セシア・エリクシアと申します。ユーシズでは珍しいレプラカーンの名家で生まれました。でもそのせいで、小さいときから自由に屋敷から出られませんでした。外に出られることがあっても必ずじいやが一緒で、いつしか私は外の世界を自由に歩くことに憧れを持つようになったのです。
　狭い世界に耐えかねた私は、14歳の時に親とじいやの目を盗んで街に出てしまいました。すばしっこさと手の器用さは屋敷の誰にも負けなかったので、抜け出してみると案外難しいことではありませんでした。
　外の世界は新鮮でした。大きな建物がたくさんあって、色々な人族がいて……私の目は奪われるばかりでした。
　そんな初めての外の世界で、じいやと一緒には行かないような路地裏に興味本位で入ってしまったのは、きっと無理のない話だったのでしょう。狭い路地裏を歩いていた時、周りの景色ばかり見てしまっていた私は、正面から歩いてきた二人組の人族にぶつかってしまったのです。その人たちは私の腕を掴んできて……私は怖くて声も出せませんでした。そんな時、あの方が助けてくださったのです。彼が二言、三言つぶやくと、私を壁に追い詰めていた二人組はそそくさと逃げていきました。屋敷にあった本で読みました――これが「運命」というものなのだと確信したのです。
　お名前を伺おうとしたのですが、その方はすぐに去って行ってしまいました。私は屋敷に戻るとじいやに事の顛末を話し、すぐにあの方のことを調べさせました。私が抜け出したことについて何か言っていたような気がしますが、そんなこと今はどうでもいいのです。
　こうして彼が七色の生徒だと突き止めた私は、学園の門を叩いたのでした。

　むかしむかし、あるところに。
　可愛らしいレプラカーンの少女がいました。

　ある日、少女は危ないところを王子様に助けられます。
　王子様に一目惚れした少女は、彼と同じ学園の門を叩きました。

　学園に入学した少女は、王子様に振り向いてもらえるよう、色々な努力を重ねました。

　もっと可愛らしくなれるようにお洒落しました。
　彼と似たようなことができる部活動を始めました。
　彼の隣にいる青い髪の女の子と、直接勝負をしました。
　彼の隣に立てるよう、強くてかっこいい淑女を目指しました。


　それは普通の、ごくありふれた恋であると同時に
　弱い自分を助けてくれた彼への強い憧れでもありました。

　少女は王子様のように上手に魔法は扱えないけれど、すばしっこく、手先も器用です。
　だから少女は二本の短剣を手に取ります。

　いつか、あの時の自分を助けられるような人に。

　月日がたち、遠くから見ているだけだった王子様や青い髪の女の子とも仲良くなった頃。

　それでもレプラカーンの少女は自分磨きを続けます。
　仲良くなったからといって油断はしません。
　王子様への想いはより強くなり、青い髪の女の子には負けたくないと以前よりも強く思うようになりました。

　その肌はより美しく。その短剣はより鋭く。
　「ならく研」の不思議な本に書いてあった技も身につけ、
　今の自分なら王子様と並んで立てるかもしれないと、そう思えました。



　ある日、修学旅行先の異国の地で、自分よりも一回り年下の女の子と出会います。

　言葉を交わし、一緒に温泉にも入って
　旅先で出会っただけの他人でありつつも、少しだけ仲良くなれたと思いました。


　楽しい旅行も束の間。
　翌日から巻き込まれた事件で、その女の子が〈魔神の苗床〉だとわかりました。


　操られる女の子を見て思います。
　
　――いつか、あの時の自分を助けられるような人に。

　あの時王子様に憧れた少女は、今がその時なのだと直感します。



　現れた化け物の恐ろしい攻撃を全て躱し、覚えた技で女の子のもとへ跳びます。

　後ろでは仲間たちが化け物を抑えてくれています。

　私がこの子を止めるんだと
　この子を助けるんだと
　あの時の王子様のように、と

　そう信じて振るった光の短剣は、しかし女の子を救うことはありませんでした。


　力が足りなかったのかもしれません。
　避けられない事態だったのかもしれません。
　もしかすると、その方が女の子のためだったのかもしれません。

　
　でも、少女の憧れの短剣は、根元から折れてしまいました。
　倒れた女の子は、少女の手ではもう救えません。


　それだけのことがあったのに、彼女のもう一本だけは、決して折れてくれませんでした。

　大好きな相手だからこそ、弱さは見せられません。
　王子様の優しさに付け込むようで、それはとても卑怯なことに思えてしまったから。
　どんな時でも、強くてかっこいい淑女としての姿を見せて、振り向いてほしかったから。

