――"｜戦鳥《モリグナ》"観測記録第……あー、136？　開始。
　なんとか通常任務復帰となった"戦鳥"に与えられた任務は、FHと繋がりがあるかもしれない高校生の監視。あの子にとっては簡単すぎる任務かもしれないけれど、"高校生"という経験をさせてあげられることに、大きな意味があると思う。任務は｜十六夜《いざよい》 ｜槐《えんじゅ》の覚醒をきっかけに大きく動き出し、｜裏切者《うらぎりもの》――｜岩動《いするぎ》 ヨルハの撃退をもって幕を閉じた。保護観察処分という名目で、彼に新たな友人がついて回るようになったことは、素直に喜ばしく思う。
　このまま、私がいなくても大丈夫なように、なっていくのかな……。

　裏切りたくて裏切る人なんて殆どいなくって。
　誤って伝わった言葉が、伝えるのを諦めた思いが、裏切りの汚名を着るのだろう。

　比較的平和だったN市に、FHセル"ノクターナル・レギオン"の首領"エクリプス"が侵入したとの報がもたらされて、にわかに忙しくなった。中核メンバーが出払っていて、すぐに動けるオーヴァードエージェントは私と｜志久井《しくい》くんだけ。日本支部から援軍として寄越されたのは、"エクリプス"の元相棒――｜熊吉《くまきち》というレネゲイドビーイング。外見はともかく精神面での未成熟さが目立つ子で、戦力の補強にはなったけれど気にかけるべき対象が増えたとも。
　気にかけるといえば、任務外で少し気になることが志久井くんにはある様子で、それについての情報を｜田宮《たみや》 ｜稔断《ねんた》というエージェントが持ってきてくれた。曰く、志久井くんの古い親友が「自分の身に何かあったら渡せ」と託した手紙だとか。中身が気にならないといえば嘘になるけれど、他人のプライバシーに踏み込むような野暮はなし。彼が手紙を読んでいる間に、何故か帰ろうとしない田宮くんに任務の協力を申し出られた。査察部第四課として裏切者は見過ごせないようで、"エクリプス"と、手紙を託して失踪した霧島 真里を追いたいらしい。前者はともかく後者はこの時無関係だったのだけれど、ね。
　地道な調査をし、1週間前に"エクリプス"が喫茶店を利用して、同じ時に来店していた霧島さんを追うように店を出て行った映像を入手したのだけれど……だから何？　って感じ。無いよりはマシ程度の証拠品でしかないし次に繋がらない。行き詰ったその時、突如爆発音が聞こえてきて、調査は中断しそちらへ急行となったの。
　果たして、爆発現場に向かった私達を待っていたのは、"エクリプス"と彼の考えに同調した裏切者――霧島さんだった。彼女はなんというか、すっかり"エクリプス"の右腕ポジションといった風情で、あまり話が通じる雰囲気ではない。悠々と退却する彼らを見送り、まずは情報収集を始めることになった。その結果として、"エクリプス"が目指しているものがジャームを越えた次代のオーヴァードであることや、霧島さんが裏切者を始末するという自身の仕事に絶望を抱いていたことなどが分かった。そんな霧島さんからの呼び出しを受けて志久井くんが行き、交わした言葉は。ありふれた、どこにでもある悲劇で。そして、誰のものとも異なる、大切な繋がり。
　意志を固めた私達は、"エクリプス"と霧島さんに対峙し、激闘の果てにこれを制した。ジャームを越えるという幻想から醒め、だからといって再度｜裏切者殺し《エスケープキラー》という悪夢に還ることのないよう、霧島さんはN市支部で預かることとした。熊吉ちゃんは――なんやかんやで査察部に入ろうとしている。なんで？　一方で田宮くんは査察部を辞めようとしている。なんで？
　事件の記録としてはここで終わりなので筆を置くけれど、すべてが解決したと息をつくのは、もう少し先になりそう。