・FHの実験体。15年前というとUGNが設立されたあたりなので多分UGN対策とかの実験
・当時の名前や記録は何者かによって削除されている

3年前
・なんかあってFHの実験施設壊滅。（多分なんかの事故）1人生き残る
・ボロボロでブラブラしてたら深倉君と出会い、親の形見のキャンピングカーに保護されご飯とかおごってもらう。翌日深倉の通報によりUGNに保護され、チルドレンのホームに引き取られる。
　深倉君が免許取ったらこの車でどっか連れてってくれるって約束とかしてる

1年前
・BNがホームにやってくる。多分この頃にはそこそこ自由に外出できるようになっていて度々深倉君と会ってる（多分

半年前
・深倉君18歳　免許取得したからキャンプに行こうと誘われ待ち合わせ中、事故死（居合わせる）
・深倉家のキャンピングカーが中古で売りに出されたのを知り、買い取る
・チルドレン卒業してホームを出てイリーガルの掃除屋になる（独立）
・ミヨさんから「BNとツーマンセルを組む」ことを独立の条件にされる（BNの情操教育＆実質PC3の監視役として　ただし監視役の役割を果たしているかは謎）

今
・未成年は給油できないのでBNにガソリン入れてもろてる
・月極駐車場に《不可視の領域》で無賃駐車したり

基本的に深倉もミヨさんもお節介で鬱陶しいと思っている
FHの研究セルの職員含め、自分に世話焼いてきた人大体皆死んだので、深倉君死んでからはホームから距離置きたいと思っている　あんまり他人と深い付き合いをしたくない　BNはレネビだし僕の方が世話焼いてるからノーカンだろ……と思っている
深倉君の死については自分がエフェクトを打ててたら100助けられたのにそれができなかったことに一生イラついている

ある日ある山中、ある実験施設の跡地が発見された。
UGNの調査によれば、レネゲイドに関するなんらかの実験中に爆発または火災が発生したとみられている。
事件当時、そのセルの拠点施設はレネゲイド因子を遮断する隠蔽されていたらしく、発見にしばらくの期間を要した。発見時には損壊が激しく、正確なことはほとんどわからなかったという。

その施設は、3年前ひっそりと壊滅した小さなFHセルの拠点だった。
実のところ、UGNだけでなくFHの他のセルも、このセルの全容を把握することはできなかった。
研究員たちは皆忽然と消え、研究資料や当時の状況を示すデータはどれも失われ、どこにも残されていなかったからだ。
そしてその隠蔽工作を行ったのがOS-01だった。

そのセルはレネゲイド因子を操作し、任意の組み合わせのシンドロームを発症させるブリード実験を行う研究用セルだった。
15年前のUGNの設立に際し、FHはそれに対抗できる新たな戦力の拡充が必要とした。OS-01は、UGN対策として用意された交配実験体の第一号だった。

14年前、彼の産みの親はひとり親で身寄りはなく、出産時に死亡した。子は無事に取り上げられたが、すぐにFHが引き取り、書面上「出産時に母子ともに死亡」という扱いになった。
（無戸籍の孤児ほど都合のいい素体はいない。こういった材料を集めるためにこのFHセルは産院や病院のいくつかにコネクションを持っている）
当初研究員たちがレネゲイド因子交配実験で計画していたのは、将来的にバイオテロへの活用を見据えたオルクスとソラリスのシンドロームを有する個体の交配だった。実験コードをOS-01とした。
レネゲイド因子交配実験は当初の設計どおりにはならなかったが、その後十年を通した研究の中でジャーム化せずに生育・運用できる個体のほうが珍しい例であったこと、また戦闘能力はないが高い諜報能力を備えた個体にな育ったことで、OS-01は大いに評価された。


OS-01には、継続研究の傍ら徹底した教育が施され、6歳になる頃には後方支援や情報操作をメインに様々な任務で運用された。
OS-01はセルの大人の命令にはよく従った。
セルの大人たちに対して、命令に従うに足る特別な感情があったというわけではない。
それ以外にやることもなかったし、反抗する理由も、それを差し置いてやりたいことも特になかった。
OS-01にとって時間をつぶす方法は、目の前にあるタスクを消化することだけだったからだ。

