ファーベルト平原に点在する村を渡り歩く行商人の息子として生を受けたが、生まれながらにして穢れを宿していた。
定住する身でなかった事から迫害こそ受けなかったがそれでも忌避の視線を受けながら育つ。
幼少期に流行り病で母を亡くしたが、それ以上に父親から愛情を受けて育った自覚を持っている。
父一人子一人で互いに支え合いながら生きてきた。

そんな彼にはもう一つ、普通の人とは違う点があった。
定期的に不思議な夢を見るのだ。

その夢では、今まで見たこともない景色で荒廃した街を自分が歩いている。
魔道死骸区にも似ているが、どうにも雰囲気の違う場所。
それが、いきなり光に包まれたかと思うと今度は綺麗な街並みに立っている。
グランゼールよりも整備された、不思議な建物がたくさんある街。
そこで自分は｢もう一人の自分｣に出会う。
邂逅した｢自分たち｣はどちらか片方しか生き残ることができない。
それを知っていた自分は｢もう一人の自分｣を殺そうとする。

─結果は失敗に終わる。
だが、｢もう一人の自分｣は自分を殺さずに両者を生かす道を模索し、成し遂げた。
彼への想いは言葉にできない複雑さがあったが、それでも感謝の念は絶えなかった。

にもかかわらず、再度自分と彼は対峙する事になった。
そしてその後に一瞬だけ火の海になった街並みが映る。

夢はいつもここで途切れる。
どうしても覚める直前の最後のその光景が忘れられない。
何故彼と再度戦う事になったのか。
何故あそこまで街が燃えているのか。
この夢は、一体何なのか。

父に相談してみたが、父もそのような街や大火事の事件は知らなかった。
父は言った。
｢冒険者になって、もっと広い世界を見てこい。そうすればその夢で見た街や｢もう一人の自分｣とやらに会う事もあるかもしれん｣

エトはその言葉に頷き冒険者を目指すことになった。

【猛獣退治】

それは、本来ならなんてことの無い出来事だったのだろう。
冒険者として依頼を請け、仲間たちと共に戦いを経て仕事を為す。
言葉にしたらこれだけ。
いつものルーチンであり、日常の一コマに過ぎなかった。

その流れるような黒髪と。
自分の胸よりやや高い程度しかない背丈と。
操霊術を唱える際に口から洩れる声色と。
頭を撫でる時に振り払う仕草と。

全てが、鮮烈だった。

彼女…イデア・ルクスリアは、俺の中に消えることの無い何かを焼き付けていったのだ。

【ヘラクレスと行く狩猟ツアー】

ドーデン地方から再度こちらに出向する事になり、改めての依頼だった。
始まりの剣(ソードオブジェネシス)が一人、ヘラクレスと共に活動する狩猟を目的とした仕事だった。

最近はブルライト地方でも魔物の活発化が相次いでるとは聞いていたが、街道沿いの様な人通りの多い場所にも強大な魔物が出るようになっているとは思いもしなかった。
あの時は誰もが相対したあの魔物を自分より格上だと思ったに違いない、たった一人を除いて。
……結局、ヘラクレスのおかげで俺達は難を逃れる事ができた。

しかし、力不足で魔物を倒すどころか何の役にも立てなかったことが悔しかった。

【冒険者誘拐事件】

……少しは力をつけたつもりだったが、それは慢心に過ぎなかった。
仲間が、一人死んだ。

初めて会った女性で、彼女の事など何も知らない。
それでも彼女は、共に戦う仲間で。
蛮族に殺される瞬間をこの目で見てる事しかできなかった。

助けられなかったことも、勿論悔しいが。
俺の持つ操霊術では未だ彼女を呼び戻す事ができない。

彼女──シエスタの死に顔と。
彼女に寄り添い慟哭する少年──ルーシスの泣き顔。

その光景は未だ瞼の裏に焼き付いている。

【邪教の神官捕獲依頼】

前回の依頼以降、一人の女性の行動が目についた。
ゼマリタという名の、ウィークリング。
彼女の行動指針には規則性が感じられず、また加虐的な思考を持っているようで目を離す事が不安だった。
ある日、依頼を請ける彼女を見かけ嫌な予感を感じた俺はその仕事に同伴を申し出た。

…一瞬、視線が交錯した。
ただ、その眼から彼女の考えを読み取る事はできず、お互いに余計な事は何も言わなかった。

彼女が何を求めて、どこに行くのかはわからない。
ただ、心の支えになる何かを得て欲しいと、切に願った。

──自分にとっての、あの女性の様に。

【悦の魔剣の迷宮攻略】

魔剣の迷宮。
ラクシアのいずこかに空間を歪めて、もしくは渡って'発現'する奈落の魔域に近い性質ながらその力は全く違う物。
今回俺は迷宮攻略班の一員に選抜された。
自分の能力がそれに見合っているのかは正直疑問だったが、最善を尽くせれば問題ないと考えていた。
……それでも。
狩猟の際、誘拐事件の際に感じた無力感は胸から消えることが無く。
自分でもその決意は冷めた部分が空々しいと感じていた。

──記憶がプツン、と途切れている。
迷宮攻略の途中から、気が付いたら《月狼亭》に帰還していた。

どうやら迷宮最奥の魔物に俺は殺されたそうだ。
目が覚めた時、蘇生を行ったであろう操霊術師…前に見た事のある女性、イレイナの他にも幾人もの人たちがいた。
どうやらかなり心配をかけたようだった。

事情を聞いて迷惑を掛けて事への謝罪を行い、その後は迷宮を攻略したとの事で改めて戦勝を祝った。

……その迷宮での記録映像があると聞き、後で見せて貰った。
歳のそう変わらない少女が、自分の死に対し嘆き、悲しみ、苦しんでいる映像。
自身の身体に新たに浮かび上がったこの痣と、彼女の声が。

お前は、無力だと。そう宣告している気がした。

【あの素晴らしい時をもう一度】

【これが俺の生きる道】

月狼亭で依頼を終えた後、フウカに話しかけられた。
特徴こそ近い物の自分の戦い方とあまりに違う自分に興味を抱いたらしい。
かつての冒険で、全滅の危険があった事。
その折に自信の力不足を痛感した事。
救援に来てくれたヘラクレスに相談した結果、｢イレン・アトワイト｣という指針をくれた事。
それらを話すとフウカは納得したのか…はたまた満足したのかそこで話は終わった。

……１つだけ、言えなかったことがある。
──数ある魔法の中で、操霊術を選んだのは。
彼女(イデア)の見ていた景色を、俺も理解したいと思ったから──

何故か、その言葉が俺の口から出る事は無かった。