使徒達の時代

神紀文明の終焉後、混迷の時代。
小さき者たちは神々の時代の負の遺産との戦争を繰り広げていた。
戦闘用神性生物"アストレイド"。
もはやどの神が造ったものであるかさえわからなかったそれは、与えられた神の如き力で殺戮を繰り返していた。
ただ、彷徨い堕落したその姿は天変地異と見紛うほどの災厄であった。

だが人々は魔法王デュランディルの秘儀によって光明を見出す。
かの王の魔術は無敵と思われていた上位アストレイドを倒し、退けることに成功した。
長きアストレイドとの戦いに終止符が打たれたように見えた。
しかし、頃合いを見計らっていたかのように現れた九柱の天使により再び均衡は崩される。
"グラン・アストレイド"と呼ばれる九体のアストレイド。その強大な力と犠牲はそれまでの比ではなかった。
だが、人々はそれらをも上回って見せた。
魔法王デュランディルは信頼のおける者たちにアストレイドを退ける業を伝え、数十年に及ぶ戦いの中でその魔術は急速に成長した。
やがて、九体のアストレイドは後に魔法王と呼ばれる者達によって討ち取られていったのだった。

【苦悶】のアストレイド・ネビュロス

最後の九柱のアストレイド、"グラン・アストレイド"の一つであった、【苦悶】のネビュロス。
それは後にフェンディルと呼ばれる地で討ち取られたとされる。
その手段は極めて特異なものであった。
神の兵器に魂を与え、輪廻の輪の中に閉じ込めることによってその存在の力を大きく削いだのだ。
神性生物と言えど深淵の定義する世界の規律の前には無力。
輪廻の中に組み込むことで、かつての殺戮兵器としての力を奪うべく、【苦悶】は小さき者の身に封じられた。
【苦悶】の封印は母から子へと移り変わることで永劫に成される。
母は出産と同時に死に、【苦悶】の魂の残滓は新たな依代へと受け継ぐ。
それが【苦悶】を討ち倒すために編み出された秘法であったのだ。

【苦悶】の封印を可能な限り長いものにすべく、当時の魔術師達が選んだ依代はラミアであった。
その血絶やさぬため、必ずや何者かと恋仲となるであろう種族。

そうして依代は必ずラミアを孕み、呪いを娘に託し、死んでいく。
千年以上の数えきれない苦悶がそこにあった。

新たな士族

フェンディル王国が興り、数千年のときが過ぎた。
代々フェンディル王国に仕える名門貴族メルロー家は新たな士族(シルバーブレイド)を迎えた。
元々は片田舎に住み細々と暮らしていたラミアの少女アンヘラであった。
メルロー家当主は彼女に魔術と剣術の才を見出し、蛮族であることも厭わず、フェンディル王国に忠誠を捧げることを条件に彼女を雇い入れメルローの姓を与えたのだった。
その日から彼女はアンヘラ・メルローとなった。

アンヘラの血が千年以上に及ぶ使命を持っていることは皆忘れ去っていた。。
ただ、子を孕むと死の運命が待っていることのみが伝えられ、誰しもがその忌むべき呪いから目を背けようとしていたからである。

アンヘラは持ち前の生真面目さと恵まれた環境によって武芸を学び、フェンディル王国の剣となった。
その領民が安寧に暮らせることを義務と感じながら。

しかし、平和な時代も長くは続かなかった。
竜刃星の出現、そして後に"魔導大戦"と呼ばれたその戦争。
彼女は剣を取り、故郷を守るべく戦った。
だが、その激しい戦火の末、その士族(シルバーブレイド)は還らぬ者となった。

そして……

私が目を開けると、そこは見慣れない神殿のような所だった。
イスカイアやセフィリアのものとも違う、見覚えの無い異郷の雰囲気。
先程まで、"古老"の使徒たちと剣を交えた戦場だったはずだ。
まさかあそこに"古老"の本体が現れ、視界が黄金の光に包まれるまでは……。
「へぇ、こいつがねぇ」
声に気がついて顔を上げると、髪の長い女性がこちらを覗き込んでいた。
周囲にはもう二人、老婆のような方と不機嫌そうな白い髪の男性……。
きょとんとした私の様子を見ながらも、その老婆は言った。

「修行をつけてやるんじゃぞ、コイハナ」