ノノは、とあるダークドワーフの集落で生まれました。
外の世界を知らないノノにとって、集落のある洞窟が世界のすべてでした。

洞窟には危険な魔物も棲んでいましたが、ダークドワーフたちは魔物が寄り付かない場所を見極めて通路としていました。
ですがある日、幼い頃のノノは安全な通路を外れて危険な洞窟に迷い込んでしまいます。
甲虫のような魔物たちに囲まれ、絶体絶命のノノでしたが……目の前の虫たちは、何者かによってあっという間に倒されてしまいました。

怯えるノノが目を開けると、そこにはロングコートを着た男性がこちらを見下ろしていました。
これが、ノノの師匠との出会いでした。

男性は……師匠は、集落に用事があったようです。
しばらく滞在したいとのことで、ノノが両親に頼み込んだ結果、彼はノノたち家族の家に泊まることに決まりました。
彼のように強く、かっこよくなりたいと思ったノノは師匠に面白がられ……2週間ほどですが、稽古を付けてもらうことになります。

戦舞士であり闇狩だった師匠から、ノノはわずかな時間ながらもその基礎を教え込まれました。
彼が旅立つ頃には、放浪者だった師匠の技のひとつと……最低限の斧の扱いが身についていたようです。

師匠が集落を離れる前夜。
最後の稽古を終えた師匠は、荷物から札の貼られた器を取り出します。
師匠は札を剥がし、その器をノノの前に置きました。
そして、その中身を分けてもらったノノは……目を白黒させて驚きました。
この世にこんなにおいしいものがあるのか、と。
師匠はその料理について教えてくれたはずなのですが……その言葉は、幼いノノにはほとんど理解できませんでした。
覚えているのは、それが焼いた肉を使った料理だったということくらいです。

次の朝。
集落を離れる師匠は、ここでコートを新調したから、といままで使っていたコートをノノに着せてくれました。
ボロボロながらも丁寧に修繕がされており、ノノも未だにそのコートを大切にしています。

それから……ノノの頭の中は、あの時食べさせてもらった料理のことでいっぱいになってしまいました。
もう一度あれを食べたい……そのためには、師匠を探さなければ。
そう思ったノノは、師匠に教えてもらった鍛錬をひとりで続けるのでした。

そして3年後。
10歳になり自分の実力に自信を付けたノノは、無謀にも集落を飛び出して放浪者となります。
目的はもちろん、師匠を探し出してあの料理の正体をもう一度聞くことです。

それから2年ほど、ノノは未熟ながらも旅を続けます。
師匠から聞いたように人を助け、師匠から聞いたように魔物を倒して暮らしました。
一時的な用心棒のように、村に滞在させてもらうことも多かったのですが……どの村でも、師匠の話は聞けませんでした。

そして、12歳になったノノは身体もほとんど一人前。
年齢こそ一般的なダークドワーフの成人には届かないものの、冒険者でいえばフランベルジュ級にも比肩する程度の実力を身に着けました。
未だ手がかりもない師匠を探し、ノノは今日も野を往くのでした……。

ノノの育ての親である、闇狩の師匠。
彼が口癖のように繰り返していた言葉がある。

『人を助けよ、剣はすべてを見ておられる』

人助けは尊い行いであり、人が見ていなくても、感謝されなくても、神々すら見逃したとしても。
始まりの剣は、我々のすべての行いを見ている……ということらしい。