とある国があった。穏やかで平和なその国は、密やかに…そして確実な崩壊の道を辿っていた。

王妃が亡くなった後、一人の女が王宮に迎えられた。王の孤独を理解していた周りは複雑さあれど、それでも受け入れた。…受け入れてしまった。

少しずつ歯車が狂っていく。何かに怯えるような瞳をする王。王妃に盲信していくようになる側近。ある頃から現れた使用用途不明の決算。姿を消した知恵ものであった貴族…

そして、とっくに手遅れになってから気がついた。--王妃は、そしてその息子は…魔族だ。それに気がついた己の主人は囚われ、処刑を待つ身となった。…そんなことはさせない。この国は遅かれ早かれ手遅れとなる。その前に外に知らせなくては。いや、何より…このまま主人を死なせたくなかった。

未だに真実に気がつかない愚かな女を装い、なんとか主との面会許可をもぎ取った。なんとか王に考え直してもらうなどと演技しながら、主人に使えそうな道具を差し入れた。己の元に保護していた彼のファミリアを、外から彼の元に合流させた。そして、脱出準備が整った頃合いで…私は魔族達に正面から挑みかかり、暴れ回り、敗走した。

…わかっている。己は魔族達に勝てるほど強くはない事は。狙いは大きな騒ぎを起こす事だ。気を引いて、主から注意を逸らして、主人がこの国から脱出するための時間を稼ぐ。そのための大立ち回り。

反逆を起こした王太子付き従者として追われ、攻撃をされながらも暴れ回る。あと少し、もう少しだけ時間を稼がねば。…その果てに己がボロボロになっても！

暴れて、逃げて…もう体は限界だった。傷だらけで、血に濡れて、魔力もそこを尽きていた。…流石に己の生還までは、無理だったか。あぁ、己の主は無事に逃げ切れただろうか…かすみ始めた視界でそんなことを思った時。

『お、こりゃぁ丁度いいな。女ってのは不満だが…俺の魔力も馴染みそうだ。うん、いい感じに魂も弱ってるし…体はこっちの魔力で補えばなんとかなるな。…その体、もらうぜ』

軽薄な男の声が、聞こえた。

思えばただの盗人である己が革命軍のリーダー…表向きのリーダーは親友に任せたとはいえ、そんなものを率いることになるなど思っても見なかった。ただその日を暮らし、肥え太った貴族から金や宝石を奪い、笑いながら追っ手をまく。そしてその結果に満足しながら一杯の酒を煽る。そんな日常を過ごすだけで満足だったのに。

重い税にあえぐ農夫。子供に喰わせるためにやせ細った母親。家族を食わせるために涙目で奴隷商についていく少女。腹が膨れ上がり、骨と皮だけの指をくわえるしかできない少年…気が付けばそんなものを目にするたびに、拳を握りしめるようになった。かつては美しい夕焼けが見えた草原が、草木の匂いに包まれる森が、憩いの場だった川が、貴族の道楽場に変わるたびにグルグルとしたものを心に抱ええるようになった。…己たちの存在をなかったことにして薄汚く笑うクズが…善良なものも、尊い命も全てを食い物にするやつらに腹が立って…仕方がなかった。

そして、その怒りの果てに――青空に誇らしげに翻る、二つの旗へとたどり着いた。一つはこの国の国旗、もう一つは…自分たちが昔作った革命軍の旗。

革命は終わった。残虐な王は既にいない。強欲の限りを尽くしていた貴族たちもいない。ようやく、ようやくただ善良な人が報われるような国が。子供たちが笑える国が出来る。ここから美しい国づくりが始まるのだ。…だから、いらないものはしっかりと処分しなくては――

「どこだ…どこに我らの秘宝を隠した…！」「コソ泥風情の癖に…アレさえあればお前のようなものになど…！」

……あーあ、折角思い出に浸っていたというのに、随分と耳障りだなぁ…なんて周りを見ながら思う。かつては豪奢な服に覆われていた体を、薄汚れた襤褸切れで彩ったやつらは血走った目でこちらを見る。１０，２０，３０…んー、これ位なら片づけられるだろうが…そうもいかないのがなぁ…軽い思考を回しながら口を開く。

「アレはこの世界にあっていいものじゃない。命を生贄に捧げて、他の国を壊す力を得る…そんなものがある国に、素直にもろ手を挙げて歓迎するバカがどこにいる？…多少の抑止力で収まるものじゃないだろう、あれは」

革命を起こすための情報収集で見つけた、国の暗部であり最重要機密。オーパーツで作られた【天罰機構】…災害のごとき力を生み出す機械。国で、その周りで暴虐の限りを尽くしてもなお、この国が落ちなかった理由がこれだった。

俺の言葉にギャンギャンと噛みつくかつて貴族だったもの達。オーパーツであるが故に分解も骨が折れた機構。他にも一つの国が持ち続けるには厄災にしかならない品々たち。…その全てが、今己がいる屋敷に存在していることを彼らは気が付いていない。そして、わざわざ自分が最奥で待ち構えていた理由も、分かっていない。あぁ、随分と滑稽なやつらだ。

「我らのこれが全戦力などと思うなよ？この屋敷の全てに逃げ場所はないと…」

「…っく、ハハハハハハハ！！！！だーめだ、こりゃ！おかしくっておかしくって仕方ねぇなぁ！」

とうとう腹を抱えて笑い転げてしまう。怪訝そうな顔で見る彼らに真実を教える。

「逃げ場所？オレは逃げも隠れもしねぇよ。…ここが、オレの…そして、お前らの墓だからな」

ドン！という強烈な音と衝撃が走る。屋敷のある土地全体と、処分する技術達の近くに仕掛けた爆弾が、等々起爆したのだ。一番最初に崩れるのは、唯一外と出入りできる頑丈な橋。そしてありとあらゆる出入口。…かつて目の前の貴族たちが邪魔者を…今では一番の友となった、革命軍の表向きのリーダーをかつて閉じ込めていた牢獄塔が、陸の孤島と化した瞬間だ。

「ここからの国に、禁忌の兵器も、特大魔法も、毒の秘術も必要ない。かつての国の重役も…コソ泥のリーダーも、必要ない」
「お前たちが一番分かっているだろう？この牢獄塔から抜け出すのは困難だと。今まで脱獄に成功したのは一人だけ…それも事前準備を入念にして、協力者を得て、最後には運頼りの作戦で、それでも辛うじてという脱出のみだった」
「さぁ、最後の大掃除だ。――ド派手な花火になろうぜ、クズども！！！！」

体を覆っていたコートを脱ぎ捨てる。その下には大量の爆発物。そして、それに隠すようにして施した、魂を異世界に逃がす術。

禁術や兵器の知識も場所も知っているのは、俺一人だけ。物自体も、知識を知っている俺も、全て処分する。そして交霊術で魂から読み取られることがないように、異世界へ魂を送る。処分に関してはしっかりと成功率を上げたが、異世界転移は上手くいかなければそのまま消滅するだろう。ま、それ位がちょうどいいな。

慌てふためくクズどもを笑いながら、オレは起爆スイッチを押した。