わたしはダメな大人だー！

　……はい。まあ分かってたことなんですけどね。
　比較的平和だった冴塚市ですが、"リローデッド"――そういえばコードネームしか知りません――の侵入により、にわかに慌ただしくなります。「"なにか"を探している」らしい"リローデッド"と、「オーヴァードを人に戻す薬」の噂が無関係とは思えないということで、エージェント兼研究員である龍ヶ崎 紅音さんが応援にいらっしゃいました。慢性的人手不足を抱えているので、彼の参戦は有り難いですね。支部所属のチルドレンである日野 彩夢さんを呼び、顔合わせを――と考えた矢先、《ワーディング》の展開を感知し、事態が大きく進展してしまいます。
　向かった先で、予想通りだったことはふたつ。"リローデッド"がいたことと、日野さんがいたこと。予想外だったのはそれ以外の全部でした。"リローデッド"は単独行動だと聞いていたのにぞろぞろとジャームを引き連れていて、何故か日野さんの友人である露晴 ツグミさんが獣の姿で暴れていて、何も告げずに支部を去ったはずの灰山 塵さんがいて、これまた日野さんの友人である伏見 煉さんがいました。……こうして振り返ってみてもめちゃくちゃですね。
　ともあれ、明確な敵意を持って相対している"リローデッド"への対処を最優先とし、何とかその場を切り抜けたわたし達は、一度冴塚市支部へと後退し、傷の手当をしながら自己紹介と状況の確認をしました。
　伏見さんは元UGNチルドレンで、未完成のオーヴァードを人に戻す薬――レネゲイドキラーを服用することで衝動を抑えているそうです。所属としてはFHですが、活動はしていない……できない。今のレネゲイドキラーは、ジャームをオーヴァードに戻すことが一時的に出来る、程度の力しかなかったから。しかも、効果の終わりは死によって定まると。
　露晴さんは、覚醒したてのオーヴァードでした。多少の自覚はあったようですが、力を明確に認識したのは先の戦闘だと。友人である伏見さんが狙われているのもあって、事件の解決までは協力してくれるとのこと。その後どうするかについては未定ですが、焦って結論を出すこともないでしょう。
　灰山さんはレネゲイドキラーの研究をしており、未完成品を伏見さんに提供していたそうです。UGNにいては臨床実験を始めとした研究開発に必要なことができないと判断し冴塚市支部を去り、その後伏見さんの経過を見に来る動きを捕捉され、襲撃されたと。そして、"リローデッド"の背景には"クールヘッド"がいる、とも。
　互いの状況を共有し、共闘態勢を整えたわたし達は、"リローデッド"に見事勝利しました……が、"クールヘッド"は"リローデッド"の敗北も織り込み済だったようで、レネゲイドキラーの抑制を上回る活性、暴走といえる状態となってしまった伏見さんは連れ去られ、それを追って灰山さんも姿を消してしまった。事件はまだ、終わっていません。

　わたし、なんにもできませんでした。日野さんがUGNチルドレンとしての立場、あり方と人らしい感情の狭間で揺れていたことを分かっていたのに、なにも。せめて、わたしは命令を出さない人であろうとしていましたが、"要望"や"お願い"のすべてが"命令"として受け取られていた。わたしは、日野さんから人らしさを奪う側の人だった。何も言う資格はありません。龍ヶ崎さんがいてくれてよかった。命令を出さない大人である彼の方が、きっとずっと上手に日野さんを助けてくれる。
　わたし、なんにもしりませんでした。灰山さんとはそれなりに話をして、友好な関係を築けたと思っていたけれど、彼の本当のところを何も知らない。彼は一人で研究を進め、一人で決別を決め、そして、一人で責任を果たそうとしている。……何一つ、わたしには触れさせてくれさえしないまま。
　わたしはダメな大人だ。誰かの助けになりたいと願いながら、その機会すら得られなかった役立たず。

　まったく情けない。取り繕って誤魔化して、何もしてない無能なわたし。

　連れ去られた伏見 煉さんは、FHセル"ツータイム"セルリーダー"クールヘッド"｜綿貫《わたぬき》 ｜由香利《ゆかり》にごにょごにょと良からぬことを吹き込まれ、一晩経つ頃にはすっかり敵となっていました。一人で先走った灰山 塵さんは当然のように返り討ちにあったと悪びれもせず戻ってきました。外部協力者である龍ヶ崎 紅音さんは"クールヘッド"から直接的な勧誘を受け、覚醒したばかりの露晴 ツグミさんは衝動を御しきれず、そんな露晴さんとひと悶着あった日野 彩夢さんは消沈していると、割とわやくちゃなスタートとなりました。
　とりあえず情報を交換し、調査の段取りなんかをやってると日野さんが訪ねてきて、相談を持ち掛けてきました。前回と同様、龍ヶ崎さんが対応するものと思っていたのですが、なんか露骨にパスされたんですよね。日野さんの大事な人生相談を当番制みたいにしたくはなかったのですが。頼られたいとか信頼されたいとか、わたしの個人的感情はどうでもいいんです。大事なのはそこではない。まあ龍ヶ崎さんは冴塚市に常駐するわけではないから、今後のことを考えてくださったのかもしれません。うまくやれたかは自信ありませんが、日野さんが少しでも人らしくあれるよう思考と試行の機会を持てるようにしたいですね。
　そんな日野さんから様子がおかしいと聞き、露晴さんに話を伺ったのですが――割とマジで様子がおかしくなっていました。覚醒のショックか何かで忘却という蓋が外れてしまった記憶を以て、自分はヒトではないとか、他者を傷付けてしまったとか、横から口を挟んでいい感じではない悩みだったので……とりあえず棚上げ。焦って答えを出すようなものではないので、しっかり時間を掛けて向き合ってほしいものです。一人ではきっと厳しいでしょうから、信頼できる友と一緒に。
　空中分解寸前だったパーティは一応のまとまりを取り戻し、奪われたレネゲイドキラーを確保あるいは破棄するために"ツータイム"の冴塚市での活動拠点を強襲。その後よからぬことを企んでいるらしい伏見さんを止めるために、みんなで頑張りました。具体的にこう、というのはここに書く気になれないです、もう報告書に散々書いたし……とりあえず、冴塚市の危機をわたし達で救いました。
　その後もまあ、色々ありました。詳細に書くのは危険なタイプの守秘義務箝口令なことがそれなりにあって、今はとりあえず平和。そうそう、レネゲイドキラー研究のため、龍ヶ崎さんが冴塚市支部に所属する運びとなりました。戦闘員としても通用する研究員として、知識に強い代わりに戦闘で活躍することが出来て、支部長を差し置いてその支部に属するチルドレンのお悩み相談に応じられるくらいの人生経験を誇る方なので、わたしよりよほど支部長向いてると思う。レネゲイドキラーの重要参考人である灰山さんとの間にわだかまりもないし。
　というわけで、なんやかんや理由を付けて龍ヶ崎さんに支部を任せ、わたしは荷物をまとめてこの市を去りましょう。次の目標はそんな感じ。プラモを飾る用の良い感じのガレージを探しつつ、計画をのんびり進めるとしましょう。