――私は、何時から母親とふたりきりだっただろうか？
気付いた時には、物心付いた時には既に母子家庭であった事は覚えている。

父親が誰かは、知らない。昔、母にそれとなく聞いたことが有るが、心当たりが多すぎて答えられないと言っていた。私はその時の母の表情が怖くて、それ以上は聞けなかった。

只、まぁ私の髪の色や瞳から、結構絞られるとは思うが、恐らく母は父親のことを思い出したくもなかったのだろう。だからそう曖昧な言葉で茶を濁したのだろう。

私は、父親に似ているのだろう。私がまだ子供だった頃はまだマシだったが、私が成長していき、父親の面影を出してくる頃になると明らかに態度が変わった。

私を毛嫌いするようになったのだ。私は父親が母に母に何をしたのが知らない。だが、母が私を父親に見立てて暴力を振るって来る時。何時もは言葉と取れないような金切り声だが、偶に聞き取れる部分があった。

私を捨てやがって

アンタのせいだ

多分、母はそんなことを言っていたと思う。

ここまでで既に分かると思うが、私の家庭環境は劣悪だった。別に母を責める気持ちはない。母は、弱かったのだ。母は。父親を愛していたのだろう。理解は出来ないが、尊重だけは出来る。私は母に何もしてやれなかったから。

母は働いていたから――少なくとも仕事先ではまともだったようだ――暮らしに困ることはなかった。ただ。まぁ暖かい家庭のご飯だなんてものは望むべくもなかったが。

まぁ、私が時々殴られたり、見に覚えはない罪で詰られたりすることはあれど、この頃はまだ平穏だったのだろう。この環境が徹底的に、破滅的に、最悪的に。不可逆的に変わってしまったのは、もう最近のことだ。

一年、前。もしかしたら、罰が当たってしまったのかも知れない。その環境は、十分には十分だったのだ。育児放棄気味では有ったが、それでもまだ幸せな部類だったであろう。金は有って、好きなように暮らせはしたのだから。

結論から言えば、母は私に毒を盛った。そして、母自身にも毒を盛った。所謂、心中自殺ってやつだ。あの時は少々油断と言うか、嬉しかったんだと思う。

だって、普段私のためになにかすることなんてなかった母親が、ココアをくれたのだから――しかも、手作りで。

だから警戒もせず飲んだ。

私は、倒れた。

息が出来なくて苦しかったのを覚えている。そして、母に助けを求めたことも。だがその祈りは届かなかった。
何故ならば、母はその後自身で毒を飲んで死んだからだ。

次に起きた時には病院だった。何が起きたか分からなかったが、その後来た警察から聞いて、全てを悟った。母は、私より一足早く死んでいた。運が悪いのか、良かったのか。

私に盛られた毒は物凄く――少し口に含めば死んでしまうほどに――強かったらしく、後遺症もなく生き残れたのは奇跡だったらしい。

そのせいで、もしかして解毒剤を持っていて、毒を母親に飲ませた後、自身も毒を服用し、まるで悲劇の心中から生き残ってしまった子供のようなことを演じようとしたのではないか。なんて馬鹿みたいな、それこそ本当にありえない濡れ衣を着せられたことも有って、本当に私はツイて居ないのだと、やはり私には不幸が似合っているのだと思った。

まぁ、その後は...母の遺書が見つかったもんで、濡れ衣の容疑は晴れたよ。何でも、私が父親に似てきて、全てが辛くなったと――、全てを終わらせたくなったと、そういうことだ。

ふざけるなと、あなたの一存で私の人生を決められたくはないと、そう怒鳴りたかった。でも出来なかった。母は既に死んでいて、私の手の届かない所で私を苛もうとしていたから。

a - 今日 9:28
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