ビアンカはアルヴだが、他種族からの迫害や差別を受けたことがなかった。
それは彼女の生まれた村の成り立ちが関係している。

その村は昔、蛮族に襲撃された。
資源の略奪か、それとも繁殖のための人さらいか。
理由はわからないが、規模も小さく戦えるものも少なかったこの村は壊滅の危機に瀕した。

恐怖と絶望に誰もが立ち尽くす中、突然彼らは現れた。
それは人間の男とアルヴの女の番いだった。
たまたま近くを通りかかった冒険者らしい。

彼らは多勢に無勢など意に返さず、瞬く間に蛮族たちを退けた。

救われたお礼になにかさせてほしいと言う村人に彼らはこう言った。

「えっとえっと、どうしようかしら・・・？」
「それなら・・・。　数人、知り合いのアルヴがいてね。彼らを村に住まわせてあげることはできないかな・・・？
　確かに一風変わった生態があるから最初は怖いかもしれないけど、みんな良いヤツばかりだ。
　村の復興も喜んで手伝うだろう。それに戦える人も多いから、また今回のように襲撃があっても君たちを守る。
　だからアルヴたちを恐れずに仲良くしてあげてほしい。彼らも君たちが必要なんだ。」

村人たちは快く受け入れ、アルヴと人間が共生する珍しい村が生まれた。

そんな村に生まれたビアンカは、幸せな日々を過ごし、優しい子に育っていった。

成人を迎える少し前のある日、ビアンカは初めて村から大きく離れた森に足を運んだ。

「お外は怖いところって聞いたけど、とっても綺麗な場所・・・。
　こんな素敵な世界、パパとママはどうして教えてくれなかったんだろう？」

そこは大きな湖がある森。空気が澄んでいて心地よい。
ずっと村とその近辺で過ごしてきたビアンカは、初めて見る雄大な自然をとても気に入った。
時間も忘れ自然を満喫していると、いつの間にか辺りの景色は闇に沈んでいた。

「わぁ、きれい・・・。」

その日は満月。湖に目を向けると、水面に月影が反射し淡い光で周囲を彩っている。
幻想的な景色に誘われ、彼女は湖に足を踏み出す。

しばらく遊んでいると、背後の森から声をかけられた。

「こんばんは、ここで一体何をしているんです・・・？」

ビアンカは声の方角に振り向き、それが人間だとわかると元気に挨拶をした。

「あ、人間さんたち、こんばんは。」

闇夜に光る赤い瞳と、双月の光に照らされるたなびく銀髪。
美しい風景に彩られた少女は、まるで童話に出てくる湖の妖精のように見えただろう。
アルヴというその種族を、理解しているものにとっては。

「ば、蛮族！？こいつ蛮族だ！」
「どうしてこんなところに！？」

「・・・え？」

生まれてから初めて向けられる純粋な敵意。
恵まれた環境で育ったが故に世間を知らない少女は、呆然と立ち尽くす他ならなかった。

「どうする、応援を呼ぶか？」
「いや、ちょっとまて。こいつ、なにもしてこないぞ。」
「・・・もしかしたら俺たちだけでもなんとかなるんじゃないか？」
「そ、そうだ、みんなでここを守るんだ！」

「蛮族はこの森から出ていけ！」

少女に抵抗の意志がないことがわかると、人間たちは気を大きくしたのか、石を投げつけた。

「や、やめて・・・。」

ビアンカは、痛みに顔を歪ませた。
投げつけられる石よりも、言葉が彼女の心を傷つける。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
心が痛い。今すぐここから逃げ出したい。

痛みと恐怖で後退りしたその時、彼女は足を取られ転倒してしまった。
そこは深場ではなかったが、冷静ではない今の彼女が溺れるには十分であった。
騒がしい人間たちの声と共に、彼女の意識は闇に沈んでいった。

目を覚ましたビアンカは、自分が誰かの膝の上で寝ていることに気づいた。
目覚めたばかりでよく見えないが、その風貌から同じ種族であることがわかった。
この人が助けてくれたのだろうか。

「おや、目を覚ましたんだね。さっきは危なかったね。」
「あなたが助けてくれたのですね、ありがとうございます。」
「いえいえ。それより調子はどう？おなかすいてない？」
「お、おかげさまで・・・。おなかも今は平気です。」
「それはよかったよ。
　今からあなたにお話しをしたいのだけれど、付き合ってくれる？とっても大事なお話。」
「はい、なんでしょう・・・？」
「あなたはこれから先にも、他人から心無い扱いをされることがあるかもしれない。
　でもどうか人間を恨まないでほしい。みんないろいろなものと戦っていて、辛くて、余裕がないだけ。
　あなたと仲良くなって、助けてくれる人は絶対にいる。
　村のみんなだって、そうでしょう？」

ビアンカの頭を優しく撫でながら、彼女は言葉を紡ぐ。
そんな彼女の温もりに包まれ安心したのか、ビアンカは穏やかな寝息を立てて眠りについてしまった。

再び目を覚ますと、そこは見慣れた村の近くだった。

「ちょうどお目覚めみたいだね。村まで送り届けてたところだよ。もう歩ける？」
「は、はい、ありがとうございます。えっと、あ、あなたのお名前は・・・？」
「私？私はただの冒険者だよ。
　ほら、私のことは気にしないでお家に帰りなさい。きっとパパとママが心配してるよ。」

ただの冒険者は、優しくビアンカの背中を押す。

「あの、今日は、本当にありがとうございました・・・！」

命の恩人に深々と頭を下げ、感謝の気持ちを言葉にする。
その言葉を聞き、照れくさそうにひらひらと手を振る恩人に見守られ、彼女は無事に村へと帰った。

村に帰った後、ビアンカはこの世界のことをたくさん調べた。
この世界はとても大きくて、まだ見ぬ美しい場所がたくさんあること。
世界には迫害を受けてしまう人々がいること。それには自分の種族も含まれる可能性が高いこと。

だが彼女は知っている。
この村の人々のように、理解があれば他種族でも手を取り合って生きていけることを。

あの森での出来事はまだ鮮明で、何度も夢に見る。
しかしそのたびに、何時しか憧れとなったあの恩人が優しく励ましてくれるのだ。