元々は超零細チャイニーズマフィア組織（構成人数5人）に拾われた孤児。
拾われた以前の記憶はほとんど残っていないし、名前も拾われたときに誰かが適当につけた物。
この超零細組織は下請けの下請けの下請けの……って感じで悪事の五次受け六次受けくらいの立場だった。
親事業者の上の方にFHセルもあったので、広い意味でなら冥娘もFHチルドレンって言っても過言ではないかもしれない（過言）。

そんな吹けば飛びそうな組織に、あるとき大仕事が舞い込んできた。
二十架市のとあるお屋敷の当主家族の殺害という重要任務であり、依頼主はお家簒奪をはかった当主の実弟。
最初は正面から乗り込もうとしたけど、お屋敷の私設警備隊がなんかやたら重武装であっさり返り討ち。ここで2人脱落。
次に、実はオーヴァードだったらしい組織リーダーの究極奥義《ディメンジョンゲート》で、前回返り討ちにあった地点を強襲したが、何故かそこにいたニンジャとドラゴンにぶちのめされてさらに2人脱落。この時点で冥娘以外誰もいなくなった。

一人残された冥娘だったが、リーダーが生前（まだ死んではない）に「なんかこう上手いことやって皆殺しにするんだ」と言っていたのを思い出し、他に寄る辺もなくそれに従うことにした。
そしてタイミングよくハローワークでお屋敷のお嬢様付きメイド募集をしていたので応募した……のだが、なんとこれは罠だった。
メイドさんの恰好をしてお屋敷に出かけたら、待ち構えていた私設警備隊とニンジャとドラゴンとお嬢様に取り囲まれ、そのまま捕獲されてしまった。
かくして、めんどくさいから名前すら考えてなかった自称チャイニーズマフィア組織は壊滅した。
あと芋づる式に上位の元請けや、元請けの元請けや、もっと上まで残らず壊滅させられたそうだよ。
先述の通りFHも関わってたので、地元のUGN支部まで出張ってきて瞬殺だったらしい。

その後なぜか冥娘はそのままお屋敷のメイド見習いとなった。
お嬢様が「まだ特に悪い事をしたわけではないですし可愛い子ですからこのまま働いていただきましょう。それに人の上に立つ者でありながらこんな幼い子を寒空の下に叩き出すおつもりですの？ ですので可愛い子ですし働いていただきましょう。可愛いですし」ってめっちゃ熱弁したせい。
なお冥娘はメイドどころか家事すらやったこともないぞ。

そんなこんなで今は先輩メイドの下でメイド仕事を教わっている。
自分の意志というものが希薄であり、言われたことに疑問を持たず何でも言われたままにこなすので仕事の覚えは悪くない。

お嬢様からはオーヴァードとしての手ほどきや、お勉強を学んでいる。
なぜか何かあるたびに頭撫でてきたり、お膝に抱っこしようとしてくる。理由は謎だが時折鬱陶しい。
さらに妙に冥娘を子供扱いしてくる。
先日ひらがな50音の書き取りドリルを終えたら、冥娘を肩車して屋敷中を駆け回った挙句出会う者すべてに「やりましたわ！ めーにゃんがついにひらがなをマスターしましたわ！ すごいですわえらいですわさすがですわー！！」と言いながら手を取ってぶんぶん振り回していた。
今まで読み書きすらできなかったのは確かだけど、大袈裟が過ぎると思う。
その晩は参加者が身内のみとは言え急遽パーティーまで開催された。『めーにゃんひらがなマスターおめでたうパーティー』だそうで、主賓はお嬢様から『めーにゃん』と呼ばれている見習いメイド。
わざわざそんな茶番に出席してくれた、お嬢様の数少ない知人の方々には主賓自ら頭を下げて回った。うちのお嬢様がアレで大変申し訳ありません。

レネゲイドに詳しいと自称していたチャイナマフィアリーダーは冥娘のレネゲイド能力を見て「何もない所から武器を作り出した……ん－、これはモルフェウス！」「……と考えるのはトーシロ。影を切ってその中に隠れることができる。影関連だしきっとウロボロス！」と言っていたが、実際はミストルティン/オルクスのクロスブリードだった。
ある日遅刻寸前にも関わらず布団から出てこないお嬢様を起こしていたら、寝ぼけお嬢様に指先を甘噛みされた。気持ち悪かったのでそのまま放り投げた。
そうやってブラム＝ストーカーなお嬢様に噛まれたせいか、オプショナルシンドロームとしてブラムが生えた。

「同じブラム＝ストーカーになったことですし、これまで以上に色々教えてさしあげますわー」ってお嬢様はそれまで以上に張り切って先生をするようになったけど、ブラム覚醒の経緯を考えると、一種のマッチポンプみたいなものでは……
教えて貰ったことが着実に身についてはいるから良いけどね。

「ちなみにこれが我が家の家宝。限られた者にのみ力をもたらす、アンコモンくらいの価値しかないEXレネゲイドの"サングイン"ですわ」って何故か苦々し気な顔でお嬢様が茨で出来た腕輪を教材にしていたこともあったり。
なお借りてみたら、冥娘にもふつーに扱えた。
お嬢様は「これって単にブラムの子なら誰でも使えるってことなのでは……家宝って」とか言いながら頭を抱えてたそうな。
さすがに家宝なので譲ってくれこそしなかったが、UGNのツテを使って別"サングイン"を手に入れてプレゼントしてくれた。
「アンコモンくらいの価値しかないEXレネゲイドですが、便利は便利ですから」らしいよ。

お嬢様は見た目のわりに少し……いやかなりスットコドッコイだったが、オーヴァードとしてはそれなりに優秀だったので、その教えを受けた冥娘もすくすくと成長。
今やお屋敷の中で武力で冥娘に匹敵するのはお嬢様（オーヴァードでUGNチルドレン）とメイド長（非オーヴァードでドラゴンハーフ）と執事長（非オーヴァードでニンジャ）となるくらいまですくすくと成長した。
……意外と匹敵するのいるな。何だこのお屋敷。

そんな穏やかな日々を過ごしていた冥娘だったが、ある日お嬢様が通り魔オーヴァードに大怪我を負わされるという事件が起きる。
さいわい一命はとりとめたものの、しばらくは寝たきりになるらしい。
ウザくて鬱陶しいお嬢様からしばらくの間解放されることになった冥娘だったが、何故か心は晴れない。
お嬢様やお屋敷の人々との触れ合いがすでに自分の暮らしの一部になっていたことに、冥娘はその時初めて気づいた。
そして、それが今失われたことも。

それに気づいた瞬間冥娘はお屋敷の外へ飛び出し、町を駆けていた。
自分の生活の一部であるお嬢様を害した通り魔をぶちのめす。ただその一心で。
それでお嬢様が喜ぶわけでもないし、何ならそんな危険なことをしようとしていると知ったら止めるかもしれない。
だが、それでも冥娘はそれをやめる気はなかった。
おのれの意志を持たず、周囲に言われるままに流されていた冥娘が、初めて自分の意志でやろうと決めたことだった。

一方、冥娘が残した書き置きを見たお嬢様は大慌てで今すぐ探しに行こうとしたけど、絶対安静なんだからおとなしく寝てろとメイド長にめっちゃ叱られた。
しかたないので地元のUGN支部に、冥娘を見付けたら保護してあげてくださいませーってお願いしたらしいよ。