真倉フィンとは
異世界人、金髪碧眼の青年、種族人間、同じ異世界人六道鉄の恋人、ナルシスト、愛情深い、問題解決を暴力に頼る癖がある、イケメン
かつ
アルヴの冒険者、冒険者ギルド月狼亭の厨房係
そして
元不良、元化け物。

真倉フィンは冒険者ではない。
彼は探索者だ。
好奇心で悍ましい事件に首を突っ込み、

真倉フィンは物心ついたときから人喰いの化け物であった。まともな両親のもとに生まれたにも関わらず、人体に由来するものしか受け付けぬ身体だった。その代わり随分と燃費はいいようで、死体一つあれば半年は食べるのに困らなかった。そのおかげでなんとか生きてこれた。
彼が生きてこれたのにはもう一つ理由がある。
九条美咲。
彼女は真倉フィンの親友だ。
フィンはへらへらと人当たりがいい反面、素行が悪かった。平たく言えば不良少年、暴力的で限度を知らない問題児だった。
彼はずっとイライラとしていた。周囲と異なる自分。守るべき倫理観。そんなものを守っていては膨れぬ腹。人を傷つけるな？　他人を大切にしろ？　ふざけるな。この身体でそんなものを守って、どうやって生きていけというのだ。
空腹だから苛立つのか。苛まれるから食事ができないのか。鶏が先か卵が先かなんて栓無き話だ。そんなものは犬に食わせろ。ああとにかくイライラする。
フィンはその苛立ちを、他人にぶつけることに躊躇がなかった。そんなことを気にしていたら生きていけなかった。腹が立って腹が減って仕方なくて。きっとそのままだったらいつか人を殺していただろうと思う。それを止めてくれたのが、九条美咲だった。
美咲は底抜けのお人好しだ。人の喧嘩に割って入って仲裁するくらいのことは日常茶飯事だった。誰かの落とし物を見つかるまで探し、他人の恋愛事情に首を突っ込み、捨て猫は全部拾うようなやつだった。
彼女に付き合っていると毎日退屈しなかった。彼女の見ている世界は輝いていた。色鮮やかで暖かくて、フィンは苛立ちを遠くへ追いやることができた。
それはきっと、彼の世界に倫理観が馴染んだためだ。フィンは美咲を通じて理解した。誰かが傷つくと、その誰かの家族や友人が傷つく。誰かを傷つけると、自分の家族や友人が悲しむ。だから人を傷つけてはいけない。人を大切にしなければいけない。
美咲はそれを誰よりも深く理解していた。だからいつも誰かのためにと駆け回っているのだ。
フィンはそれを教えてくれた彼女が、何よりも大事だった。彼女の大切なものを共に守り、そして彼女自身を守り切ると誓っていた。

それからある事件を経て、真倉フィンは人喰いの化け物ではなく人間になった。身体が変わったのではなく、生まれ変わった。
真倉フィンという人喰いの化け物は死んで、人間として新たに真倉フィンが生を受けたのだ。
それも、九条美咲のおかげだった。

美咲にはこの先も一生頭が上がらない。
だがそのことに、何の不満も感じない。
今日もいきつけの喫茶店で、いつもの面子で顔を合わせるだろう。自身と同じ境遇の3人と九条美咲。
今日は5人で何をしようか。

目を覚ますと、フィンはロッカーの中に閉じ込められていた。狭いロッカーの中にいたのは自分だけではなかった。
六道鉄。
自身と同じ境遇の一人。愛想が悪く、目つきも悪く、不器用で牛乳好き。そんな親友とともにロッカーの中に閉じ込められていた。
その親友とどうにかこうにかロッカーから、自分たちを攫った化け物から逃げ仰せ、二人は現実へと帰還した。その際にフィンは、親友であった鉄を、ひどく残酷な方法で傷つけた。

どうしてそんなことをしたのかだとか、いったい何をしたのかを語る前に、真倉フィンについてもう少し深く語っておこう。
彼は、あるものをあるがままに受け入れてしまう男だ。なぜ家族の中で自分だけが人喰いの化け物なのかだとか、なぜ数年来の親友に理由もなく嫌悪感を抱いているのかだとか、細かいことは気に留めない質(たち)だった。疑問も抱かずに、それをそういうものだと飲み込んでしまう悪癖があった。
そうやって自分の心を顧みないから、小さな変化というのは常に見過ごされてきた。
真倉フィンは九条美咲に恋をしていた。彼女が彼の特別になったとき、彼の心にはたしかに恋心が芽生えていた。
だが彼はそれに気付かなかった。
美咲と一緒にいると高鳴る心臓も、温かくなる心も、そういうものだと飲み込んだから。彼はそれが恋だとは思わなかったし、今後もそれに気づくことはない。

だからフィンは、自分が鉄に恋をしたのにも気付かなかったのだ。

なまじ下手に心理学を齧っていたせいでもある。大学では心理学を専攻し、要領よく学んで卒業した。一般的な大学生と同じく真面目に勉強したわけではない。なんとなく学校に通い適当に卒業したのだ。
その結果彼は、心理学部でなくても知っているような、吊り橋効果という先入観に囚われた。常軌を逸した事件に巻き込まれたために生じた脳の誤作動、いっときの気の迷いだと信じた。自分のセクシャリティは一般的なそれだったのだ。同性ではなく異性を恋愛対象だとずっと思ってきた。なら同性で親友の鉄を愛することはないし、鉄もそう思っているだろうと信じ込んだ。
だからあのロッカーの中でいかに睦み合い愛を囁こうとも、現実に戻った途端にそれが間違えだったと言い放ったのだ。

それから、鉄はフィンを避けた。
同じ境遇の仲間。唯一無二の親友。だというのに、不器用な鉄は周囲にわかるように逃げることしかできなかった。そんな鉄を最初フィンは放っておいた。あんなことがあったのだ、すぐに元には戻れないのだろう。だが時間をかければまた元に戻れるはずだと、楽観的に間違った思考で過ごしていた。
そうも言ってられなくなったのは私生活に支障が出始めたからだ。

そんな鉄に対しフィンがどうしたかと言えば、騙し討ちのように呼び出して問い詰めた。
フィンにはわからなかったのだ。なぜ鉄が自分を避けるのか。自分と鉄は親友で、あの出来事は間違えで、今はもう元通りのはずなのだ。彼の中でだけは。
鉄が離れていく苛立ちも、どうしてこんな狡い真似をしてまで2人きりの状況を作り出して問い詰めているのかも、理由は考えなかった。そうしたいから、そうしているだけ。