母親はウルシラ地方はアヴァルフ妖精諸王国連邦を構成するエルフ7氏族の一つ、水を司るルノダ氏族の要職に就いている。
生真面目で聡明、しきたりにも煩いが状況に即して対応する柔軟性も備えており氏族内の信頼は厚い。

父親の詳細は明らかにされていない。分かっているのは高水準の魔動機術を扱う流浪の冒険者であったということのみ。

大陸内でも魔動機関連に忌避感の強いこの妖精郷に於いていかなる経緯があったものか、二人は一晩結ばれ、そしてウィスタリアが生まれることとなる。

父親の事は明かせない。子供がナイトメアだということもまた、この国で、今の立場にあっては明かし難い。しかし、この胸に宿った愛おしさはかけがえなく、貴い。
自身の取りうる最善の方法として、母親は我が子を母性の象徴にして女性の守護神たるミリッツァの神殿へと預けることにした。
それから暫く、暇を見つけては仕事を抜け出し、日々成長していく我が子の姿を遠目に眺めるのが彼女の密かな癒しとなった。

そして時は流れ、娘の17歳の誕生日からいくらかの日が経った頃。妖精を通じて届いた知らせに卒倒しかけることになるのだった。
直ちに手紙が一通したためられ、秘密裡に発送された。

「親愛なる我が弟、ライアーへ。～～中略～～ 実は私には血の繋がった娘が居るのです。これまで知らせなかったのは、その子が余人には軽々に明かせない重大な… ～～中略～～ あの子が冒険者登録をし、神殿から出奔したと知らせを受けました。どうかあの子を探して下さい、そして見守ってあげて下さい。愚かで身勝手な姉からの、最初で最後のお願いです」

仕事がないのは暇だけど、世の中は平和ってことで。
仕事があればギルドとしては嬉しいけれど、世界はそれだけ騒がしい。
どっちがいい、と聞かれれば悩む。勿論、皆がにこにこ幸せなのが一番だけれど、退屈は魂にもぜい肉を付ける。

とゆーことでわたしは住処を飛び出し、世直し…もとい、人助けの行脚へと出かけたのであった。

まず、立ち寄った他所のギルドで持ちあがった珍しい依頼に首を突っ込…お手伝いに手を挙げて、謎の蛮族の調査へと参加。
奈落の影響を受けて本来持ちえない特異な能力を備えた存在、というものにはどうも不自然な作為の意思を感じる。
魔域攻略の経験もある身としては、あの異世界の厄介さと脅威がよく分かる、ということもあって尚更だ。

さぁ、それじゃあ教えに従って人助け、いってみようか！

今回は人助けとはちょっと違う仕事。それも特に迷惑が掛かっているわけでもない、不思議な現象の調査。
わたしの得意分野とは違うけれど、手伝えるのなら何のその。

海辺の町のその外れ、目の当たりにしたのは想像を超えた奇跡。これは神の恵み？ それとも魔性との取引？
人の心は豊かさで満たされるけれど、過ぎたそれは底抜けの始まり。

少女の笑顔を取り戻す為、わたし達は舟を漕ぎ出すのだった。

破局を乗り越えた人々の新たなる希望、未来へと向かう『導きの港・ハーヴェス』。
その北東に位置する、過去の遺骸と周囲に広がる掃き溜めの集落群を『魔動死骸区』と呼ぶ。
横たわる巨兵のその奥深くには未だ動力を残した魔動機の生産設備があり、時おり殲滅命令を設定された機兵たちが吐き出されては周辺を破壊し、有志や冒険者が呼ばれて鎮圧する、というサイクルがいつからか出来ている。

今日はそんな、何度目か分からない騒動へ飛び込んでしまったわたしなのだ。
偶然、以前にも一緒に仕事をしたことのあるホロ君やクラリスちゃんと巡り合って気分は上々。勝手の分かる相手っていうのは色々とやり易いものだよね。
さて、住民の避難誘導をしながら相対するは勿論、魔動機。
金属の身体で魔力を動力にして疲れ知らずに全力機動する彼等は、腕力と刃物だけで渡り合うにはちょっち厳しい。
今回もホロ君に的確に守ってもらいつつ、隙を見て魔力を込めた一撃を叩きこむ戦法でなんとか凌いだものの、何だか庇ってもらってばかりの自分に情けなさも感じるのだった。

ミリッツァ様、大好きなものを護るための道はまだ始まったばかり、なのですよね？

ユーシズ魔導公国。ブルライト地方はハーヴェスの北東、コロロポッカの大森林に囲まれた深智満ちる大国だ。
今回の依頼はその公国内に存在する一大学院、その名も高い『七色のマナ』からの魔法アイテムの試験運用というもの。
世には出回っていない、学生の研究成果の結晶。どんな名品、珍品、はたまた危険物か。
好奇心がぎゅんぎゅんに刺激されて、見逃せるはずもないよね？

知的なエルフのお姉さん、依頼者の助手のような立場のウィークリングと人呼ばれる穏やかな青年(結局、蛮族だと忌避する人も居るそうだけど、多少なり穢れを宿すわたしとしては何てことはない。仲良くできるなら問題ないじゃない？)、それから将来有望な学生さんと連れ立って、あれやこれやと渡された道具たちを試していくのは、いやぁ面白かった！
使い辛いもの、有用なもの(改良は必要だけれど)、中々のレポートが出来たと思う。

こんな仕事なら、また話があれば是非引き受けたいな。

偉い学者さんの一説によると、動物や魔物も人間のように、時間を掛ければ生活環境に適応するのだという。
見た目は殆ど同じなのに、完全な陸生のものと、カエルのように水中へも対応できるものという感じだ。
ただ、その時間というのが1年や2年というものではなく、百年単位だというのがこの話のキモ。
そんな生物の根本に根差す性質を容易く変質させてしまうというのが、奈落の恐ろしい所以だ。

持ち込まれた依頼には、以前にも遭遇したそんな変異蛮族の影がチラつく。
となれば、経験のあるわたしが行かざるを得ないよねってことで、見知った仲間と調査へ向かうことに。
頼もしい味方のお陰でスマートに敵対者は排除出来たけれど、間に合わなかったところもあった。

神々の奇跡を以てしても取り戻せない喪失。
ねぇ、ミリッツァ様。わたしはこんな時こそ、こんな時のために、力になりたいのです。