かつてはごく普通の家に生まれたエルフの少女であった。しかし、幼い頃に乗った飛空船が魔物に襲われ外壁が壊されて、彼女は飛空船から落ちてしまった。奇跡的に一命を取り留めたものの、動くことはできずすぐに気を失った。
　目を覚ますと、木のうろの中にいた。痛む身体を起こして外を覗いて見ると、そこは巨大な樹木が立ち並ぶ森林だった。彼女が目を覚ましたことに気づいたのか、大きな影近寄ってくる。それは、老齢のドラゴンで、彼女のことを助けて運んでくれたらしい。本来であれば、ヒトにとっては畏怖の対象であるドラゴンだが、彼女は事故のショックで記憶を失ってしまっていたため自然に受け入れることができた。
　そのドラゴンは争いを好まない優しい性格で、一人森の中で倒れていた彼女を不憫に思って助けてくれたようだ。話をしているうちに彼女が記憶をなくしていることに気が付くと、ドラゴンは長い時間考えた後に、彼女に「ルニア」という名前を付けた。エルフらしい名前をつけようと思ったが、エルフの文化には疎かったのでふと頭に閃いた名前をそのままつけたようだ。だが、記憶をなくした彼女にはその名に意味はなくとも、「ルニア」という名前をもらったことが、何よりもうれしかった。

　それからは、彼女はドラゴンとともに生活を送るようになった。物心がついたばかりで家族もいなくなった彼女には、助けてくれたドラゴンこそが命の恩人であり家族でもあり、そのドラゴンのことを「お爺」と呼んでいた。理知的なドラゴンであったため、ヒトとの交流がなくともルニアはお行儀のよい大人へと成長していった。ただし、ずっと森の中で暮らしていたので、性格は穏やかであるが一般常識のようなものはほとんどもっていない。自分の年齢すらなんとなくでしか把握していないので、きっと年齢を聞くたびに前とは違う歳を答えたりするだろう。
　森の中では狩りや採集で暮らしていたので、金銭的なやり取りは知識でしか持っておらず、相場も知らないので金銭感覚は非常に緩い。物品や食糧は冬に備えて貯めておくという習慣を持っているが、金銭については貯めておくという思考を持っていない。そのため、ルニアの財布にお金がある時は、特に買いたいものがなかった時だけであろう。

　そうしてドラゴンと過ごす日々は永遠には続くことはなかった。ドラゴンはルニアと出会ったときには既に年老いており、あの森の中にいたのも自身の最後の場所を探して放浪していたためであった。ルニアとドラゴンが森で暮らして60余年。最後の時は静かに訪れた。他愛のない話をして、木々の間から差し込む陽光に照らされて二人で昼寝をしていた時、ドラゴンは二度と目を覚ますことはなかった。家族の死を理解することができずにいたが、1日2日と経ち本当の死を思い知った。長い時間をかけて埋葬し、呆然としたまま数年が過ぎた。

　逃れられない死。それは、世界のどこにでもあると知った彼女は、ふと最後の言葉を思い出した。「ルニア、お前を森の外へ連れてやらなかったことが心残りだ。」と言っていた。森の中で暮らすことがルニア自身の望みであったため、そのときはなんとも思わなかったが、きっとドラゴンはこれから先一人で生きていくことになるルニアのことを案じていたのだろう。森の中が特別だったのではなく、「お爺」と暮らすことが特別だったのだ。だから、一人になったときはこの森から旅立つことになると。
　この森で大切な誰かと暮らしたような平和な日々を再び送るため、お爺の最後の心残りを叶えるためにルニアは広い世界へと旅立った。