裕福な家庭に生まれ、父は開業医、母は大学病院の看護師長。親戚の多くも医療職に就いており、彼女自身も自然とその道へ進むよう教育されていた。
　思春期を迎えた頃から、明確なきっかけもないまま、「恵まれている自分」や「自らの裕福さを嫌悪すること自体への慢心」に対して、次第に強いコンプレックスを抱くようになった。以後、不自由を経験することを求めて、学業に加え、あらゆる部活や習い事に挑んだ。しかし、そのすべてで高い成績や賞を獲得し、さらに「それでも誰からも妬まれなかったこと」が、彼女のコンプレックスを一層深める結果となった。
　難関大学の受験にも難なく合格し、都内の某大学薬学部へ進学。最初の1年は、退屈と自己嫌悪を抱えたまま淡々と過ごしていたが、2年目の春、学内のバンドサークルから勧誘を受ける。以前から評判の悪いサークルだったが、「他にやりたいこともない」という理由で参加を承諾。案の定、活動の大半は飲み会とパチンコのノリ打ちで、酔った勢いでの暴力やセクハラ、金銭トラブルも日常茶飯事だった。だが彼女は、その未体験の文化にカルチャーショックを受けながらも適応し、向けられた悪意すべてに倍以上の仕返しを繰り返すうちに、半年も経たず前任者を追い出し、サークル代表の座に就く。
　代表就任後のサークルは、バンドとしての活動にも積極的に取り組むようになり、自身もボーカルとしてステージに立つようになる。メンバーの素行は相変わらずだったが、学園祭では「そこそこ」の盛り上がりを見せる程度には仕上がるようになる。この「そこそこ」の達成感こそが、彼女の求めていたものであり、その後は見た目や素行についての苦言こそ増えたものの、彼女個人としては順風満帆なキャンパスライフを謳歌していった。