自分が生まれた時の事は、正直なところよく覚えていない。覚えている中で一番古いものは、かつて主人だった男が喚き立てる声を背に、どこの手の者とも分からない刺客と相対していた記憶だ。その主人は四六時中命を狙われているような手合いの人間だったらしく、自分のようなルーンフォークを製造しては、身代わりの盾のように使い捨てていたのだと後に他の者から聞いた。
他の者から聞いたというのは、その主人とはそれ以降二度と会う事も出来なくなったからだ。刺客の攻撃が主人に届く事は無かったが、仕掛けられた罠によって屋敷が破壊され、崩落する瓦礫によって主人は肉塊と化したのだ。自分も屋敷の崩壊に巻き込まれ、しばらく瓦礫の山に埋められる事となった。
瓦礫の中から自分を掘り出したのは、肉塊と化した主人の暗殺を指揮していた女だった。奇跡的に無傷だった自分を、運が良いやつだと笑い飛ばし、せっかくだから主人の敵討ちをするか？と冗談のように尋ねてきた。かつて主人の盾となるように命令はされていたものの、敵討ちをするようには命令されていない、と自分が答えると、女は笑った顔をしかめ面に変えてしばらく黙っていた。女は黙ったまましばらく何かを考えていた様子だったが、やがて自分の腕を引いて立たせると、行く当てがないならしばらくうちの部隊に来るといい、と言って自分をどこかへと連れて行ったのだった。
そうして自分は女指揮官の部隊に連れられ、そこで魔法戦士としての訓練を受けることになる。自分には、特にほかにできる事もなく、すべき事もなかったので、促されるままに鍛錬を積んだ。その過程で女指揮官に誘われ、戦場に立たされた事もあった。覚えた魔法が、培った剣の技術が、誰かを背にして立ち続けたことが讃えられたのは初めてだった。戦い方を褒めそやされ、あだ名を付けられることも初めてだった。やがて請われるまでもなく、自分は戦場で女指揮官の供をするようになった。誰かの盾となる。かつてそのように命令されていた頃と、やっている事は同じに違いなかった。しかしその頃とは違い、たとえ命令がなくとも、自分は彼女を守るべきだと強く考えるようになっていた。
彼女の供をするのが当然のようになってしばらくして、ある任務に付いてきてほしいと、改まって話をされた。蛮族が攻勢に出ようとしていると情報が入り、補給基地と見込まれる洞窟を攻略するという任務だった。後方の基地のため、主力となる強力な蛮族はいないだろうと見込まれ、勝算は十分にあると思われた。もとより断る理由があるはずがなかった。
洞窟に侵入してすぐに、事前の想定が誤っていたことが分かった。折り悪く後方からの敵の援軍部隊が、前線に赴く途上でその補給基地に到着したのだ。自分達の後から洞窟に入ってきた援軍部隊と洞窟内の敵とで挟み撃ちにされれば、全滅は免れない。
そんな状況でも、彼女は諦めなかった。彼女は自身が洞窟内で騒ぎを起こすので、その隙に脱出して状況を仲間に知らせるように自分に命令した。しかし自分は初めて、命令に逆らった。ここを脱出するのであれば、自分よりも彼女の方が適性がある。自分が騒ぎを起こして注意を引く、と。
議論の時間はなかった。彼女は唇を強く噛み締めて数秒考えた後、必ず助けを呼んで戻る、と言って駆け出して行った。
彼女の策通り、自分は洞窟の奥まで進み、遭遇した蛮族を相手に戦闘を開始した。思えば、誰かを背にすることなく一人で戦うのは初めてだった。しかし自分がその時、彼女の盾であることに違いはなかった。その時、何匹の蛮族を屠ったのかは記憶にない。やがて力尽きた自分は捕らえられ、幸運にも命は取られずに牢に繋がれた。
彼女ならば、無事に脱出しているだろう。いずれ援軍を連れて戻ってきてくれるに違いない。そう信じて牢の中で自分は待ち続けた。光の差さない洞窟深くの牢獄では、果たしてどれほどの時間が過ぎたのかは分からなかったが、やがて洞窟内の蛮族達の様子がにわかに慌しくなった。見張りの蛮族も牢の前からいなくなった。援軍が来てくれたに違いない。自分は彼女から隠し持たされていた魔道機を使い牢から脱出した。
しかし、援軍が来たにしては様子が違う。洞窟内に争った形跡は無く、蛮族の姿も無い。訝しみながらも、記憶を頼りに洞窟の出口近くまで辿り着いた。外は暗く、月明かりだけが洞窟の出入り口を照らしていた。自分はそこで、見覚えのあるものが地面に落ちているのを見つけてしまった。
血に汚れた、ドッグタグだった。それは紛れもなく、彼女の首にかけられた本人の証だった。
自分はそれを拾い上げ、走った。
部隊の駐屯地に戻るまで走り続けた。
彼女はそこにいるはずだと信じて。
頭のどこかで、予想していた通り。つい数日前まで日々を過ごしていたその場所は、もはや跡形もなく荒らされ、破壊され、命あるものは誰一人として残っていなかった。
見上げると、彼女がこの部隊を率いて懸命に守っていた街のある方向の空が、赤く染まっていた。

盾となるために、生み出された。
本当に守るべきものを、見つけたと思った。
そしてすべてを、失った。
生まれた意味すら失った。

ああそれでも、ただ二つだけ、得たものはあった。
全てを奪ったものへの、復讐を願うこの感情を。
そして彼女が与えてくれた、この名を。
この二つを持って自分は奴らを殺し続けよう。

諦めてなるものか。
レントゥス。
彼女は私を、不屈と呼んだのだから。