あぁ、あの子の事か。知ってるぜ。
"あそこ"に居るような生徒なのに特に騒ぎも起こさずに、話しかけりゃ誰でも優しく対応してくれるってなぁ不思議なもんだと思うかい？
　いや、アンタは彼女の下手なクラスメイトよりも勘がいいみたいだな。気づいたんだろ、彼女が誰かと喋ってる時、その目は相手をまっすぐ見ているようで全く眼中に無い。言うなれば……まっすぐに何も見ていない様な、そんな目。
あんな状態になっちまったのはXXXXXXだったな。

　XXXXXXXXに開催された「合同武道演習会」出場中に事件は起こった。
その演習会の剣術部門……騎士見習いとして、これからの学園生活に於ける自らの"価値"を学園に披露するための場。参加生徒の全員が己の価値の証明に燃えていたし、彼女たちもそうだった。
　そうやってトーナメントが順調に消化されて行く中、彼女はこれまでお互いを目標に切磋琢磨し合っていた友人の一人とマッチングする。

　率直に言って……相手は初手から焦燥に駆られていた。そっちの理由は定かじゃない。
だが盤上で彼女と対面してからそうなったのを見るに、いざどっちか一人研鑽し合ってきた互いが負けて蹴落とされるって現実を実感して、重圧に潰されてたのかもしれない。
剣筋もガタガタでな、見てて危なっかしいったらない。観客の中のちょっとでも腕が効くやつらは皆そう思った。

　そして皆の不安は現実の物になっちまった。焦りは得てして感染する。
彼女も優秀だったとはいえまだ学生の身だからな。動揺して型に囚われた騎士剣術を押し付けようとして……彼女の模擬刀が捉えたのは相手の急所だった。
　相手が倒れ伏してからの状況は早かった。
試合中止のホイッスルが鳴り響き、担架を持った人員がなだれ込む。彼女は退場指示を貰うまでその場から動けずに居た。
　試合内容は無効試合となり、彼女とその試合相手の出場権限は剥奪されたが、当人たちにとってそんなものは最早どうでもいいものだ。

　時間が流れ、事故の責任の在り処を二人から決めなければならなくなった時……彼女の友人は実戦に怯え竦んだ己の責任だとし、頑として譲らなかった。既に道具の補助なしではまともに走ることも出来ない身体になっているのに、その声は大きく逞しかったようにも思う。
　それに比べて……立場が代わり、今度は彼女の方が見てて可哀想なくらいに萎縮していた。
きっと彼女にも言いたいことは沢山あったはずだ。「彼女は悪くない」だとか「手を加えてしまったのは自分だ」だとかな。
それでも彼女はその場で形式的な受け答えで流すばかりで、結局は"本番に怯えた者の過失による不幸な事故"としてこの事件は片付いた。

　それからの彼女はずっとあんな感じだ。彼女が今も過去の事件に囚われてるのは明らかだろ。
分かるよな。アイアンに転属になったのも、さっきの件が原因って訳じゃない。件の騒ぎの後に急に不登校化したのが直接の要因だからな。多分友人の人生をこの手で奪ったとでも思って気に病んでたんだろうが……
　でも彼女はまたここに現れた。ならもしかすれば学園での何かがキッカケで過去から開放されて、厚生する道だってまだあるかもしれないな。

　私見混じりとは言え、他で調べれば分かるような事を俺がここまで長々語った理由は分かるかい？普段は見えないかもしれないが、アンタに期待してる人間は意外と居るもんなのさ。先生？

　人の心に埋もれた過去を掘り返すのはあまり気持ちの良い事ではありませんわ。ですが先生の頼みですもの、これくらいはしてさしあげませんと。

　彼が学園を去ったのはちょうどカペラ様が学園に現れなくなる少し前でした。
理由は明確、当時事故に巻き込まれ、身体が不自由になったご友人を救うためですわね。そしてそのご友人と彼、カペラ様は共通の友人関係でしたように思います。傍から見ていた感想ですが。

　彼女たちに何があったのかはご存知でしょうか？……そうですか。であれば、敏い貴方であればおわかりでしょう。きっと彼はそれぞれの理由で"傷ついた"二人の友人を助けたかったのですわね。
　卒業を待たず彼は学園を飛び出し冒険者に。きっと西方大陸のあらゆる書物・伝承を読み漁り、それでも見つからなければエリンディル全土を歩き回ってでも探し出すおつもりなのでしょう。

　ですが皮肉な事ですわね。友の身体、人生を奪ってしまった罪の意識に苛まれるカペラ様の心が求めていたのは、残ったもう一人の友人がそばで支えることだったのでしょう。……そう思ってしまうのは、ワタクシの主観が入りすぎでしょうか。
　現実問題、彼女をそれ以上傷つけまい、ないしは自分が傷つかまいとして、クラスメイトの方々は皆カペラ様に近づき難かったようでした。以前のしゃんとした立ち振舞から、ああも幽鬼のごとく抜け殻の様になってしまわれれば……ただの学友だった方々には無理もありませんわね。
　しかし、彼女は事件から学園に通っていた数日間、きっと如何なる安らぎも得られなかったのは、想像に難くありませんわ。

　そうやって彼女は……いいえ、この言い方は卑怯というものですわね。ワタクシも彼女に手を差し伸べなかった……大衆の一人ですもの。
　ワタクシが言えた立場ではありませんが、叶うなら彼女がもう一度心から笑えるようになればと、そしていつの日か彼女に謝りたい……そう思っておりますわ。ですが、薄っぺらな物としてそれが届かなかったらと思うと……脚が竦みますの。

　先生……こんな薄弱で醜悪なワタクシの代わりに、彼女だけでも──

　魂の底から引っ張り出された己の内側を具現化した大太刀。向こう側が鮮明に見えるほどに刀身が透き通る無色であり、本来なら闇夜での暗殺に向いたであろう刀は、しかし奇襲には向かない大仰な刃渡りだ。
　
　それは学園に通い直そうと思った日の晩に部屋の中に落ちていた。華々しく腹を切る気も起きず、捨てても帰って来るのでいつかに失くしたロングソード代わりに使っている。見た目からは想像出来ない程の軽さで振るう事が出来る。

　いくら乱暴に扱おうとも、魂は未だ折れていないとでも言わんばかりに再生する。

アルベルト・ライラック

「新しい先生。先生の中では表情豊かだよね」

ネオン・スイレンカ

「へぇ、なんだか変わった身体？してるね。……お化け？」

ダフネ・グレードサファイア

「声が大きい人。いつも機嫌悪そうだけど、話せばちゃんと応えてくれるよね」

PC4[テキスト#シートのID]

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