「――依頼の報告ご苦労さまでした、あなた達のおかげで人族奴隷は無事解放されたわ。みんなを代表して感謝を贈ります、ユウゲンくん」
　眼の前にに座った学園長が言う。報告を聞いていた厳しい表情とは打って変わり優しい顔つきに戻る。

「じゃあ、俺は失礼します」
　乾いた無感情の声でユウゲンはやり過ごそうとした。依頼を受けた冒険者として、そして犠牲を出した者として”適切な”返答だと思った。

「そうだユウゲンくん、しばらく学園に残ったりしないのかしら。」
　学園長が頬に手のひらを当て言う。

　――正直疲れていた。息を潜め、感情を殺すのはユウゲンにとって、出来ることだが長く続けたくなかった。

「まだ残してくれてるんですね、寮の部屋。今日は戻ることにします、失礼しました。」
ユウゲンはそう言うと学園長室から逃げるように出ていった。

「ユウゲンくん、あなたがどれだけツラい別れを経験したのか私にはわからない。だけど歩みを止めないことを私は祈るわ」
学園長は一人になった部屋でそっと呟いた。

カルドラグの前のアシュリーは強がっている表情で自分が残ると言い張っていた。
俺はそんなこと許せなくて……

待て……アシュリー……

アシュリー！クソ！！！

俺がもっと上手くやれていれば……！！

アシュリー！！！

　にわかに悪夢から跳ね起きた。あわや頭を天井、もとい上段のベッド裏にぶつけかける。自分の部屋。「7色のマナ」の寮の一室。入学から三年目の半ばへとユウゲンは帰ってきた。

　逃れられない苦痛の未来にユウゲンはゾッとした。ナイトスタンドの時計を一瞥するその顔は弱弱しく蒼白で、汗の雫が伝っている。

　午前四時十六分。授業まであと数時間あるだろう。窓の向こうに未だ浮かぶ月が、この世界にはユウゲンしかいないのだと言わんばかりに照らしていた。

　ユウゲンは向きを変えて再び横になった。もう一度眠りたい。しかし、記憶が頭から離れていかない。青空の船出亭へ戻った後の自分の運命に付きまとう不安。俺はどうなるのだろう？　俺は何をしたいのか？

　ベッドの中で、あの悪夢のような過去を頭から追い払おうと試みる。もう一度「七色のマナ」を去ったあと。もう一度冒険者を……アシュリーのように人を救えるのか。
　この不安を宥められるものはひとつしかない。

　慎重にベッドから抜け出し、背伸びをすると、ユウゲンは校庭を通り「七色のマナ」を出ようとした。どこへ行こうか、やっぱり妖精を探す宛のない旅にでも出てみるか……

そんなことを考えながら学園の門の前に人影を見たユウゲンはこんな朝早くから登校か？と顔をしかめた。

「随分と腑抜けた姿で帰ってきたな、ユウゲン！」

その男はユウゲンと同じ妖精魔法決闘者であり生涯のライバル、カイト・オウバだった。

「オウバ……！なんで……」

「ふん、深夜に学園長から呼び出されたと思ったら自分のミスで仲間を見殺しにして落ち込んでいるだと？」

「自惚れるなよ！！ユウゲン！！！」

オウバは叫ぶ。ユウゲンは詳しい状況も知らないオウバに言い返そうと口を開いた。

「オウバ、俺がどんな思いで……ここに！！俺は……！！！」

上手く言葉が出なかった。今まで生きてきてそんなこと一切なかったというのに。

「ユウゲン、ここで決闘しろ。貴様の腕が鈍ってないか俺が相手してやる！！！さぁ構えろ！！！」

――長年、オウバと共に研鑽を積んだユウゲンは気づく、これはお前なりの激励なんだと。

「相手してやるよ！」


激闘は2時間続き、朝焼けが二人を包む頃決着がついた。

「俺の勝ちだぜ……オウバ！！」

「ユウゲン、研鑽は怠ってなかったようだな……」

「オウバ、お前の熱い妖精さんへの思い受け取ったぜ……！俺は戻るよ、ハーヴェスへ……」

「俺の…やりたいことを為すためにな！」

「ふん、好きにするがいいユウゲン！貴様の顔なぞ当分見たくないわ！！」

「ああ、じゃあな……オウバ」

「……受け取れ！ユウゲン！」

オウバが去ろうとするユウゲンに袋を投げつける。

「こ、こいつは…？」

「貴様がまだ歩みを止めないとういうのであれば渡そうと思っていた」

「俺の決闘盾だ」

「オウバ……！」

オウバが背を向け言い放つ。

「貴様が人々を救い！妖精魔法決闘者として高みを目指し！託された思いを成し遂げ！」

「戻ってくるのであれば、帰ってくる場所くらいとっておいてやる。俺たちの妖精魔法決闘同好会の部室をな……」

「……ああ！」

「オウバ、サンキューな☆」

　――アシュリー、俺のやりたいこと、わかったぜ。俺もお前みたいに人を救いたいみたいだ。
オウバ、ありがとな。お前がライバルで本当に良かった、次会う時は真の決闘者になって戻ってくるからよ！

ユウゲンは走り出す。<青空の船出亭>に向かって、これから待ち受ける強大な戦いを感じとりながら