某日某所
「なんだこれは？」
差し出された封筒を眺めながら問い掛ける
「魔動列車アークはご存じですね？先日ハリソンさんに日頃の厚意のお礼として紹介状を書いて頂きました」
柔らかく艶のある心地よさすら感じる声色で差出人、コッヘル・ヘンダーソンは口を開く。
魔動列車アーク。高級旅客列車を隠れ蓑に表立って取引できない物を売買する。天上人のための娯楽列車である。
封筒の中身を確認すると割印が押された乗車券と座標らしきものが記載された用紙が入っている
「貴女に乗車をお願いしたいのです」
一通り目を通したあたりでコッヘルが乗車目的を告げる。要約すると内容はこちらに任せたおつかいという事らしい
「…理由はわかった。しかし今動いている案件はどうするつもりだ？」
少し前に消息不明になったキーラン・フラナリーを他ならぬコッヘルの指示で捜索中である。その事を彼女が忘れているとは思えないが───
「彼なら『懲戒免職』に致しました」
───どうやら既に片が付いているらしい
「…なるほど」
どうやら彼女の中では最初から私が乗車する事は決まっていたようだ。
他にやる事がないかと言われればそんな事はないが経験則からして何を言っても乗車する流れは揺るがない。ならさっさと承諾してしまうのが賢い
「ふふ、話が早くて助かります」
改めて座標の記された用紙に目を落とす
「最初はその地点に向かって下さい。その後いくつかの箇所を経由して乗車するようです」
足を運んだ事のない場所だが辿り着く事自体は難しくなさそうだ。何箇所も周らされるのは少し面倒だが、秘匿性の高さを思えば当然か。
これ以上説明はなさそうなので指定座標へと向かうとしよう
「では、良い旅を」
見送りの言葉を背にその場を離れる。身なりは…このままでいいだろう。良い旅…になればいいがな

キングスフォールに向かう鉄道の中、一人車窓から外を眺めていると不意に向かいの席に誰かが腰を下ろす。本来なら断りもなく相席を決め込む相手に文句のひとつでも言いたいところだが
「如何でしたか？14日間の旅路は」
「・・・・知っていて私を乗せたな？」
顔見知りであれば話は変わってくる。今回、私にとっての首謀者となれば尚更だ
「その様子ですと有意義な時間を過ごせたようですね」
全く悪びれる事なく笑みを浮かべる顔に今更怒りは沸かない。こいつはそういう人間だ
「・・・まぁいい。それで？」
「はい？」
「帰還を待たずわざわざ接触してきたんだ。それ相応の理由があるんだろう」
「2年ぶりに帰ってきた同僚の顔をただ見に来ただけかもしれませんよ？」
「・・・・・・」
車窓の外に視線を向けたまま無言で先を促す
「・・・あなたが不在の間、組織が随分と萎縮しましてね。半分は選定の意味でこちらから切り捨てましたがもう半分は」
「あいつらか」
「はい、マッスルキャラバンによるものです。ですので種族なき医師団は今再建に追われています」
「なるほど、そういった状況なら早急に会いに来る理由になり得るな」
「ええ、創設者の一人であるあなたに加わっていただければ百人力です」
「・・・あの組織は実質お前一人で立ち上げたようなものだろう。過大評価しすぎだ」
「確かにそうかもしれません。しかし、あなたが帰ってきてくれることに意味があるのです。手伝っていただけますよね？」
車窓の外に向けていた視線を始めて向かいに座る者、コッヘル・ヘンダーソンに向ける
「元よりそのつもりだ。その部分に関しては過小評───なんだその顔は？」
微々たるものかもしれないが、返事を受けた彼女の顔には驚きの表情が浮かんでいた
「いえ、なんでもありません」
それも一瞬。すぐいつもの内心が読めない微笑みに戻る
「そうか。それで？なにをすればいい？」
「ノルニン村での用事を済ませた後で構いませんよ」
「急いでいるからわざわざ会いに来たんじゃないのか？」
「約束は反故なさるのですか？苦楽を共にした仲ではありませんか」
「問題ない。そもそも、天秤にかけるまでもないだろう」
「そういうところは変わっていませんね」
「・・・さっきからなんなんだ」
「いえ、あなたが問題ないというのであれば。早速取り掛かりましょう」
トンネルに差し掛かり、車内から一時的に光が失われる。トンネルを抜け再び社内に光が戻った時、二人が座っていた場所に人影はなく、車窓から流れ込む風が無人の座席を撫でていた