持っているナイフはクロエ（最初に出会った町娘）の家にあったいわば遺品。
一番最初の虚無を感じたものであり、記念ではないが何故か持っていった。
その後クロエの姓である「Valentine」の刻印を入れた。

素体になったのは男。生前はある女の夫だった。
目覚めてから本能が求めたのは妻。身体が勝手に会いに行った。
ジャック本人は忘れているので、この女に出会ったのは偶然と思っている。

彼女がいた。確かに彼女だ。
見間違えるはずもない。
気付けば庇っていた。血盟相手の事も忘れて。
頭が真っ白になった。この気持ちはなんだろう。

彼女がいた。目の前にいた。
何が起きているかわからなかった。
庇われていた。もう意識など無いはずなのに。
頭が真っ白になった。この気持ちはきっと…

気付けば業血鬼にナイフを突き立てていた。無心で、何度も。
彼女をもてあそんだことへの怒りか？死者をもてあそんだことに対する怒りか？
わからない。わからないけど、何度も突き刺した。
やがて灰に還り、ナイフは空を切る。
”自分だけ逃げやがって”　そう思った。

後ろから温もりを感じる。
あぁ、慰めてくれてるのか。
そうか、これが温もりか。
遠い昔に忘れていた。人の温もり。
思い出した。これが…

彼女はちゃんと埋めた。今度は誰かに悪用されないよう、目につかないところに。
悲しみ、というのがわからない。こういう時どんな気持ちで居ればいいかわからない。

”別にいいんじゃない？アンタはそのままで、さ。”

知ってる声が聞こえた気がした。

まァ、それもそうか。
これは返すよ。今まで世話になった。
俺にはまだ待ってる人が居る。
墓前にナイフを置き、一回だけ振り返りその場を去る。

― ありがとう。さようなら。