本名はマリア。神官でありながらお姫様のように着飾っており、敬虔な信徒のように優しげな笑顔を見せることもあればお転婆娘のように悪戯をしたりもする。心優しくも勇気のある二面性強い女の子。
マリアはドワーフたちの住む村で唯一のエルフ夫妻の元に産まれた。一家揃って神官であり、布教と教会の管理のために引っ越してきた両親の間にできた子である。幼い頃からフルシルの教えを聞いて育ち、まっすぐに成長していた。
15年前、初めて1人で任される仕事となったのが、村の夫妻の間に産まれた子供の洗礼であった。緊張する彼女に対して当の赤子は無邪気に笑顔を向け、彼女は手を伸ばした。その様子に気の抜けた彼女は静かに笑みを浮かべ、つつがなく儀式を進行することができた。
それ以降、教会の仕事の傍で赤子の様子を見に行くようになった。村にいる赤子が少なかったこともあり、特別愛着が湧いたのであろう。赤子の喜びそうなものを少ない給金で行商から買っては持って行き、時間の許す限り赤子と遊んだ。
赤子が少女となってもその関係は続いた。少女はなぜか騎士に憧れを抱いたらしく、近所の衛士見習いの男の子と一緒に騎士ごっこをしていた。マリアは少女と遊んでいた時、「お姉ちゃんはお姫様なの?」と聞かれたことがあった。彼女は少女が騎士に憧れていることを聞かされていたため、遊びの一環と思い、そうだと答えた。それから、少女と男の子と遊ぶ時はお姫様役をすることになった。その時に少女からもらった役名が「マリアンヘレス姫」である。なんでも、騎士物語に出てくるんだそうだ。マリアは可笑しく思いながらも、お姫様という非日常的な役に楽しみを覚えていた。
さらにしばらくして、男の子は無事に衛士となり、立派な男性として成熟していた。その頃になると、彼女は男の子のことを気にするようになってきた。相手も彼女のことが気になっていたらしく、しばらくもしないうちに愛を育むようになっていた。一緒に過ごす時間が今まで以上に増え、将来を考え始めていた時、男の子は彼女に二つの約束を持ち出してきた。一つ目は、少女を見守り続けると言うこと。彼女の"夢"を守り続けることであった。そして二つ目は、古の聖域をいつか三人で訪れることだった。少女が聞いた話の中でお気に入りの一つらしく、みんなで行きたいと男の子に話したことがあるらしい。彼女はその時は深く考えることなく、面白そうな話だと思って承諾した。
それから程なくして、男の子が少女を連れて村の外の森に行くことになった。その理由についてはなぜか教えてもらえなかったが、帰ってくるのを楽しみにしていてほしいと言われた。もしかしたら、求婚の話に関わることなのだろうかと心を弾ませながら、彼女は戸棚に仕舞ってある返事の組紐を取り出した。彼女が親から伝え聞いた伝統ある組紐で、編み方によってその求婚を受けるかどうかが分かるようになっている。これを彼女は1年前から編んできていた。答えはもちろんイエスだった。ついにこれを渡すのかと思うと、心臓が張り裂けそうなほどドキドキした。
しかし、そろそろ帰ってくる時間になっても二人が戻ってこない。心配になって教会の前で待っていると、村の入り口が騒がしくなっているのがわかった。その騒ぎは段々と村全体に波及していったが、村人の心配そうな顔と慌てた様子は彼女を不安にさせた。胸騒ぎを抑えるように組紐を握って待っていると、少女が正面から歩いてくるのが見えた。無事だったのか、と安心したのも束の間、少女の血塗れで落ち込んだ様子と隣にいるはずの男の子がいないことに一層心が冷え込んでいった。そして、手足の感覚がないままに、少女の話を聞いた。信じられなかった。信じたくなかった。それでも、男の子が渡してくれるはずだった愛の華が血に汚れているのを見た時、その現実が彼女の心を砕いた。大きく空いた心の穴からこぼれ出すかのように、涙が止まることはなかった。
それからは何も手につかない日が続いた。男の子の帰りを待つように村の入り口に立ち続け、今にも倒れそうになって保護されたこともあった。男の子の葬儀が執り行われた時には部屋から全く出ることができず、数日経ってから両親に助けられたこともあった。穴の空いた虚ろな心の中に入ってくる何かは、その穴から全て溢れていくようであった。
そんな日々を過ごすうち、彼女は過去の思い出に癒しを求めるようになっていった。赤子の時の少女の笑顔、男の子との初めての出会い、三人で遊んだ日々、男の子の手の温もりと眩しい笑顔。そして、他愛もない約束をしていたことを思い出した。マリアは自分が姫でなくてはならないことを思い出したのだ。そして、行かなければならない場所があることも。それからの彼女は目的のための行動をするようになった。服もお姫様のような華美に見える服を着るようになった。そして、男の子が言っていた古の聖域について調べ始めた。勘づいた両親からは強く止められたが、聞き入れることはなかった。村の人も気が触れたのだと言いながらも、彼女を説得しようと話しかけ続けてくれた。しかし、彼女はその全てに耳を傾けることはなかった。
そうして男の子がいなくなってから2年が過ぎ、少女が成人をするちょうどその日、彼女は旅に出ることを少女に打ち明けた。その旅は危険になるが、彼女が一人で行くと伝えた。本当は少女がついてきてくれることを理解した上で。思惑通りに少女は彼女についてきてくれることになった。彼女は自分に残されたものがまだあることへの歪んだ喜びと、愛した少女を騙すことの苦しみに悶えながらも、姫であろうと毅然と旅に出ることにした。こうして、マリアンヘレス姫は暗闇の支配する世界の中、過去に瞬いた光を求めて、己の騎士と共に旅に出るのであった。