冒険者を引退した夫婦によって設立された「シュヴェールト家」
その第二子は、それはそれは美しい女の子だった。小さい頃から花のような笑顔を浮かべ、誰に対しても優しい子だった。
そんな彼女には冒険者としての才能に恵まれていた。きっと偉業を成し遂げられる素晴らしい冒険者になれると思われていた。
が、小さかった彼女はその話を拒否した。彼女は優しすぎるあまり、人類不倶戴天の敵である蛮族すらも自分と同じと思い、その命を奪うことを良しとしなかった。
これには両親も少しばかり頭を抱えることになった。才能を取り彼女の個性を捨てるか、才能を捨て彼女の個性を取るか。
両親は苦渋の決断で、娘の幸せを優先した。周囲からは子煩悩だの親バカだのと言われたが、彼らはそんなものを歯牙にもかけない。
平穏を得た日々の中で、こんなにも優しい子が要るのにわざわざ過酷な環境に送り出すのも酷な話だろう。

しかし、冒険者にならない年頃の娘を嫁に出さないという話もまた頭を悩ませた。
両親は「強い冒険者であること」「傲らず謙虚であること」「真摯であること」などの厳しい基準を設け、それに見合う花婿を探し始めた。
結果として3年はかかったが、ようやく見合う男が見つかり、娘に会わせた。

一目惚れだった。即落ちだった。

幾多の苦難を乗り越えた流石の両親も開いた口が塞がらなかった。
そんなこんなでトントン拍子の猛スピードで婚姻が結ばれ、晴れて夫婦となった二人はたいそう幸せだった。

しかし、幸せはいつまでも続かない。
ある奈落の調査に行った彼は、一切の音沙汰がなくなってしまった。

彼が死ぬはずがない。きっと生きている。
そう思っていた。
だが、嗚呼、現実とは非常なものだ。彼の特に親しい友人が、彼の死を伝えに来た。

彼女は、その日を境に壊れてしまった。
普段口にしない酒をよく飲むようになり、酒場へ入り浸ることが多くなった。
酒に溺れている間は、辛いことも忘れられるから。

そしてある日、「涙姫」という渾名で呼ばれていた彼女は、愚痴をこぼした男に介抱され、その日に大切な人のために守り続けてきた純潔を奪われた。
事情を聞いた両親が駆けつけていなかったなら、彼女はきっともっと壊れてしまっただろう。
母が彼女を見つけたとき、彼女は既に心身ともにボロボロで、只々泣くことしかできなかった。

しばらくして、黒い外套を纏い、フードを目深に被った長い銀髪の女が夜な夜な目撃されることになった。
曰く、何処からともなく現れては手頃な男を見繕い、宿へ連れ込んで翌朝に出てきてまた何処かへ去ってしまうそうだ。
巷では性欲を持て余すサキュバスのようだと囁かれ、要注意人物として警戒されていた。

その情報はシュヴェールト家にも入ってきており、心ここにあらずといった様子の娘に、特徴がひどく合致していた。
両親が問うと、彼女はわっと泣き出し、

あの夜に奪われた純潔が私に消えない快楽を残していった。その感覚が忘れられず、夜な夜な独り歩きしては男を食べることしかできない淫魔な女へと墜ちてしまった。こんな私はここに要る資格などない。

そう告白してなんども謝った。