久々にやられた。師がとある文献の解読を任されているらしいことは察していたが、パナマの預言書だったとは。

ある日、私が遺跡の調査を追えて戻ると、研究室はもぬけの殻だった。師はあえて、出立を私に隠したのだろうか。いいや、あの師のことだ。「未だ見ぬ知」に思いを馳せるあまり、それ以外のすべてを忘れていったのだろう。
その後、１週間、１か月、３か月と過ぎていった。師は一向に戻る気配がなかった。私は師の残していった痕跡を読み解き、それがパナマの預言書であったこと、そしてあの「魔の霧」の海域に向かったことを知った。

その数日後、「『魔の霧の海域』に向かった調査団の消息が途絶えた」と冒険者ギルドが発表を出した。

第二陣として、有志の冒険者が件の海域に向かったという。彼らについても、続報はない。

私はどうするべきか悩んだ。
師はろくに煮炊きもできず、偏食家でもある。例の海域で難破し、運よくどこかの島に流れ着いたとして、師は生きていけるだろうか。
それも多少気にはなるのだが、悩みとは正確にはそれではない。

あの人に長く関わりすぎてしまったのだろうか。私の中にも、『パナマの預言書が示すものを知りたい』という気持ちが芽生えていた。否、もはやそれは茎を伸ばし葉を伸ばし、「魔の霧の海域」「大いなる王」「古代の遺物」といったありとあらゆる情報を私に収集させていた。


そうこうしているうちに、生活費と研究費が底を突こうとしていた。
結局私は、師と同じ決断をした。私の心に深く根を張った好奇心から目を背けて暮らしていくことは、できない。

有難いことに、漁師から不要な船を譲り受けることができた。海に出るからには、水棲蛮族や動物、あるいは霧に近くなれば魔神も出現するかもしれない。
1人で行くのはあまりにも無謀なため、護衛を雇おうと思う。冒険者ギルドの掲示板の一角を借り、護衛の募集をかけた。
しかし、我こそはという者は果たして現れなかった。

どうせこれ以上延ばすことはできないのだ。せめて、霧をこの目で見るだけでも。
一縷の望みをかけ、ギルドマスターに「もし護衛を受けたいという者が現れたら、正午まで港で待つと伝えてほしい」と言伝をした。

私らしくはない。おそらく間違った選択だ。しかし、後悔はすまい。