【凶星】

生きながら地獄に堕ちたのか。
それほどまでの惨状。誰もが正気を失っていくのだ。もがき、苦しみ、撃たれて死ぬ。私も程なく思考を手放した。踏みしめるはずの地面すら分からず、手足が所在をなくしてわななく。
気が付けば、世界が傾いていた。生温い泥を啜る頬の感触に、ああ、撃たれたのだと思った。朦朧とする意識の中、思い出すのは昨晩の奇妙な記憶。用足しにと野営を出た折、視界の端を、小さな影が横切った。銃声と人いきれとで、獣一匹寄り付かない戦地だ。あれは一体何だったのか。

思えばあれが、悪い兆しだったのだろう。

ずっと前のお話でちゅ。

初めて目を覚ましたときの記憶は、正直あんまりはっきり思い出せなくて……（多分脳みその急激な発達が……ｳﾝﾇﾝ）、断片的な要素ばっかり浮かんでくるでちゅ。あとで聞いた話では、突然ポ◯モンもびっくりのハイパー進化を始めた謎生物に研究室は大騒ぎで、その雰囲気に余計びっくりしたのか、延々と赤ちゃんねずみみたいにチィチィ泣いてたらしいでちゅ。きっとその頃から最高にキュートだったに違いないでちゅ。
ぽやぽやの記憶の中で、唯一覚えてること。それはハカセの声でちゅ。タオルにくるんだほわほわのお腹を抱き上げて、確かに「ガブリエラ」って呼んだでちゅ。その瞬間、ガブリエラは「ガブリエラ」になったでちゅよ。

研究所での生活はとっても楽しい日々だったでちゅ。所員さんたちはみんな優しかったでちゅし、ハカセといつも一緒！　ハカセはガブリエラのお話をうんうんってちゃんと聞いてくれて、嬉しそうにしてくれるでちゅ。ハカセと助手さんは特にガブリエラを可愛がってくれたでちゅ。
毎日いろんなゲームをして遊んだでちゅ。ガブリエラは超賢くて学習スピードの速いハムでちゅから、どんどん新しいことを教えてもらったでちゅ。あ、ちょくちょく痛い注射をぶすっとされることもあって嫌でちたけど、その後のおいしいご褒美のために我慢したでちゅ。なにより、頑張ったらみんない～っぱい褒めてくれたでちゅ！

一回だけ、研究所のお外に出たこともあったでちゅ。
実地試験を兼ねた性能テストって感じだったでちゅ。
初めてのお出かけにルンルンでちたから、こっそり抜け出して夜のお散歩しちゃったりしたでちゅけど、ちゃんと無事に帰ったでちゅよ（あせあせ💦）。

好きなひとたちがケンカしてるなんてかなしいでちゅから、おっきい声で鳴いて止めようとしたんでちゅ。でもたまたまガブリエラのケージの近くにいた助手さんが「Shhh....」のポーズをしてて、よいこのガブリエラは静かにしたでちゅ。大事な大人のお話をしてるから、でちゅって！

そして次の日、ハカセは研究所から消えたでちゅ。

積み木が音を立てて崩れていくみたいに、あらゆる研究開発プロジェクトが瓦解していったでちゅ。政府もそれを見過ごしてたわけじゃないでちゅけど、軍部は今ある研究所を立て直すことよりも、ハカセを見つけ出すことに力を注いでいたでちゅ。その隙に、助手さんも含めた所員さんたちの何人かがこっそりお外と連絡を取って、敵軍の侵攻を手引きしてたみたいで……。
気が付いたら、研究所は知らない兵士さんたちが占拠してて。何が起こってるかわからなくて、おめめも思考もグルグルになってるうちに……ガブリエラは助手さんと一緒に、UGNに行くことになってたでちゅ。

いなくなったハカセが、なにか怖いものから逃げてたのか、お仕事に疲れちゃったのか、それともなにかしらの考えがあったのか、ガブリエラにはわかんないでちゅ。でも……いちばん最後にお話ししたとき、初めて手袋を外してなでなでしてくれたあのあたたかさ、あの優しいまなざし……。あれはきっと、嘘じゃなかったと思うでちゅから。

ガブリエラは、ハカセが大好きでちゅ。

研究者の独白

ああこいつ、翼を失くして地上の生き物になってしまったなあ。
未知のバケモノのままでいさせてやれば、互いに楽だったかもしれないだろうに。
互いに何も考えずに済んだだろうに。

生きる者が、生きる者に対してしでかしてきた事に、向き合わなければならないという……
天からの警醒か。


――ガブリエラ。おまえの名前はガブリエラ。
神の御言葉を伝えるもの。