不自然な雨は降り続いていたが、幸い足を滑らす者は誰もいなかった。
 見張りのゴブリンを難なく処理し、全員を中へ招き入れる。
 内部は下層と上層に分かれており、下層入口からの侵入となる。
 まず、紋様が欠けた石柱と石床が目に入る。上層よりもさらに上へ繋がる昇降機のようだが、動かすには欠けた部分のピースをさがす必要がありそうだ。

 地図上にあったアビスシャード鉱脈に侵入するためには、通路を迂回する必要がありそうだった。
 事前にわかっていることだったが、長い通路の先に、砲塔が設置されているという防衛を意識した作りになっていた。
 まず砲塔の性能を調べるために、通路に出てみた。弾丸ぐらいなら躱せるだろうと、タカをくくっていた。この時の自分は迂闊すぎて、我ながら鼻で笑ってしまうほどだった。
 狭い通路の奥に設置された砲塔から放たれたのは、狭い通路を覆い尽くさんばかりの光条だった。
 成果を焦った?……いや、色々あった中、久しぶりの失敗できない大きな仕事だ。知らぬうちに焦っていたのかもしれない。まぁ…その理由は考えるまでもない。焦って雑な仕事をするより、確実な仕事をすることの方が結果的に近道となることぐらい、よく知っているはずなのにね。
 だが、身をもって味わったため、砲塔の視界に入ると光条が放たれるということはよく把握できた。こういう時はヴィリアの透明化が役に立つ。彼女にしかできない仕事を任せることにして、別の場所の探索に参加した。

 事前調査で数が少ないことはわかっていたことだが、実際にこの場にいて明らかになったことは、私達からしてみれば気にかけるほどでもない蛮族が数体残っているだけということだった。
 中央の通路を慎重に探っていると、何か大きな音がした。何かが壊れて地面に落ちたような金属音だった。これは通路に面している上層への梯子がある部屋からの音だったと思う。
 その音に引かれてか、奥の通路からゴブリンが複数頭を揃えて出てきて、通路の反対側の探索に向かおうとしていたメンバーに気付いて一直線にかけてきたので、私はその前に立ちはだかる。
 私の後方から共有された情報として、通路の先の部屋には光条を放てる魔動機を持ったボルグが複数確認できたという。この狭い通路でそんなものを持ち出されたらたまったものじゃない。ただ、私達にとってそこまで苦労する相手ではなかった。
 手早く片付けたら、下層のアビスシャード鉱脈の探索は他の面々に任せ、私は先ほど大きな金属音がした部屋へ向かう。

 梯子の一部が壊れたのか、残骸が床に散らばっていた。恐らくこれの音だったのだろう。だが登ること自体は普通にできそうだった。
 梯子を登った先、上層からジンジュウが顔を覗かせて、梯子が壊れているから注意して登るよう促してきた。吟遊詩人の彼が一人先行してるのは珍しい。
 何かあったのか問えば、梯子を登っている最中に上に何かがいたらしく、何やら特別な力(スペシャルパゥワァ)でそいつを退けたものの、その弾みで梯子が壊れてしまったらしい。目立った怪我等はなかったようでよかったが、本来切った張ったに向いてはいない吟遊詩人の彼を一人にしたのは、少々危険だったと思う。斥候として先行しつつ、ここからは彼をエスコートする。
 上層は真っ暗で、夜目の効かない者は苦労するだろう。しかし彼はナイトゴーグルをつけていた。ギルドの貸出屋で借りたのだそう。普段あまり使わない道具をこうして格安で借りられるのは良いかもしれない。
 探索を進めると、南方の通路はどうやら床に接触している限り、行動に制限を受ける仕掛けの床だった。原理は分からないが、通電でもしているのだろうか。
 ここは他の者に任せて、北側へと進むことに。その前に私は近くの鍵付き扉を開け放った。するとジンジュウは中で、何やら石片を見つけ出す。入口の昇降機を動かす仕掛けの一部のようだった。その情報を共有するや否や、彼は騒がしく走り出し、次に向かう先の北側へと先行していった。上層の警備が手薄…というかほぼ皆無なことは事前に知っていたが、本当に大丈夫だろうか…?

 と、案の定、倉庫の前で彼は二の足を踏んでいた。
 そっと近寄ってみれば、少しでも衝撃を与えたら爆発しそうな壊れた魔動機が打ち捨てられており、その近くに何らかの仕掛けがあるのが見えた。
 隠密行動ならばと、私が忍び足でギミックに近寄ってみる。魔動機は爆発せず、その傍らにあったのは、マナを与えることで作動するであろう何らかの仕掛けだった。
 マナを流してみると、僅かに反応し光ったが特に何か変化した感じはしなかった。しかしこれと同様の仕掛けが、他の地点にも設置されているであろうことがマナの流れから感じ取れた。他の地点からもマナが注がれたタイミングで、私は再度マナを込める。
 すると浮遊岩の城砦だというのに地揺れが起こり、どこかで何かが動いたのがわかった。まぁ、この時真っ先に思ったことは、目の前の魔動機が揺れで爆発してしまわないかということだったんだけれども。
 そして気づけば、ジンジュウは倉庫からいなくなっていた。散歩じゃないのよ…。
 後で聞けば、監獄へ続く道が出来ていて、彼はそこに捕まっていた人を救出していたという。彼は心折れた冒険者に頼まれていた相棒の救出を果たしたのだ。なんだかふらふらとしているなとは思ったが、考えて動いていた結果なのだろう。

 奥の隠されていた物品倉庫の開錠と、この階に感じる蛮族の気配を排除するべく、北側の通路を行くと、ドクが先に控えていた。どうやら気配のする事務所が気になるようだった。
 少し注視して事務所の中の動きを探りながら、もうひとつの扉である物品倉庫の開錠を片手間に行っていると、どうやら動きがあったらしく、ミノタウロスが事務所のドアを開いて出てきて、目の前に立っていたドクに驚く声をあげていた。
 当然私とドクと彼のドンダウレスで、ミノタウロスを始末する。これで上下の階も制圧したことになる。
 事務所の中には、祭壇部屋への鍵があった。…あとの大きな荷物は今回も運び屋のクリントに回収を頼んだ。
 物品倉庫を漁ってみれば、それまで蛮族達が冒険者達から奪い取った冒険道具類が大量に見つかった。有効に使わせてもらうことにする。…このままこの仕事が楽に終わるとは思えない。

 下層の祭壇部屋前で全員と合流し、中へ入る。
 錠の厳重さの割に、小さな部屋で、そこそこ値の張る魔晶石等の供え物がされていた。
 そして…祭壇に祀られている神格が、戦神ダルクレムであることがわかった。第二の剣を一番最初に手にした、解放と破壊の神。ここは蛮族領域なので特別不思議なことはなかった。
 ダルクレムの教義として、策を弄するのは弱者のすること、というものがある。これから力押しの相手を捌ききる戦いが予想された。

 下層入口にあった昇降機の石柱に、探索の間に集めた石片をはめ込み、作動させる。
 石床がゆっくりと上へと動き出し、上層よりもさらに上の最上層へと私達を運ぶ。
 最上層は屋外であり、仄暗い灰色の夜空から相変わらず不自然な雨が降り続けていた。
 
 大きな祭壇が私達の50mほど先にそびえる。ダルクレムの神殿。その石碑に楔を打ち込むことが私達へ与えられた仕事だ。
 神殿は浮遊岩の岩肌に作られており、足場が悪く、飛び石のような地形も存在する、荒々しいものだった。
 石碑の元に、蛮族の姿を確認する。相生の神聖魔導師(ジオ・ゴブリン・シャーマン)。姿を確認するなり、尻尾の毛が逆立つような気がした。どうやらただのゴブリンではなさそうだ。
 そして脳に直接響かせるかのように、ヤツは交易共通語で私達に何故ここに来たのか訪ねた。
 正直に目的を言うつもりはなかったが、こちらの声が届くのかとリカント語で問えば、ヤツは通じているという反応を見せる。
 ジンジュウが面白がって様々な言語で語りかけるが、そのどれもを理解しているようだった。…長く生き存えた末、多くの知識と高度な知性や魔力を獲得した個体なのだろう。それともダルクレムの加護なのだろうか。
 神殿の暗闇を目を凝らして見回すと、トロールやランブルフィストはまだしも、ダブルフィスト・バルカンボルグ・スナイパー等、普段見慣れない手合いが多かった。また、石碑への道が無く小島のように独立しており、あの場所へたどり着くには、神殿の四隅の仕掛けにマナを流す必要がありそうだった。
 神殿内に存在する敵戦力を分析しながら、どう攻めたものかと思案していると、ネロが正直に私達に与えられた仕事の話をしてしまった。まぁどの道、碌でもない彼らはここで始末するつもりなので構わないが…。
 私達の目的を知ったヤツは、当然私達を始末するべく、蛮族たちをけしかけてくる。ダルクレムの信徒は、鼓舞で死を恐れぬほど精神を昂ぶらせ、力押しで相手を制圧する戦いを得意としている。こちらもできるだけ散開せず迎え撃つべく先手を打つ。

 最上層の神殿で雨に打たれて気づいたことがある。連日街に降り注ぐ不自然な雨が、あのシャーマンが行っている儀式によるものだということ。そしてこの雨が蛮族…もしかしたら穢れを持つ人族にすらも恩恵をもたらしているであろうこと。
 リリーもそれに気づいたようで、凱旋門内で見つけた風化した太陽神の聖印を使用して、雲を切り払って空を晴らす。
 連日の雨が嘘のように、穏やかな夜空が広がり、明るい星々と月光が神殿を照らした。
 予想以上に強力で、一度倒れたぐらいでは止まらない厄介な蛮族を文字通り叩き潰し、時に敵の狙撃をその身を壁として受け止めるなど、泥臭い相手に泥臭い戦術で対抗する。

 あのシャーマンは妙な力を使っていた。ヤツが神官であり、天地使いでもあることはわかったのだが、ネロが使っている相域とはもっと何か決定的に違っているように思えた。
 相域は“三本の始まりの剣”に連なる旧い力だとは聞く。かなり歪められているようだが、あれはさしずめ、第二の相域〈イグニス〉といったところだろうか。
 蛮族内…特に“剣”とつながりの深い古代神ダルクレムの信徒の中で独自に発展した流派だろう。

 単純明快ながら厄介な布陣に苦戦していると、一体の魔神の気配を感じ取り、思わず振り向く。…なんということだろう。魔神使いでもないベルが、アリクイ頭の魔神ゼヌンを使役していた。これが…あの集落を滅ぼした時の“処置”の影響だったということだろう。
 この場はこの魔神に任せて先に行けと、ベルに言われ、私はそれに信じると答えながら、遠くの小島で狙撃を繰り返すボルグスナイパーを目指して走り出した。

 狙撃手を排除し終え、残るは大した脅威のない蛮族と、あのシャーマンのみだろうといったところで、石碑までの道を繋ぐため、仕掛けの攻略にかかり、石碑までの階段を呼び出す。
 そのまま階段へ向けて駆け出したときだった。
 門から呼び出したネロの魔神グルネルの武器が、ベルの体を貫いていた。

 ……召異の技術が忌避されている理由。魔神使いによって呼び出された魔神は一時的に制御下に置かれるが、それでも魔神は常に虎視眈々とその制御から逃れる機会を伺っている。
 特に、術者のマナの消耗が激しい時を狙って、その制御から脱しようとするという。
 ネロは、ラル=ヴェイネの羽冠というマジックアイテムを貸出屋から借りて身につけていた。
 魔法王ラルの強力な魔力が込められた古代魔法文明の物品の中でも、これは上位階魔法に匹敵する効果を時にもたらしてくれるが、その力を使用するために装備者のマナを大量に必要とする。
 恐らく、ネロはこの力を使いすぎたのだ。より良い仕事をするつもりでマナを使っていた結果、魔神の制御を維持するマナまで枯渇させてしまった。

 突然自分に向けられた魔力を込めた一撃に、ベルは苦痛の表情よりも何が起きたのかわからないといった表情をしていた気がする……。
 一瞬、いや、数秒の間、嫌な予感が頭をよぎって彼女から目が離せず、足を止めそうになったが、再び地に足をつけた彼女の様子から、深手ではあるが致命傷には至っていない様子だとわかった。
 ベルに駆け寄って治療を急ぎたい気持ちを抑えながら、シャーマンのいる場所へ向け、走った。

 戦場の後方でそんなことが起こった最中、最前線では、ついにシャーマンが今までと違う動きを見せた。
 激昂したかと思うと、石碑へ近づいて何かを行った。すると、蛮族の死骸やまだ生きている蛮族までもが塵のように消えていった。
 言葉にはできないし、これが正しいことなのか自信はないが、この場の蛮族から集めた“穢れ”でヤツは更なる力を得たようだった。ヤツはダルクレムへの祈りの後、更なる力を宿した。
 そして、判決を行う裁判官のような厳かな口調で、主の名を叫ぶ。
 次の瞬間、戦神相域が発動され、ヴィリアが居た場所に、凄まじい爆発が起こった。
 それは潰滅的な爆発――。破壊の神の名にふさわしい目を背けたくなるほどの威力だった。
 並みの冒険者程度なら易々とあの世へ送る程の爆発を、ヴィリアは深く傷つきながらも耐え抜いた。
 思わず一つほっと息を付きながら、走った勢いそのままに、ヴィリアへ賦術による初期治療を行い、シャーマンを止めるべく攻撃を仕掛けた。
 そんな時、先ほどネロが自分が何をしでかしたのか理解して、ベルから距離を取るように足早に離れて走ってきた。その表情は、とても見ていられるものではなかった……。
 彼女は明らかに焦りを見せながら、今度こそ同じ轍を踏まないように、シャーマンとの直接戦闘に備えて近くにいたリリーから、吸精していた。

 その後、ヴィリアによって痛いことの仕返しが行われて限界を迎え、恨み言を繰り返すジオ・ゴブリン・シャーマンは、信仰の戦いの中で死ねるなら本望だろうと、ドクによってただの死体へと変えられた。
 この儀式にどれだけ時間をかけたと思っているかだの、ダルクレムが私達を許しはしないだの、勝手に自分の神を代弁したつもりになったり…。そんな手垢まみれの表現を最後に、ヤツの長かったであろう一生は幕を下ろした。多分、ダルクレムは敗北を喫したアンタみたいなヤツに興味ないわよ。

 仕事を完遂すべく、ドクが石碑に楔を突き刺す。
 すると、楔が石碑から溢れ出る何かを吸い込んでいたように思えた。あれは…“穢れ”だろうか?
 そうして生まれでた何らかの力が、唐突にネロに吸い込まれ、彼女に妙な力が宿る。
 やがてネロは苦しみだし、思わず彼女を支えたが、その場で気を失ってしまった。
 彼女に力が宿った時に、頭上に浮かび上がったあれは一体…?

