私には母の記憶が無い。物心つく前に、体を悪くして死んでしまったらしい。
だから私はあの遺跡で、父と二人の兄達と4人で暮らしていた。
私は幼い頃から何をやっても駄目で、何でも小器用にこなしてみせた兄達とは大違いだった。
二番目の兄はいっつもそれをからかう。ノロマのエレナ、なんて言って
それが我慢ならない位悔しくて、自分にも、何か兄達を超えられる事がない物かと、必死で遺跡のガラクタの中を探し回った。
そして、私は1本の剣を見つけた。
綺麗だった。何十年何百年放置されていたなんて思えない程に、その刃は煌めいていた。私は、ソレに一瞬で心を奪われた。
剣を持ち帰って、毎日日が暮れるまで振り回した。
不格好に剣を振り回す私の事を、父と一番上の兄はそれを心配そうに、二番目の兄は笑いながら見ていた。

次第に私は、剣を振るだけじゃ物足りなくなった。生き物を、切ってみたくなった。
遺跡を出て、森の深くに潜って、私を襲ってきた動物を切った。
しばらくしてから満足して、返り血でべったりの状態で帰った私を見て、皆はたいそう慌てて、そして心配してくれた。
---でも、それが2回、3回と続くと、段々とその視線は、理解出来ない物を見る目に変わっていった。

5回目の狩りから帰った日、私は遺跡の一室に閉じ込められた。
私に甘かった父は、その悪癖が治るまで、そこが私の部屋なのだと言った。
それから私が外に出る時は必ず兄のどちらかが一緒に来たし、食事は家族皆でその部屋で食べる様になった。
兄達は、なんとか癖を何か別の物に向けようと、色々な物を毎日部屋に持って来てくれた。
服、本、木のパズル、あと玩具。どれも程々には面白かったけど、やっぱり頭にはあの感触がずっとチラついていた。
だけど、父の話や兄達の話を聞いたり、他の色んな事をしていく内に、何だか悪い事をしているような気分になって、少しずつ少しずつ、生き物を切った時のあの感触は薄れて行った。

…ある日の真夜中に、部屋の扉が空いた。
そこには血に塗れた二番目の兄と、返り血に塗れた蛮族が一匹居た。
散々殴られたんだろう。顔は殆ど潰れていて、もう見る影も、息もなかった。
蛮族は、ゆっくりと、嘲るようにこちらに向かってきた。
そこからは特筆するような事はない、殆どインテリアと化していた剣を抜いて、そこに居た蛮族達を皆殺しにした。
全部終わった後、その遺跡に居た者で生者と呼べるのは、私だけだった。
もう、ここに居る理由は無かった。

---もう私の趣味を止める人は居ない。ターゲットは色々、蛮族は切っても怒られないからお気に入りだ。
切って、切って、切って…私は、ただそれだけの為に今生きている。

・一言で言い表すなら趣味に生きる女。家族の努力で鳴りを潜めそうだったヤバイ趣味が、余計な事をした奴らのせいで再燃した。止められる人も全滅した為もうブレーキという物が存在しない。
・ビビリで諦めが早く、その上かなりナイーヴだが、それはそれとして生き物を斬るのが好き。狂人。
・またノってる時は鬼の様に強いが、ノってない時はカス。気分で実力が0にも1000にも10000にもなる。何こいつ。
・ギリギリ人としての常識とか善性が普通に残ってる為、誰彼構わず見境なく斬りかかったりはしないぞ。

実はこの二つ名、どちらかと言えば悪名よりで、エレナ自身自分がそう呼ばれてる事すら知らなかったりする。
と言うのもこの“肉屋”という二つ名、各所でエレナが名乗りもせずに斬っても怒られない物を切りまくった結果
「刀使いで、笑いながら人族動物幻獣蛮族魔神問わず斬って回る、茶髪黒目のレプラカーンのヤバイ女が居るらしい」という噂だけが人蛮に広がり、生物を専門に斬ってる事から“肉屋”という都市伝説の殺人鬼みたいな奴になったという物なのだ。
尚本人は何も知らない為、ふらりと冒険者ギルドや酒場に入った時に都市伝説の好きな奴が
「おい…あれ…」とか言い出し、結果的に周囲の視線がなんか凄い事になってるが原因が分からなくて困ってるぞ。
最近あった一番辛い出来事は新人冒険者に肩をぶつけてしまったらガチ泣きされた事。こっちまで泣きたくなったらしい。

噂の流布度…？名誉点的に多分凄い事になってるんじゃないですかね…