どさりとベッドに倒れ込む。……疲れた。
　クーデリア、紅茶と冒険心を教えてくれた人。そして今日は、警戒心を教えてくれた。それは、ひどい恐怖を伴うものだったが。
　私は警戒心が足りないという。好奇心が先行して、相手の触れられたくないところを読めていないと。
　……私は臆病なたちだ。いつだって震えている。いつの間にか見捨てられていないか、失っていないか。すぐに踏み込むいわゆる尋問ぐせも、好奇心ゆえというのは偽ではないが、それだけが真でもない。相手のことを、知らないと怖い。
　相手のことを知れる、聞ける機があるなら、逃せない。立ち止まっている間に時が過ぎ、機を逃すことが怖い。それは、幼いころ、床に伏せっては目まぐるしく変わる友だちの関係や話題に置いていかれっきりだったせいもあるだろう。生き急ぐたちは、またああなるのが怖いためなのだ。
　私の臆病さは、安全の確認も取れぬまま崖下へと飛び込ませる、背を押す手として発露している。
　友達に……そう言い切るのも正確ではない。お友達になりたい人。親しくありたい人に嫌われるのが怖い。人に嫌われたくない、その気持ちは誰しもに抱いているが、お友達と呼んだ人に対しては、特にだ。
　だから、頼まれると、求められると、断れない。機嫌を損ねるのが怖いから。そのせいで、今日は怖い目にあって、注意もされてしまったけれど。
　……それを思えば、セレス、あの人との関係は不思議だ。機嫌を損ねるかもしれない、という過剰な怯えが薄いのだ。
おそらく……馬鹿げたことだが、初手で喧嘩したせいだ。
　とうに機嫌をたいそう損ねているのに、関係は続いている。二度、冒険もした。だから、多少遠慮無いことを言ってもなんとかなると、不遜な安心を抱いているのだろう。
　こういうものを、腐れ縁というのだろうか？
　……友達になりたいな。

ふと、遮断桿が目についた。
昨日の朝刊に載っていた。どこかの遮断桿で、線路に人が飛び込んで死んだという。なんでも、まだ10と少しを数える年若い少女だったそうだ。
どんな死に方をしたのだろう、と考える。ふらりと飛び込んで、ものすごいスピードで列車が自分の身体にぶつかり粉々に砕くところを想像した。
不思議なことがあるとそれはどんなものだったのか想像するようにしている私の習慣。それもあるが、今、そんな光景を脳裏に描いているのは自殺というものに興味があったからだろう。死にたい訳では無いが、いざという時、自らこの生を終わらせるという選択肢が存在する事実は、私に安堵をもたらした。
褒められたことではないと分かっている。
けれど、どうしようもなく、生とは苦しみなのだ。少なくとも、私にとっては。
人々は笑って生きているけれど、笑顔を交わすための不文の論理を、分かり合うための普遍の真理を……平易に言えばコミュニケーション能力を、肌で体得することのできなかった私にとっては、人と仲良くするというのがひどく困難な綱渡りに思える。一歩進めば足を踏み外しそうで、立ち止まってもバランスを崩してしまう。振り返るなんてもっての外だ。私は、人と繋がり合えずに生きてきた。
つまり、身と心を蝕むこの苦しみの正体は、寂しさだ。
分かったところで、どうしようもないけれど。
……線路に身を投げて死んだ彼女も、私の仲間だったのだろうか？
そう思考が及んだ時、急に遮断桿が怖くなって逃げだした。
私にはまだ、たぐれる糸がある。これが一本も無くなった時、そんなもののことは考えないようにした。……ただきっと、潔くはなれない気がする。