OS-01は、諜報任務の前・最中・事が終わった後には、自分の痕跡をすべて消すことを徹底するように教わった。
だからあらゆるデータベースに彼が存在した痕跡は存在しない("N/A")。
いつしか研究員以外のエージェントたちからはそう呼ばれるようになっていた。

11歳になる頃、OS-01の所属していたFHセルの拠点施設で、実験中に爆発事故が起こった。OS-01は自身の危機回避能力で窮地は脱したが、他の構成員は全滅だった。
OS-01は最後まで教えを忠実に守った。
OS-01としての最後の仕事として、研究員や実験材料の死体を処理し、セルの関連データの全消去と改竄を行い、火の気の残る部屋に残った研究資料を燃し、唯一の彼の人生の記録であったカルテも処分した。


その後、深倉という男に見つかり、一宿一飯の世話を受けた。深倉の通報により、警察を通してUGNに保護され、UGNのホームで2年半ほどチルドレンとして生活した。
彼は質問には何も答えなかったが（名前は？ とか、家は？ とか、答えを持っていない質問のほうが多かったということもあるが）、大人の言うことにはどれも従った。
これもそれまでと同じく、言われたことをやる以外に特にやることもなかったし、やらない理由も別になかったからだ。
ただ、FHにいたときよりもお節介でうるさい人間が周囲に増えたことは、少し煩わしく思った。


「ちゃんとした名前が要るよね？」
"ホーム"に入るにあたり、そんなことを言われて名前をつけられそうになった。
彼は自分で名前をつけた。
その日から彼は"奥空ニア"と呼ばれるようになった。
（"奥空ニア"というのは、FHにいた頃の実験コードとエージェントとしてのコードネームを繋げてローマ字読みしただけのものだが、彼にとっては11年呼ばれてきたコードが自分の名前だった。
　本人は未練も思い入れもないと思っていただけに、咄嗟にその名前をつけたことに自分で少し驚いた。そしてそれをお節介にも上書きされようとしたことに対して抱いたのは、後に振り返って見れば、たぶん生まれて初めての反感だったと思う。）

チルドレンとしての教育や訓練は退屈だった。訓練はFHのものよりぬるいし、幼い頃からUGNの情報を抜き続けていたのだから、新しい知識や発見はあまり多くなかった。
FHからUGNに転向したことに対しては特に抵抗はなかった。どちらにもこれまでの自分を知る者はいないのだし、どちらにいても仕事の内容はさして変わらないのだし。どちらの理念にも共感しないし。
FHの無菌室に郷愁を感じたりはしないが、ただUGNの"ホーム"が自分のいるべき場所だと思ったことも一度もなかった。

訓練士の平坂はやたらとニアやチルドレンに"遊び"をさせたがった。彼女はチルドレンが外界とつながりを持つことも推奨したいように見えた（鬱陶しい）。
ある日偶然深倉と再会したときも（深倉はニアのことを気にかけていたらしく、出会い頭に話しかけてきた）、平坂が接触を許可したので、話した。
深倉は来年の誕生日に車の免許を取るので、そうしたらキャンプに行こうと誘った。
非オーヴァードとの関わりはできるだけ持ちたくない。他人の記憶に残ることさえニア("N/A")にとってはリスクでしかないからだ。（少なくとも、そう教わってきたし、その通りだと思っているからだ）
しかし平坂からは深倉の記憶処理の許可は下りなかった。（彼女は要するに……「お友達」との交流とかをやらせたかったのだろう）
そうなると逆に、接触を続ける以外の選択肢はなくなった。相手は野良犬を保護して警察に通報し、その上でなお世話を焼こうという徹底したお節介なのだ。訳アリの子供が連絡途絶したら今度はどう出るか、考えたくもなかった。
野良犬は、それから深倉と会うたびにカヴァーストーリーを用意する羽目になった。

