①家族から探されている
②大きな嘘をついている
③大きな挫折をしたことがある
動機：まだ見ぬ世界を見るため

ヒトは易きに流れるものだ。
わたしもまた、エルフの里での暮らしに飽いて、奉ずる神の本懐を果たすと大義を掲げておきながら、こうして詐欺まがいの仕事に縋っている。

「お、ここが最近ウワサの千里眼って占い屋か。」

今日も、また一人。

「へぇ、こんなので未来が見えるってのかい?」

「えぇ、覿面に。ぜひとも一度、いかがでしょう。お試しになっては？見えるものが変わるかもしれませんよ?」

調子よく来客の相手をする。ここしばらく、慣れたものだ。
エルフは嘘をつかない誠実な種族だ、という先入観にはずいぶん手伝ってもらった。
もしこの身が人間だったなら。いや、それならもとよりこんな稼業には就かないか。

「それじゃあ一つ、お願いするよ。あんたみたいな美人に占ってもらったってだけでも、あいつら嫉妬するぜ。」

「あら、あなたもお上手ですこと。では早速。心静かに、この水晶を見つめてくださいな。お互いの視線の交錯が、水晶の先に未来を描くのです。」

いかにも磊落といった風体の彼は、しかし指示には素直に従った。
悪いひとでは、ないのだろう。一抹の呵責。

「これは…」

言い淀む。躊躇うのではなく、溜める。

「なんかわかったのかい？もしかして…悪いとか？」

「一つ。近い将来に壁があります。それはきっと暗く、あなたに挫折を強いるものでしょう。」

言葉を切るな。

「しかし、これは稀で、それ故不明瞭なことですが、その壁は同時に岐路でもあるのです。」

畳みかけろ。

「あなたがその壁に対して挑戦し続け、登ることを決してあきらめないのなら。」

森を出てからずいぶん流麗になった弁舌を振るう。

「きっとその壁は、あなたを高みに導く足場となるでしょう。道半ばで歩みを止めず、進み続けるところにこそ、あなたの活路があります。」

―—そんなもの、見えはしないのに。

＊＊＊＊＊

熱心に聞いていた彼は、話の後、いたく感銘した様子でそれなりの金額を支払い、退出していった。
彼が立ち去り、無人で無音となった安い貸し屋台に、ため息が漏れる。
懐から一巻きの羊皮紙を取り出した。

『ジルバ・ディーツ　31歳　人間』
『やや遠方に位置するリスタ村からやってきて港湾で働く出稼ぎ労働者で、誠実な仕事ぶりが評価されている。』
『実家からの手紙に呼び戻され、一週間後に帰郷する予定』
『呼び戻しの理由を彼は知らないが、彼の妹が重病に倒れ現在危篤であるためである。』
『治療薬となる薬草は高価だが、皆無ではない。』

羊皮紙には人物の特徴として、先ほどの客そっくりの似顔絵が添えられている。
いや、絵が彼に似ているのは必然だ。彼を事前に調べていたのだから。

彼は帰郷してすぐ、「壁」に直面するだろう。家族の危機だ。
本当のことだ。

努力すれば希望がある。高価な薬草も、彼の稼ぎなら決して絶望的な額ではない。
しかし本当とは言い切れない。これは予断だ。

細々とやってくる客に、それらしく粉飾して未来を騙る。
水晶はいつもがらんどうで、未来は私の推測の中にのみ存在する。
間違うこともないではないが、綿密な下調べは大抵の未来を容易に推測させる。
それが知る人ぞ知る、"当たる"占い師の真実だ。

きっとこんなことをしている私は邪道で異端なのだろう。自覚している。
聡明なる伝令神が、なぜ私を見放さずにいるのか。黙認なのか黙殺なのか、あるいは無関心なのか。

神は気まぐれで、何も語らない。

当たる占い師にも、外れはある。
重大なことばかりを扱い、しかも苦難が訪れるところまでは正確に言い当てるため、"希望"だけが外れた人は頻繁に怒鳴り込んでくる。
なぜだ、と。
なぜそこまで分かっていて何もしてくれなかったのだ。それどころかはっきりと教えることをもしなかったじゃないか、と。
責任を取れとも、言われることがある。

彼ら彼女らの悲痛な声は、慟哭だ。
その叫びが、表情が、私の記憶から去ることはないだろう。
そんなことで責任にも、償いにもなりはしないが。

昔に気取って「千里眼」などと掲げた屋号が、真実なら。
あるいはすべてが嘘で、私が何も知らないままに占えるのなら。
きっとこんな悩みは無縁だったろう。

けれど、知ってしまった。
ならば、伝えなければならない。
わたしは、これでも信じている。
人族の信念を。その窮地での精神力を。

伝え方を工夫し、それとなく解決へ向かうように助言する。
それがかの神ほど聡明でなく、かの神ほどの胆力もなく、その能力では足下にも及ばない私の、醜悪な"伝令"。

＊＊＊＊＊

受け取った代金を手に取り、そのまま封筒に入れた。
封筒の宛先はリスタ村のパロ神殿。匿名でディーツ家へと届くようにする。彼らには必要なものだろうから。

今月も占いの収益はゼロ。また依頼を見つけて稼がなければと、再び嘆息する。
しかし少しだけ、先ほどよりも軽い。
馴染みの仲間たちとの仕事だけが、この厄介な"運命論"から目を逸らすことを許してくれる。

きっと私は冒険者こそが天職で、占い師の素質などないのだろう。
私の行く末を示す水晶には、未だ何も映らない。