彼に会ったのは、路地裏じゃなくて、臓器売買の裏の顔を持ったお店の中。
私がそこに行ったのは、偶然じゃなくて、調査の為。もっとも、何をしているお店かなんて詳しいことは、何も知らなかったけど。
新装開店のお店みたいにキラキラピカピカの受付を抜けて、明るいお店に似合わない真っ黒のスーツを着た横幅に恰幅の良い男性に着いて行ったお店の奥で会ったのが、最初の出会い。
その時の私は、お店のことを『なんだか人に言えない危ないものを売っている怪しいところ』としか聞いていなかったので、そんなお店の奥にいる彼の何だか、迷子になって歩き疲れてしまったみたいな顔を見て、そういう人に危ない薬を売りつけるお店なのかなと思ったりした。
そんな彼の隣に座るように案内されて、さて話は聞いていますよ、と切り出した男性に差し出された契約書を見て驚いた。なんとこのお店、売り物は薬ではなくて人間の臓器だった。
どうやら私に話を持ってきた依頼人、と言っていいのか分かりかねる協力者が手を回していたらしく、私も自分の臓器を売りに来たという話になっていたらしい。そんなことは聞いていないので思わず驚きそうになったけど、頑張って愛想笑いを浮かべて堪えた。
協力者は、私に証拠となる物、証言を取ってきてほしかったということだろう。そういうことなら話をする時にもっとしっかり言ってほしい、怪しいお店があるからそこで話を合わせて契約書を貰ってきてくれ、なんて言葉が足りないにもほどがある。
どうやって断って契約書だけ受け取って帰ろうか、考えていると、私の隣に座っていた、迷子の彼が契約書に名前を書こうとしてびっくりした。
本当に売るつもりなんだろうか。彼の契約書には、彼の心臓を売ると書いているのに。それってつまり、死ぬってことなんじゃないのかな。
思わず、持ち上げられた彼の腕の袖を引いて、話しかけていた。ここにいるなら、私はともかく、彼は本当にお金と引き換えに臓器を売るつもり、で来たのかもしれないけど。それにしたって、本当にそうなのかと疑いたくもなる。
本当に売っていいの、話しかけた私に彼は覇気のない目を向けて、別にいい、なんてそんなことを言う。
その目には、切実さも、焦燥も、決意もない。ただ、疲れて、もう何も考えたくない、みたいな風に見えた。
お節介かなと思ったけど、私は、そういうのは良くないんじゃないかって思う。何か大事な理由があってとか、命に代えてもやらなきゃいけないみたいなことがあるなら、人はそういう目をする。でも、彼みたいに考えることをやめて、諦めて命を売ってしまうようなことは、本人が望んでいると言ったとしても、そこが根本じゃないと思うんだ。
命を売るという手段しか見つけられなかっただけで、本当の願いは、根本的な想いは別のところにある。
そう思わされるような目を彼がしていたから、私は、彼を止めなきゃいけないと思った。

当時の私は、オーヴァード、というものになっていた。
後から聞いたら彼もそうだったというのだから驚いたんだけど、あの時、私は自分が使える力を使った。
私ができることは、声にレネゲイドを乗せること。応援して人を励ましたり元気づけたりできて、もうひと頑張りしたい、なんて人の背中をこっそり押したりしていた。
その時に、私がやったのはその応用。声にレネゲイドを乗せて、ちょっとだけ、ちょーっとだけ、怖い声を聴かせた、っていう、そんなこと。
あのお店、今までにも同じようなことをしてきたみたいだったし、それで苦しんで、辛い思いをした人は他にもいたと思った。
だから、ほんの少しだけ怖い思いをして、こんなことはもうやめたいって思ってもらえればいいな、って思ったんだ。
それくらいだったんだけど、レネゲイドの力って、一般人にはすごく大変だってよくわかった。被害者の人の声が聞こえたように、幻聴をちょっと聞かせただけだったんだけど、すごくすごく怖がって、怯えてしまって。もう耳を塞いで大パニック、って感じになってしまった。
まあ、パニックになってる間に、ごめんなさい、許してください、って言いながら、自分がしてきた悪いことも自白してたから、それを協力者に電話で聞かせて、然るべき専門機関に対応を引き継いでもらったんだけど。
問題は、そのままそこにいると私たちも巻き込まれるから、離れた方が良いってなった後のほうだった。
パニックになってこっちを見ていない男性に、私は、今のうちにここを離れよう、って彼に言った。彼は男性を驚いたように見てたけど、そのまま、びっくりした顔で私のことも見て、どうして、って言った。

どうして、男性がこんなことになったのか。どうして、私がこんなことをしたのか。どうして、放っておいてくれなかったのか。

彼が言いたかったことが何だったのか、私には分からなかった。今でも、あの時の彼が言ったことの真意が私には分からない。
だから、私はあの時の私が応えられるだけの誠意と、想いでもって答えた。

「だって、困ってる人を見たら、助けなきゃって思うんだもん」

救われたいのに、ボロボロなのに、立ち上がる方法が分からないなら、手を掴んで一緒に立ち上がればいい。
私はあの時、彼の手を掴んで、その手を引いて立ち上がったんだ。

HO2　カヴァー/ワークス　事務所長/自由

ロイス　”Butterfly Mortician”
あなたは、細々とした任務をこなしながら、”Butterfly Mortician”を追う個人事務所を運営している代表である。
あなたが追っている”Butterfly Mortician”は表では優良な医者で名を馳せているが、現在進行形に裏で非人道的なクローン技術による実験を行っているジャームであると推測される。
各組織から多額の懸賞金もかけられているが、未だに尻尾を掴ませておらず、様々な組織が手を焼いている状態にある。