「まだ近くにいるはずだ、探せ！」!
「逃がすと面倒なことになるぞ...」
　聞き慣れた声ばかりだが応えるわけにはいかない。あれは私を探している者たちだ。どうしてこんなことになったのだろうか。いや、いずれはこうなるとはわかっていたが、自分がもっとうまくやれていたらと考えてしまう。
「もう...本当にこの場所で大丈夫なの？」
　私は扉の小魔（ゲートインプ）に問いかけるが、返ってくるのはケタケタといった笑い声だ。この子がこの場所が良いと言っていた（厳密には言葉を発したわけではない）ので、城の裏手にある大きな森に身を潜めている。
「やっと見つけましたぞ」
　見つかった...！そう思った私は咄嗟に魔法を発動しようと声のする方に杖を向けた。
「しっ、声を出さないで、私ですエレノア様」
「ティリオンさん、来てくれたのですね！」
　声をかけてきたのは執事のティリオン・ラスウェルさんだ。私を害する動きを察知して逃げるように知らせてくれたのは彼だった。

「この場所もすぐに見つかります」
「これからどうしたら...」
　焦る私とは裏腹にティリオンさんは落ち着いた声音だ。
「こちらに向かってください」
　彼は胸ポケットから4つ折りのメモを私に差し出す。
「ユーシズ魔導公国...？」
「奥様の古い友人がおられます」
　メモには簡易的な地図と私が学園に通うことが記載されていた。お父さまとお母さまがユーシズの魔導学府に通っていたのは聞いたことがある。
「そこであれば私は安全なのですか...？」
「いえ、生きていることが旦那様に知られたなら、王位継承権をもっているエレノア様は禍根になりますので必ず探しに来るでしょう。それでも、この国よりは安全です」
　王女に生まれたせいか、"ナイトメア"に生まれたせいか、またはそのどちらもか。この先も私が本当の意味で安らげる場所はないのだろう。
「そう...ですよね。それでは早く行きましょう」
「いえ、私はここに残ります」
「どうして！」
　やはりこんなナイトメアと一緒にいるのは嫌なのだろう。私にはもうあなたしかいないのに。
「逃げるのにも限界があります。私が囮をやりましょう」
「いやよ、私を一人にしないで！」
「エレノア様、目的を忘れてはいけません」
「...っ！」
　私には絶対に達成しなければいけない目的がある。そのことはティリオンさんに伝えてあり、賛同もしてくれた。それに、このまま二人で逃げてもいずれ追いつかれることは私にもわかっていた。

「ティリオンさん、私を恨んでいる？」
「思うところが無いと言われたら嘘になります。でもそれはエレノア様のせいではございません」
　嘘だ。あれは私の未熟が招いたことだ。それなのに、彼は責めるような感情を向けてこない。黙ってしまった私を見てか、彼は続けて話した。
「私は奥様を助けられ無かったことを後悔しております」
「それこそティリオンさんのせいではないわ！」
　私は声を荒げて言う。それは、それだけは違うだろう。元々お母さまの執事だったのだが、私が生まれると同時に私の専属になった。私がいなければ彼はお母さまのそばにいられたのだ。
「奥様は最後までエレノア様のことを想っておられました。私は奥様の願いを叶えようと思います」

「おい！あっちから声がするぞ！」
　気づかれたようだ。たくさんの足音が近づいてくる。
「さぁ、早く行ってください」
　やっぱりティリオンさんも一緒に...いや、彼は心を変えないだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
　ティリオンさんにお母さまにそしてここには居ない彼女へ向けて謝る。
「これから大変でしょうが、エレノア様のことをわかってくれる方がきっと現れます。それではお元気で」
　フードを深く被り追手の気を引くように遠くへ走っていく。
「逃げたぞ！追え！」
　ドタドタと走る音が遠ざかる。

　―気配がなくなってからも私はしばらくその場で息を潜めていた。キキキとゲートインプが笑っている。
「いかなきゃ」
　私は歩き出した。