 仕事は終わった、とドクがネロを担ぎ、その場から離れることに。
 …あれから昇降機の上で動けずにいたベルにかける言葉が見つからない。
 ネロとベルは、買い物を一緒にしたり、贈り物をしていたり、ここ最近仲が深まっていたように見えていた。
 それが今日、こんなことになるとは…。
 語るべきネロは目を醒まさない。
 ネロに悪気がなかったであろうことぐらいは、私からも伝えるべきだっただろうか…?

 そう、考えていると。不意に。
 朝焼けの空。漆黒と言うことすら生ぬるい黒。光さえ飲み込んでしまうほど黒。
 あれは奈落だろうか…?それ自体は街の最北端だから見えていても何らおかしいことではない。
 だが脳裏にあるイメージとは何かが違った気がする。そう思った上であえてこう書くが…一瞬だけ視界に大きな黒が映った気がした。
 そんなことはいざ知らず、昇降機は私達の視界から水平線を消し、浮遊岩の内部の光景を見せるばかりだった。

 BAR灯火にて受付嬢に報告を行う。
 …結局仕事が済んでも自分が何をしたのか知ることはできなかった。
 受付嬢も知らされていないと言いつつ、仕事をして報酬を手にしているのだからそれでいいではないかと薄ら寒い笑みを浮かべるだけだ。

 気絶したまま目を醒まさないネロを、受付嬢は灯明で預かると言った。
 仕事を終えてこの後は帰るべき場所に帰るだけなので、ネロの経過観察に付き合ってもいいかと問い、それは好きにしたらいいと言われる。そもそもここはBARだ。私が一杯引っ掛けるぐらい構わないだろう。
 ジンジュウにお優しいことで、とからかわれたが、今後に影響が出る可能性を考えるとその事実は確認しておきたいし、仕事で起こったことならば私達にも責任がないとは言い切れない。
 …何よりあの事故についてのクッションぐらいにはなれるだろう。当のベルは報酬を受け取ると舌打ちをしてさっさと帰ってしまったが……。

 飲み物を注文して、ネロの様子を時々見ながら、魔動機や魔神についての文献を読み解いていると、マスターが現れ、彼女を店の奥へと連れて行った。
 『付いてくるな』と言われ、その場で再び本を読みふけりながらしばらく待ったが、一向に出てくる様子がない。
 ゆっくりと時間をかけ、三杯ほどグラスを空にしても動きがなかったので、彼女の様子は気になったが、その日は帰ることにした。
 家で待っているメグを放っておくわけには行かない。

 外に出ると、陽の光が陰気な路地を照らしていた。
 街に長らく降り続いていた不自然な雨の原因は排除され、久しぶりに青空を見た気がする。
 胸に閊える物は多分にあるが、気分を入れ替えるために久々に乾いた風を肺に取り込むと、急に酔いが回ってきたのを実感する。…私にしては粘ったほうか。
 手にした大きな仕事に大きな報酬。しばらくは休んでいいだろう。
 この記録が終わったら、昼寝でもすることにしよう。
 メグも私がいない間、家をよく綺麗に保ってくれている。そんなことしなくてもいいと伝えてもしてくれるので、彼女も昼寝に誘ってみることにする。
 …心身の疲労はまともな考えを生まない。脳を整理するために睡眠が必要とも言われている。物事には時間が必要なこともあるのだ。

幕間「穢れゆく魂」

 灯明から招集がかかった。街の情報を集めて路地を歩いていた時に構成員に接触され告げられた。
 招集がかかるほど大きな仕事をするには間隔が短すぎる。少し身構えながらBAR灯火を訪れる。いつもの面々が既に待機していた。
 …先日、ネロが気絶してから彼女の様子を見かけることはなかったが、この日のネロの姿を見て、私は驚きはしなかった。
 彼女の指はいびつに伸び、額からは角が生えていた。…どちらも穢れの影響だろう。やはりマスターは彼女に再び処置を施したらしい。
 ネロが不安そうな表情で、何か言いたげな目をしているのは、ベルとの関係に亀裂が入っているからだろう。…彼女を取り巻く物の多くはとても良い状況とは言えないが、この反応だけは正常で良かったと思う。二人にとって互いに初めてであろう(もしくはその機会は少なかったであろう)友情を感じていた相手のはずだ。なんとか上手く仲が直るといいが。

 時間になってもリリーが来ることはなかった。
 構成員は彼女抜きの6人で依頼の話を始める。ということは、先日のように特別大きな仕事という程ではないのだろう。
 とは言っても、彼は一週間後の指定時刻に、とある路地裏へ行くよう告げるだけだった。
 詳しい話は依頼者が直接会ってするというやつだ。これまでの貴族や社会的地位の高い者からの依頼と同じ方法。今回も厄介なものの予感がした。
 また、彼は私達に粗相がないように何度も念を押していた。それほどまでに特殊な相手だと。
 私に“仕事”以外のことを期待しないで欲しいと、ひとりごちってみれば、それも仕事の内だとドクやジンジュウに諭される。全くおっしゃるとおりで……。我ながら子供じみた予防線だったと思う。礼服ぐらいは用意しておくべきか。

 彼の話が一通り済んで解散の雰囲気になると、ネロがベルに小包を差し出した。先日迷惑をかけたお詫びらしい。
 しかし、ベルは拒絶の言葉とともに中身を確認することもなく、恋人(アンデッド)にその包みをはたき落させた。そのはずみで、小包は中身ごと元の形を失ってしまった。
 小包の中に入っていたものが、カースレベリオンだとその破片からわかった。対魔神のマジックアイテム。魔神で迷惑をかけた彼女なりの気遣いだろう。……私が真っ先に思い出したのは鍋底の一件だが。
 ネロが身につけているマジックアイテムの数が減っているのも、新しい痣が増えてるのも、これを用意するガメルを工面するためだったのだろう。それだけ、わからないなりに誠意を示したかったのだと思う。
 だが、そんな思いをベルが拒絶してしまう理由もわかる。
 ある程度心を許し始め、危険な仕事を共にしてきた者から、不意に刺されて動揺してしまうことに不思議はない。
 だがネロは、張り切って空回りしただけで、その気があったかどうかは言うまでもないだろう……。それで片付くならいいのだが、そもそも元々私達は仕事の関係でしかない。その仕事で大きなヘマをしたのだ。偶然危機的なタイミングではなかっただけで、状況によってはかなり危険なものだったと言わざるを得ない。こと、ベルにおいては恐らく『次』はないのだから余計に敏感になってしまうだろう。

 何らかのことを為そうと動いた結果である失敗というものは誰にでもあるものだ。私だって鍵屋のくせに錠の解除で失敗はするし(大抵仕事への躊躇いや思うところがあって、集中出来ていない時だ。そして今回も同じ失敗をしたので注意すること。)、能力で言えばヴィリアに劣る。だがそれが許されている、あるいは単純に大きな問題になっていないのは、彼女ら自身の命に危機がない状況だからだ。
 直接、利益も理由もなく身を傷つけられて、即笑って許せる者がいるとすれば、それは良い人ではなくどこかが壊れた異常者だろう。…他のメンバーもネロを危険視する可能性が十分にある失態だったのだ。ベルだってそんな簡単に許せるはずもない。

 そんなベルが実際この先どうしたいのかはわからないが、私は彼女に『後悔を抱えながら生きることは辛い』ということを伝えることしかできなかった。
 多分、ここにいるメンバー達がこんな汚い仕事ばかりの裏ギルドに手を出したのは、自身の幸福に繋がると思ったからだろう。あるいはそうせざるを得なかった、というのは嘆かわしい話だが。
 はっきり言って後悔が常に脳裏に張り付いている私の人生は、楽しいものではない。(まぁ私に関しては楽しいものであっていいはずがない。)
 だから結果どういう道を選ぶことになろうと、せめて後悔のない選択をするべきだと、そう思う。……彼女の場合、まだ取り返しがつくのだから。

 拒絶の言葉をいくら投げつけられても、ネロはそれを不当だと言い返すこともせず、自己擁護の言い訳をすることもなく謝罪し続けた。心からの謝罪だった。…誰が見てもそうだとわかるものだったと私は信じたい。
 ベルだってそういう人付き合いをした経験が浅いのだろう。ネロのその様子に、彼女は少し戸惑ったように見えた。踵を返してその場を退散しようと駆け出した彼女の足が、ネロが渡したかったカースレベリオンを踏みつけてしまった。…その時の目を見るに、ベルは故意で踏んだのではなかったと思う。
 私情としては、彼女たちにあえて過酷な道を歩んでほしいわけではなかったが、現状、私はこの問題に深く踏み込むべきではない。
 この関係性の決着に深く踏み込む理由があるとすれば、現在の亀裂が入った状況では、仕事に影響がでないと言い切れないことぐらいだろう。心理的要因で公私の分離することは、世間で言われている頻度に比べて簡単ではないことを私は知っているつもりだ。

 砕けたお詫びの品の欠片を、肩を落としながらかき集めるネロに、装飾品を修理できる者が街にいないか探してみると告げるが、返事はなかった。無理もない。
 灯明の構成員が、使えそうな部分を買い取ることを提案したが、ネロはやはり自分が選んだ物を渡したいとその提案を断った。
 礼服を用意する必要もあったため、私はBAR灯火を後にした。
 1000ガメル程度で適当な礼服を購入した後、マジックアイテムの修繕ができる者を探すべく、いろいろな場所をあたってみたが、完全に技術が失伝していない魔動機ならともかく、何しろ魔法文明時代の希少な遺物だ。自分の準備を済ませつつ、一週間かけて探してみたが、成果はさっぱりだった。
 
 迎えた指定日時。
 指定された路地裏に礼服を纏って向かった。着慣れない服装は動きにくい。多少苦心しつつ、半刻程前には路地裏周辺を調べ上げ、異常がないことを確認した後、指定の位置に着くと、既に誰かがその場にいた。
 一瞬、その人間が私達を呼び出した人物かと思ったが、背格好や佇まいの癖からそれがジンジュウだとわかった。聞けば一時間程前から立っているらしい。身なりにもかなり気合が入っている。ドレスコードがあるほどだ。今回の仕事相手が貴族である可能性は十分にあった。彼はそういう者達へも顔を売り込みたいのだろう。…相変わらず何故だかはわからないが。
 しばらくして、ほかの面々も集まってきた。
 礼服を着ているのは私達の他にドクとベルとその恋人(アンデッド)だった。
 ベルの恋人に関しては、さすがにアンデッドそのままはまずいと思ったのか、ディスガイズでリカントの男性に見た目を偽っていた。ディスガイズは目の前にいる人物か、もしくはよく知っている人物に対象の見た目を偽る魔法らしいが…彼女に縁のある人物なのだろうか。
 ドクは、礼服こそ着ているが相変わらず顔が見えない。彼を見ていると礼節とは一体なんなのかよくわからなくなるが、歩み寄る気があるという意思表示自体が大事なのだろう。
 ヴィリアとネロはいつもの服装だ。それを見てジンジュウが渋い顔をしていた気がする。
 ネロはテープで形だけ修繕したカースレベリオンを、ベルに渡そうとしたが、やはりそれが受け取られることはなかった。

 指定の時間になると、不意にどこかへつながる次元の門が開かれた。中の様子を見るに、どこか城の玉座の間のような…そんな印象を受けた。
 そしてどこからか、どこか嗜虐的な雰囲気を持つ女性の声が聞こえてきて、入るように促された。
 ジンジュウがかつてないほど丁寧に受け答えして入っていく。私達もそれに続いた。…やり取りは彼に任せたほうが良さそうだ。

 ゲートをくぐると、やはりそこは広い城だった。
 待ち構えていた声の主を見て、思わず息を飲んだ。

 吸血鬼アミレア
 蛮族ながら、美しい容貌の彼女は、その声に似つかわしい表情をしていた。
 正確な相手の技量が測れたわけではない。本来ならもっと注意深く見るべき相手だ。しかし、そんな値踏みするような視線すらも相手を不快にさせてしまうのではないかと慮らざるを得ない程の存在だと、本能が告げていた。
 そうしてようやく私は思い至る。あのゲートが小賢しいマジックアイテムや長時間の行使によってあらかじめ用意されたそれ専用の魔法の等の類ではなかったのだと。
 私からしてみれば御伽噺に聞く程度の高位魔法であるディメンジョン・ゲートで、彼女は私達を招き入れたのだ。人族でこれを操れる存在が一体何人居るだろうか。

 今までブルガトリオやスペクルム等、生存本能が危険を告げる程の貴族に会う機会は何度かあったが、彼女はそのどれよりも、明らかに、高位の存在だった。
 失礼の無いように細心の注意を払うとか、最大限の礼節を尽くすとか、そういう話ではない。
 生物としての私達は、彼女に弄ばれるために存在している。そう思わざるを得なかった。彼女の前には、私は子犬にも満たないだろう。

 アミレアは、私達を値踏みするかのように見る。
 その視線に晒されて、私は片手で体を抱いて体の震えを抑えるのが関の山だった。
 彼女はどうやら私達の服装を見ていたらしい。礼節を尽くす気があるか、という姿勢を見られていたのだろう。
 穢れを持つ者自体にあまりいい顔をしなかった上に、そういう心得がない者が居たものの、彼女はそう機嫌を悪くはしなかった。

 ジンジュウが丁寧な口調で彼女とやり取りを進める。
 アミレアは、私たちを面白そうな人たちだから話してみたいと前から思っていたという。一応私達は裏ギルドの仕事として動いているのだが、いつどこでそういった情報を掴むのだろうか。
 その会話を聞いていた私に、彼女は語りかけてきた。……何を聞かれて、どう答えたのか、正直よく覚えていない。だが、彼女の機嫌を損ねてはいないので、そんなに悪い返答をしてはいなかったはずだ。

 さて、そうしてしばらくジンジュウと話をした後、彼女はようやく依頼についての話を始めた。

 依頼の内容は『ある施設から、10歳になる人間の子供を攫ってくること』。
 決行日時は、明日。ターゲットである子が誕生日を迎える新月の日。
 ターゲットの子供は、どうやら特別な血を持っているらしい。具体的にどういうことなのかはわからないが…吸血鬼である彼女にとっては、とても重要なことなのだろう。
 また、その施設には複数の子供達がいるらしく、連れてきた子供達の人数に応じて追加の報酬を支払うらしい。
 さらに、そこそこ腕の立つらしい見張りの人族も数名常にいるらしい。彼女にとっての娯楽になるので、彼らを殺害することでも追加の報酬を支払うとも言った。
 つまり、仕事中の私達の動向をどうにかして見ているということだ。…いつも以上に下手な動きは避けるべきか。

 そんなことを考えていると、彼女は下手な動きをするとどうなるかを私達に見せつけてみせた。
 ベルを雷の縄で拘束したのだ。ライトニング・バインドと呼ばれる高位の真語魔法だろう。
 突然の出来事に、ベルは当然彼女に訴える。