　だから、王子様を目の前にしても、少女はただ頭を下げます。

　どうかこの子を助けてください

　王子様の魔法で、女の子は助けられます
　しかし女の子は何かに怯えているようで、言葉すら交わせません。


　あのとき助けられた女の子(少女)を殺して、どうして王子様の隣に立てるでしょう。


　レプラカーンの少女は、決して弱い姿を見せません。
　手が震え、足が動かなくても、隠れることはできます。

　だけどその二本の短剣は、もう振るえませんでした。

　少女にはたくさんの友達がいました。
　短剣は折れても、それまでの足跡が消えるわけでは無かったのです。
　少女の友達は、姿を見せようとしない少女を見つけ、元気づけるために様々な知恵を絞りました。

　隠れるのが誰よりも上手な少女です。
　でも少女の恋心だけは、どれだけ隠そうとしても隠しきれません。
　今、少女を元気づけるためになら、それを利用するのも仕方のないこと。
　王子様の協力もあり、友達は少女を見つけ出します。

　二人の友達の励ましを受けて、少女はちょっぴり元気を取り戻します。
　それでもやっぱり、以前のように身体は動いてくれません。
　短剣を持つことも、できません。


　その時でした。

　王子様が巨大な石の人形に襲われてしまっています。
　きっと何かの事故なのでしょう。
　でも王子様は地面に倒れていて、今まさに石の人形の巨大な腕が振り下ろされようとしています。

　以前のように、身体が上手く動いてくれません。
　振れなくなった短剣も、持っていません。



　でも

　以前よりも不格好だったかもしれないけれど
　決して淑女の行動ではなかったかもしれないけれど

　気が付けば、少女は王子様と石の人形の間に身体を滑り込ませていました。


　石の人形の腕が、王子様の前に立った少女に振り下ろされます。


　でも、ここを退くわけにはいきません。


　――だって、私の後ろには


　避けるわけにもいきません。

　
　――守りたい人がいるんだから

　王子様の目に、小さな白い影が飛び込んできます

　その影は、今まさに腕を振り上げていた石の人形と自分との間に躍り出て
　その小さな身体で巨大な腕を受け止めました


　～


　少女の小さな身体で、重く巨大な腕を受け止め切ることはできません。
　身体中が痛み、思わず膝を付いてしまいます。
　それでも、後ろの王子様には指一本すらも触れさせることはありませんでした。


　攻撃を受け止めただけでは、王子様を助けられません。
　王子様を庇いながらでは、少女自身もすぐに倒れてしまうでしょう。
　
　けれど少女の手は震えています。
　振れなくなった短剣は持っていません。
　何より、何かを壊すことが、殺すことが

　怖くてたまりません


　～


　王子様は、少しだけ昔のことを思い出します。
　それは、王子様が少女を助けた時のこと。
　悪い男の人たちに囲まれた少女を、助けた時のこと。

　あの時とは逆の立場になっていることに気付き、思わず言葉が零れます

　……そっか。これが君の見た景色なんだね

　少女は石の人形と相対します。


　後ろにいる王子様の言葉が、そのふわふわした大きな耳に入ってきて

　――今度は僕が君に助けられたんだ

　すっと胸に落ちていきます。


　思えば簡単なことでした。

　少女は王子様に恋し、憧れ、学園の門を叩きました。

　だから王子様に振り向いてもらえるように努力します。
　だから王子様のように、守りたいものを守ります。

　だから、どんなことがあっても、前を向いて、後ろにいる大切な人を守ります。


　気付けば、手の震えは止まっていました


　覚えた魔法で両手に武器を作り出します。
　それは短剣とは比べ物にならないほどに破壊力を高めた、壊すための武器です。

　けれど、今の少女はその武器を振るいます。そこに迷いはありません。

　大切なものを守るために。

　少女はもう迷いません

　失敗しても
　力が足りなくても
　どれだけ辛いことがあっても　

　そんなことで足を止めていては、本当に大切なものは守れないと気付けたから



　これからもきっと、大変なことがたくさんあるでしょう。
　けれども、少女はもう足を止めません。
　自分の力だけで足りなければ、友達からも力を借りられます。


　あの時、助けられなかった女の子を、王子様に助けてもらえるように走り出したように



　恋も、まだまだ諦めません。