彼の家族は、ごく普通のタビットだった。タビットらしく知性が高く、タビットらしく子供っぽい。そして、タビットらしく旅をしていた。
彼が生まれたのは、両親がとある辺境の村に立ち寄ったときのこと。両親は生まれたばかりの彼が成長するまでその村で過ごすことに決め、そして村民たちはそれを温かく受け入れたのだ。『田舎育ちの』タビットが生まれた瞬間である。
彼は魔法に対して高い適正を持ち、不器用ではあるものの、自然で過ごすことも得意であった。妖精と仲良くなる才覚もあったらしく、それが現在彼が持つ技術の祖となっているのだ。

やがて、彼が最低限旅に出られる年齢になると、両親は彼に告げる。「今日、村を出発することにした」と。彼は村民たちと別れる寂しさと、新しい世界への期待で胸がいっぱいであった。……だが、村を出ようとしたその矢先、彼の人生を大きく変える出来事に出くわしてしまうことになる。
盗賊の襲撃だった。悪意を持った人族は、下手な蛮族よりよっぽど恐ろしいものである。村は一瞬のうちに蹂躙され、彼の両親も殺された。彼自身は盗賊に捕らえられ、また悪意のある人族の元へと売り飛ばされてしまったのだ。

彼が売られた先は、ある意味で想像を絶する場所であった。……売春宿である。これだけ言ってしまえば、その後は語る必要もないだろう。容姿が良かったのだ、彼は。
性に関する話題を忌避するようになったのも、大人を苦手になったのも、びくびくするようになったのも、ここでの出来事が原因である。

幸いなことに、彼は早い段階で救出されることになった。……だが、だからといって、死んだ両親が帰ってくるのか？帰る場所は？ここまでされて、心に深いキズを負わないわけが無いだろう？
だからこそ、彼は決めたのだ。この恐怖に打ち勝ってみせると。この試練を乗り越えてみせると！

盗賊に故郷ごと両親を殺された上に、自分自身は売春宿に売り飛ばされた。いろいろな苦手は大体そこで体を売った経験のせい。
――がんばれ、トランス！打ち勝つんだ、この試練に！