 ……私は動けなかった。足の裏が地面に張り付いていたんじゃないかと思う程。
 実際、この時は下手に動かないことが正しい対応だったと思う。自身の身を守るためでもあるが、そのまま力を込められた場合ベルが無事であるとも限らないからだ。

 しかし、ネロはベルの拘束を解くよう、アミレアに強い敵愾心を向けて訴える。
 すかさずジンジュウが謝罪し、視線で彼女たちを制する。 
 そうしてようやく、ベルは無傷で解放された。…一応、加減をしていたらしい。

 結局、施設についての詳しい情報も、報酬の具体的な話も、彼女の口から出てくることがなかったが、とてもそれを聞く気にはならなかった。与えられた仕事をこなすこと以外、何も考えない方が良さそうだった。

 最後に、アミレアは再びディメンジョン・ゲートを開き、私達を路地裏へ帰した。
 ゲートが完全に閉じたのを確認し、一気に緊張の糸が解ける。
 矢面に立って会話を行っていたジンジュウも、さすがに滝のような汗を流していた。…お疲れ様。
 下手なことを口走る可能性を抑えるために、喋ることができなかった。と彼に謝罪するが正直なところ、恐れに耐えて体裁を整えることに必死だっただけだ。

 解散間際、ベルに声をかけられる。
 アミレアが今も私達を見ていると思うか。今回の仕事についてどう思っているのか。
 アミレアの口ぶりから、私達のことを観測する方法があるのは明らかだったことを告げる。
 ふと何かの気配に気付いてそちらを見れば、一匹の猫がこちらを見ていた。…なるほど。彼女は使い魔を通して私達を見ているのだろう。
 後者の問いである今回の仕事に関しては、私はあまり気が進まないことを告げる。
 今回の仕事は、言ってしまえば吸血鬼の食事の調達。それ自体はまだいいが、問題はその実態が人族の子供の誘拐であることだ。気が進むわけがない。
 ベルがわざわざこんなことを訊いてくるのは、私が過去に一度、子供を…メグを助けたことがあるからだろう。
 私にこの仕事がちゃんと遂行できるか疑っているのか、それとも彼女なりの気遣いなのか。
 とにかく、自分たちの意思とは無関係に、それが仕事ならばやらなければならないと伝える。…ことベルやネロに関しては次もない。だから彼女にもこの仕事を躊躇して欲しくはなかった。彼女が実際この依頼に対しどう思っていたかはわからないが。
 …そう、今回は子供自体がターゲットなのだから、やるしかないのだ。 

 この日のうちに、施設についての詳しい情報を調べ上げる。
 しかし出てくる情報はかなり少なかった。二階建てであること。正規兵クラスの常駐戦闘員が数名いること。子供たちの寝室が二階にあるらしいということ。この程度である。

 また、アミレアについての噂も聞くことができた。
 かつてアミレアという吸血鬼は、神となる者へ隷属するよう求めたが拒否された。
 ならばと実力行使をしたところ返り討ちにあい、彼女は封印を受け、ある城に数千年の間幽閉されているという。…彼女が娯楽を求め、それに報酬を払う理由は大体察した。
 また、彼女に施された封印は、太陽と月の力によるものだそうだ。
 つまり新月となる決行日には、彼女の封印が一部弱まる可能性がある。それでも自分で子供達を誘拐しないのには理由があるのか…あるいは、これも単に娯楽なのかもしれない。そもそも上位者のきまぐれなど私に理解できるわけがない。

 新月の夜。作戦決行の時間。
 施設の周辺には、情報通りそこそこ腕の立ちそうな人族が数名立っていた。
 月明かりもない夜闇に紛れて彼らの目をかいくぐり、南側から侵入する。
 一階に人の気配はなく、静かなものだった。念のため安全かどうかの確認は行う。

 西側の倉庫に鍵はかかっていた。そこまで難しい鍵ではなかったはずだが、私はその開錠に失敗した。
 代わりにヴィリアが開錠を試みるとあっさりと成功させてくれた。…依頼の内容が内容だけに、私は無意識ながらあまり集中できていなかったのだと思う。
 改めて気を引き締めて倉庫の中に入れば、そこにはこの施設に詰めている者達が着ている服と同じものが沢山あった。そしてこれは幸い、この施設のどこかに使えそうな鍵もポケットに入りっぱなしだった。
 これらを使えば、彼らに変装ができるかもしれない。そう思って各々着替えたりその変装を手伝ったりしてみたが…ネロだけはどうしてもうまくいかなかった。娼館の仕事による肉体へ直接施された装飾や、穢れで現れた肉体的変化で、もうごまかせないところまで来ていたのだ。
 着替えを手伝った際に近くで見たアルヴの白い肌は、以前より内出血や火傷痕が一層痛々しく、マジックコスメであろうと隠すのは難しい。首や足の枷も簡単に外せるものではない。…私では理解が及ばない、彼女に刻まれた欲望の痕跡に、喉奥から何かがこみ上げそうになる。
 完璧な変装は諦めて、コスメで顔だけは軽く整えてやる。…損傷さえなければ、少なくない誰かを振り向かせるぐらいの女性になれていただろうに。そう思ってしまった。そうでないから、彼女は今ここにこんな痛々しい姿でいるのに。

 一通り身なりを整え、次は施設北側へ。
 出入り可能な場所があったので、万が一を考えてその場所は通れないように、物や罠で塞いでおく。
 私達もそこを脱出には使えなくなるものの、建物内で二手から攻められるよりはマシだ。…最も好ましいのは、このまま騒ぎがなく終わることだが。

 続いて施設一階中央の部屋を見てみれば、そこは積み木などが用意されている子供向けの遊戯室だった。
 施設で過ごしている子供達のためのものだろう。これだけではどういう施設なのか未だわからないが…。
 ふと真上から物音がしていることに気づいた。上の階にも部屋があり、どうやら何者かが起きているらしい。

 1階を全て見回し、懸念点の有無と退路の確認は済ませた。
 暗い廊下と階段を静かに通過し、二階へ上がる。
 中央の部屋に誰かいることは確認済みなので、先にその他の部屋を確認する。

 西側にある小さな部屋に気配はなく、扉は魔法で強固に施錠されていた。よほど重要な部屋らしい。
 アンチスペルピックによる開錠を試みる。強固であればあるほどマナを多く使いながらの作業になるが、やはり問題なく鍵は開く。…スミスの技術力には相変わらず驚かされる。
 扉を開くと、そこは書斎というべき様相で、書類が大量に保管されていた。
 軽く情報を洗ってみるかと、ざっと調べてみて、言葉を失う。

 ここはどうやら魔人憑きについての研究を行う施設のようだ。
 魔人化血清を安全に使用するための研究に、子供達は利用されていた。
 そしてこの実験において、今のところ成功例は出ていないらしい。…どれだけの子供が犠牲になったのだろうか。
 現在は子供達を訓練し、肉体を強化する方向でのアプローチを試みているようだ。

 碌でもない研究をしているとぼやいてみれば、ネロは不思議そうにしていた。
 ――安全に強くなれるならそれはいいことだ、と。

 そんな技術が確立されて広まってしまった日には、私達の仕事や生活はより困難なものになるだろう。
 …ことこの街においては、魔人化への抵抗が他よりも少ないと思われる。
 アウトロー共はもちろん、様々な者達が見境なく魔人化を行ったとして。私達はそれに立ち向かう必要が出てくる。
 力を手にした者達が、それを振るわずにいられるだろうか。既に弱肉強食というべきこの街で、そんなことは多分ない。
 社会構造自体が変わることはないだろうが、より生存競争が苛烈なものになるだろう。その中で私達は生き残れるだろうか。
 そもそも魔人化血清の安全な使用とはどういう意味なのだろうか?
 死亡せず魔人化することか。不可逆な変貌をしないことか。
 …いずれにせよ、魔人化を重ね、もはや目的意識のみで動くだけの、人と呼べるものでなくなった英雄を私は知っている。
 魔人化を重ねた者はいずれ人という存在から逸脱する。そういう認識が私の中にはある以上、私はこれを碌でもないと言わざるを得なかった。

 では…この子供達を解放することは正しいことだろうか。
 自由に生きることはできず、実験生物として使い潰される人生なんて、正しくはない。
 だからといって、吸血鬼の食事となることが正しいことだろうか。間違ってもそんなことはない。
 …一体どちらがマシなのだろうか。
 いずれにせよ、私は仕事をこなさなくてはならないのに、そんなことを考えずにはいられなかった。

 研究資料の傍らに置かれていた魔神化血清をこの場で台無しにすることも考えたが、大人しくドクに投げ渡す。
 …下手な行動は極力避けるべきなのは、何もアミレアに監視されてるからというだけではない。

 ターゲットである特殊な血を持つ人間の子供についての情報も掴んだ。
 どうやら蛮族の力を強める血を持つ子供らしい。…アミレア程の蛮族がさらに力を望むとは。封印の打破が目的なのだろうか。
 嫌な予感はしているが、やはりこれも実行するしかない。
 彼女と対面した時、虚勢を張りながらも内心怯えた子犬のような心境だった自分を思い出してやるせなくなる。情けないとは思わない。私がどれだけ力をつけようと、彼女はどうにもならない次元にいるのが明らかだったから。

 書斎をあとにし、ターゲットがいるであろう中央の大部屋へと近づく。
 部屋近辺の床が、うぐいす張りのように音を立ててしまい、一度全員で隠れる。
 大部屋の鍵が開き、誰かいるのかという問いと共に男が顔を出した。その装備から、中堅冒険者程度の実力はありそうな重戦士であろうと思われた。
 どうにかして部屋の中の様子を伺えないかと思案していると、気のせいかと言わんばかりに扉が閉め、鍵もかけられる。

 ヴィリアが透明になって侵入するのはどうだろうかということで彼女に任せてみる。
 倉庫で見つけた鍵を渡し、ほかの全員が廊下の角で様子を伺う。
 鍵を差し込んで、扉を開錠する音が響く。中の彼はそれに気付いた。
 再び彼が顔を出し、周囲を確認し始めた。
 中の戦力が彼だけならここで無力化することは容易いが…他に誰かがいた場合、騒ぎになってしまうことを避けられない。
 ドアの前に男が立っている以上、ヴィリアが彼の脇を通り抜けることは、露見してしまうリスクが高い。
 攻めあぐねていると、顔を出した彼は、一応外の連中に報告するか…と部屋へ戻ろうとしてしまう。それはまずい。

 慌ててポーチからネズミ玉を取り出し、ネズミの幻影を彼の目の前に通過させる。
 彼の注意を引けたらしく、ネズミの幻影を目で追っていた。
 すると、どうかしたのか、と中からもうひとりの男の声がした。
 しばらく二人はネズミに対しての問答を行っていた。
 いつの間にか、ネロが廊下の奥に魔神の幻影を作っていた。
 それに廊下から顔を出していた男が気づいて声をあげるが、部屋の奥にいる男は気のせいだと言い張り、出てくる気配がない。

 変装を活かして誘導することにする。
 私は彼らの前に姿を晒し、騒がしいと言いながら交代要員のように振舞う。変装がバレることはなかった。
 魔神の影が見えると言い張る男の肩を持つように、部屋の奥にいる男に一緒に見てやってくれないか呼びかける。
 そうしてようやく部屋から引っ張り出すことができた。…どうやら邪神の神官のようだ。
 彼らが廊下の先にいるネロが出した魔神の影に気を取られているうちに、私は素早く武器を抜く。
 それを合図に、角で構えていたメンバーや、ドア脇に潜伏していたヴィリアとともに、一斉に二人を制圧。騒ぎを起こす前に事を済ませた。

 そしてようやく大部屋に入ってみれば、子供達が寝ているベッドのような装置が5つ、目に入った。
 ターゲットと思われる人間、ナイトメア、ティエンス、エルフ、子供型ルーンフォークの5名。アミレアとしては子供の数は多いほど好ましいらしいが…。
 全員が装置に拘束されてたまま眠っており、とにかくまずはそれを解除する必要があった。

 装置の開錠自体は一応可能そうだったが、相当強固な物理的な錠になっている。これはアンチスペルピックではダメだ。手持ちの道具では厳しいだろう。となれば物理的に破壊することに考えが至る。
 そうして装置を見ていくうちに、開錠に失敗するか、破壊するかをしても、アラートが鳴るような仕組みになっていることに気付いた。何事も起こすことなく仕事を終えることはできなさそうだ。

 どうするか思案していると、突然大部屋の中にリリーが姿を現す。彼女自身も何が起こっているのかは理解できていないようだった。……アミレアにテレポートで飛ばされたのだろうか?
 ともかく、これから荒事になりそうだったので、手が増えたのは助かった。
 状況を軽く説明し、子供達を誰が運ぶかを相談する。子供達を運搬しながら戦闘を行うのは苦労しそうだ。あまり支障がないメンバーにどうにか背負ってもらうことにした。ジンジュウが最優先目標をしっかり意識していてくれたのは助かった。
 そして戦闘準備を整え、装置の破壊にかかる。子供たちの拘束が外れると同時に、けたたましいアラートが施設周辺に鳴り響いた。外が一気に騒がしくなる。
 …この子供達は、私達の仕事が終わるまで一度も目を覚ますことがなかったが、睡眠時に何かを盛られているのだろうか。

 先行して階段を下ると、既に警備の数名が二階への階段を目指しているところだった。
 重戦士二人、錬金戦士二人。平時ならさほど苦戦する相手ではないが…こちらは万全とは言えない。
 慎重に事を構えるべく間合いを測り、戦闘を行う。
 
 程なくして、高位司祭が私達が目指すべき出口に立ちふさがるのが確認できた。…骨の折れる相手だ。
 ただ、少しして、何かが羽ばたく音がこの施設に近づいてきているような聞こえてきたような気がした。
 訝しく思いながらも、交戦を続け、後は立ち塞がる司祭をどうにかすれば…というところで異変は起こった。

 聞き覚えのある女の声が響く。
 アミレア…彼女の声だった。
 ――見ていたら、楽しみたくなってしまった、と。
 そう言いながら、彼女は近くにいた高位司祭を撫でるように殺害し、アンデッドに変えた。

 アミレアが私達に刃を向けている……?一瞬全身の機能が硬直し止まりかけたが、わずかに残る生存本能をフル稼働させて、なんとか彼女を観察する。
 城の外では封印の影響を強く受けるのだろうか?城で会った時よりはプレッシャーを感じなかった。それでも十分に強いということはわかったが…。
 未だ残る封印の強固さから、彼女を城に追い返すこと自体は可能そうだった。

