ホムラは、蛮族領生まれ。ダークドワーフの見習い鍛冶師だ。
一族いちのぶきっちょで、力任せに叩いて剣をパキパキ折ってたから、とっても評判が悪かった。

おまえ、しってるか？
弱肉強食の蛮族領、鍛冶のできないドワーフに居場所なんてない。

このままではそのうちオーガに食べられてしまう…！

命の危機を感じて、蛮族領を逃げ出し、人族の街に武具店を構える祖父達（イル爺＆ヤム爺）の元へ転がり込んだ。


蛮族領出身のドワーフが人族の街に住むには、へんな首輪をつけなきゃいけなかった。
なんか魔法のアイテムで、自分では外せないやつだ。

イル爺は、「抵抗しません。従順です」って意味があるんだって笑ってた。

ヤム爺は、「人間は、儂らが怖くてたまらんのよ」とムスっとしていた。


そうして、人族の街で修行すること十余年。

他の職人より何倍もの時間をかけて、やっとこ一人前くらいか？
という技術を身に着けた頃、「外いって自分の客とってこい」と、のれん分けされた。


そんなこと言われても、人見知り。
営業なんてできない…ドワーフは寡黙で職人気質って相場が決まってるだろぉ…。

仕方ないので、冒険者のお店に登録した。
欲しいのは冒険者の仕事じゃない。鍛冶のお客さんだ。

ここにいれば、いつかすっごい英雄になるような剣士とだって知り合えるかもしれない。

そう思った。


世間は厳しい、それでも、生きてかなきゃいけない。

仕事が好き。　仕事がしたい。　だって、ホムラはドワーフだから。

……そんな時代が、あたしにもあった。


ニンゲンの街に住んでわかったのは、人族だってけっこー野蛮だってことだ。
人と人でも、毎日誰かが争っていたし、大喧嘩の果てには、やっとできたあたしの友達が、罪を問われ、人族の街から追放された。

正直、追い出されたのはアイツ（ハドゲイという男だ）の自業自得だと思っている。

人間のくせに、あたしよりアホだ。


だけど、その事件をきっかけに、あたしも街を出てくことに決めた。

郊外に間借りしていた、工房の看板を裏返す。
引き払うって言ったけど、オーヤさん（ラークという竜人だ）はそのままでいいって言ってくれたから、しばらく休業だ。

オーヤのくせに、商売が下手だ。　戻ってこないぞ、きっと。


だって、あたし、追い出されたアホを探しに行くわけでも、観光旅行するわけでもない。
この街…人族を見限ったんだ。　だって、うんざりだ。　ニンゲンは、怖い。　マナーがなってない。　よく知らないのに絡んでくるヤツは特にめんどくさい。



あたしが人族の街で修行していた間に、「ダークドワーフは人族だ」って動きもあったらしい。

今では人族の街には、首輪をつけてないダークドワーフもときどき見かけるそうだ。

人族っていったり、蛮族っていったり、ニンゲンは、自分たちの都合で好き放題に"分類"する。　おめでたいことだ。



今、鍛冶師ホムラは、故郷、蛮族領へと戻ってきた。　自分の看板を背負ってだ。

確かめたい。　あの頃とは違う。

一人前に剣を打てる。　黒い火だって使いこなせる。　魔動機文明時代の加工法も教わった。　あたしは、"ダークドワーフの鍛冶師"になれたはずだ。



ダークドワーフは、人族か？　蛮族か？


正直、どっちでもいい。でも……。　あたしは一体、だれのために槌を振るえばいい？



知りたい。　仕事をしたい。　そうじゃなきゃ、生きていけない。　だってホムラは、――だから。

ジルレイに《ワードブレイク》された。あたしのいろんなものがブレイクした。

ひとのきもちを考えない。なんて勝手な男なんだ。


まずこのジルレイという男が、剣を直せっていうから、昔の工房へ行くことになった。

イグニダイドを取りつくしたから、あたしの一族はもうよそへ引っ越したって聞いたけど…。
地底暮らしのドワーフが、マグマを利用して作った工房だ。溶岩が枯れてなければ、炉は使えるはず。

