地球から転移してしまった人間の女性。
元の世界ではVTuber『色葉カエデ』としてゲーム実況などの活動を行っており、まだ女性としては珍しいコアなFPSゲーマーとして一部で人気を得ていた。
ある日VTuber仲間とTRPGの初見配信をしていたところ突然の睡魔に襲われて意識を失ってしまい、気が付いたらラクシアにいた。
幸い街中に転移したため魔物に襲われるようなことは無かったものの、異世界から転移した彼女には頼れる場所も無かった。

空腹で動けなくなりかけた彼女の目の前に、《大食い選手権》の文字。
元の世界ほどには味が整えられていない料理だが、空腹は最高のスパイスとなる。
――――彼女は優勝した。

当分の間は優勝賞金で何不自由なく暮らせたものの、やがてガメルは尽きてしまう。
このままではまずいと思った矢先、掲示板に「マギテックギルド、専属冒険者募集中　衣食住完備」というビラを見つけた。

　やるべきことを終えた帰り道。ある黒髪の少女はふと独り言ちる。

「……そっか。私、一回死んだんだ」

　その呟きはすぐ近くを歩く四人には届いたか、届かなかったか。

「ゲームの世界じゃよくあることだけど、現実でってなると実感が湧かないんだ」

　しかしその実感は、身体の節々をひりひりと焼く微かな痛みが証明している。

「魂の『穢れ』だっけ。これがあるから蛮族が街に入ってこれないんだーっていう」


「私、『穢れ』ちゃったんだ」


　最後の戦闘の折、私は敵の猛攻を受けて一度死んだ。私は指揮官だから、それも仕方ないことだと思った。強力な銃を撃ち切って、私に絡みついた鎖が皆を傷つける。むしろ私が死んだ方が状況は良くなるだろうって思った。
　だけど、意識が薄れていく中で、ここでもっと生きたいと思った。

「もっとみんなと生きていたい。ずっと楽しく生きていきたい。クロちゃんと、カルモと、バクア君と、それからハル君と」

　――離れたくない。

　そんな時、エルドさんの声が聞こえたんだ。こんなところで寝てんなって。


　そうして私は生き返った。だけど、生き返るためには『穢れ』を溜め込まなきゃいけないのがこの世界のルールで。

「意外と痛いものなんだなー。……しばらくしたら慣れるかな？」

　その事実は私の心に重くのしかかっている。この痛みは一生続くんだろうか。異世界の『穢れ』を孕んだ魂は、元の世界に戻れるのだろうか。
　あの魔剣は世界を渡る力を持っていた。頼めば、私やハル君も送ってくれるかもしれない。魔剣がその気になれば、だけど。

「……………………戻らなくても、いいのかなあ」


「家族なんて元々どこで何してるかわかったものじゃないし、友達も……配信者仲間くらいはいたけど」

　今の自分が日本に帰って、転移する前みたいな生活ができるとも思えない。『穢れ』のことだってある。正直、帰るのが怖い気持ちの方が大きい。

「リスナーさんには悪いことしちゃうな」

　でも、何より――

「今はこっちの世界で、もう少しみんなと生きていきたいと思ったから」

　もし、もしもだけど。他の四人もそう思っていてくれているなら嬉しい。
　私はそう思いながら、いつもみたいな会話をして歩く四人の方へ走り出した。

　……ふふっ。みんなに日本を見せてみるのもいいかもね

　
　えーっと……。落ち着いて整理しよう。まず私は、数日前に急に高熱を出しちゃった。

　その時は私もなにがなんだかわからなくって、そのまま倒れちゃって……朦朧としてたけど、クロちゃんやカルモっちが看病してくれたことは覚えてる。ハル君とバクア君も何かしてくれようとしてた気がするけど、カルモっちが外に追い出しちゃったみたい。まあ二人には悪かったけど着替えとかもあるし、そこは仕方ないかな。


　着替え。

　あ、あー……思い出しちゃった。別に忘れてたわけじゃないけどさ。目が覚めたらハル君がいて、私はまだ少し熱もあって寝ぼけてて。そのまま起き上がったら……。

　たぶんクロちゃんとカルモっちが脱がせておいてくれたんだと思うんだけど。いくら寝ぼけてたとしてもあれは……。見た？って聞いたらちゃんと見てたって言うし。……どうせハル君のことだから、ちゃんと看てたってオチなんだろうな。
……うん。そうだと信じよう。

　ちょうどその時クロちゃんが戻ってきて、色々説明してくれた。ハル君が薬を持ってきてくれて、それが効いたんだろうって。ハル君はマクドの時ほどじゃないって言ってたけど、危ない目にあって怪我もしてたみたい。て、ジェーナっていう女の子に薬を塗ってもらって？ 温泉で一緒になって？？ 暖かかった？？？ ハル君何やってるの？？？？

　……ともかく、その女の子に貰った薬のおかげで熱が下がったらしい。うん、後でお礼しとこう。
　
　で、その後クロちゃんは体温計用のマギスフィアを探しに行った。私は、いつも通りハル君にツッコミを入れようとして、でもあんまり動けないから近くまで来てもらったんだ。その方がこのやるせない熱が下がる気がして。でもハル君がそんなことせずに寝てた方がいいって言うから………………いうから……。

　ハル君に目を瞑ってもらって、私は――


　ちょうどその時、クロちゃんが【ハートレートチェッカー】のマギスフィアを持って戻ってきて帰ってきて、なんかもうすごいことになっちゃった。クロちゃんは、私が悪かった、とか言うし、ハル君はいつも通りだし。
　慌ててクロちゃんを呼び止めようとしたけど、ハル君が私の【ハートレートチェッカー】見てすごい心拍数とか言うからなんとかマギスフィアを取り返さないといけなくて。慌てていつも通りのツッコミを入れようとしたら、ハル君に手を掴まれちゃった。いつの間にかすごい成長してたんだなー、ハル君。男の子の手って感じになっててびくともしなかった。私が熱でぼろぼろだったのもあるんだろうけど。

　急に動いたからかふらっとしちゃって、そのままハル君にもたれかかっちゃった。でもしっかり受け止められて……。

　そしたらなんか、ハル君って何だかんだでいつもこうやって心配して、一生懸命になって助けてくれるんだよなーって気持ちが沸いてきちゃった。最初の頃、ただの年下のぼけっとした男の子だと思ってたのにね。

　そのまま、気が付いたら自然に[冒険者+器用]してた。




　え、何してるの私？？？


　……。


　…………。



　まあ、たまにはお礼くらい……しても、いっか。






　あ、あとでジェーナって子については詳しく聞いておこう。

本名は　秋月 楓(あきづき かえで)