 アミレアは、自分の背後の出口を抜けて逃げても構わないとも言ったが……どう考えてもただで済むはずがない。見捨てられた者も、見捨てた者も。
 あのジンジュウが頭を抱える。……高貴な方々の気まぐれとは恐ろしいものだ。
 彼女から仕掛けてきたのだから、彼女が敗北しても気分を害すことはない…とは言い切れないのがとにかく懸念点だった。
 かといって彼女との戦いで倒れると、ただ死ぬだけでは済まされないような気がしていた。
 そして…全力で抵抗しなければ間違いなく打ち負かされるということも。
 つまりどのみち、私達は彼女の娯楽に全力で付き合わなければならない。そしてそれが私達の“仕事”なのだ。

 全員の持ちうる力をもって、全力で対処を行う。
 こっちは必死だというのに、彼女は封印とは無関係な部分で、明らかに手を抜いていた。魔法は私達がギリギリ耐えうる程度で行使してくるし、こちらの攻撃をわざと受けてるのかと思われても仕方のない回避行動ばかりだったし、傷がついてもその嗜虐的な笑みを崩さない。
 容赦なく私達を凍てつかせる方法もあっただろうに、無数の魔力の刃に閉じ込めてその反応を楽しんでいたり…。
 戦っているうちに手のひらの上で弄ばれてるような気分になった。気付けば抱えていた恐れはどこかへ消え去っていた気がする。…最もその後のことを考えなければの話だが。
 夜明けの日差しとともに、リリーの対奈落魔法を受け、アミレアは表情を崩すことなくその場から消滅した。封印の力で城へ戻されたのだろう。

 深く深く一息ついて、戦々恐々としながら、例の裏路地へ子供達を運ぶ。
 そしてやはり、アミレアが幽閉されている城へのディメンジョン・ゲートが開かれる。響くアミレアの声色からは、機嫌を損ねている様子がないことが確認できた。
 ほんの少しだけ胸をなでおろしながら、ゲートをくぐる。アミレアはやはり嗜虐的な笑みを浮かべてそこにいた。
 この城に居る彼女から感じる力は、外で感じたものよりやはり遥かに強大だった。しかし、一度刃を向けた相手だからか、最初ほどの緊張はなかった。…勝てる確証があるとか間違ってもそういうわけではない。
 疲れを隠せずにいながらも丁寧に受け答えをするジンジュウに、一度不敬を働いてしまったんだしもういいんじゃないかと言うが、やはり最初も最後も肝心だとドクとジンジュウに諭される。その言い分も理屈もわかるが……。いや、確かに気をつけるべきだったと思う。戦闘の高揚感が残ったままで会話すると、更なる不敬を働くことになりかねない。

 眠ったままの子供達5人を彼女に引き渡す。…これで仕事は完了だ。
 ネロは真っ先に帰りたがっていた。すっかりアミレアを嫌ってしまったようだ。それを彼女も察してかはわからないが、ネロをテレポートで飛ばしてしまった。
 報酬の具体的な話がようやく出てきたが、それもギルドの方にもう手配してあるそうなので、やはりさっさと立ち去るべきだろう。
 会話が一段落すると、彼女は最後にジンジュウを見て、彼個人に言葉を投げかけた。…どうやら彼は気に入られてしまったらしい。ご愁傷様としか言い様がない…いや、もしかして大物とのコネクションを欲している彼にとっては願ったり叶ったりだったりするのだろうか?…どちらの言葉を本人に投げかけてもいたたまれない気持ちにしてしまうだけな気がするので、ここに記すだけに留めておく。

 アミレアが再び開いてくれたゲートをくぐり、件の路地裏に戻ってきた。
 ……ネロが倒れていた。何があったのかはわからない。新たな外傷があるわけではないし、息もあるので一先ず安心だが…。考えられる可能性があるとすれば、彼女に付きまとうようになった天輪の影響だろうか…。
 ベルが、彼女をここに置いていくのかを私達に問う。そこにいたら通行の邪魔だからと。……一体誰がこんな秘密裏に使われる路地裏を通ると言うのだろうか?思わず私のきょうだい達が嘘をごまかす時の様子を思い出してしまった。…ベルの本心がどうなのかはわからないが。
 どの道置いていく気はない、と私が答えるより前に、ドクが騎獣に乗せて戻ると答えた。

 そうして気絶したネロを運び、BAR灯火にて報告を行った。
 受け取った報酬は、諸々含めて一人あたり『16250ガメル』。これが7名分だから中々の額が動いたことになる。
 あの施設に詰めていた連中を壊滅させ、子供たちももれなく彼女へ献上したためか、報酬はなかなかのものだった。…それが仕事内容に釣り合うものとは思わないが。

 あの子供たちはどうなるのだろうか。生かされて少しずつ吸血されていくのか。それともその場ですぐに吸い尽くされてしまうのか。私が知る由はない。…いや知ることはできるが、踏み込むことを避けるべきか…。
 成功すべきでない冒涜的な研究の実験体として、一生を拘束されながら過ごし、最後には処分されることと、どちらが幸せだったろう。
 何度も、自身に問い続ける。どの道、もう取り返しはつかない。
 そして私達が手を汚さなくとも、アミレアなら造作もなくできたはず。…彼らの運命は元から決まっていたのかもしれない。
 だからといって罪の意識から逃れていいわけがない。
 ないはずだ。
 だが…いよいよこの手を汚すことに慣れてしまっている実感をはっきりと得てしまっている。その事実から目を逸らすことができなかった。

幕間「Lonely Lily」

 夢を見ることがある。何度も見てきた夢。
 あの日、私が誰かを頼れていたら。
 あの日、私が共に死ぬことができていたら。
 あの日、私がちゃんと裁かれていたら。
 自分が原因で亡くなった者達の命を背負おうなどと思い上がらなかったら。
 夢から覚めれば、最悪の選択を続けた私にふさわしい場所に居ることを改めて実感する。
 今の私の生き方を、家族は望んでいるだろうか。


 ――その日仕事を求めて集まっていたのは、私の他にベルとジンジュウだけだった。
 そんな中、騒がしい足音がBAR灯火に響き渡る。
 研究者風の男が慌ただしく私達の前に現れ、依頼を受けてくれとやたら急かした。
 とりあえず、彼を宥めて話を聞くことにする。が、どれだけ言えども彼は落ち着きがない。

 後で知った話だが、彼はエフェメラルというらしい。最後まで直接名乗ってもらうことはなかったが。
 とにかく彼は急いでいた。時間がない。早く研究がしたい。そうしきりに言うので話にならない。

 …なんとかかいつまんで内容を汲み取る。
 彼の依頼はこうだ。
 『一年前、彼に死を宣告した魔物から彼の身を守ること』。明日が予告された日らしい。
 報酬は一人あたり『5000ガメル』。

 死の宣告を行う魔物…それがデュラハンの類であることは直ぐに思い至った。
 一年も放っておいた理由を問えば、研究に夢中で忘れていたのだそう。呆れた話だ。
 また、彼は急ぐあまり、ギルドを通すことなく私達に依頼を押し付けてきた。ギルドを通せと言っても聞き入れてはくれない。受付を担う者も今はちょうど不在だった。
 期日を見れば彼が慌てる理由はわかる。…仕方がないので、私達はギルドではなく直接の依頼として請け負うことにした。元より私達は、ここでの仕事がないときは個人で勝手に稼いでいるし、灯明も意に介すことはないだろう。

 承諾すると、彼の家へと慌ただしく案内される。着いたときにはもう少しで日付が変わる時間だった。
 広い庭や池があるものの、ぽつんと立った小さな家だ。あまり手入れはされていないように見える。
 周りの物は自由に使っていいから魔物を家に近づけるな、と玄関先でエフェメラルが言う。一刻も早く研究に戻りたいらしい。そそくさと家に篭ってしまった。
 言われたとおり好きに使わせてもらうことにする。そのために、ベルとジンジュウと手分けして家の周りを軽く探索する。

 南西側の腰程までの深さの池では、池の中の生き物がほぼ死滅していた。
 観察してみると、何らかの病気というわけではなく、火傷跡のような物が原因で死んでいることがわかった。何が妙なものが流れされているのだろう…。この中に入るのは危険そうだ。

 東側の倉庫を覗きに行ってみると、ちょうどジンジュウが出てくるところだった。
 倉庫の中は元から荒れていたらしく、彼は何も見つけられなかったようだ。片付けが苦手なのかと訊いてみれば、力仕事は専門外だと言って、楽器を演奏しながら去っていく。そういう問題だろうか?
 深く探ってみれば、夢幻の薬が見つかった。
 冒険者向けのそこそこ高級品のはずだが…随分乱雑に扱われている。エフェメラルがこれを必要としているようには思えないし、単なる研究の成果の一端なのだろうか。
 
 南東側の一見手入れがされていない花畑では、ある一種類の植物だけ最低限の手入れがされていることに気付いた。
 安定してマナを回復する希少なポーションの原料として知られている、美しい白百合だった。ここにだけ手入れが届いているのは、エフェメラルがこの白百合を自分の研究に利用しているからだろうか。
 これがあれば、リリウムポーションの生成ができる。…自由に使って良いらしいので、ありがたく使わせてもらうことにする。
 いくつか拝借して、ジンジュウにリリウムポーションを生成してもらった。慣れてはいないらしいが、器用にやるものだ。
 私もエウルシアに教えてもらおうか…?
 
 また、ベルがその白百合が育つ土の下から、とても綺麗な死体を掘り起こしたらしい。
 彼女の恋人に乗せられた死体を見てみれば、彼女の言うとおり、腐敗の見られない人族の綺麗な死体だった。…それも不自然なほどに綺麗な。
 それと、ベルとジンジュウの話を聞くに、北側の茂みには、毒薬で体組織を傷つけられた魔神メングルの死骸がいくつかあったらしい。

 見つかったものを総合するに、エフェメラルはそういった危険な研究を行っていることは明らかだった。
 それが原因でデュラハンに目をつけられたのだろうか…?とはいえデュラハンが死の宣告を行う理由は現代においてもよくわかっていない。考えるだけ無駄だろう。

 その辺で日付が変わる直前となった。
 不意にこの家に向かってくる魔物の気配を感じ取った。
 一つはこの花畑のすぐ近く。もう一つは家の西側。こちらはまだ少し遠いように感じた。
 臨戦態勢を取り、迎撃を行う。

 花畑の向こう側の茂みから飛び出してきたのは、デュラハンだった。
 この瞬間、嫌な予感が脳裏を横切った。
 ……では、西側の気配は何なのだろう。
 いつでもそちらに走れるように陣取りながら、デュラハンを手早く排除するために動く。

 デュラハンは最初、私達に目もくれることなく、エフェメラルの居る家に向かって突進しようとしていた。それをベルの恋人が止めるが、どう考えても手が足りない。
 さらにベルがアリクイ頭の魔神ゼヌンを呼び出し、西側の気配へ対応できるように計らう。ネロの召喚とは明らかに違うが……魔神化によるその力を信じていいのだろうか。しかしそれを気にしている暇はなかった。

 どうすべきか、思案を巡らせていると、不意に見知った声と気配がした。
 ヴィリアだ。どうやら私達が依頼へ向かう姿をいつからかどこからか見ていたらしい。神出鬼没なのは実にレプラカーンらしい。
 彼女に依頼の内容…というより、誰を倒せばいいのかを手短に伝え、手伝ってくれないかお願いする。それを彼女は聞き入れてくれた。報酬についてはエフェメラルに上乗せしてもらおう、そう思っていた。

 そしてまもなく、西側の気配の主が姿を現した。
 デュラハンナイト。エフェメラルが何故二体のデュラハンから狙われているのかさっぱりわからなかったが、どうもデュラハン達自身の意思というより、何かに指示をされているかのような印象を受けた。
 ベルが操るゼヌンを軽くなぎ倒し、そのままの勢いで家に突進しようとするデュラハンナイトを、ヴィリアが引き受ける。
 私も南東側のデュラハンを始末し、武器を投げながらそちらへ向かう。…ヴィリア一人に接近戦を任せるのは少し申し訳なかったが、私ごときが下手に飛び込めば、それこそ足を引っ張りかねない。

 ジンジュウの指示や呪歌の補助もあり、ようやく形勢有利となったが、デュラハンナイトの魔法を受けたベルの恋人は、形を保てなくなっていた。
 それに憤慨したベルは、アンデッドや魔法生物等を灰に還す魔法を放っていた。相手がアンデッドだろうと恋人に手を出した相手には容赦がない。
 それに加えて、ジンジュウの奏でる旋律や、ヴィリアの刀剣と魔神化の力で、デュラハンナイトをついに打倒された。
 私の攻撃はほとんど当たらなかった。……虚勢を張ってはいるが、やはりこのあたりが関の山なのだろう。元より自衛がせいぜいだ。私は一体何に期待していたのだろうか……。

 全員の状況を確認し一息ついて、家の中に篭っているエフェメラルに報告を行うべく、玄関先に向かおうとした時だった。
 不意に覚えのない青年に声をかけられる。
 私達が灯明の者であることを知っているようだった。…より詳しく言うなら、これまでの私達の活動を、まるで全て見ていたかのような口ぶりだった。

 この街には似つかわしくない、なんの変哲もない、平和な村育ちの青年といった風貌で、まるで覇気や力を感じられなかったが、現れたタイミングを考えると彼は只者ではないことは明らかだった。
 彼は、提示された報酬額を払うので、この家の中に居る人間を殺させてくれ、と言う。
 別に私達を殺しても構わないが、気が変わったのでこの条件を提示した、と、そんなことも言っていた。彼からは力も殺気もまるで感じられなかったが、表に出ていない奈落の黒を思わせる不気味さが、私の警戒心を引き上げた。
 ジンジュウが、エフェメラルに提示された報酬額を偽り、一人あたり7000ガメルを要求した。豪胆なのか、警戒心が弱いのか…後者ならここまで生きていられないだろうが。
 意外にも青年はこれを承諾し、面倒だから一人あたり1万ガメルとして手を打った。どう考えてもその金払いができそうな見た目をしていないが…。
 灯明からの直接的な依頼であれば断っていたとは思うが、今回は私達個人で受けた依頼だ。…別に構わないだろう。何故エフェメラルがそんなに殺意を向けられているのかは知らないが。

 その話が一段落したところで、何者なのか、と彼に問う。
 彼は自らを“ロッサ”と名乗った。この辺りでは聞かない名だ。
 出身は『アスセーナ村』。これも知らない。交通網がボロボロで大都市の外は危険の多い現代において、守りの剣すら設置されていない知名度の低い集落など無数にある。多分、これもその一つだ。

 その名に覚えがない私達に、彼は反応を示した。話していないのか、と。
 そして、金のために集まっただけの群れなので無理もないか、と私達を指して言う。私個人の目的はともかく、別にその認識で構わないし、間違ってもいない。元より私達は語り合う仲ではない方が好ましいのだろう。

 そして、リリーの過去について興味がないかと問いかけられる。
 興味があったとしても、本人の預かり知らぬところで勝手に聞くつもりはない。そう答えると、そういう答えが聞きたかったと、彼は私を嗤う。
 そして彼は構わず、リリーの過去について話し出す。

