───もし、あの時…私が惨めに死んでいなければ
───もし、あの時…私が生に縋りつかず、死を受け入れてしまえたら
───もし、あの時…私が彼女らを巻き込まなければ
───もし、あの時…私に、もっと力があったら
もっと、より良い結末になってたのかな。彼女たちが、悲しまずに済んだのかな



あぁ、もしも……



───もしも、もっと早く……「助けて」って言えてたら…何か変わってたのかな



──────

────

──


───目が、覚める
そこは、見慣れぬ部屋
狭苦しい部屋に、生きる上で最低限の家財道具
自分のものであろう学生証と制服が、小さな机の上へと置かれている

───鏡を見る
色素の抜け落ちたように真っ白な髪に、薄い紫色の瞳
『あぁ、自分の姿は変わっていないのだ』という思いと、『なつかしい。数年前はこんな姿だったなぁ』という思いが同時に浮かんでくる
……はて、何故わたしは『なつかしい』と思ったのだろう
未だ現実を認識出来ない意識の中、自分の記憶を確かめていく

身体…認識と違いはない。違和感が拭えないのは事実ではあるが……
年齢…１０代前半くらいだろうか。学生証は中学校のものだし、まぁそのくらいだろう
知識…抜けはない……はずだ。
そして、記憶……
……あぁ、どうやらわたしは記憶喪失、というものらしい。
かろうじて覚えているのは、『あさひ』という名前…おそらく自分の名であるものと
───忘れたくない。彼女らの笑顔をそばで見ていたい
そういった強い思いと共に残る、ある兄妹の影
ちゃんと覚えれてない自分の脳みそに恨み言を吐きつつ、ざっと今後の方針をまとめる

ふと、窓の外を見る
ちょうど、星座を塗りつぶすように、眩い朝日が昇っていた
新しい一日の始まりだ。ベランダに出て、大きく息を吸い込む

「───おはよう、世界」

彼女の白髪が朝日を反射し、金色に輝いて見えた

転生体：氷上あさひ
誘導因子：デウス・エクス・マキナ
転生体適合率：５８％
因子侵蝕率：３９％
喪失項目：記憶
『世界の記憶』から忘れられた人物を転生させる実験の第一号。
通常７０～８０％程度の転生体融合率が著しく低く、因子侵蝕率も高い。
そんなボロボロな状態のレネゲイドビーイングは、本来即座にジャーム化するはずなのだが、奇跡的にレネゲイドウィルスを抑え込むことに成功した。
他の実験体との差異も見られなかったため、突然変異として観察処分となった。

ふらり、ふらりと夜道を歩く。どこか現実味のないふわふわと宙に浮くように、しかし地をきちんと踏みしめるその足取りは、どこか軽かった。
ヴァ―ナレクからの試練を乗り越えた後、彼女は一足先にその場を離れた。あのままＵＧＮに取り込まれる訳にはいかない。
自分が手に入れた…否、取り戻した異形の力。
────失われた記憶のカケラに強く残る、あの二人を思い、結局手が届かなかった力。

ぼんやりと、空を見上げる。
オーヴァードとなり、広くなった視界に双子座がとても綺麗に浮かんで見える。

────手を、伸ばす。
その小さな手は、決して星に届くことはない。
だが。
それでも。





────星を冀み、その輝きを道標にすることくらいは許されるだろうか。

精密検査を受けた後、結果も聞かずに、逃げ帰るように病院を去る。
……別に、UGNが嫌いなわけではない。むしろ、その思想には尊敬するところすらもある。
だが、どうしてもあそこは居心地が悪い。
理想を掲げ、それに向けて邁進し…最後にはその意志を貫き通す。
夢見がちで、力もなく、ただ流され操られてきたまま生きてきた自分が惨めに思えてしまう。
それは……

────これ以上はよそう。
頭を振り、思考をリセットする。

────思い返す。
あの二人と戦うことになった時。
わたしの意識は落ち、他の"ダレカ"が出てきて、戦ってくれたらしい。
……きっと、それが本当のあさひなのだろう。
わたしが造られる上で混ぜられた本当のあさひのカケラ…その中にある魂が、彼女たちと共鳴したのだろう。



────少しだけ、ほっとしてしまった自分がいた。
これで、もしもの時も大丈夫だと。
その時は…自分が消えて、本物に身体を返すことが出来るのだろうと。
そんな、無責任な考えを思いついてしまう。



────"あぁ、やっぱり……わたしは何も、変わってないんだなぁ"
ふと、自嘲するような笑いが漏れる。
生まれ変わり、第二の生を得ても尚……わたしは無責任なようだ。
……それでも、構わないか。

わたしは、彼女たちが幸せならそれでいい。

どうせ死んだ身なのだ。

ならば────










「『この命くらい、あの子たちの為ならいくらでも投げ出せるよ』」









────あさひはのぼる。また、新しい一日が始まる。