「私の名前はユニヴェール。お姉さんのことは、敬愛を持って"ユニちゃん"、って呼んでねぇ。」

　本名は『ロゼッタ・フォン・シュヴァルツラング』。コルガナ地方にある〈アルギュロス竜皇国〉の騎士(シュヴァリエ)で、皇国から〈翠雨の騎士(ユニヴェール)〉の称号を賜っており、主に要人の護衛や諜報任務に携わっている。竜皇国を治める皇王『コーデリア・フォン・シュヴァルツラング・アルギュロス』の養女でもあり、騎士でありながら皇族と親密な関係にある。
　現在は皇王の娘『シャーリィ』がハルシカ商協国で目的を果たすための護衛として、身分を隠して『ユニヴェール・サンドリヨン』と名乗っている。冒険者ギルドに所属しているのは、『シャーリィ』の祖母『リュセット・サンドリヨン』と〈飢狼の牙〉立ち上げに関わったロッテンフィリア商会の会長『シモン・ロッテンフィリア』が旧知の仲で、彼がギルドを支える優秀な人材を欲していたという事情がある。もっとも、彼女は冒険者という立場を利用して自身の真の目的に繋がる情報を探っているようだが。

「あまり肩に力は入れなくていいよ。お姉さんと一緒に、もっとゆとりを持っていこうねぇ～。」

「まぁ、仕事だし……はぁ、気が乗らないけどやるしかないかな。」

「―――姫様に触れるな。」

■特記事項
とある事情によって左目が失明しており、手足が満足に動かせない状態にある。
長年のリハビリと治療の結果、手足については日常生活に支障はない程度には回復した。
しかしながら、全盛期とは程遠く（器用と敏捷共に1/3程度に減退）、特に筋力の衰えは顕著に表れている。

「お姉さん、こんな見た目だから子供にみられがちなんだよねぇ。」

　童顔で小柄、肩まで伸びる癖のあるロングヘアーのせいで成人前の子供によく勘違いされがち。だが、よく見れば化粧をしっかりと欠かさず行っており、上着のせいで目立たないが童顔に似合わないかなり豊満な身体つきをしている。本人曰く、「栄養が全て胸にいった」らしい。
　異国風の上着は義母である『コーデリア』の贈り物。異国の姫が着る伝統的なものらしく、「騎士という身分を与えましたが、わたくしの大切な姫の一人であることを忘れずに」とのことらしい。本人も気に入っており、それに合うように他の衣服もコーディネートしている。また、密かにコンプレックスにしている身長を少しでもカバーするため、厚底のサンダルを履いている。

「うん、おつかれさまぁ。」「帰ったらさ、みんなでご飯行こうよ～。お姉さん、いい場所知ってるんだ。」

　彼女は二面性を持ち合わせており、処世術として表の顔と裏の顔を使い分けている。しかし、どちらかが本来の人格というわけではなく、どちらも彼女の本質で、嘘偽りのない自分自身。物事に対する姿勢自体は一貫している。
　表の顔は年長者らしい落ち着きをもった、面倒見のよいおっとりとした女性。時折めんどくさがりな言動が目立つも、望まない束縛を嫌っているだけであり、怠けて遊び惚けているわけではない。「自分がやりたいことをする」を信条としており、約束はきちんと守るタイプ。義妹の『シャーリィ』からはよく「ネコのような性格」と例えられている。
　裏の顔は元暗殺者という経歴から来る、現実主義で冷淡な仕事人。冷酷というわけではなく、人並みにモラルは持ち合わせている。過酷な幼少期の体験によって培われたため、この顔を本人はあまり好んでいない。

『あの子が……この空の下で、笑って暮らせていれば嬉しいな。』

　彼女は何より『自由』と『家族』を尊んでいる。生まれた時から彼女はそれらを持っておらず、得てもそれらを奪われた経験があるからだ。その為、自身の『自由』を侵されたり、『家族』を傷つけられたりすることを何よりも嫌う。常に落ち着きを持って物事に向かう彼女だが、その逆鱗に触れた場合はかつて『蛇』と恐れられた牙が容赦なく向けられることだろう。

　彼女は三人の人物によって育てられたと言える。
　一人目は『召使い』を自称した初老の男性。彼は籠の中に閉じ込められた小鳥である彼女に、一般常識と最低限生きていくための知識を教え込んだ。『召使い』という身分の低い奉公人であるにも関わらず、教えられたテーブルマナーや礼儀作法などは貴族由来であり、彼女は『召使い』は貴族に雇われていた使用人だったのではないかと推測している。
　二人目は彼女を暗殺者として育てあげた『"ファーザー"』。『アサシンギルド』の中でも幹部の地位にあるようで、他のメンバーからも『"ファーザー"』と呼ばれていた。『"ファーザー"』から教えられたのは裏社会で生きていくための技術や知識で、殺しのテクニックは勿論のこと、相手を騙す話術や女性という強みの使い方など多岐に渡る。冒険者稼業においても役に立つものばかりだが、そこに道徳心など欠片もなく、基本的に彼女は使うことを忌避している。
　三人目は義母となった『コーデリア・フォン・シュヴァルツラング・アルギュロス』。彼女を真の意味で救った張本人で、母というより姉のような年齢差だが、気高い生き方と包容力で「敬愛する母親」として彼女の更生を助けた。また、彼女が考える理想の女性像となり、人格形成に大きく関わっている。

