履歴
ナオは見る人から見れば、可哀想な生い立ちの可哀想な子供だった。
産後の肥立ちが悪く、ナオを産んですぐ母は亡くなった。ナオの家族は父と、あと母の弟である伯父がいた。そしてナオの顔立ちは、母親とそっくりだった。
「いいじゃないのさ、それくらい別に」
父は母を愛していたし、伯父も母をひどく大事に思っていた。母の死をひどく悼み、その忘れ形見に心からの愛情を注いだ。
そして母と同じように愛情を注がれたその子は、いつしか母そのものとして扱われることが多くなった。
「そうは言っても、ひどいことなんて何一つされなかったよ」
女物の服を着て、女性らしい立ち振る舞いを。可愛らしい人形をもらってはお人形遊びをし、自らも余り布でぬいぐるみを作ったりもした。
料理も少しはかじったが、母の料理の腕はいまいちだったらしく、うまくいったときより失敗したときの方が父と伯父は嬉しそうだった。
髪を伸ばして、少し背伸びをして化粧なんかもして。ナオはそうやって綺麗になっていく自分が好きだった。
「まああのときが、家族みんな気持ちが一緒で、一番いい時期だったのかもね」
ナオが女らしい生活を続けることに、それを強いてきた父と伯父が先に音を上げるなんて、だれが想像していただろうか。
「そのあとは少しだけ」
13になるナオ。
伯父は申し訳なさそうに、男物の服を買い与えた。
父親は本人の反対も押し切って、その綺麗に伸ばした髪をばっさりと切った。
「ううん、結構、しんどかったけどさ」
ナオは自分の家に居場所がなくなった。
綺麗な服。綺麗な装飾品。可愛い人形。化粧道具。
それを触ると申し訳なさそうに謝って、すべてを自分の手から遠ざけていく父と伯父。
捨てられはしなかったのは、その半数近くが母の形見だったからだ。
「それだってあたしの将来の案じてのことさ。恨んでなんていやしないよ」
我慢の糸が切れて、泣いて家を飛び出したナオを保護したのは、近所に住む操霊術師だった。
温かい紅茶とクッキー。彼女の作る人形たちはどれも愛らしくて、ナオはよく彼女の家にお世話になった。
「先生には父さんも伯父さんも、頭が上がんなくなったってわけ」
確かに操霊術に対して、父も伯父も一般的な偏見を抱いてはいた。ただ元を正せば自分たちの行いで不安定にしてしまった息子だ。操霊術師といえども愛する息子を保護してくれている優しい人なのだ。そしてその操霊術師は、人よりも美人であった。
結局その家に入り浸ってしまう息子を引きずって連れ出せるわけでもなく、父と伯父は菓子折りをもって何度も操霊術師に頭を下げることとなる。13年という歳月で築いてしまった歪な関係は、一朝一夕で解決できるものではないのだから。
「父さんや伯父さんが先生を好きかもって思ったけど、それはあたしがガキだったからだね。
そしてガキのあたしも先生を好きだったからさ。家族はほんと、疎ましかったよ」
先生の家に入り浸るうちに、操霊術というものを知ることになるナオ。
最初はただの独占欲だった。父にも伯父にも他の誰にも、先生を取られたくなかったから。
「弟子にしてください! ってさ。あたしにとっちゃ告白みたいなもんだった」
最初は断っていた操霊術師も、何度も何度も頼まれるたびにだんだんに断り切れなくなっていった。簡単なものからならと指導が始まるのに、そう時間はかからなかった。
ナオは操霊術の勉強が好きだった。
先生に認められるのが嬉しくて。先生が大好きで。少しでも先生の役に立ちたくて。先生の自慢になりたくて。
「好きこそものの上手なれってね」
気付けば操霊術師としては、遅咲きながらも開花していた。
ナオが一人前になるまで8年もの月日が必要だったことについて操霊術師は、自分の教え方が悪かったとよくこぼしていたが、
「…わかりやすい先生だったよ。良くも悪くも」
自分の才能のなさが原因だということは、ナオ自身が誰よりも深く実感していた。
操霊術師として一人前となり、免許皆伝とはいかないまでも独り立ちできるまでには至ったが、彼程度の力では研究機関に所属するどころかその操霊術師のところですらお荷物のようなありさまだった。
「迷惑がってるのもよくわかったよ。先生が本当はもっときな臭い魔法をしたがってるのもさ」
そしてそれをナオの前でしないのは、彼女なりの優しさだということも、本当によくわかっていた。
「まああたし程度だとね、現場で頑張るのが分相応かなって」
彼の実家はグランゼールにあった。
家族の下で危険な仕事に就くというのもなんとなく釈然とせず、結局は街を出て近隣のハーヴェスへ。そこで大きなギルドにでも籍を置かせてもらえば、家族も連れ戻しに来ないだろうなんて気楽に考えていた。
髪は切られたときから伸ばしてはいない。その方が父も伯父も安心するようだったから。
「でも家元も離れたんだしさ、これくらい好きにしたってバチは当たんないでしょ?」
友人に頼んで、真っ黒な長髪のかつらを作った。
手鏡を見て、化粧をして、あっという間に綺麗な女性になれる。
これだって、好きこそもののなんとやらだった。
「なんでか知らないけどさ、同じ夢を何度も見るんだよ。あたしが神様になってる夢!
そこであたしは下々のやつらに言ってやるのさ。
好きな服を着て、自由に生きろ!
ってね」
それはただ、思春期の折に誰かに言ってもらいたかった言葉というだけなのだが。
きっとそんなことは関係ないのだろう。今日も彼は、好きなように着飾って生きていく。