精霊亭の海の悪魔討伐依頼を終えて、潮風でべたついた身体を清めようと温泉で休んでいたイクサラス。
1人マスクを取って、イクサスマスクとして戦ったことを思い出し、悦に浸っていた。

そこに現れる、精霊亭の門番ムラマサ。素顔を晒してしまい慌てふためいたが、イクサラスとして自己紹介しやり過ごそうと思った。
それなのに、自分の本質を見据えるような質問の連続。そしてバレていないと思っていたイクサスマスクの正体を言い当てられ、これ以上ないくらい慌てふためいた。

ムラマサに尋ねられる。強くなる者は誰だ、と。イクサラスは答える。イクサスマスクだ、自分には無理だと。

ムラマサの拳が、温泉を穿いた。その豪傑の姿を捉えながら、告げられる。
もしもその仮面が取れた時、イクサラスは戦えるのか。それとも、仮面ごと仲間を失うのか、と。
イクサスマスクもイクサラスも、紛う事なき己であるぞ、と。

ぼくは、逃げていた。知っていたことを、認めた。
そして同時に思う。イクサスマスクとしてではなく、イクサラスとして、バティスと共に並ぶ未来を。

己の中の恐怖心を、いつか乗り越えて。己自身に、いつか打ち克って。
イクサラスとして、認められたい。自分を、認めたい。
その時まで、イクサスマスクとしてでもいい。己を磨き上げるため、イクサラスは戦い続けるのだった。

ランドール地方にある、図書館ギルド。
長らく行き来がなかったギルドが活動を再開し、月狼亭所属の冒険者が依頼を受けたということで。
月狼亭スタッフを代表して、イクサラスが挨拶に赴き、さらに依頼があれば手伝うことになった。

初めての場所へ行く時には特に欠かせないもの、フェイスマスク。
それを被って、イクサスマスクに変身し、図書館に。
そこではリュエマがいて、どうやら知り合いらしいティエンスのガッドの手伝いに行くらしく。奈落の魔域攻略へ、同行することにした。

2人のやり取りは、親密な者のそれに見えた。
リュエマもガッドも、お互いのことをよく見ているし2人の共通の思い出もあるようだ。
イクサラスはやや蚊帳の外にいるような気がしたが、でも2人の仲睦まじい様子を見ていたら微笑ましい気持ちになり。見るからに華奢な2人を、守ってやらねばと奮起した。
故郷にいる友のバティスを思い出して、少し郷愁も感じた。
奈落の魔域は広大で、一日では探索しきることが出来なかった。予め見つけておいたセーフゾーンで、早めの就寝をとることになる。

深夜のことだった。
見張りのガッドが独り、部屋を出ていった。
魔神が彷徨いていて探索も終えていないのに、なんて危ないことをするんだとぎょっとする。
すぐに助けに向かおうとフェイスマスクを掴むが、目の前には同行者のリュエマがいた。

リュエマの目の前で、正体をバラすわけにはいかない。
かと言ってこの非常事態に、わざわざマスクを付けに離れる時間を取る訳にもいかない。
マスクを被らずに魔域を探索するなど、恐ろしい。
数瞬の逡巡の後、イクサラスはマスクを暗がりに置いてそのまま外に出た。
恐れたのは、イクサスマスクの幻想が壊れることと。手遅れになって、仲間を救えないことだった。

本来ならまだ身体が活動を始めるに至らない時間に、未知の奈落の魔域をマスクもつけずに歩く。極度の緊張でおかしくなりそうだったが、か弱いリュエマを守らなければと。
もはやその身に染み付いたヒーローの魂とも言うべきか、それをもって先に進むことが出来た。

強力な魔神を退け、魔域最深部へ。
そこではガッドがいて誰かと話しているようだった。
こっそり覗き込むと、その者に見つかり後ずさる。どうやらガッドの知り合いのようらしく、ああなんだ敵じゃないのかと安堵した、その瞬間だった。

リュエマの疑問が聞こえる。ガッドの言葉が途切れる。
ガッドが気を失う。扉が閉められようとする。
疑問に思うと同時に、手は勝手に閉められる手に抵抗していた。

明らかに異常だった。扉を締める力に抵抗し、身体を滑り込ませ、ガッドを取り戻そうとした。
出来ることはした、やった。
でも意識を刈り取る魔法にかけられ、抵抗する間もなく視界はシャットダウンし。
次に目が覚めた時には、奈落の魔域の外で。
ガッドは、いなかった。

すぐにリュエマが、妖精に話を聞き、ガッドを助けに行こうと肩を掴んできた。
当たり前だ。仲間を見捨てる選択肢などない。
一刻も早くまた魔域へ向かい、ガッドを救出しなければ。

そう思っていても、足は鉛のように動かず。
妖精が無茶だと言う言葉には、スラスラと帰還を促す言葉が出た。

勇気が。自信が。持てなかった。
ガッドはもう、手遅れかもしれない。
リュエマと二人では、勝てそうにもない。
弱い自分では、誰も救えない。
なら。
せめて。
リュエマだけは、失わないように。
これ以上、誰も無くさないように。

ガッドは、生きていると。
根拠の無い嘘をついて。
リュエマを、言いくるめた。

ヒーロー(イクサスマスク)ならば。
危険を冒してでも、仲間のために向かっただろう。
二者択一の両方を、迷うことなく選ぶだろう。
でも。自分(イクサラス)は。
仲間の命を天秤にかけて。
救いやすい方を取って。
残った命は、見捨てた。

何を言っているんだ。
馬鹿じゃないのか。
マスクの有無で、人格が変わったりなんてしない。
イクサスマスクは。イクサラスだ。
幻想に逃げていたツケが、今ここで最悪の形で、回ってきた。

せめて、せめて。
この判断が、間違いではなかったと。
いや、間違いであったと。
断じて欲しい。断罪してほしい。
ぐちゃぐちゃの情緒で、館長へ報告してその第一声は。
「助けに行かないと」だった。

当たり前だ。そう、当たり前なんだ。
リュエマも館長も、まずそれが第一だ。
仲間を見捨てない選択をするのが、当たり前なんだ。
それすらも出来なかった、弱い自分。
ガッドを見捨てたことに言い訳をしようとした、臆病な自分。
悔やんでももう、ガッドを救いに行かなかったという事実は、覆らない。

弱くて薄情で臆病で情けない自分に、涙が止まらなくなった。
自分を責めないでと、慮る声がする。それに首を横に振った。
背後ですすり泣くリュエマ。彼女からガッドを奪ったのは、自分だ。
合わせる顔などあるはずも無かった。ただただ消えてなくなりたかった。

救助隊を編成すると、館長の言葉が聞こえた。
せめて、確実に助けられる戦力を整えてほしいと。
言葉に出して、でもなんて無責任な言葉だと自責して。
泣きながら、誰にも目を合わせず、図書館を後にした。

魔域の中に置てきたフェイスマスクは、手元に戻ってはいなかった。
しかし例えイクサラスの手元にあったとしても、もう被ることは出来なかった。
自分の弱さを覆い隠す虚飾のヒーローに、自分の罪を覆い被せることはしたくなかったから。イクサスマスクに、胸中で謝罪を繰り返した。

イクサラスは、少し時間をかけて。
月狼亭へ、帰還し。
そしてクロコの元へ、向かった。