 
 リリーは、恋人、家族、友達、すべてを故郷もろとも魔神に滅ぼされた。それだけならそう珍しい話ではないのかもしれない。
 しかし、リリーの恋人は…その人に姿を成り代わった魔神だった。
 ダブラブルグという観測者として送り込まれる魔神は、蛮族のオーガよりもより高い解像度で、他者の姿を取ることができると聞いたことがある。恐らくこれのことだろうか。
 当然彼女はそんなことは知らなかった。知らぬ間に入れ替わられ、知らぬ間に恋仲になって。
 真に愛していたのだろうか。その魔神は自らを送り込んだ者達への連絡を断った。
 ……結果として、それが原因で、魔神の軍勢を呼び寄せてしまった。
 連絡が途絶えたため、有事と判断されたか、それとも裏切り者と判断された魔神への罰か。それはわからない。

 だがそうして、魔神の軍勢がリリーからすべてを奪い去ったという事実だけが、彼女の元に残った。
 それが魔神へ敵愾心を向け続ける理由となっているのは想像に難くない。多分、わざわざこの街に来たのは、奈落が近いからというのもあるだろうし、灯明のような裏ギルドで活動すれば金銭に困ることも殆どないからだ。…稼ぎは十分なはずなのに、彼女が金銭の工面に苦労している理由も腑に落ちる。
 全ては魔神への恨みを晴らすため……。積極的に汚い仕事に手を染める理由は、きっとそれで十分なのだろう。


 …“ロッサ”の話に嘘は殆どなかったと、断言する。
 その口ぶりが、あまりにもその現場にいたかのようなものだったから、というのは当然だが……
 目の前の人物の節々からかき集められる情報から、私は気付いてしまった。
 人の姿を取る魔神は他にもいる。……言葉や口調や仕草だけではなく、記憶まで完璧な模倣を行う存在。
 ――ドッペルゲンガー。それも、私の知っているドッペルゲンガーと、彼は何かが決定的に違う。
 目の前にいる“ロッサ”という青年の正体がそれである、と気付いてしまった。
 彼に感じていた不気味さの正体に納得がいくと同時に、一気に生存本能が警鐘を鳴らす。
 そんな私を彼は一瞥して、見込みがあると嗤う。私の思考を見透かされているようだった。

 そして“ロッサ”は、今後リリーの話を聞かせてくれないかと言う。……また、彼女に好きだと伝えて欲しいと。
 魔神にそういう感情が元々あるのかはわからないが…目の前の“ロッサ”はそういう感情を確実に理解している。
 そんなに気になるなら自分で話に行けばいいと言えば、それでは面白くない、と彼は言う。思考が読めず、とにかく不気味だった。

 ひとしきり彼が話し終えると、彼はエフェメラルの居る家に入り、間もなく事を終え、再び私達の前に姿を現した。
 そうして金銭の話をし始めた。
 今この場で受け取るか、灯明を通して受け取るか。
 今回灯明を通す意味はまるでないが、それを可能にすることができるコネクションを持つ人物であるという口ぶりは、私達を牽制するには十分だった。…最も、彼にとってこの場で私達を始末すること自体がそう難しい話ではないのだろうが。
 その場で受け取ることを希望すると、彼はどこかから4万ガメル…一人あたり1万ガメルを地面に落とし、彼は去っていった。

 彼が何者なのか、彼の目的がなんなのか、追跡して突き止めようとするのは…得策とは言えないだろう。
 リリーの関係者だということを抜きにしても、彼が私達を殺しても構わない存在だと思っている以上、できることはしておくべきだろうとは思う。しかしさすがに相手が悪い。
 その場では下手な動きを避け、エフェメラルの末路を確認すべく、家の中を覗く。
 中の惨状は言うまでもない。大した抵抗をした痕跡も無く、極めて短時間で彼が殺害されていることがわかった。今は見た目以上の力があることが確かめられただけで十分か…。

 直接言及されたわけではないものの『ロッサ』という人物がリリーの恋人であった可能性は高い。
 当然私達の目の前に現れた彼が、リリーの知っている『ロッサ』と同じ存在とは限らない。そもそも姿形や所作、そしてなにより記憶を完璧に模倣できるならば、それは違う存在なのだろうか。…議論するまでもないが、うまく説明ができない。
 そして彼女が、自分が恋をしていた相手が魔神だと知ったら、どう思うだろうか。
 ……彼の希望通りに、この話をリリーにすべきかは悩むところだ。
 今の自分を構成する根幹に関わる話を聞かされて冷静でいられる人物はそう多くないだろう。
 仕事の関係である相手の個人的な事情に首を突っ込むこと自体がそもそもナンセンスと言えばそうなのだが…。

 いずれにせよ“ロッサ”からの接触はまたある筈。動向には十分に注意するべきだ。

第六話『Acacia.』

 ごめんなさい。

羊皮紙のうねりが他の部分よりも少し強い。


 楔の打ち込みという、前回の大きな仕事からひと月が経った。
 そろそろ大きな仕事が来る頃だと思っていると案の定招集をかけられた。よりにもよって夜中の話だ。
 しかしBAR灯火に集ったのは、ネロ以外の6人…。前回の仕事で気絶した彼女を連れ帰った後、姿を見ることがなかったが……何かあったのだろうか。

 マスターから直接依頼についての説明があった。大事な仕事であることは間違いなさそうだった。
 マスター・ギルバートが言うには、『貴族の男から依頼を受け、それを達成しろ』とのことだ。この場所でその内容が明かされることはなく、この後すぐに指定の場所へ行き、そこで依頼の内容を確認しろと。
 貴族から直接内容を聞け、という形式の依頼は、これまでの経験から厄介事であるという予測がついてしまう。
 ただし、マスターは『これまででもっとも簡単な依頼になるだろう』とも告げた。どうやら概要は知っているらしい。なぜこの場で言わないのかは不明だが、それが仕事ならばそれに従う他無い。
 人数について、マスターに間違いがないか問えば、間違いないと答えるだけだった。
 ネロがいないことで背中から刺されることがないと漏らすメンバーが数名。……仕事での失敗だ。そう言われても仕方のないこと…なのかもしれない。どれだけ支えていた事実があろうと、彼女たちには関係のないことなのだろう。仕事において役割を果たすことは、感謝されるものではなく『やって当然』のものなのだから…。

 灯火から出て、指定の場所へ向かう。そこでは見慣れた女が待っていた。
 灯明の受付嬢。今回は彼女も同行するらしい。彼女は自身を“レゼ”とでも呼ぶといいと言った。お目付け役といったところだろうか。
 この場で改めて彼女を観察したところ…到底私達で叶うような相手ではないらしい。気配や殺気などを隠すのが相当上手いようだが、強者のオーラというか…蛮族の貴族たちと似た気配を感じる。彼女は一体…何者なのだろう。

 レゼが言うには、このあたりに依頼の内容がわかるものが隠されているらしい。探してみれば、それはどうやら録音と再生を行える魔動機のようだった。
 依頼主は直接顔を合わせる気がないらしい。受注側も発注側も秘密主義なのは結構だが、もはや単に回りくどい。
 魔動機は音声を一度再生すると破壊される仕組みになっているらしい。全員に確認をとって音声を再生する。
 声の主は依頼人であるという貴族の男だろう。
 内容をまとめる。

 依頼内容は『この街に潜んでいるという自分の子供を殺して欲しい』というものだ。
 報酬は『10万ガメル』。この金額が何を意味するかなど、誰が見てもわかるだろう。
 かつて男は自分の子供を、最後には殺すこと取り決めとし、ある貴族に売ったそうだ。その金を元手に商売に成功し、今の地位まで上り詰めたのだそう。
 だからその子供が生きているならば、自分を恨んでいるに違いない。これまでの自分の悪事を暴露される等で復讐される前に必ず始末してくれ、ということらしい。
 ターゲットである子供の年齢は15か16。黒髪金色の瞳のアルヴ。


 名は『ネロ』という


 最初は耳を疑った。
 あの『ネロ・プリーシオ』で間違いないのか。ギルドは本当に承諾しているのか。
 レゼはニコニコと笑いながら、マスターは承諾済みだと言う。また、現在ネロは失踪中だとも。
 エルクロの一件や、“処置”という形で平気で殺害と蘇生を行う灯明の体質から、今回の依頼が戯れや酔狂などではないことは明らかだった。

 私達に与えられた仕事は、『ネロを探し出して始末する』こと。

 ネロが復讐など考えているようには思えない。あの生き方でそれを考えていたとすればそれは名役者ではない、ただの愚か者だ。彼女は知らないことは多いが、知能が低いわけではない。決して。
 元より報酬の金額などどうでもいい。依頼人に直接話ができたなら、そんなことを考えているようには思えないと依頼を取り下げるように…ないし一度話し合うように伝えたと思う。だがその男がどこにいるのか、私にはわからなかった。
 実の父親から殺意を向けられているケースであることも…理解したくなかった。
 ネロが父親によって売られ、殺処分前提の奴隷として扱われ、何かしらで逃れることができたものの、たどり着いた先では悪事に手を染め、何度も死んでは穢れ、その身と尊厳を貪られ、最後には父親が差し向けた協力関係にあった者達によって終わりを迎える。
 こんな話が……あっていいものか……。
 
 依頼の内容を理解したことを確認された後、レゼに促され、ネロの生活圏である凱旋通りで情報収集を始めることになった。
 ……考える暇も手を打つ隙もない。
 ネロの家、娼婦通りの酒場、大娼館バビロンの三手に分かれることになる。

 レゼはネロの家へ行くようだった。
 いち早く有用な情報をつかめれば、誰よりも先にネロと接触することができるかもしれない。…先に出会えることができたら逃げるように伝えることはできたかもしれない。
 私はバビロンの娼婦たちに話を訊くことに。
 この日の情報をまとめる。

 ネロの家では、印の付いた地図が見つかったらしい。
 それとベルが見つけた日記。まともに読み書きを習わなかったのだろう、拙い字だ。斜め読みしかできなかったが…。

 酒場では、ネロに一晩“世話”になった者が居たらしい。
 ネロは装飾品を直せる者を探してあちこち動いていたようだ。
 そしてその情報と引き換えに、ネロは男に身体を許したのだそう。

 大娼館バビロンでは、バビロンがネロの身を案じていたのか、それとも商品を長持ちさせるためかはわからないが、最近ネロが店の外で身売りを繰り返していることをやめるように言っていたようだ。
 外での身売りとなれば、安全とは言えないバビロンで管理されている状態よりも、さらに危険な目に遭うだろう。それほどまでに彼女が金銭を欲していたということだ。
 また、バビロンの娼婦同士に仲間意識は薄く、あまり期待できなかったが、アルヴの娼婦にガメルを渡して、些細な情報を引き出す。
 彼女は装飾品を修理できる者の存在を知っていた。それをネロに教えたという話も聞けた。

 いずれの情報も迷宮小路につながるものだった。
 迷宮小路には、装飾品加工技師が存在し、ネロはその人へ接触しに行ったことが明らかだった。

 情報が揃ったところでレゼは、今日の探索を切り上げることを提案した。その日、特に異論のある者はいなかった。
 夜にまた再び集合し、捜索を再開する。“くれぐれも遅れないように”と。
 この間に私はなにか手を打つべきだったのだと思う。…だが、レセの目と口ぶりは強力な牽制だった。お目付け役である彼女がこの間に何もしていないはずがない。
 ……そもそも私はどうしたかったのだろう。
 ネロに逃がすように促したとして、ネロの殺害に失敗すれば、私達がその責任を取らなければならない。…つまり私達が死ぬ。
 思考がまとまらなくて、どうすればいいのかわからなかった。この命が秤にかけられているというなら、迷う余地なんてないはずなのに……。

 ――何もできずに迎えた二日目の夜。
 全員で迷宮小路の加工技師に接触しに行く。
 工房の扉は開いており、明かりも点いていた。話を聞くにはちょうどいい頃合らしい。
 中へ入ると、優しげな老婦の声が私達を出迎えた。
 加工技師 オールドヴァー。彼女が件の装飾品加工技師らしい。
 彼女はどうやら目がよく見えていない様子だったが、何かしらの方法で私達の気配を感じ取っているようだった。ぞろぞろと大勢で上がり込んだ私達にも嫌な顔ひとつしなかった。
 加工の依頼ではなく、ネロを探していることを伝える。すると彼女は優しげな声色で答えた。
 ネロは一週間ほど前から、壊れた友達への贈り物を持ち込んで、加工の様子を見に来ていたのかオールドヴァーの元に足繁く通っていたそうだ。
 『友達への贈り物』とは……ベルにどうしても渡したかったカースレベリオンのことだろう。
 ――受け取ってもらえるといいね。
 まるで孫の幸を願うように話す老婦の口調が、どうしても忘れられなかった。

 今日、その加工が終わり、彼女はここから近くの宿へ泊まると話していたそうだ。
 ――あなたたち、あの子のお友達なんでしょう?
 私はその問に答えることができなかった。
 肯定してしまったら、また友人を手にかけることになると揺らいでしまうし……否定するほど彼女のことは嫌いではなかったから。

 ネロの居所がわかったところで、オールドヴァー老婦の元を後にし、いよいよ彼女の元へ向かう……向かわなくてはならなかった。
 前に運ぶ足が重くて、無意味に道具の様子を確認してごまかしていた気がする。
 殺す。殺さなければこちらが死ぬ。…それはいつもの仕事と変わらない。
 私はマリアやロン、エルクロや鍋底のルーンフォークたちへ危害を加える依頼を遂行するとき、どんな気持ちだっただろうか。
 ……あの時の感触と罪悪感を忘れたことは無い。その中に新たな一つが増えるだけだ。
 しかも相手は許されるべきでない悪徳者。それを始末することに一体何の躊躇があろうか。
 何度も何度も、反芻して意を固めようとする。
 しかし、そんな簡単に割り切れるものではない…割り切れるものなら最初から私は何も悩んでいない。
 私は唾棄すべきはずの悪徳者である仕事仲間達に、既に情を抱いてしまっていたのだから。

 元々ネロがこんな組織で仕事をしていることに関して邪気や悪意がないことは明らかだった。そこに今回の依頼で聞かされた彼女の過去。……同情しないわけがない。
 だけど……それでも。

 いつの間にかベルが姿を消していた。
 やがて路地の先から話し声が聞こえてきた。

 先行していたベルはネロを殺しはしなかった。私達の前に立ちふさがり、ネロを庇うように立っていた。
 彼女だってもう…その魂は限界のはずだ。本人に守り抜く気があっても、それは無理な話だとわかっているはずなのに。
 最後の最後で、彼女達はきっと仲直りをした。してくれた。してしまった。