　少女らしい思春期を過ごすことができなかったため、普通の少女が持っているべき情緒や社会経験に著しく欠けてしまっている。社交性によって円滑な人間関係を築くことが出来るものの、どうしても心に壁を作ってしまい、深い関係にまで踏み込むことができない。
　また、自己肯定感が著しく低く、自分を卑下するような発言をしてしまうことがある。思わず他人を優先してしまう気質もあり、"お姉さん"と一歩退いた立場に居るのもそれが原因となっている。

　物心ついたときから、彼女の傍に両親は居なかった。
　狭い部屋の中に閉じ込められ、会えるのは召使いを名乗る初老の男性のみ。幸いにも、両親から雇われているという召使いは彼女に優しく接して様々なことを教えてくれたが、部屋の外に出ることだけは固く禁じていた。その理由を聞いたことがあったが、「外には恐ろしい怪物がいるから」とはぐらかされてしまっていた。
　6歳となった頃、籠の中の小鳥であった彼女に転機が訪れる。ある日、召使いは生まれて間もない赤子を部屋に連れてきた。召使いはこの赤子を彼女の妹だと言い、この部屋で一緒に世話をしてほしいとお願いしてきた。好奇心旺盛な彼女は快諾し、手のかかる赤子を召使いと共に世話をするようになった。初めて出来た家族という存在を彼女は尊び、狭い部屋の中で妹を大事に育てることが彼女の全てとなっていた。

　しかし、その生活は二年ほどで終わりを告げる。二人の人物が姉妹が住む部屋までやってきて、彼女から強引に妹を奪い取ったのだ。二人はそれぞれ『"ファーザー"』と『"マザー"』と名乗った。『"マザー"』は妹を連れて何処かへ行ってしまい、『"ファーザー"』は暴れる彼女を暴力で抑えつけ、こう言い放った。「俺の言う事を聞けば、妹を助けてやろう」と。
　有無を言わさず、『"ファーザー"』に連れてこられた場所は『アサシンギルド』の隠れ家だった。『アサシンギルド』とはその名の通り、暗殺の仕事を請け負う、闇の世界で生きる者達の集団である。『"ファーザー"』はまだ幼い彼女に技術を叩き込み、暗殺者に育て上げた。首輪を付けられた彼女は、ただ妹の無事を祈りながら、誰かの命を奪い続けた。無知な彼女はただ利用されているだけだと知らず、人殺しが忌避されることであることも知らず。ただの子供だった彼女の心は壊れていった。不幸であったのは、彼女に類稀なる才能があり、暗殺に失敗しなかったことだろう。およそ7年の間、暗殺者として生きる日々は続いた。

　15歳となった彼女は、『ブラッドフォードの毒蛇』と呼ばれる凄腕の暗殺者の一人となっていた。有名となってしまった暗殺者が辿る末路は、捨て駒として使い潰されることである。アルギュロス竜皇国を治める皇王『コーデリア・フォン・シュヴァルツラング・アルギュロス』の暗殺という無理難題を押し付けられ、皇王が他国へ外遊している隙を狙って暗殺を試みた。いくら凄腕の暗殺者といってもやれることには限界があり、重傷を負った彼女は捕らえられ、皇王の前に引きずり出されてしまった。だが、ようやく終わることができるのかと達観していた彼女に与えられたのは死ではなかった。皇王は彼女の行いを赦し、自由にならないかと誘った。初めて差し出された救いの手だったが、暗殺に失敗した者には死あるのみ。首輪に付けられた毒が起動し、差し出された手を握ることができず、彼女は生死の境を彷徨った。
　その後、ハーヴェスの冒険者と薬師の尽力によって、何とか一命を取り留める。代償に手足が自由に動かせない身体となってしまったが、『コーデリア』は彼女に皇王の養女『ロゼッタ・フォン・シュヴァルツラング』という立場と第二の人生を彼女に与えた。彼女は騎士として仕えることによってその恩義に報いることを誓い、与えられた自由を以て少女であった頃の願いを叶えることにした。
　彼女の願い、それは生き別れた妹と再会すること。この世で唯一残った、血を分けた家族なのだから。