そして今から半年前、深倉との待ち合わせの日になった。
ニアは待ち合わせの少し前に着いていて、深倉が自転車で下り坂を降りてくるのを見、その先に車が走ってくるのを見た。
事故が発生すると思った。そしてそれは自分が手を少し捻れば回避できるような、予測可能で単純なもののはずだった。
自分がいるこの場で騒ぎが起こるのは好ましくない。多少能力を使っても、この程度のことなら何とでも誤魔化せる。そう判断し手を上げた時、赤い瞳と目が合った。

気がつけば事はすべて起こったあとだった。
ひしゃげた自転車、通報する人、無理矢理ハンドルを切ったタイヤ跡。
何分経った？　何が起こった？　近づいてくる救急車のサイレンで我に返ると、この事故の最中、どうやら自分はただただ手を上げたまま、呆然とこの場に突っ立っていたらしいということに気がついた。
当たり前のように、救急車は一般のもので、UGN職員は来なかった。
ワーディング反応があったわけでもなければ、レネゲイド関連事件である証拠があるわけでもなかった。坂道でスピードを出しすぎた学生と、不注意な車の衝突事故。頭部の挫傷で死亡。あまりにも普通の事件。UGNが出てこないのは当然だ。
ニアにはそれが"わざわざ""この事件はとっても普通です"と語っているようにしか見えなかった。
物証は何もない。
頭にもやがかかったように記憶は曖昧だ。
だがそれはノイマンとして、情報屋として記憶と思考を武器に生きてきたニアにとって、これ以上なく確かな証拠なのだ。


あの日から、ニアは何か知らない感情が自分の中に居座っているのを感じていた。
深倉の死に対する喪失感とか悲しみとか、彼を救えなかった罪悪感や無力感とか、そんなセンチなものじゃない。
この気持ちは何だろう。今までこんなに難しい問題に出会ったことはなかった。ストライクハウンドのセキュリティを抜いたときの方がよっぽど簡単だった。
ニアは3週間考えた。それでやっと、ひとつしっくり来る言葉を見つけた。
これは怒りだ。もっと言えば、憤懣だ。
僕は「イラついている」のだ。

あの時、僕が能力を使えていればあの事故は確実に回避できたのだ。それを誰かが妨害した。
そのこと自体が許せないのだ。

自分でもなんて幼稚な感情だろうと思う。でもそれよりほかに言いようがない。
なんだか、今まで認知できていなかった感情に名前がついた瞬間に、停滞していた思考がクリアになって、視界に色がつくように、せき止められた水が流れ出すように、パズルのピースが綺麗にハマっていくように、痛快なくらい色々なことにイラついてきた。
そしてそれが、これまでになく腑に落ちた。
深倉に抱いているこの感情は、きっと後悔でも弔意でもない。
勝手に世話を焼いて勝手に死んで、残された僕だけがこんなにモヤモヤしている。こんなにイラつくことってあるだろうか？
あいつの誘いになんて乗らなければよかったのだ。平坂が記憶処理を許可してくれていればこんなことにはならなかった。
そもそも平坂に相談したのが間違いだったかもしれない。ホームに来たのが間違っていたのかもしれない。
初めて深倉に出会ったときから、ずっと間違いだったのだ。

僕の心の中の憤懣は、あの時からあったのだ。
FHの研究室にいたときには感じなかったこのドロドロとした感情が、あの日深倉に拾われたとき、UGNに入って名前をつけられそうになったときから、気づかないうちに箱の中に少しずつ溜まっていって、今その封が切られたのだ。
人間らしく扱ってほしいなんて誰が望んだ？
名もない汚れた野良犬に、人様目線で同情でもしているつもりか？
もう放っておいてくれ。
僕に干渉しないでくれ。
人間になるということがこんなに不快なことならば、僕は人間になんてならなくていい。

こうしてニアはホームから離れることになった。
ニアはあの"赤い瞳"によって、初めて自分の感情のひとつを認知できるようになって、人間らしさの一片を手に入れたのに、そのことがかえって彼を人間らしい生活から遠ざけた。
あの"赤い瞳"の持ち主は、この話を聞いたら面白がって笑うだろうか？