 ドク、ジンジュウ、ヴィリアと共に私は彼女に対峙する。
 みるみると恐怖に染まるネロの表情。
 ――どうして。
 そう漏らす彼女の表情をまともに見れなかった。そんな目をして欲しくなかった。そんな目をさせたくなかった。それなのに私は自身の保身と自身の目的のために対峙せねばならない。
 何も言えないまま武器を構える…。

 するとリリーも、私達の前に立ちふさがった。
 やり方が納得いかない、と。
 彼女の中に仲間意識があったのか、それとも単に殺すことよりも活かすことのほうが有益だと判断したのか。それはわからない。
 灯明の指示に背くことがどういうことなのか…彼女は十分知っているはずなのに。

 覚悟を、決めなければならなかった。

 ネロを始末するべく動く、ドク、ジンジュウ、ヴィリア、そして私。
 ネロを逃がすべく動く、リリーとベル。
 争いの趨勢は明らかだった。…それなのに、彼女達は抵抗を諦めなかった。

 ベルに問われる。私が何故こちら側なのか…あまり不思議には思ってはいなさそうだったが…あれは…落胆の目…だろうか。
 私は彼女に、仕事は真面目にやりなさいと何度も言ってきた。
 それなのに彼女は、信念から灯明に背いた。『友達』を守るために。
 ……彼女の方が正しいと、そう思った。私がそんな生き方が出来たらいいのにと何度も思ったことを、彼女は実際に行動に移した。でも、馬鹿を見るのは彼女だ。……本当に…馬鹿なんだから。
 
 リリーは私を犬と罵った。返す言葉もなかった。
 実際に私は、灯明の犬だ。
 罪欲しさに悪行を重ね、この命を守るために命令には忠実。
 彼女…いや、彼女だけでなく他者からしてみれば、ただの我が身がかわいい長いものに巻かれているリカントにしか見えないだろう。何も、間違いじゃない…。

 私やドクのティルグリスの攻撃を受けてもなお、リリーは立ちふさがり続けたが、ヴィリアがついに彼女を地に伏せさせる。
 ヴィリアは彼女を殺しはしなかった。仕事の邪魔になったから軽く排除しただけで、ヴィリアはリリーのことを嫌ってはいなかったのだろう。実際ネロ以外を殺せという指示はない…それでいいと思う。
 その間にベルは私達に灰に還す炎をぶつける。
 ……思いと怒りの篭ったそれを私は受けなくてはならないと思った。彼女の最後の抵抗になるだろう。それすら受けることすらできなかった辛さを私は知っていた。
 並みの冒険者を焼くには十分すぎる熱量が熱くて痛くて、受けるに相応しいものだったと思う。できればそのまま気を失えれば良かったのに…。

 ネロが入り組んだ路地を必死に逃げ回るが、ティルグリスに乗ったドクが彼女の行く手を遮ることはそう難しくなかった。
 ジンジュウがベルの恋人を吹き飛ばし、ヴィリアがベルに痛いことの仕返しをするが、彼女はそれを耐え凌いだ。
 私はそれを見るなり、与えられた仕事をこなすべく走り出した。…もうその場に居たくなかった。見たくなかった。動かす足は鉛のように重たかった。それでも止まることはできなかった。

 ……ネロを追い詰める。私達の殺意が彼女を傷つけ、ネロは這いつくばって逃げようとしていた。
 みすぼらしい服装から覗く白いはずの肌にはもはや傷が無い部位がなく、新しい傷や打撲痕が複数増えていた。

 ――みんなのために頑張ってきたのに…どうして…?

 ネロの嘆きを聞いてようやく……彼女の顔をその日初めて直視する。感じたのは胸の奥をずたずたに引き裂かれて、その傷に冷たい風が吹き付けるような痛み。知っている。これが耐え難い痛みになるものだと。
 信じていた者に裏切られた、ひどい絶望で涙に濡れた表情。……他の何よりも大切にしていた金銭を仕事道具に変えていたことを始め、彼女が私達のためにどれだけ献身的だったかはそれを受けた自分がよく知っている。
 この所、ちゃんと食事をとっていなかったのだろう。ネロの顔は随分とやつれ、片目が凹んでいた…。情報と引き換えに身を売ったせいだろうか…。

 生まれてろくに面倒も見られず、父親よって売られて、最後には殺すことを前提に長年扱われ、命からがらこの街に逃れて…。
 ようやく初めて出来た友達とどうしても仲直りしたくて、自身の尊厳も生活も投げ打って。やっと形にできたのに。
 ネロはどれだけ苦しんだだろう。辛い思いをしたのだろう。

 私は……彼女のような不幸な境遇の者に、今まで味わった苦痛に見合うぐらいの幸福を願っていた。なぜ私は彼女の未来すべてを奪い去ろうとしているのだろう。

 彼女はこれから先、どれだけ辛い思いをするのだろう

 その思考が、私の頭を満たしていた。故に決心がついた。ついてしまった。
 何故、という彼女に、知らない方が良いであろう事実…依頼主が実の父親であることも告げず、私は事を終わらせるべく、刃を振り下ろす。

 ……これ以上、もう苦しむことはないから。もう無理をしなくていいから…。だから次の人生はどうか……幸せなものであって欲しい。だからここで。

 せめて救いを与える気持ちで、できるだけ苦しまないように、確実に、彼女の胸を穿つ。
 ズブリと、肉を裂いて心臓に刃物が埋まっていく感触。溢れ出す鮮血に塗れる顔面と手が重い。
 光を失っていくネロの片目。やがて深々と突き刺さった刃を引き抜こうとする抵抗もなくなり、呼吸の音も聞こえなくなる。
 ネロはもう動かない。二度と、蘇生されることもない。

 ……わかっていた。これが救いだなんて、ただの欺瞞だ。彼女は『この先』を求めていたはずなんだ。
 自分が選んだ真心のこもった品を、何度突っぱねられても、それでもずっと渡したかったんだ。
 自分の失敗からちゃんと考えて、それを少しでも防げるような実用的なものを……これから先も一緒にやっていきたかったから、そういうものを選んで。身につけていても恥ずかしくないように体裁も整えて。
 そのために、ネロがどれだけのことを犠牲にしてきただろう。
 それでも掴みたかった希望が、彼女にはあったはずなのに、私が彼女の未来ごと全てを奪った。本当は彼女はちっとも絶望なんてしてなかったかもしれないのに。
 不幸な生い立ちや、他者から見たら不幸の最中にあろうと、ようやく掴んだささやかな幸福感があれば、彼女にとっては十分だったかもしれないのに…。
 一体、何が救いだというのだろう。

 …仕事は終わった。
 私はその場から動けなかった。

 路地の出入り口からレゼが姿を現す。私達が仕事を終えるタイミングを見計らって。…ネロが私達から逃れたとして、その終点には彼女が待っていたというわけだ。…ネロが生きて帰る可能性など最初からなかったのだ。 
 レゼがネロの亡骸を担ぎ上げる。その時、ネロの胸元から何かが滑り落ちる。レゼがそれらをベルの足元へ投げ、ねぎらいの言葉と共にその場を去っていく。

 傷ついたベルがそれらを拾う。遠くから見てもそれがなんなのかがわかった。
 穢魂(あいこん)のブレスレット…ネロが修繕するために必死になって奔走していた、ベルへ渡したかったカースレベリオンだ。
 それと、添えられた手紙…中を読むことこそ叶わなかったが、何が書いてあるかぐらい…想像がつく。

 ベルが再び臨戦態勢でこちらを睨む。
 そんなことは気に留めず、仕事は済んだからと、ドク、ヴィリア、ジンジュウは去っていった。
 リリーも…ボロボロになりながら、やはり納得がいかないといった様子で去っていった。

 その場に残ったのはベルと私。
 私はベルの顔も直視できず、動くこともできなかった。
 彼女が言いたいことがあるなら、私はそれを受け止めなければならない。彼女が私に怒りをぶつけたいと思うなら、そうさせるべきだと、そう思っていた。
 この命をむざむざと落とすような真似をしてはいけないというのに…それができるなら私は最初からこんな仕事をするはずがなかったはずなのに…。

 ベルの手に炎が宿る。
 しかしそれが私に向けて放たれることはなかった…。

 もっと罪深い存在になるために、そしてこの命を無駄にしないために、私は自分の都合のまま、ネロを殺害した。
 この選択をして、自分がこのあとどうなるかなんてわかりきっているのに、ベルは多分人として正しい選択をした。
 そのベルも私を断罪しなかった。
 どうして。と問うことはできなかった。その怒りや正しさをぶつけてくれた方が、私は少しでも…

 ……楽になろうとしたのだろうか、私は。それは……許されるべきではない。

 しばしの静寂の後、ようやく私はその場を去った。ベルに怒りをぶつける権利があろうとなかろうと、最初からそうすべきだったはずなのに。
 頭からつま先まで、五臓六腑を鈍いものが満たしていた。あの時自分がどんな顔をしていたのか、わからない。
 無意識に喉奥と奥歯に異常な力がかかる不快感と、うずくまりそうなほどの胸の痛みを抑えて…その日私はどこへ向かっただろうか、覚えていない。だが誰もいないような場所で一睡もしなかったのは確かだ。
 リリーに殺意を込めて刃を向けた感触。ベルが私に向けた視線。そしてなによりネロに止めを刺した感触と、彼女の絶望の涙が、いつまでも五感と思考を支配していた。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 その後は……とにかく帰らなかった。帰れなかった。
 私はどれだけ情を向けた相手であっても、それを害することができてしまう。その事実を改めて実感して、私は自分が恐ろしくなった。…だからメグと顔を合わせることが…怖かった。仮に彼女を殺せと言われたら殺してしまいそうで。
 そんな者が…誰かの面倒を見ることが許されるのだろうか。…私の本当の姿を知ったとき、メグは私をどんな目で見るだろう。…思い出すのはやはりネロのあの悲惨な顔。胸が…苦しい。
 すぐにでも手に入れた報酬すべてをメグに押しつけて、彼女から離れるべきだろうか。…いや、それでメグが安全に、幸せに生きることができる保証はない。この街がそんなに優しいものでないことは言うまでもない。しかし私といることが正しく幸せだとも…思えない。
 メグは何も聞かないでいてくれるけれど、なにか主張することも少ない。聞き分けがよくて思慮深い、いい子だ。私がすべてを話し、いっそ突き放してくれたら…。けれど手を差し伸べた私からそれを望むことは無責任…だろう。
 どこを歩いていただろう。どこで座り込んでいただろう。どんな景色を見ていただろう。ただただ思考が堂々巡りを繰り返す。

 ……私の見立てが正しいならば、依頼遂行を妨げた者達は、この後マスターであるギルバートによって“処置”を施される。
 今回の対象は、ベルとリリーであるはずだ……。
 リリーは嫌っている魔神をその身に宿すことになるはずだし、その思考も矯正されてしまうだろう。彼女の心や望みは変わらずにいられるだろうか。
 そして、ベルの魂はもう…。
 彼女の最後の言葉すら、私は聞くことが叶わなかったのだ。
 ――そう、思っていた。

 後日、再度招集がかかる。…私自身どこにいたのかわからないほどなのに、よく見つけてくるのものだ。
 報酬の受け渡しだろう。正直、どうでもよかった。…元からそうか。
 しかし変に目をつけられては堪らないので、朦朧とした頭のまま、BAR灯火を訪れた。
 ……目を疑う光景がそこにはあった。
 ベルだ。ベルティアナが生きてその場にいた。なんで……?彼女の魂は既に限界だったはず。“処置”を免れたのだろうか……?
 しかし今回も裏切ち者への“処置”が行われたことが明らかであることは、リリーの様子が物語っていた。彼女の額に角が生えていた。それは彼女が穢れを獲得した証拠に他ならない。
 何故ベルがまだ生きているのだろう。
 そして二人とも、まるで先日のことを全く根に持っていないようだった。…ネロがもうこの世にいないことや、私達が同じパーティのメンバーを躊躇なく始末できる体質であることすら、既に気持ちに整理がついていて、これからの仕事へ前向きに臨む心持ちが感じられた……。
 思想や矜持に手を加えられてしまった彼女達が、これから先同じような場面に出くわした時、同じような反応をすることはもうないのだろう。
 渡された報酬の10万ガメルが詰められたケースは、やけに重たかった。その重さは物理的な金銭の重みとも犠牲にした命の重みとも…違ったような気がする。
 その後、ネロの遺品で使えそうなものは私達に引き渡された。
 …彼女がかつて身につけていたチョーカーだけ、受け取っておく。これを見るたびに今回のことを思い出すことだろう。…そうであるべきだ。

 そしていつもの仕事が終わったときのように、私達は各々BAR灯火を去る。…それはこれからもきっと変わらないのだろう。
 私もいつまでもメグを一人にするわけにはいかなかった。彼女は私を心配してくれているだろう…そんなものしなくていいのに…でも彼女が気を病むようなことはしたくない。向き合わなくては。
 

 例え他者への思いや情を切り離せたとして、自身への嫌悪感から逃れることはできない。…逃れてはいけない。全ては私が起こした事だ。苦しんで当然だ。
 ……そう。

 私は悪徳者なのだから

幕間「路上の決闘」

 ネロを殺して、数日が経った。
 未だに気持ちに整理は付いていない。
 これまで私が葬ってきた者達と何が違う。ましてや相手は悪徳者だ。世界的にはおめでたい出来事だったはずだ。何を悩む必要があるのだろう。
 だけど、彼女はあまりにも『可哀想』だ。これまでの不幸と相応の幸福も知らずに人生を終えることが正しいわけがない。……これも価値観の押し付けか。私は実際に自分の尺度で測り、一瞬でも彼女に救いを与えた気でいた。実際にはすべてを奪い去り、現在より先に進めなくしただけだ。
 うぬぼれではないとは思うが、慕ってくれている“仲間”を親切心でもなく、ただ仕事だからと殺すことが、おおよそ人の所業として正しいとは思えない。

 頭が痛い。
 犯した罪を記録し、罪悪感に苛まれ続け、苦しむことは、間違い続けてきた自業自得の悪徳者である私には必要なことだ。そしていつか無慈悲に裁かれる。そのためにも止まることはできなかった。
 自分の間違いによって奪ってしまったみんなの分も精一杯生きる。…それ自体はまだいい。
 だが裁かれたいがために罪を求めることが……間違っていることはわかっている。
 間違いを認めながらも正すことをせず、より他者を不幸に巻き込んでいく在り方を選ぶことができてしまう私は、やはり心の底から真に悪徳者なのだ。


 どれだけ体が重たくとも、気が進まなくとも、足はBAR灯火に向いてしまう。
 集まったのは、ヴィリア、ドク、そしてリリーだった。リリーに生えてしまった角は、やはり見間違いではないようだ。
 斡旋された依頼は、一人あたり『1万ガメル』のものだった。その割には内容は簡単なものであり、疑問に思っていると、レゼが姿を現す。
 『ネロを失った分、“人形”を用意した。今回はその試運転も兼ねている。』と。今回の依頼の本命はそういうことだろう。
 そうして“人形”が連れてこられる。

 それを見たとき、頭がどうにかなりそうだった。
 何食わぬ顔で立っていたのはネロの姿をしたモノだったのだから。
 私が止めを刺した胸の傷跡も残っていることが、彼女の死体そのものであることを物語っていた。

 限界まで魂が穢され、その身に魔神を受け入れ続け…ようやく終わるはずだった。それでも死体までも利用され続ける。レブナント化している様子も見られない。
 死者への冒涜。神や“剣”への反逆。おおよそそういった言葉で言い表せるものではない。
 ……私が考えうる最悪の『終わり』を超える所業だった。マスター…ギルバートは一体何を……?