Noといえない空気だったから、とりあえず向かうことにした。
歩きながら思う。　いや、これ直せるか…？

頼まれたのは、折れかけた魔剣の修理…ドレイクの魔剣だ…。
なんてもの出すんだ、コイツばかなのか？　と思った。
（本人気づいてないが、もうこれ"折れた魔剣"だし、"ブロークン"って呼ばれてるドレイクだぞお前って思った。）

だいたい、ヒビ入った金属は、なおらない。
一度はいった傷は消えない。またおんじところから折れる。人の心と同じだ。

芯から打ち直すには、一回溶かす必要がある。（その瞬間あたしも溶かされそうだ）

それはもう、別の剣に生まれ変わるってことだ。


一回壊して、作り直す…。　あたしは気づいた。

これは、まさしく"破壊"と"再生"………炎武帝グレンダールの司る仕事だと。


蛮族領に戻って、いろんなやつらを見た。

死にに行くために武器を求めるトロール。
強いものに縋ってしか生きられないコボルド
ゴブリンの尻に矢を打っていじめるガルーダ。
野放しのバジリスク。（たぶんコイツがいちばんやばい）

そして、命をコマとして見て知略を尽くす者…そいつは自分の命も他と同様に、コマとして使った。

死を前にして、命は皆、平等だった。


人間の社会は、口ではみんな平等だっていうけど、実態がともなわない。
だから、あんな"首輪"が生まれた。
それに縋ってしか生きられない者も……あたしは、コボルドの気持ちがわかる。いっしょだったから。

あたしはすでに蛮族領より、人間の街で過ごした期間の方が長い。
たぶん思考は、人間寄りなんだと思う。　蛮族は、蛮族だろ、って思うし、その言い方に疑問もない。
でもよく考えたら、この言葉って、相手を馬鹿にしている。


炎武帝グレンダールは、人を鍛え、育てる神。
破壊と闘争の神だなんて、蛮族に都合のいい解釈だ……って人族の街の神殿では教わった。
ダークドワーフのヤム爺は、なにも言わなかった。本当はどう思っていたんだろう。


蛮族領に戻って、あたしの"首輪"は、"破壊"された。

もしかしたら、壊すということは、人間がいうように、乱暴で悪いことじゃ、ないんじゃないかって、思った。

"破壊"が"悪"は、一面でしかない。　現にジルレイは、"壊して"　"救った"。

いや、たぶんアイツそこまで考えてなくて、ヒトゾクの浅はかなマジックアイテム俺様あっさり壊してやるぜー。くらいのノリだと思うが、

少なくとも、あたしの何かが、救われた。



どんなにきれいに取り繕ったって、武器は兵器。ヒトの命をうばうモノ。そうデザインされて生まれたものだ。



きれいな言葉は、嘘になる。かといって、壊して終わりじゃ、生まれない。



壊すことは、作ること。作ることは――なにかを終わらせること。

作って終わり、奪うも奪われるも鍛冶師には選べない、・・・なんて、甘ったれた考えだったんだ。

師にのれん分けをされたときが一人前だって、思ってた。　そうじゃなかった。

一人で歩きだして、自分で体験して、頭打って考えて、やっと半人前。

イル爺も、ヤム爺も、言葉では、教えてくれなかった。　教えられない、ことなんだ。　これだけは。



あたしにとって、鍛冶はすでに生きる術じゃない。　生き方だ。

仕事が好き。　仕事がしたい。　人も蛮族も、炎武帝の二面性も、全部知って、その先で振るった槌で、いつか最高の1本を。

（いや、あたしが作った剣はすべて最高だと思っているけど。それでもだ。）



これからも、作り続ける。　命燃え尽きるそのときまで。　だって、ホムラは――。

ダークドワーフが"蛮族"と呼ばれていた、たぶん最後の１世代――誇り高き、バルバロスの鍛冶師だから。