アルヴに生まれながらも健康的に育ち、またその種族の持つ異能を周囲に受け入れられていたクリスティンは間違いなく幸運だった。
元々流れ者だったアルヴ同士の両親を集落の全員が受け入れてくれ。
集落の長は自分の家の隣に家族の住居を用意し、吸精にも快く協力してくれていた。
クリスティンの両親は、そんな皆に恩を返す意味もあり。
父親は狩りを、母親は畑仕事を生業としながら集落に溶け込み信頼を築いていった。
やがクリスティンが生まれ、彼もまた集落に溶け込み助け合いながら生きていく。

──本来は、そうなる筈だった。

クリスティンが成人を迎える前に、集落全域に流行り病が蔓延した。
幸いクリスティン自身は病にかからなかったが、集落に住む半数以上の人が倒れ…その中にはクリスティンの両親も含まれていた。
近隣の都市から神官を呼びよせようとするも間に合わず、倒れた者達は結局帰らぬ者となる。
人数が激減した集落はその機能を果たす事ができなくなり、生き残りたちは近隣の支援を受けながら散り散りになって新しい居を構える事になった。
二週間ほど時間をかけ、亡くなった人たちの弔いを済ませて。
クリスティンもその集落を巣立つことになった。

アルヴとしてはやや長身で、肉体労働に適性のあったクリスティンは仕事を見つける事は容易だった。
しかし、新たな地で生活する上で大きな問題がひとつ。
周囲にアルヴがいなかった事から、吸精を好意的に受け入れてくれる存在がいなかったのだ。
この時初めてクリスティンはその事実に直面し、集落の皆がどれだけ暖かい人たちだったかを痛感した。
しかし、だからといって定期的に吸精を行わないとそれは自身の死に直結する。
集落で大量の死体を目にしたクリスティンにとって、｢死｣は大きな恐怖として心に刻まれていた。
──初めは、労働で得た給与の中から金を出し売春行為の様に吸精を行っていた。
夕暮れ時の路地裏に行けば娼婦たちが立っている事もあり、その手の相手には困らなかった。
しかし、彼女らはその行為がクリスティンの生命の維持に必要なプロセスで…自分たちが金銭を得る為に身体を売るという行為以上に逼迫した状況である事を知ると代金の値上げを要求してきた。
クリスティンは彼女たちの要求に答え、金を支払い続けてきたが…やがてそれもできなくなる。
金のなくなったクリスティンは地を這いつくばりながら娼婦たちに吸精を要求するも、鼻で笑われながらあしらわれる。
生活資金すらも使ってしまったクリスティンは日常生活をまともに送るルーチンが行えなくなり、結局仕事もそのままやめる事となった。
本格的に資金を得ることができなくなったクリスティンは、今度はスラムと化した治安の悪い地域へと移り住んでは食事と精気を物乞いして命を繋ぐ事となった。
住人たちはあの集落で病にかかった時の皆と近い様相で、｢死｣の匂いを濃く感じていたクリスティンにとっては地獄そのものだった。
それでも自分は死にたくない、死ぬのが怖い。
クリスティンを生かしていたのは生への執着というよりは、死から逃げる強迫観念に近かったかもしれない。
もう、その気持ちだけで自分の肉体を機械の様に動かしていた生活にようやっと転機が訪れる。

その日に食事と精気を恵んで貰うように乞うた相手が、複数人の冒険者パーティだった。
彼らは遠くの地から依頼の関係で遠征してこの街までやってきて、目的を達成しこれから街の酒場で祝杯をあげるタイミングだった。

依頼を達成し、彼らが気を良くしていた事。
報酬を受け取り、彼らの資金に余裕があった事。
彼らの依頼の内容が、とあるアルヴを助ける必要性があって──情的な面でもクリスティンを見捨てられなかった事。

それらの要因が重なって、彼らはクリスティンを祝杯のメンバーへと加えたのだった。
久々なまともな食事と、一週間近く得られなかった精気を吸精させて貰えたことでまともな思考力を取り戻したクリスティンは彼らに深く感謝した。
彼らからしたらほんの気まぐれみたいなもので、気にすることは無いと返されたがクリスティンは食い下がって礼をしたいと譲らなかった。
その強さを見て思案した冒険者はこう返す。