 今になって思えば、“処置”という形で、蘇生が成り立っていたのは、彼女達に未練やまだ生きていたいという意志が、どこかにあるからだと思っていた。だから蘇生を受け入れるつもりのない私にはあまり関係のない話だと思っていた。
 だが、ここまでされるのであれば私が死んだときにも……。嫌な想像ばかりが脳裏に張り付いている。
 私の望む『終わり』は、この組織ごと潰れる時なのかもしれない……。

 アンデッドであれば、ベルの恋人が真っ先に思い浮かぶが、目の前にいたそれは違った。
 確かに意思を持ち、様々な表情を見せ、その行動原理すら変わりが見られない……生前のネロと違いがほとんどわからなかった。
 そんな“人形”が、私に寄ってくる。恨みの一つも感じられない、まだ何かを信じている目。機能不全になっていた痛々しい箇所は修復されているのか、それとも痛みを感じないだけなのか。
 ――またお仕事頑張るね。
 ……。
 私は彼女に問う。
 最期の瞬間のことを覚えているのか。……ネロ自身は『それ』でいいのか。
 “ネロ”は私の言葉に首をかしげる。その時の記憶も現在への扱いに不満もない…ということだと思う。

 どう受け止めればいいのかわからないが、何者であろうと私と意思疎通を望むのであれば、私はそれを拒むつもりはない。いつも通り相応の対応をするだけだ。
 ……私が『ネロ』を殺したことは伝えるべきだろうか。そういう相手が仕事仲間にいるということを知らされて…“ネロ”はどう思うだろうか。困らせてしまうだけではないだろうか。
 でも、彼女は知っておくべきだとも思う。目の前にいる人物が、自身にとって善良な隣人ではないということは。……その方がきっと何かあった時に絶望せずに済むのだから。

 そもそもこの“ネロ”に心や意志があるということを前提に考えているが、『これ』はアンデッド。私の知っているものならそんなものは存在しないはずだ。
 しかし、“ネロ”の立ち振る舞いや表情、そして私に語りかける言葉等、全てに『意味』がないとはとても思えなかった……。

 この『人形』について、ドクは予め知っていたし、ヴィリアは別段気にする様子もなく、リリーはイカれていると評したが案外すんなり受け入れていた。
 そんな彼らと共に依頼をこなすこととなったが、それ自体は全く何の問題もなく完了した。
 ……本当に、いつもと変わらない感覚だった。


 問題は報告に戻る帰り道のことだった。
 歩いていると、この辺りでは珍しい風貌の男がこちらをじっと見てきた。…珍しいというか、変だったが。
 しかし大なり小なり違いはあれど、変な者自体はこの街では珍しくはない。気にせず彼の脇を通り抜けると、リリーが肩を掴まれたらしく、ナンパかと呆れたような声を上げる。振り返ってみると、その男は10m程私達の後方に立っていた。しかし、確かに肩を掴まれたのだという。
 やがて男は口を開く。『悪しき魂を感じる』と。私達を悪徳者だと見抜いたのだろう。
 そして男は自らの炎でもってそういった魂を改めさせる、と言う。この街でそんな修行僧みたいなことをしていると、枚挙に暇がなくて疲れそうだが……彼は実際に修行僧なのかもしれない。
 数言交わしているうちに、乱入者が現れる。やけに自信に満ち溢れた重戦士達だった。この辺りで幅をきかせている賊だろうか。
 彼らの言葉を聞くに、この変わった風貌の男はダルシムと言うらしい。最近彼らの仲間はダルシムに“狩られている”そうで、その仇討ちとして追っていたところだったのだろう。
 そして彼らは私達の装備品を見るなり、金目の物があるならちょうどいいから全員倒して奪ってやろう、と言い出す。
 やりとりの最中に、ネロが『悪しき魂って何?』と問うてきたので、ああいうのを指すのよと、彼らを指さしてやった。

 三つ巴での戦闘だったが、ダルシムの炎と私達の数の暴力はすぐさま彼らを打倒したし、ダルシムもやがて膝をつくことになる。
 すると、ダルシムは構えを取った後、どこかへと一瞬にして消え去っていった。……彼が魔法使いだったようには思えなかったが。

 それよりも気になったのはリリーだ。
 彼女は予備の動作や詠唱すら無く、相手を容易に傷つけていた気がする。魔神の指先のような物を操って…。
 ヴィリアも持つ魔神化の影響。リリーも“処置”を受けた際に植えつけられたのだろうか。
 それと、彼女が一瞬眺めていた試験管のような物も気になったが……魔神の指先以外に特に変わった影響は見られなかったのでとりあえずは様子を見ることにする。

 依頼の帰路に襲撃者というのは初めての経験だったかもしれない。
 私達の仕事は恨みを買うようなことばかりだ。当然復讐や報復を目論む者達もいるだろう。改めて気を引き締めるべきだ。…今回のダルシムはそういった類には見えなかったが。
 改めて警戒をしながら、BAR灯火を目指す。
 しかし……道を間違えた覚えはないのに、いつの間にか見知らぬ場所にたどり着いていた。こんな街なので同じような光景の寂れた場所は多いが、その場所に見覚えはなかった。

 そう思っていたのは他の面々もそうらしい。幻か魔法かと疑っていると、私達に声をかける男が一人。
 直接会ったことはないが、見ただけでそれが誰かわかった。
 リュウ。世界的に見ても知らない者の方が少ないのではないだろうか。あの格闘家のリュウだ。そんな噂は聞いたことはなかったが、この街にも来ていたようだ。
 この場を訪れた私達の姿を認めると、さも当然のように戦い(彼らの流儀でいうところの試合という方が正しいだろうか)を挑みに来るような空気を醸し出す。
 仕事の対象でもない相手と事を構えるつもりはない。来る場所を間違えた、と彼に伝えようとしたところ、今度は背後から血気盛んな気配を感じて振り返る。
 そこには大男、ザンギエフが私達……というよりリュウを見据えて今にも戦いを挑んできそうだった。
 完全に巻き込まれた形で、私達は自らの身を守るために戦うことになる。

 名のある格闘家だけあって、リュウはかなり手強かった。仕事用のポーション類を使わないと厳しいと判断させる程だ。
 …噂に聞く昇竜拳の冴えだけはイマイチだったが。
 そうして隙を晒した彼を疲弊させていくと、ザンギエフが背後から私達を無視して、リュウへと全力で駆け出した。……確かに巻き込まれてはいるが、もしかしたら私達は普通にこの場を退散できたのではないだろうか。
 眉間を抑えていると、ドクのティルグリスが、この拳闘士達と至近距離で交戦するヴィリアとリリーのプレーンセンチピードを巻き込むようにブレスを放った。
 この男もいよいよ本性を隠さなくなってきた……というより、話していないだけで別にハナから隠すつもりはなかったのかもしれない。彼にとって自身がそうであるように、私達も駒でしかないのだろう。極めて合理的だが、見ていて気分が悪くなる。

 二人の拳闘士を地に沈めると、程なくしてどこかからチャリンチャリンという硬貨が転がるような音がした。
 辺りを見回してみたものの、それらしいものは見つからず、訝しく思っていると、不意にリュウとザンギエフが立ち上がり、何も言わずにまたどこか別の場所へと駆け出していった……一体なんだったの……?

 その後来た道を戻り、記憶の通りにBAR灯火を目指すと、問題なく戻ることができた。
 私達に依頼を言い渡した構成員が出迎えたが、私達の傷をみるなり、何かあったのかと訊いてくる。ここまで傷を負うような依頼ではなかったので当然か。
 戻る最中に、襲撃者…というよりタチの悪い者たち(一部は少々申し訳ない気がするがそう言わざるを得ない)に絡まれたことを伝え、格闘家のリュウについてこちらからも尋ねた。
 どうやらリュウは、戦う姿が目撃されるたびに、その強さや戦闘スタイルが少々異なっているらしい。……?

 報酬の受け渡し場所の手がかりを手渡される。
 “ネロ”は疲れたと言って、その場で眠ってしまった。死者の眠り……本来醒めるはずのないものに再び戻るのだろうか……。
 気がかりではあったが……どうしようもなかったし、どうすべきなのかもわからなかったし、多分私が考えるだけ無駄なのだろう。
 今回の戦闘の最中、やはり彼女はその命を命脈に変えていたように見えるし、高位賦術の使用もためらわなかった。その献身性は生前のネロと変わらない。
 なにより印象的だったのは、賦術の使用に手間取って、一度完全に失敗していたことだ。一生懸命ながらも相応に不満げな、あの姿には見覚えしかなかった……。

 ネロの代わりに寄越された“ネロ”という人形。
 それは仕事を遂行するには全く問題のないものだった。意思疎通も変わりなくできるなら、何かが変わるということはきっとないのだろう……。
 身も心も魂も。限界以上に使い潰すための術を持つギルバートという男が何者であるかなど、今更どうでも良い。
 これから先、仕事仲間達の尊厳が弄ばれることを考えると単純に気が滅入る。……結局私は、彼女らへ抱いてしまった情を切り離すことができなかったのだと改めて認識する。
 そしてなにより、自分すらもそうやって利用される可能性があると思うと、『終わり』がとてもとても遠いものに思えてならなかった。
 足元がぐらりと、大きく揺れた気がした。

幕間「我慢と急行」

 前回の仕事から数日後、灯明から緊急の招集がかかった。
 集まったのは私とドクと“ネロ”。ギルド外部から集まったのは実質私だけ……。人数は不安だが緊急だから仕方がない。
 今回は誰かからの依頼ではなく、灯明からの直接の要請らしい。

 内容は『ある人物の排除を兼ねた生け捕り』。
 報酬は一人あたり『1万ガメル』。しかし生け捕りにできなかった場合は減額となる。

 その人物は、この街で以前から人身売買などを生業としている、裏ではある程度名のある人物らしい。それだけならば灯明に目をつけられることはなかったのだが、最近灯明に関わる部分にも手を広げてきたので、目の上のたんこぶとなってしまったので、排除しようということだ。
 ただ名のある人物だけあって彼には有用なコネが多くある。それをうまく利用するために泳がせていたらしいのだが、事を急く必要に迫られたようだ。その人物が目をつけた相手が、あのヴィリアだったのだ。手八丁か口八丁に言いくるめられたのか、ヴィリアはその人物に付いて行ってしまったらしい。
 人身売買等の商品として扱われる心配は……ないと言えないが、灯明側の懸念点はそこではない。彼女なら、その人物を容易く殺害できてしまうということが、灯明にとって問題だった。死人に口なしとは言うが、死なれては彼が築き上げた有用なコネの数々を暴いて利用することは難しい。

 彼女がその人物を殺してしまう前に、生け捕りにする。そういうわけで、緊急の要請となったのだ。
 私としても、彼女が相手を殺す原因になるほど、嫌な思いをさせるのはできれば避けたい。
 “ネロ”が私に何気なく投げかけた『殺さないのって難しいよね』という言葉が重く刺さる。…ネロやヴィリアにとっては我慢が必要な依頼となるだろうが、目的地へと急行した。

 アジトへ乗り込み、最奥まで一気に駆け抜ける。途中罠が張られてはいたが、私達を止めるには不足すぎた。この程度の準備しかできない人物ならば、ヴィリアなら容易く葬れてしまうだろう。

 最奥の扉を破壊し乗り込むと、そこはベッドルームだった。
 響いているのは、誰かが奏でている娼館で流れているようなどこか卑猥な音色。
 大きなベッドの上に、ターゲットである鼻息を荒くした小太りの男と……下着姿のヴィリアが居た。どうやらまだ何も起こっていないらしい。間に合って良かった。

 私たちの突入に狼狽える男と、きょとんとするヴィリア。
 彼女が言うには、お金をくれるというので付いていったらしい。その額2000ガメル……それに事が済んだ暁にはさらに払うとのことだ。
 そんなに悪そうな人には見えないし、ひどいことされてないよ、とヴィリアは言う。
 確かに男は一見悪そうな人相ではなかったが、抱えてる本性を隠して近づいてその毒牙にかけるということなど、この街に限らずどこにでもある話だ。女に困って手を出してくるような輩に彼女が遅れをとることはないだろうが、そこに至るまでに怖い思いや痛い思いをすることになるし、単純にガードの緩さが心配になる……。

 私達の仕事内容を伝えて、金銭なら手に入るから彼とは縁を切るように言うと、彼女はあっさりとベッドを降りて服を着た。
 男は叫びながら誰かを呼ぶと、部屋に流れていた音楽は止まり、神官と歌人が入ってくるなと言われたのにと文句を垂れながら現れた。
 それだけではない。魔神エゼルヴが現れて一気に緊張が走る。魔神使いどころかそもそも戦闘能力すら感じられなかったが、男は自由意思を持つ魔神と契約をしているらしい。彼が名の通った人物になれた裏にはそういう事情があったわけだ。

 “ネロ”の戦神相域によって、神官が戦闘本能に飲まれたことを皮切りに一気に攻勢をかけ、少々時間はかかったが危なげなく脅威を排除する。
 先ほどの部屋に戻ると、男が怯えながら縋るように祈りを捧げていた。……魔神に魂を売った者を拾いそうな神といえばラーリスぐらいのものだろう、ではその流儀に則ってこちらも好き勝手にさせてもらうことにする。

 彼を無傷で連れてBAR灯火に戻り、引き渡す。
 彼はこれから死ぬよりも酷い目に遭うだろうが、多くの悪事に手を染めた者にはふさわしい自業自得と言えるだろう。……そこに関しては同じ穴の狢、であるべきだろうか。

 報酬の受け渡し場所の暗号をいつも通り受け取ると、やはり“ネロ”はネジが切れかけの人形のように椅子にもたれかかってしまう。……その肌がいつもよりも屍蝋のような質感に見えたのは気のせいではないだろう。死体となって尚付きまとう天輪の影響だろうか。
 魂を失ったはずの“彼女”の様子を未だに気にせずにはいられないのは、ただの罪悪感からだろうか。
 今日のヴィリアといい、しなくていいはずの心配事が絶えない。
 あれから顔を合わせていないジンジュウ、そしてベルのことも気がかりだ。リリーも“ロッサ”に目をつけられている。
 どうしようもなく情に絆されていることを改めて実感する。そしてそれが悪徳者として悪手であることがわかっていながらも、人の有り様として悪いことだとは……やはりもう、思えなかった。

