物心ついたときには異種族ばかりの家族の中にいて、そこで生活をしていた。自分を産んだとも思えない接し方をする母親に、どこか余所余所しい妹。でも、それが普通で常識だと刷り込まれていたから、何も感じなかった。
自分が実験体であることを知ったのは、もう少し大人になってからだった。グラスランナーという生き物の生態を観察したいという強欲な研究者に、サンプルとして金で買われた。金の価値も研究の意味も理解できなかったが、少なくとも今までの生活も、家族もすべて偽者だということは理解した。

次に行われた実験は、それはもうひどいものだったと今でこそ思う。
マナを乱すグラスランナーの性質を理解するため、研究者たちはアスカの体にいくつもの魔法を打ち込んだ。属性問わず、呪いや毒も問わずに。抵抗できれば成功例、できなければ失敗例として処理された。傷がつけば手当てをされ、気絶すれば起こされる。アスカの意思は関係なく、ただただ惨い実験が繰り返された。
そのころには理解し始めた。
自分は物扱いされている。生き物の扱いもされていないのだと。あの偽者で空虚な家族の生活を恋しく思う日が来るなんて思っていなかった。

どれくらい経ったかもわからない。浅い傷なら放置されて、自然治癒するのを待つだけだった。そのために体中に傷跡がついたが、何も気にしない研究者たちはそれらを無視していた。
そんなときだった。
実験を始める合図にも似た足音。でも、そのときは少人数のあの足音ではなかった。もう少し多くて、そしていつもなら聞こえない話し声も聞こえてきた。何かが起きている、もしかして何か失敗してしまったのだろうか。お仕置き、罰、折檻。そんな恐怖がアスカの心を覆い尽くしたとき、その重たい鉄扉が開かれた。
今度こそ、殺されるだろうか。
そう思ったが、扉の向こうにいたのはいつもの研究者たちではなかった。知らない人、知らない種族、武器のような何か。自分を見て驚いているようだったが、それはアスカも同じであった。アスカの意識はそこで途切れていた。気絶したのか、眠らされたのかはわからないが、鮮明は記憶はない。

冒険者ギルドというものに預けられ、自分の境遇について聞かされた。悪い研究者に実験されてたが、そいつらはもう倒したから、大丈夫だと。
イマイチ実感はわかなかった。善悪の区別もよくわからない。常識も知らない。ただ、痛いことはされたくなくて、苦しいことももういらないだけ。それってどうやったら得られるんだろう。外の世界は、ああいう人たちで溢れているんだろうか。だとしたら怖くて、踏み出したくない。でも、冒険者たちのような優しい人もいるのだろうか。だとしたら、踏み出してみたい。
痛い思いや苦しい思いをするかもしれないけど。でも、そこで終わるならそれまでだろう。
だが、冒険者たちに背中を押されたこともあり、結局は外の世界を見ることを志した。当面の目標は、依頼をこなしていろんな人に感謝されること。優しい仲間に出会うこと。