テルマの記録
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- 0
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- 製作時期
- 概要
- 効果
-
啓、未来の俺、あるいは誰か知らねえけど
こんなもん、書くことになるとはな。
まあ、誰かに見せるわけでもねぇ、ただの独り言だ。
馬小屋の藁の匂いってのは、本当に染み付くもんだな。
朝もやの中で馬が鼻鳴らす音で目が覚めて、冷たい井戸水で顔を洗う。
鏡なんかねぇから、水面に映るぼんやりした顔を見て、また今日が始まったってわかる。
汚れたジェザイルにナイフ、それからガメル、そしてあの深紅のマフラー。
どれもこれも、昨日と何も変わっちゃいねぇ。
毎日毎日、同じように配達屋として街へ向かう。
これが俺の「日常」ってやつだ。
最近は特に、色々とあったな。
魔域でガキどもに邪魔されて、依頼が遅れたり。
あの時はマジで頭に来た。
「まだまだだな」って、自分に言い聞かせるしかなくて、結局、飯も食わずに寝ちまった。
あのガキどもに食料を全部やっちまったんだから、当然だけどな。
夜風が冷たくて、腹の虫が鳴る。
明日はちゃんと稼がなきゃって、誰に聞かせるでもなく呟いた。
六日ぶりに馬小屋に戻った時は、正直、ちょっとホッとした。
馬たちに「ただいま」って言うと、少しだけ肩の力が抜ける。
井戸の冷たい水で顔を洗うと、頭の芯まで冷えて、色々なことが頭の中を駆け巡るんだ。
最近の依頼で、小さな村で預かった手紙のことが、ずっと胸に残ってる。
少女が少年に宛てた、震えるような字で書かれた、妙に真っ直ぐな言葉だ。
本当は開けたくなかったんだ。
人の気持ちに触れるのは、なんか汚す気がして。
でも、宛先が不明確で、依頼を完遂するためには仕方なかった。
あの時、手紙を読んでから、「ちゃんと届いたかな」「あれでよかったのかな」って、何度も何度も頭の中をぐるぐる回る。
止められなくなって、井戸の石縁を拳で殴っちまった。
血がにじんで、痛みよりも、自分の不甲斐なさに腹が立った。
俺はまだ何も守れてない。
誰の期待にも応えられてない。
ただ依頼をこなして、命を削って、ほんの少しの金をもらって、また馬小屋に戻ってるだけだ。
「……俺、何やってんだよ……」
声はかすれて、自分でも聞き取れなかった。
そのまま藁の上に倒れこんで、意識を失うように眠りについた。
次の朝、目が覚めると、拳がずきっと痛んだ。
馬たちが呆れたように俺を見てる。
いつものように井戸へ向かい、冷たい水で体を拭く。
そして、首に巻いたのは、色褪せた赤いマフラー。
形見なんて言いたくないけど、他に言葉が見つからないのが悔しい。
ふと、風に乗って、薔薇の香りがした気がした。
昨日、ヘイルたちと話してた時に、彼女のことを思い出したんだ。
風の強い日は、髪が崩れるって不機嫌になってたっけな。
彼女は俺を守るために呪いを受けて、苦しんだ。
「私を助けるために、あなたが苦しむのは嫌」って、何度も言ってた。
もし俺が高位神官と繋がってたら、もっと強かったら…。後悔ばかりが湧いてくる。
水面に映る自分の顔を見る。
一瞬、自分じゃない誰かの顔が浮かんだ気がして、思わず目をそらした。
あの笑顔も、笑った顔も、マフラーを渡す時の照れた表情も、まだ思い出せる。
でも、彼女の好きだった服の色、好きな食べ物、嫌いだった虫の名前。
そういう小さなことが、ぽっかり抜け落ちてるんだ。
「クソッ…全部、忘れたくないのに」
拳を握りしめる。
思い出すたび、苦しい。
でも、忘れるのはもっと苦しい。
だから、同じ道を選んだんだ。
彼女がやっていた「運び屋」の仕事。
人と人をつなぐ、想いの線を繋ぐ仕事。
あの時、彼女がそうしてくれたように。
過去と現在、そしてこれから
最近、昔の手記を見つけた。
雨に濡れてふやけて、インクが滲んで読めないところも多いけど
そこには“どうしようもなかった頃”の俺の感情が詰まってた。
「フィリアが笑うたびに、何もできない自分が情けなくて仕方なかった。
でも、彼女が泣く顔を見るのはもっと嫌だったから、強がった。
強くなりたかった。ただ、それだけだった。
手を握ってやれなかった夜のことを、いまだに悔いてる。
あのとき、声をかけてたら、何か変わったのかな。
『テルマ。あたし、あなたの“生き方”が好きよ。』
あの言葉を信じたかった。
でも、信じるには、自分があまりにも弱かった。
あのときの俺は、怖がってばっかりだったな。」
手帳を閉じる。風が火を揺らし、マフラーの端がふわりと揺れる。
フィリアが最後まで肌身離さなかった色だ。
今では、少し馴染んできた気がする。
「今の自分は、ちゃんとやれているだろうか?」
井戸の縁に腰を下ろし、水面を覗き込む。
少し大人びた自分の顔。
その奥には、あの時、泣きそうだった少年の影がまだ残ってる。
「……なあ、俺、少しはマシになったか?」
答えなんて返ってくるわけねぇ。
でも、あの頃よりは、少しだけ胸を張れる気がした。
夜の独り言
夜、馬小屋に戻る道すがら、夜の空気が頬を刺す。
草の匂いも、夜露の冷たさも、心の中に沈んだままだ。
遠くで、古びた柵がきしむ音がした。「……寒いな」って、小さく笑っちまった。
小屋に入ると、馬たちはもう眠ってる。
藁の山に腰を下ろし、マフラーを膝の上に置く。
「……なれないことするんじゃなかったわ」と、俺は夜の空気に溶けていった。
<別の紙にある唄が書かれてる。>
大人は生きる意味を歌う
醜い詩を 誰かのためと謳う
たとえば愛とか 未来とか
本当はもう、信じてないのに
夢を語る声はうすく
背中のシワだけが真実を語る
「守るため」って言葉に逃げて
心はずっと 子どものままだった
この詩は、俺の気持ちなのかもしれない。
結局、俺は何のために生きてるんだろうな。
馬たちはいつも、無言で俺を見てる。
未来の俺は、何を背負って、どこにいるんだろうな。
テルマ