本名チカ・クロック。
遺跡ギルド構成員。
組織への上納金、その他、非公式の借金がいっぱいあってなかなか足を洗えなかった…んだけど。

魔動死骸区のぬいぐるみ男によって帳消しにされ、晴れて自由の身になった。

子供の頃、両親が事故で亡くなった。
たくさんの借金を残して。

他に身寄りもなく、全うな方法で返せる当てもなかった。
取り立て人の言葉に従うまま、裏稼業で生計を立てるしか選択肢のなかった人生。
馬鹿な自分は、甘い話に釣られ、騙され、
減るどころか増えていく借金の額面に、そのうち、どうでもよくなった。

ある日、金目の物をくすねようと、上流街の劇場に忍び込んだ。
ステージの上で綺麗なお洋服を着て、歌い、踊っている役者達の姿。

それは、世間ではありふれた冒険活劇。
だけど、自分にとっては初めて見る世界。

宝石のような煌びやかな舞台。

そのままうっかり見とれてしまい、目が離せなくなった。
忍び込んだ目的も忘れ、カーテンコールの瞬間まで、釘付けになり…。
終演後、警備員に見つかりかけ、あわてて逃げ出した。

路地裏を駆けながら思う。
華やかな舞台と、みじめな現実(じぶん)を。

「こんな生活、繰り返してたって、いつまでたっても抜け出せない…。」

ステージ上の役者の台詞が、耳に焼き付いて離れない。

『夢を見ろ！そして、いざ冒険の旅へ！
　富も名声も愛も、君が望む全てを手にいれるんだ！』

それはお芝居の台詞に過ぎなかったけど…。

虚構の世界に、綺麗に終わる物語(じんせい)の、嘘つきな世界に、魅了されてしまった。

「そーいや、冒険者ギルドとかあったね。こんな私でも…今からでも…。」

何者かに、なれるだろうか。


心によぎった気持ちを、呟いてみる。

「お金いっぱい稼いで、自由の身になりたい。
　そしたら、そうだな……。世界中の劇場や博物館を渡り歩いて、綺麗なものを観に行くんだ。
　ちゃんとチケット買って、一等いい席で。」

それを私の夢ってやつにしよう。　いま、そう決めた。

一度闇に身を堕とした人間に、日の光を拝める人生はありえない。

刺青の男の屍は、現実を突きつけてくれた。
そんなこと、ご丁寧に見せつけられなくても知っているのに。

「だから言ったんだ。」

まっとうに生きろって。
私達は、たとえ叶わなくても、そこを目指さなきゃいけないって。



組織に用意させた装束(ドレス)に着替えながら、そんなことを考えていた。

「結局、私もアンタと同じ末路だよ。」



ターゲットをライフォス神像の前に歩かせる。
何故こんなリスクを負っているのか。

誰がどう考えたって、ベッドで殺る方が簡単だ。



だって思ったんだ。

アンタは、神の祝福を受ける立場なんだろ。
それなら、最後に祈りが必要だ。

神様の前で、凄惨に死んでもらわなきゃならない。



心臓に刃を沈めるとき、ふと『仲間』の顔がよぎった。
こんなことやらかして、戻れるはずがない。

やっぱり私じゃ、ごっこ遊びにしかならなかったよ。ごめんね。

「…………さよなら。」

誰にともなくそう呟いて、刃を突き立てた。



目的は達成した。

あとは死のうが生きようが、組織が契約を果たす。闇は闇に。

でも、あの少女は、まだ光の中にいる。
学問が何の役に立つのか、私は、知らないから、わかんないけど。

しっかり勉強して、誰かの役に立って、ちゃんと幸福になんなよ。



その後はあまり覚えていない。

必死だった。
結果的に、私はまたこの惨めな物語(じんせい)に戻ってきた。
まだ終わらせて貰えないみたい。



宿に戻るとマスターは不在だった。
バッジを返して去ろうと思ったのに、そこにはあいつらがいて、私の話をしていた。


口は適当な会話を紡ぐ、表情はその場に合わせて、敵を作らないように、へらへらと。笑顔で。

嘘ついて生きることに慣れすぎて、何も考えなくても自然に振る舞える。

「へへ。」


でも、おかしいな、上手く笑えない。
こんなに、下手だっけ。



あー、そっか。

私、偽る練習しかして来なかったから……。



受け取った手紙には、私の仕事の成果として、私を縛っていた借金が精算されたと書いてあった。

私は知ってる。

正規の借金じゃないから、額面はいくらでも組織のいいように膨らませられる、そんなお金だ。

どうにもならないことを、どうにかしちゃう、あのぬいぐるみ男、とんでもないイキモノだった。

いつか、引きずり出して素顔を拝んでやる。



パーティを組んだ冒険者同士が、お互いのことを、なんて呼び合うのか。

ごっこ遊びしかして来なかった私には、わからない。

友達でも、家族でもない、苦楽を共にしたこいつらと。
抱き合い、見守られ、感情のままに、精一杯、考えてることを伝える。

伝えなきゃって、思った。

だってこいつ、真っ直ぐに伝えてくるんだもん。

ずるいよ。逃げきれないじゃん…。

あたしは、逃げ足だけは自信があって、衛士だろうが、邪神の魔法使いだろうが、相手にしてやんなかったのに。



生まれて初めて、夢を、人に話した。

そしたら、それは、私だけの夢じゃなくなった。

皆で観に行こうって、言ってくれる人達が居てくれたから。


ああ。私。泣くのも下手だね。




・
・
・



綺麗に洗ったダガーを見つめる。


お日様にかざすと、使い込まれた刀身が鈍く輝く。

手入れの行き届いた、その切れ味が、ずっと私を生かしてきた。


自分が生きるために、人から奪った。

あたしは、全部ちゃんと、覚えていられるのだろうか。


理不尽に奪われていいものなんて、ほんとは何一つなかったはずなんだ。

「助けて。」

って、たぶん、奴は最後に、神様じゃなくて、私に縋った。


ひん曲がって、最低で、どうにもならないくらい手遅れでも、誰かに愛されたい。

その気持ちは、わかる。わかるよ…。



最後に、ともに祈ってくれてありがとう、司祭様。

あの一瞬だけは、あたしも、神様を信じられた気がしたんだよ。

理不尽に終わらせて、ごめんなさい。



私でよければ、ちゃんと愛してあげるから…。

ずっと覚えておくから。


次の人生では、あなたが本当に欲しかった幸福が手に入りますように。


そう願って、ダガーを、鞘に納めた。




私がそうしたように、私もいつか、誰かに裁かれる日が来る。

私が殺した人達にも、家族や大切な人がいたはずだから。

陽はまた登った。
またここから、歩き続けよう。


いつか過去に追いつかれ、全てを清算される、その日まで。

偽金塊に騙された。70ガメル拾った。
神官クライネをお持ち帰りした。

イケオジからお金スった。
お持ち帰りされるとこだった。

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