むかしむかし、カスロット砂漠のとある国に(本当にそこにあったのだろうか？)、美しいメリアの歌姫(アビスコア)と、人間の青年(アビスボーン)がおりました。
歌姫は優しく朗らかな少女でした。青年は頭があまり良くありませんでしたが(狂ってしまったと自分に嘘をついているだけだ)、歌姫を愛していました。
　これはそんな二人の物語。愛し合う二人の……物語。

「彼は、とても幸せだと思います。なぜですって？それはですね……世界で一番大切な方と共にいられるのですから。」

　(以下、戦いと惚気が垂れ流されているようだ)

「ですが、本当はわかっていたのです。幸せが永遠に続かないことなんてわかっていたのです。だから、その瞬間を、全力で……あの方のことを好きでいたいと思ったのです。」

　戦乱が続いた世で。優しい歌姫は、各地の孤児を集めて育てていました。彼女には両親がいませんでした。だから、自分みたいに不幸な子供を救いたかったのです。恋人の青年は、それを支え続けました。
　これはそんな二人の物語。支え合う二人の物語。

「守らなければいけないものが彼女には沢山ありました。けれど、守れるものには限りがあったのです。……そのような簡単なことすら、その時の彼女たちには、わかりませんでした。」

　(以下、跡形もなく消えた仲間たちと、突如現れた怪物たちとの戦いが続く)

「大切なものと、大切じゃないもの。壊れてはいけないものと、壊れていいもの。それを決めることが出来るのは、一体……誰なのでしょうか？」

　(以下、孤児院にて数多の悲鳴が入り混じったような、継ぎ接ぎの大きな怪物との戦いで、壊れゆくふたり)

「あの方の心が壊れた、その先に……青年も共に逝くことを決断したのです。」

　その戦いが終わったあと、歌姫の心(アビスコア)は壊れてしまいました。闇の底に落ちていった心の欠片(アビスシャード)は二度と戻ることはありませんでした。
　これは愛し合う二人の物語。これは愚かな二人の物語。これは壊れてしまった二人の……物語。


　青年は気づけば、森の中に倒れていた。なぜ？ここはどこです？私はドゥ様と狂った世界を共に生きていく(狂い咲く)ことにしたはず……。
　近くの村に立ち寄り、話が聞けた。……どうやら何年にもわたり出現していたオーロラが突如消えたのだと。これまで生還者のいなかった“奈落の魔域”の入口も消えていたと。
狂気と正気の狭間に残された私の心が、そして思考が、私たちの世界が何であったかを正しく導き出してしまった。
戦っていたのは冒険者たち。では後から現れた異形となってしまった仲間や子供たちは？誰(ドゥ様)の何の力(アビスコア)で仲間や孤児たちの傷や病気を治していた？なぜ私だけが生きている？
……あぁ、そうでしたか。貴女の心(アビスコア)が壊れてしまったときに、私たちの世界は泡沫へと消えたのですね。そしてアビスボーンとは、“奈落の魔域(アビス)”で生まれた(ボーン)こちらの世界の血筋。
ですが、ドゥ様のおられない世界など、私にとっては無用……


「いやー。セントは強いなー。かっこいい男子が強いのって、サイコーだよ。」

「いえいえ。私の強さなどドゥ様の足元にも……。私はただ、ドゥ様のためなら命を張れるという、覚悟があるだけで。」

「やだ！命なんて張らないで！セントが死んだら、わたし、イヤだ！」

「ありがたきお言葉……」

「絶対だよ。死なないでね。」

「大丈夫です。私は死にません。死んでも死にません。」


(　……約束、……したのでした。)
私は馬鹿(狂いきれない阿呆)ですから、自分の意志よりも貴女の言葉に従いましょう。

　呪われた右腕(貴女の愛)と共に、青年はただ無価値な世界を生きる。