──じゃあよ、恩返しはきっちりして貰うから…ちゃんと返せる身分になれ。
　　次に顔を合わせた時にきっちり礼を返せ。──

返させるつもりのない方便なのはクリスティンも理解していた。
しかし、事実今の自分には恩を返す手段が無くその言葉に乗るしかなかった。
頷いたクリスティンに気を良くした冒険者は、酒を勧めてくる。
飲めるか？と聞かれ、飲んだことが無いと返す。
歳は？と続けて聞かれ。
……今日が自分の成人の日だったと気付いてその旨を告げる。
一瞬だけ冒険者は驚きの表情になり、直後に破顔して、
じゃあ俺達だけじゃなくて、お前にとっても今日はめでたい日なんだな！乾杯！
アルコールの入ったグラスを無理やり持たされ、カチンとグラス同士をぶつけ音を鳴らす。
…乾杯。
静かに一言だけ言って中身を口にする。
初めて接種したアルコールは不思議な感覚だった。
喉と胃を焼くような熱い感覚がどことなく心地よく、今まで味わった事のないもので。
あっさりとグラスを空にしたクリスティンに周囲が目を丸くする。
結構いける口じゃねぇか、もっと飲めとグラスに新たな酒を注がれ嚥下しては繰り返す。
気付いたら自分と、自分に話を振っていた冒険者以外の全員が酔い潰れていた。
こりゃあ、宿に連れてかないとダメだな…坊主、手伝って貰えるか？なんなら運んでる最中に吸精しちまえばどうだ？
冗談交じりに言われたその言葉は、クリスティンにとって青天の霹靂にも感じられた。
確かに、気絶に近い状態から無許可で吸精を行うのは不誠実な行為とも言える。
しかし、この様な酒の場で談笑した相手なら割とそうやって気軽に…という手段もあるのか…と。
成人前に、両親や優しかった集落の皆…家族とも言える人達を失くし、同じ生き残りとも顔を合わせる事が無くなったクリスティンは胸に大きな喪失感や寂しさを抱えていた。
酒の場で気が大きくなった時でも良いから、まるで挨拶の様に気軽に吸精を頼める関係性の相手が自分にいれば。
じんわりと、集落を出てからどこか他人事になっていた自分の中に先程の酒とは別の暖かさが染み通っていくようだった。

あれから一晩が明けてクリスティンは冒険者たちと別れる事になるも。
彼らの口利きで、その街の冒険者ギルドが使用している乗合馬車の組合を紹介して貰いそこに就職する事ができた。
そこからクリスティンの生活水準はかなり向上した。
自身は冒険者でなくても、冒険者ギルドとの顔繋ぎができた事で吸精に対する理解者を紹介され。
さすがに完全無償とまではいかずとも、良心的な価格で定期的に吸精をさせて貰える環境が整い生命の危機からは脱することができた。
また、御者の仕事に就く事で客から街の外の情勢を聞く事もでき。
クリスティンはアルヴに対しての理解が得られる環境が整った場所が無いかを調べる事もできた。
一年がかりで旅の資金と情報を集めた彼は、世話になった乗合馬車組合と冒険者ギルド及び関係者に礼を述べて新天地へと旅立つ事になった。

世間では排斥されるナイトメアやウィークリングを幅広く受け入れ、｢始まりの剣(ソードオブジェネシス)｣という最高峰の評価を受けた冒険者を複数抱える冒険者ギルド。
その中にアルヴが含まれていると聞いた彼はすぐさまそこを拠点として活動する事を決めた。

幾日かを経てハーヴェス公国に辿り着き、目当ての冒険者ギルドの扉を叩く。
思いの外すんなりと冒険者となる事ができ、なし崩しにそのまま依頼を請ける事となった。
初心者の自分でも、なんとか依頼人の要望を叶えて帰還まで滞りなく完了し。
同伴者の冒険者登録を祝うという名目で、あの時の様に祝杯を挙げる事にした。
顔を合わせたばかりでまだぎこちなさはあったけれども。
皆で騒いだ酒の席はとても楽しかった。

──いつか、こいつらに馬鹿みたいに何でも話せる仲に──

そんな想いを胸中に秘め、クリスティンの冒険は始まった。

・酒類全般が好み、結構な酒豪で度数の強いアルコールでも顔色を変えずにケロッとしている。
・酒そのものも好きだが、酒の席の様に周囲の人たちと騒ぐ空気を好む

【経歴】
・大きな挫折をしたことがある
・大きな失敗をしたことがある
・破産したことがある

【冒険に出た理由】
・神になる