セッション履歴

No. 日付 タイトル 経験点 ガメル 名誉点 成長 GM 参加者
キャラクター作成 3,000 1,200 0
1 2022/12/03 第1話『悪徳の秩序』 1,150 11,100 10 敏捷
織さん にしぞのさんコボスさんオーク男爵さんれいすさんそばのさん
2 2022/12/08 第2話『D.I.Y.』 1,200+50 10,600 13 生命
織さん れいすさんそばのさんコボスさんにしぞのさん
3 2022/12/11 幕間『異端の者達』 1,000+310+50 4,000+1,225 20 敏捷
コボスさん オーク男爵さん織さんにしぞのさんそばのさんれいすさん
4 2022/12/16 幕間『悪鬼の宿屋』 1,190 4,550 17 敏捷
コボスさん 織さんそばのさんにしぞのさんれいすさんオーク男爵さん
5 2022/12/22 幕間『聖夜の配達人』 1,230 5,726 22 知力
にしぞのさん そばのさんコボスさんれいすさん織さん
6 2023/01/08 第3話『Drug Good Luck』 1,410 5,000+11,290 21 器用
織さん コボスさんにしぞのさんれいすさんそばのさんオーク男爵さん
7 2023/01/15 幕間『黄金の花』 1,350 4,075 18 精神
織さん にしぞのさんれいすさんそばのさんコボスさん
8 2023/01/18 幕間「海賊戦記」 1,000+370 5,733 22 知力
コボスさん オーク男爵さん織さんれいすさんにしぞのさん
9 2023/01/26 幕間『強奪と争奪』 1,000+440 5,000+1,396 31 器用
コボスさん 織さんそばのさんにしぞのさんオーク男爵さん
10 2023/01/30 幕間『Melty Poison Drop』 1,000+140 4,446 22 器用
織さん コボスさんれいすさんオーク男爵さんにしぞのさん
11 2023/02/05 第4話『Aquarium Abyss Break』 1,000+590 3,000+19,907 32 器用
織さん そばのさんにしぞのさんオーク男爵さんコボスさんれいすさん
12 2023/02/12 幕間『Live Living L***』 1,000+170 10,000+3,820+10,000 0 敏捷
織さん れいすさんコボスさんそばのさんにしぞのさん
13 2023/02/13 幕間『モンスターハンター』 1,000+630 7,500+1,840 33 知力
コボスさん 織さんにしぞのさんれいすさん
14 2023/02/17 幕間『Capture the Chance and Cash』 1,000+440+50 2,000+3,600+5,000 20 知力
織さん オーク男爵さんコボスさんれいすさん
15 2023/03/03 (調整)閑話『魔女とお仕い』 260 4,166 12 織さん にしぞのさんコボスさん
成長なし・不参加。日数経過なし。
16 2023/03/14 (調整)幕間「迷惑者の怪奇事件」 1,000+520 8,500 27 生命
コボスさん そばのさんオーク男爵さんにしぞのさんれいすさん織さん
不参加。
17 2023/04/01 幕間『バビロンの支配者』 1,000+620 9,510 55 生命
織さん コボスさんれいすさんにしぞのさん
18 2023/05/07 幕間「墓穴の呼び声」 1,000+400+100 6,000+1,870 43 精神
コボスさん 織さんにしぞのさんれいすさん
19 2023/05/12 第五話『Wedge of Abyss』 2,000+1,230+50 5,000+15,000+3,228+1,500 43 生命
知力
織さん れいすさんオーク男爵さんコボスさんにしぞのさんそばのさん
特殊行動(50点):エウルシア
20 2023/05/19 幕間「穢れゆく魂」 1,000+730+100 10,000+6,250 45 敏捷
コボスさん にしぞのさん織さんそばのさんオーク男爵さんれいすさん
アミレアの機嫌:35
21 2023/05/27 幕間「Lonely Lily」 1,000+680+50 10,000+4,650 34 敏捷
れいすさん オーク男爵さんにしぞのさんコボスさん
22 2023/06/04 第六話『Acacia.』 2,000+80 100,000 器用
生命
織さん そばのさんコボスさんにしぞのさんれいすさんオーク男爵さん
23 2023/06/16 幕間「路上の決闘」 1,000+640 10,000 80 敏捷
コボスさん 織さんれいすさんそばのさん
24 2023/07/03 幕間「我慢と急行」 1,000+460 10,000+5,300 35 生命
コボスさん そばのさん織さん
取得総計 38,690 352,982 655 25

収支履歴

生活費

1ヶ月目:通常    ::-0(セッション1開始時)
2ヶ月目:通常    ::-500(セッション2開始時)
3ヶ月目:富豪    ::-1000(セッション5開始時)
4ヶ月目:富豪    ::-1000(セッション6開始時)
5ヶ月目:富豪    ::-1000*2(セッション9開始時)
6ヶ月目:富豪    ::-1000*2(セッション11開始時)
Lメグ:生活費(コネ) ::-500
7ヶ月目:富豪    ::-1000*2(セッション14開始時)
8ヶ月目:富豪    ::-1000*2(セッション18開始時)
9ヶ月目:富豪    ::-1000*2(セッション19開始時)
10ヶ月目:富豪    ::-1000*2(セッション22開始時)
11ヶ月目:富豪    ::-〇000*2(セッション〇開始時)

セッション12まで

【支出】

武器

ストーン         ::-0
ダガー*2         ::-50*2
マレット*2        ::-20*2
ハンドアックス*2     ::-90*2
ハンドアックス*4     ::-90*4
マレット*4        ::-20*4
シルバーストーン*10    ::-1*10
ウォーターバルーン*2   ::-400*2
ウォーターバルーン*6   ::-400*6
ウォーターバルーン*2   ::-400*2
ウォーターバルーン*4   ::-400*4
ショートスピア*4     ::-110*4
Lオーダーメイド-2*4   ::-600*4
ウォーターバルーン*5   ::-400*5
スローイングスター*6   ::-200*6
Lオーダーメイド+3*6   ::-300*3*6

防具

ソフトレザー    ::-150
ミモレの布鎧    ::-6000
Lアビス強化     ::-2000

装飾品

瞬足の指輪        ::-500
巧みの指輪        ::-500
知性の指輪        ::-500
瞬足の指輪*2       ::-500*2
巧みの指輪*3       ::-500*3
知性の指輪*2       ::-500*2
インテリアニマルサック  ::-9000
疾風の腕輪*2       ::-1000*2
綺羅星のインパネス    ::-3000
サイレントシューズ(ネロから購入)::-3000
とんがり帽子       ::-3000
知性の指輪        ::-500
知性の指輪        ::-500
ディスプレイサー・ガジェット ::-5000
宗匠の腕輪*3       ::-1000*3
瞬足の指輪        ::-500
知性の指輪        ::-500
スカベンジャーの帽子   ::-18000

冒険者技能用アイテム

スカウト用ツール   ::-100
アンロックキー    ::-100
精密ツールセット   ::-2500
マジックコスメ    ::-4000
スカウト用ツール   ::-100
聴音の筒       ::-300
スカウト用ツール*5  ::-100*5
アルケミーキット   ::-200
スカウト用ツール*8  ::-100*8
マナチャージクリスタル5点 ::-2500
スカウト用ツール*8  ::-100*8

マテリアルカード

マテリアルカード緑B  ::-20*30
マテリアルカード緑A  ::-200*11
マテリアルカード緑A  ::-200*10

消耗品

冒険者セット     ::-100
アウェイクポーション ::-100
ヒーリングポーション ::-100
救命草*4       ::-30*4
魔香草*1       ::-100
保存食7日分      ::-50
ヒーリングポーション*2::-100*2
ポーションボール*10  ::-20*10
ネズミ玉*5      ::-100*5
アウェイクポーション*2 ::-100*2
ヒーリングポーション*4 ::-100*4
ジャックの豆      ::-100*2
白炎玉*2       ::-200*2
月光の魔符Ⅰ     ::-500
陽光の魔符Ⅰ*2    ::-500*2
熱狂の酒*2      ::-980*2
魔晶石3点       ::-300*3
ポーションボール*10  ::-20*10
気付け薬       ::-20*2
月光の魔符Ⅰ     ::-500
月光の魔符Ⅱ     ::-1500
陽光の魔符Ⅱ     ::-1500
魔香草*1       ::-100
熱狂の酒*2      ::-980*2
アウェイクポーション*2::-100*2
陽光の魔符Ⅱ     ::-1500
熱狂の酒*2      ::-980*2
熱狂の酒*1       ::-980
魔香草*2        ::-100*2
接合潤滑剤       ::-160*3
アンロックキー     ::-100*2
熱狂の酒*1       ::-980
月光の魔符Ⅱ     ::-1500
陽光の魔符Ⅱ     ::-1500

冒険道具

ベルトポーチ    ::-15
ロープ(30m)    ::-30
フック*2      ::-20
くさび(10個)      ::-20
バランスのよい小型ハンマー ::-10
ミスティックインク ::-800

雑費

羽根ペン ::-2
インク ::-3
羊皮紙 ::-5
羊皮紙 ::-5
羊皮紙 ::-5

シナリオ

事前調査判定費用   ::-2000
黒メノウ小路宿屋で聞き込み*2 ::-10*2
黒メノウ小路宿屋で宿泊    ::-30
山月亭食事          ::-100

コネ

スミス:スカウト用ツール+1*5  ::-50*5
スミス:スカウト用ツール+1*5  ::-50*5
スミス:アンチスペルピック ::-1000
エウルシア:活性薬剤‪α青    ::-1000
アイザック:食事        ::-150

【収入】

売却

スカウト用ツール   ::+50
ソフトレザー     ::+75

シナリオ

地下格闘場報酬     ::+8000
地下格闘場報酬     ::+4000
ライフォスマスでのスリ ::+2000

コネ

エウルシア:実験協力   ::+500
エウルシア:実験協力   ::+500

【貸借】

詳細

幸運のお守り(リリーから)  ::0
 Lリリーへ返済       ::-2000
運び屋依頼料カンパ     ::-300

セッション13~15
セッション13 幕間『モンスターハンター』

山月亭での食事      ::-150

セッション14 幕間『Capture the Chance and Cash』

叡智の腕輪*3       ::-1000*3
ウォーターバルーン*4    ::-400*4
マテリアルカード緑A*10  ::-200*10
熱狂の酒*2        ::-980*2
解錠業の請負       ::+450
スミス:スカウト用ツール+1*8  ::-50*8
スミス:スカウト用ツール*8::-800
山月亭での食事      ::-150
Black Jackに参加     ::-2000
Dead or Alive参加     ::-1918
Dead or Alive勝利     ::+1918*3
Black Jackに参加     ::-2000
Black Jackに参加     ::+4000
Tresure Lotteryに参加   ::-3000

セッション15 閑話『魔女とお仕い』

叡智のとんがり帽子   ::-12000
とんがり帽子 売却   ::+1500
活性薬剤‪α紫      ::-1000

セッション16~20
セッション16 幕間「迷惑者の怪奇事件」
セッション17 幕間『バビロンの支配者』

熱狂の酒*2        ::-980*2
ウォーターバルーン*4    ::-400*4
山月亭での食事      ::-150

セッション18 幕間「墓穴の呼び声」

山月亭での食事      ::-150
解錠業の請負       ::+550
活性薬剤‪α紫       ::-1000
俊足の指輪*2       ::-500*2
知性の指輪        ::-500
多機能ブラックベルト   ::-4000
ウォーターバルーン*6    ::-400*6
マテリアルカード緑A*10  ::-200*10

セッション19 第五話『Wedge of Abyss』

ショートスピア・カスタム魔法の武器化*2 ::-5000*2
 L引き戻しの綱*2     ::-500*2
熱狂の酒         ::-980
マテリアルカード緑B*10  ::-20*10
山月亭での食事      ::-150
解錠業の請負       ::+550
活性薬剤‪α紫       ::-1000
スカウト用ツール*8    ::-100*8
 L+1           ::-50*8

セッション20 幕間「穢れゆく魂」

山月亭での食事      ::-150
白炎玉*2         ::-200*2
宗匠の腕輪*3 ::-1000*3
熱狂の酒         ::-980
ウォーターバルーン*4    ::-400*4
知性の指輪*2 ::-500*2
マテリアルカード緑B*10  ::-20*10
マテリアルカード緑S*2   ::-2000*2
弾き玉          ::-2840
月光の魔符Ⅱ       ::-1500
礼服           ::-1000

リリーへ貸し       ::>+6000

セッション21 幕間「Lonely Lily」

リリーから返却      ::>-3500

山月亭での食事      ::-150
熱狂の酒         ::-980
ウォーターバルーン*8    ::-400*8
知性の指輪*4 ::-500*4
白炎玉*2         ::-200*2
月光の魔符Ⅱ       ::-1500

セッション22 第六話『Acacia.』

リリーから返却      ::>-2500
解錠業の請負       ::+550

山月亭での食事      ::-150
活性薬剤‪α紫       ::-1000
熱狂の酒         ::-980
巧みの指輪*2 ::-500*2
知性の指輪*4 ::-500*4
マテリアルカード緑A*10  ::-200*10
魔晶石3点         ::-300*3
スカウト用ツール*8    ::-100*8
 L+1           ::-50*8

インク   ::-3
羊皮紙*10  ::-5*10

娼婦への聞き込み     ::-2000

セッション23 幕間「路上の決闘」

山月亭での食事      ::-150

陽光の魔符Ⅲ*2      ::-5000*2
月光の魔符Ⅲ*2      ::-5000*2
陽光の魔符Ⅱ*3      ::-1500*3
月光の魔符Ⅱ*3      ::-1500*3
陽光の魔符Ⅰ*3      ::-500*3
月光の魔符Ⅰ*3      ::-500*3
魔晶石10点*5       ::-2000*5
怪盗の足         ::-20000
ショートスピア・カスタム魔法の武器化*2 ::-5000*2
 L引き戻しの綱*2     ::-500*2
マレットオーダーメイド+3 ::-900*6

セッション24 幕間「我慢と急行」

山月亭での食事        ::-150

ミモレの布鎧 アビス除去  ::0
 Lアビス強化       ::-2000
ディスプレイサー・ガジェット
 Lアビス強化         ::-2000*5
マテリアルカード緑A*20    ::-200*20
ウォーターバルーン*8     ::-400*8
魔晶石5点*5         ::-500*5
デクスタリティポーション*3  ::-2000*3
スカーレットポーション*2   ::-1400*2

セッション25 

山月亭での食事        ::-150

ウォーターバルーン*10     ::-400*10
叡智のとんがり帽子アビス強化 ::-2000*2

チャットパレット