容姿・経歴・その他メモ

”ナイトメアをやめる”方法を探すために冒険に出た。自称人間として振る舞っている。普段は明るく呑気。甘いものが好き。

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「ナイトメアはいるだけで周りを不幸にする。調子に乗るな、甘えるな」

その子を産んだ母親は死の間際、「私の分までこの子を愛して」と父に託した。父親は優しかった。村の人々も誰も差別なく、人の子として育てられた。

　記憶に一番古いのは五つのとき。年上の男の子と喧嘩をして泣かせたときのこと。真剣に、でもいつも通りの優しさを含んだ声で父は言った。
「きみは他の子よりも力が強いから、優しくしてあげなさい」ベックは言いつけを素直に守った。自分は母似らしく、その母は強くて優しい人だったらしい。
見つめる父の横に母がいるような気がして、それがあたたかくて、くすぐったくて、嬉しかった。

その次は九つのとき。父に連れられ、ふわふわの可愛い帽子を被せてもらい、祖母に会いに初めて街へ行ったのこと。
親子をあたたかく迎え入れた祖母は、帽子の下のツノを見て激昂。「紛い物を！私を蛮族の親にする気か！お前の顔など見たくない、出て行け！」
父を激しく罵った。

それから父は少しずつ狂っていった。時折ぼんやりと空を見上げて、そして焦点の合わぬ目でベックを見つめるのだ。
夕食を村の友達の家で取ることが増えた。そんな日は、家に帰ると父は決まって、涙を零しながら潰れるくらい強く我が子を抱きしめる。
ベックは、「父を守らねばならない」と思った。

十になったある夜。息苦しさに目覚めると、血走った目をした父の顔がすぐそばにあった。父の手はベックの首にかけられている。
「お前が...お前が普通の子に生まれていれば...彼女は今もここにいたんだ...！」

ベックの思考が真っ白に染まり、全身の血が滾り、自分が自分ではなくなっていく感覚があった。
「ヒッ」と驚いた声を上げた父の手がわずかに緩んだ。力任せにこじ開け、撥ね飛ばして逃げ出した。
「ベック！」父の声はもう、正気に戻っていたように聞こえた。それでも怖かった。
とにかく駆けた、息が切れて動けなくなるまで。自分が思っていたよりも長く、速く走れた。
気づけば深い、暗い森の中にいた。獣の声、草木が揺れる音。とたんに恐ろしくなり、身動き一つ取れなくなった。

助けが来るのにそう時間はかからなかった。たいまつの揺れる火が、闇をかき分けていくつも現れた。正気に戻った父が呼んでくれたのだろう。村の大人たちに連れられ帰路に着く間、父になんと言って謝ろうか、なんと言って許そうか、と考えていた。

扉を開ければいつものように父が抱きしめてくれると思っていた。しかし今日は、そうしてくれなかった。
父はリビングの真ん中で、物言わず、焦点の合わぬ目でぼんやりとこちらを見つめていた。その首には縄が。足は、宙にぶらんと浮いていた。

足元に紙が落ちている。父らしくない乱れた字。書かれていたのは謝罪。母への謝罪、ベックへの謝罪。弱い自分への嫌悪。そういったもので埋め尽くされていた。
ベックはもう一度駆け出した。
もう戻れない、戻らない。深い、深い森の中へ、血を吐くくらい走った。泉を見つけて一心不乱に喉を潤した。

　息が整って、鏡のようになった水面が禍々しい姿を映し出した。左側頭部の小さなツノが肥大化しねじくれていて、肌が死者のように青白い。そのせいで首元の生まれつきの痣が醜く浮き出ている。黒く染まった強膜と切れ長の瞳孔は、悪魔の眼にしか見えなかった。
その時ベックは理解した。父が悪いわけではない、祖母が悪いわけではない、自分の生き方が悪かったわけでもない。ナイトメアに生まれてしまったことが悪かったのだ。この身体が憎い。憎い。憎い。元に戻れない。手近にあった重たそうな石を拾い上げ、忌々しい角に何度も何度も打ち付けた。その度に激痛が走るが、腹の底の怒りが少し軽くなる。
角がパキ...と音を立てて割れた時、スカッとした。それと同時に意識をなくした。

もう死んだと思ったが、まだ許されなかった。
目覚めると自分の身体は元どおりになっていたが、遠く離れた孤児院にいた。家や親やあれこれ聞かれたが、名前以外は何も答えなかった。ので、孤児院で生きることになった。
それから、人間として生きることにした。父と母と生まれ育った村人が優しかったおかげで、明るく振る舞うことができた。
ときどき人目を忍んで工具を拝借し、激痛に涙ぐみながらツノを削る以外は人間らしくいた。

十一のとき、院長の友人で街に住む先生から、世界には様々な魔剣があることを聞いた。“ナイトメアをやめる“こともできるかもしれない、それなら冒険に出てもいいと思った。それから一年間、元凄腕冒険者だったらしい頑固な院長に剣の師になってもらうため、罠を学び老体を追い詰め、ついに首を縦に振らせた。

そして十五になった日、冒険者として旅立った。街門の前ではやる気持ちを抑え、言い聞かせる。

「ナイトメアはいるだけで周りを不幸にする。調子に乗るな、甘えるな」

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