コルガナ地方の冒険者ギルドを始めとする複数のギルドが連合として設立した組織。
北壁以南の安全の確保を目標として掲げており、そのための情報や物資の融通、依頼の斡旋が主な役割。
いわば「明確な目的を持つ冒険者ギルド」であると同時に、戦略的行動を行う軍組織としての性質も併せ持つ。
なお参加している組織には、ドーデン地方の鉄道ギルドまでもが加わっており、各地へと募集文が送られている。
所属する冒険者に対しては制式帽を始めとした装備類の供与が行われており、これを以てして所属の証となるとも。
実際のところは、人員同士の連帯感を高める為といった思惑もあるのだという。

レンは辺境にある、代々ハルーラを奉ずる一族に生まれた。
その一族はいわば、「上手くやった」集団で、現在では領主としてその一帯を治めるようになっていた。
奈落や魔域による深い傷を受けた辺境の復興に癒し手として混じり、気づけばその一帯の重鎮となったのだから。
辺境において彼女の家の名を知らぬ者はおらず、地元の産業とも深いつながりが得られた。
　
それが彼女の一族が現在裕福な暮らしを得られた理由であるとすれば、それは何ら非難されるようなものではない。
事実、レンもそこの息女として不自由ない暮らしの中で育ち、将来は家を継ぐつもりでいたのだから。
　
彼女も洗礼(ﾚﾍﾞﾚｲｼｮﾝ)を受けたが、それはあくまで権威のためであった。
この辺境の地は代々ハルーラの信徒の一族が鎮守として守り続けるという"伝統"で権威を確立してきたゆえの。
　
されどレンは素直に、ほんの僅かな時間つながったハルーラとの問答の際にも実直に受け答えをし。
つつがなく、奇跡を行使する力を賜った。
　
それからしばらくして、彼女の暮らす土地からそう遠くない場所で奈落の出現があった。
少なくない犠牲者が出て、人々は土地を放棄しての難民としての暮らしをせざるを得なくなったという。
あるいは多数の人間がまだ内部に取り残されているのだとも。どちらにしろ、痛ましい出来事ではあった。
　
レンはその知らせを聞いて家族が彼らを「癒やしに」向かうと信じていた。
されどそんなことはなかった。まず家が選んだのは守りを固めること――それは、人間からのであったのだから。
難民や盗賊がこの地に流れ込むことを忌避し、それどころか締め出すつもりでさえいる父を、レンは心底嫌悪した。
「我らはこの地の民の心を守らねばならないのだ」と、告げる父の言葉を酷い傲慢だと断じ、面と向かって非難して背を向けた。
　
レンは単身、彼の地の人々を癒やすためにと飛び出し――その地で、現実へと打ちのめされた。
魔域の発生によって治安は崩壊し、有事の際に人々を守るべき領主は真っ先に逃げ出した
報酬を得られぬとわかった冒険者や、雇い主の逃げ足についていった兵士達が姿を消していった。
あとに残ったのは飢餓と暴力。獣性だけが残った人々の坩堝であった。
　
彼女はそこで、ごく僅かな人々と共に治癒と救護に当たっていた。
自分も彼らを救うために。父が何もしないと告げた選択が間違いであると証明するために。
ただ、彼女の心のなかには言葉にならぬ不快感が常にあった。それが何なのかを、彼女はまだこの時はわからなかった。
　
されど、数日のうちにようやくその不快感の正体を掴むことができた。
それは彼女のいた救護所が複数の野盗に襲われたこと。その襲撃自体は、あっさりと取り押さえられて終わった。
だが襲撃したのは、これまでに彼女が癒やした者であった。

「ただ俺たちは、気の迷いでおかしくなってただけなんだ」と尤もらしく詫びる男は。
数十分前まで、古びた剣で自分達を犯して殺してやるなどと叫んでいた。
取り押さえられなければ、実際にそうするつもりであったろう。

彼女が感じていた不快感の正体は、単純なものであった。
「汚い」「くさい」「気持ち悪い」「下卑な顔をしている」　そんな、つまらぬものであった。
ただ単に、彼女はそう難民達を見下していて。
自分の肩に矢が突き立ってもなお、その感情は変わらなかった。
そして、実際に難民達はそういうものであった。

まもなくして、野盗達は私刑まがいの"処刑"で殺された。
難民達にとっての生命線であった治療所を傷つけたことへの、彼らによる罰のつもりだったのだろう。
最後まで野盗は、「助けてくれ」と喚いていたという。レンはその声を聞かなかった。
　
自分は追い詰められた人々の目線に立って、助けようとしていたはずではなかったのか。
ただ、自分に牙を向けられてようやく彼女が得たのは、侮蔑でしかなかった。
彼らを哀れむより先に、「そういうものなのか」と。納得を得てしまった。

自分は最初から答えのわかっていた問の答えを、わざわざ見に来ただけだった。

父の告げていた言葉を思い出した。
「人は容易く窮地に迷い込む。そしてヒトの在り方とは、窮地で何をするかですべてが決まる」と。　
だから父は、このような者たちを自分の領地に入れることを忌避していたのだ。
　
その後も彼女は、この地に新たな領主と兵士達がやってくるまでは救護を続けた。
表向きはただ、人々を癒やして力となるためにと口にして。事実、彼女はそうであろうとし続けた。
だが、あの時の野盗を見た自身の心に生じた不快感を彼女は忘れられなかった。
　
人間は誰もが追い詰められれば狂気に飲まれるとすれば。
自分もまた、あの場において得た感情は狂気だったのだろうか。
それとも自分がただ生まれ持った傲慢が顔を出しただけなのか。今でもその答えはわからない。

ただ、自分は本当に誰かを助けたかったはずなのだと。
そう自分に言い聞かせることだけが、彼女にできる現実へのささやかな抵抗であった。

ただ、故郷に戻ってまもなく、再び彼女は旅に出た。
父とはごく僅かにしか言葉を交わさなかった。
　
「父さん。私は、父さんのようなことはできないよ」
「だけど、人が誰しも追い詰められておかしくなってしまうなら」
「私は、その最後の一線で彼らを止められるようになりたい」

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列車の中で読んでいた今回の依頼書を再び閉じる。
この地は危機に満ちている。北に行けば行くほど、それは色濃くなるだろう。

願わくば、自分が救える度合いの人々が居ることを願うだけだ。