フロウライトの森羅導師。普段は世話焼きな性格だが、稀に突拍子もない言動を見せる。旅慣れている様に見えるが、遺跡探索など閉所での行動は不慣れで照明に徹するのが精一杯。ときどき酒場に通っている姿が見られるが、酒を…飲むのだろうか？

　生まれて初めて目にしたのは炎に焼かれる大地と、血を流し倒れ伏す者たち。私の故郷であるコルガナ地方西部、ノーザンファング連山へと続く辺境地域は、突如として現れた蛮族勢力とそれらに抗う人族との紛争地帯となっていた。精霊や小妖精たちに導かれるままに私は歩き出す。周囲は焼け焦げる肉と血の匂いに包まれ、遠くからは絶えず爆発音が響いてくる。しばらく歩き続けると、急に精霊たちが騒ぎ出す。振り向けば遥か後方から蛮族の一団がこちらに向かっていた。私を見つけたであろう蛮族が、その表情を狂気に歪ませる。私は走った。だが、蛮族たちを振り切ることはできず、やがてその息づかいまでもがはっきりと聞こえてくる。死を覚悟したその時、上空から伸びた一筋の光条が地を薙いだ。

　私は一人の少女に救われたらしい。私が連れ帰られた砦には周辺からの避難民たちが身を寄せており、砦を守る兵士たちと少女が率いる少人数の部隊が詰めていた。少女は周囲の人々から随分と慕われていたが、彼女は他者を必要以上に近付けようとはしなかった。行き場のない私は彼女の家に住まうこととなった。飲食の必要がない私程度であれば邪魔にはならないと思ったのだろう。彼女は魔動技師というものらしく、家は人が暮らす場所というよりは殆ど彼女の工房の様なものだった。他に家族がいる様子はない。彼女は普段、工房に籠り魔動機の整備をしている。食事は砦で配給される固形糧食で済ませ、疲労が限界に達したら動きを止めて眠りにつく。石の身体を持つ私から見ても、少女の姿は危うく映った。

　私は彼女の身の回りの世話を始めた。幸いにも人が暮らすうえでの最低限の知識は身についていた。日に一度は温かいスープを用意し、まとまった食材が手に入った日は簡素ではあるが料理を作ったりもした。怪訝な様子を見せていた彼女だったが、出された食事を拒むことはなかった。彼女が戦場から帰ればその傷を癒し、清潔な湯と布で身体を拭う。洗濯した服を着せ、彼女が意識を手放す前に寝具へと運ぶ。そんな暮らしがしばらく続いたある日、少女は私を"姉さん"と呼んだ。私に少し遅れて彼女が驚く。そして、おもむろに悲し気な表情を浮かべる。私は彼女を抱き寄せた。小さな部屋に彼女の嗚咽が響いた。

　少女は私に｜レインディア《幸せを運ぶもの》の名と自身と同じ姓を与えた。私は名実ともに彼女の姉となった。生きる意味を得た。それからの彼女は少しずつ他者との交流を持ち始め、前よりも感情を表に出すようになったと思う。だが、その頃からだっただろうか。戦場から帰った彼女の身体に傷が増えた。私に笑顔を向ける彼女に、その理由を尋ねることはできなかった。

　それから数年が過ぎた。一進一退の攻防を見せた西部戦線は敵将の討伐により大きく前進、スルーザファングトンネルから続く鉄道を起点に防衛線の構築へと移行した。コルガナ西部での人族の被害は大きく減少。ひと時ではあるが、平穏と呼んでも差し支えない姿を取り戻した。それから更に少し経った頃、妹は突如として姿を消した。

　妹が失踪した理由はわからない。だが、なにもせずにもいられなかった。少ない貯蓄を切り崩して旅支度を整えた私は、最も近い都市にある冒険者ギルドを目指した。長期の商隊護衛依頼などを中心に受けては、訪れた土地で妹の情報を探した。冒険者になって数ヶ月が経った頃、酒場で聴いた詩人の詩に妹の名があった。多分に脚色を含んでいるが内容はよくある英雄譚であった。詩人は大陸の南方から流れてきたという。ようやく手にした手掛かりに一縷の望みを賭け、コルガナ-ドーデン間を繋ぐ定期連絡便に乗った。

　旅の途中でモルガナンシン公国に逗留していた際に、グリゼルダという魔術師の女と行動を共にする機会があった。曰く、彼女は祖先が編み出したという今は失われた魔術体系を復元し、現代においても実用可能なものとして復興させることを目指しているらしい。その魔術体系というのは｜貴族の支配力《ドミニオン》により生じる個人間のローカルネットワークを介した魔法の効率的運用を可能にするものだという。魔術起動のプロセス自体は基幹となる魔道具が現存していることもあり殆ど再現できたが、｜貴族《ブルーブラッド》が絶滅した現代において｜貴族の支配力《ドミニオン》に代わる媒体構築の方は全くもって目処が立っていないそうで、研究は行き詰まっている様だった。彼女と同行した期間中、暇があればその手段についての相談に付き合った。グリゼルダとの別れの日までに出た結論は大きく二つ。術者と対象との間を魔術的に繋ぐ魔法の開発、或いは魔道具による｜貴族の支配力《ドミニオン》の代替。私自身、妹の手伝いで魔道具作成については多少の心得があった。魔術の専門家であるグリゼルダは前者の方法で、私は旅の合間に後者の方法での試行を重ね、定期的に成果を報告し合うこととした。相談に乗った報酬として、グリゼルダからは幾ばくかの路銀と彼女の祖先が残したという手記の写しを貰った。