彼女は魔法の名門として名高い「レイヴン家」の次女(長女,長男,次男,三男,次女←ココ)として生を受けた。立って歩くのも言語を発するのも人一倍早かった彼女はその将来を期待されていた……が、しかし。彼女に魔法の才能が芽生えることはなかった。
少女の心の障壁
レイヴン家の教えの一つに、魔法の技術を磨く方法として最善であるとされていた「感情を捨て雑念を払うことによる詠唱精度の向上」というものがある。この教えを忠実に守った結果として、兄姉たちはいつしか自分を含む家族にすらその感情を見せなくなってしまった。
天真爛漫の外皮に隠されているのは、短い人生に積もった孤独だった
姉である「ヘレシー・レイヴン」はレイヴン家として異端である自分をとても愛してくれていたが、上記の教えにより、彼女への、そして自らへの愛を忘れてしまった。ならば自分も変わらなくてはと日々努力してみるも、感情を捨てることはできず。それどころか感情表現が日に日に大きくなっていってしまい……いつしか彼女は、レイヴン家を知る人々からは懐疑的な眼差しを受けることになってしまっていた。

ある日、レイヴン家の屋敷が建つ近郊の街が大規模な蛮族の襲撃に遭い、レイヴン家の魔法使いたちはそれに立ち向かうこととなった。彼らは感情を捨てていたことにより効率や結果だけを求めた(小を見捨て大を救う、街の人々や自分自身を囮に短時間で殲滅するなど)行動を取り、一方フェニーは逆に感情ばかりを先行させ、自らを犠牲に多くの人々を助けて回った。
「弱みなんて一人で抱え込めばいい、じゃなきゃ誰も笑顔にすることなんてできない」
明らかに彼女の行動は最良ではなく、必要のない犠牲を出していた可能性も孕んでいた。しかし結果として、街の人々からは『自らの危険を顧みず街を救った英雄』として扱われ、逆に街への被害は最小限に抑えることができたレイヴン家の魔法使いたちは、街の人々からは『人の心がない悪魔』とされ実質的な追放を受けてしまう。
「隠し通さなきゃ。今のあたしに価値なんてないんだから」
多くを救った結果迫害されてしまった家族と、身勝手に振舞った結果持て囃され愛されるようになった自分との、一見すると不可解な違いを受け入れることができなかった彼女は……ある日、街を飛び出した。

それから数週間、レイヴン家の財産の一部を使いながら生活していた彼女。就寝直前の脳裏に過ったのはあの日のことだった。
1:レイヴン家の名前を出されること「なにも知らないのに決めつけないで」
自分の選択は正しかったのか、それともレイヴン家の教えこそが正しかったのか。どこで間違えて、どこでどう行動すればより多くを救えたのか。
2:笑顔を絶やさないこと「みんなに喜んでほしいと思うのはそんなに悪いことなの？」
居ても立っても居られなくなった彼女はある意味で平穏な日常を捨て、姉からの唯一の贈り物である色褪せたリストバンドを手に決意を固める。
3:魔法に対する本能的トラウマ「いやというほど努力した、わかったような口をきかないで！」
故に、彼女は足を動かした。行く先は“冒険者ギルド”へと至る門。様々な人を知り、場所を知り、文化を知り……より多くの人々が笑顔へと至る道を探すために。彼女の小さな羽ばたきが始まった。