吸血衝動。それは理解と同化を求める好奇の衝動。
眠る内心や真実を解体し白日の元に晒す事は、｜未知の恐怖《ストレス》から解放される｜快楽《カタルシス》であり、
それを求めて他者の傷痕を抉り、精神を穿ち、肉体を潰す行為は害悪である。
彼の一族は代々この衝動に蝕まれやすく、父は非オーヴァードながらに連続殺人の罪で収監。自身もまた、オーヴァードとして死から甦る際に吸血衝動に覚醒した。

流れの修験者が一族に遺した首輪型の遺産と契約できた事は、彼にとって大きな幸運だった。
暴走を戒め、理性的な行動を求める首輪。これがある限り、父の様に衝動に抗うことを放棄することはないのだと安心できた。

首輪付きのエージェントとして事件や同胞に好奇心を向け、やりすぎては首輪に戒められる、そんな日々を送っていた……のだが。
仲間に恵まれた。困難を乗り越えた。エージェントとして積み上げた正の経験は、次第に好奇心の対象を未知なる未来へと変えていった。
元より、己の衝動を厭うていた。仲間を疑うのは面倒で、吸血衝動に蝕まれていることを強く自覚させられた。「信じて任せる」と言う言葉は、いつしか自他を直視しない為の言い訳となり、臆病さと好奇心は混同されて心の隅へ追いやられる。
『今の自分の問いかけは慎重さやエージェントとしての責務ではなく、顕にすべきでない衝動の発露なのではないか？』
そう疑い続けるよりも未来を楽しみにする方が、遥かに楽で、楽しく、心地好く、
それが理性などではなく、父と同じ思考放棄だと自覚した時には……致命的だった。

その事件について、彼は黙して語らない。
事件が刑務所で起きた事、SoGが関与していた事、UGNからも犠牲者が出た事。調べて分かるのはその程度。彼の態度も、一見して事件前と変わりなく見える。
ひとつ確かに言えるのは、事件以来彼の首に漆黒のチョーカーの姿は無く、白い包帯がその代わりに巻かれていると言う事だけだ。