かつて、「アマネ」という名の少女は、皆を照らす太陽だった。
　舞台で可憐に舞い踊り、幾人もの友を勇気づけた。自分が皆を幸せにできると思い込んでいた。
　だが、尊敬する父の死を以って、その希望の星は地に墜ちることとなった。

　変わっていく母と新しい父からの暴力の恐怖。そして……彼らから見捨てられたという絶望。
　助けた友も周りから居なくなり、孤独となった少女はどうしようもなく無力だった。
　そんな時、血の繋がらない弟に命を賭して護られ、その命を救われた。
　他人から護られたことなんて、これまでなかった。だからこそ、今度こそ本当に大切なものを失った気がした。
　その絶望は計り知れず―――病院の一室でただ自分の選択を後悔するしかなかった。

　数年後、少女の前に悪魔が現れた。「グレモリー」と名乗った悪魔は少女に、死んだ弟の魂はとある世界で閉じ込められており、今もなお自責の念に苦しめられていると語る。
　そして、「グレモリー」は少女に願いを聞いた。全てを代償にしてでも叶えたい願いはあるか、と。
　少女は口を開いた。「私はどうなっても構わない。レンくんが幸せになれるなら、どんなことだってする。」
　その答えを聞いた悪魔は妖艶に笑い、その願いを受け入れたのだった。

　母は女優で、父はギタリストだった。どちらも有名で、誰もは一度は聞いたことのある名前だったらしい。
　そんな二人から生まれた少年は、物心ついた頃から理解していたことがあった。
　母も父も、どうしようもなく弱い人間なのだ、と。

　少年はよく母と一緒に料理を作った。痣だらけの母は、自分とこの時間を過ごしているときだけ、全てを忘れられるから。
　少年は母の代わりに父から殴られることが多くなった。孤独な父の苦しみは、こんなものでしか癒せないと知りながら。
　子は親を選べないと言うが、少年の人生は親という存在のせいで崩壊していた。
　それでも、少年は足掻いた。少年の世界には、彼らしか存在していなかったのだから。
　だが、結果は失敗に終わった。母は死に、父の心は永遠に壊れた。
　
　暫くの時が経ち、母によく似た血の繋がらない姉が出来た。自分で何でも解決できると思い込んでいる、可哀想な人達だ。
　放っておけなくて、少年は一生懸命に姉のことを護った。同じことを繰り返さないために。
　それでもなお、結末は変えられなかった。死の寸前、少年は命を賭して姉を護った。
　自分はなぜ、これほどに無力なのか。
　たった一人の人間さえ、最期まで護ることができない。
　少年は走馬灯の世界で、ただ自身の無力を嘆き続ける。そんなとき、悪魔がやってきてこう告げた。
　「―――ようやく、願いを言ってくれたね。」

　かくして少年は、異世界にて姉を模した何かと共に、世界を歩く。
　今度こそ、彼女を最期まで護りぬくために。

「ほら、レンくん。一緒に行こう？」
「私ね、こうして皆でレンくんと居られるのが幸せなんだ。」

■性格
　妖艶な外見とは裏腹に、善良でお人好し。本人が語る異世界での常識がラクシアの常識と噛み合わない部分はあるが、他人の話をしっかりと聞く真面目な女性。
　弟を溺愛しすぎているのが玉に瑕だが、劣悪すぎる家庭環境からお互いに依存しなければ生活が出来なかった事情がある。他者に対して攻撃的である弟と比較すれば、他者とのコミュニケーションに支障が出るほどではなく、誰とでも仲良くなれるほう。

レンくんのお父さんは予想通りでした。
夜に帰ってきてはお酒を飲んでお母さんに暴力を振るい、家は日に日に滅茶苦茶になっていきました。
部屋に籠っていたら不思議と私には手を出すことはなかったんですが、物が壊れる音とお母さんの悲鳴を聞くのが嫌で、ずっと耳を塞いで布団にくるまっていました。
学校に行く気力もなくて……あの時は丸二日ぐらいはずっと籠りっきりだったかな。
さすがに何か食べないと死んじゃうと思って、日が沈む前にリビングまで出てきたときにレンくんと会ったんです。
レンくんを見ると、最後に会った日とは違う痣が出来ていました。でも、最初に会った時みたいに拒絶されたら嫌だなと思って、ちょっと距離を取って冷蔵庫を開けました。
冷蔵庫には案の定、殆ど何も入ってなくて。どうしようと途方に暮れていたら、レンくんが話しかけてきたんです。
「腹減ってるのか」って。その時、レンくんの声を初めて聞いたからびっくりしてしまって、凄く変な返事をしてしまったんです。
そしたら、手を引っ張って強引に私を荒れ放題のテーブルの所まで連れていって、なんと冷蔵庫にあった卵を使ってオムレツを作ってくれました。
それがすっごく美味しくて。私よりまだ全然小さい男の子なのに、こんな美味しい料理を作れるんだって感動しちゃって。
そしてなにより、殆ど喋ったことのない私の為にオムレツを作ってくれるぐらい、優しい子なんだって分かって。
あの時、なんで泣いちゃったんだろう。今でも恥ずかしいんですけど。
レンくんとこれから仲良くしていこうって決めたんです。

オムレツを作ってくれたお礼として、まず私が貯めていたお小遣いを使ってレンくんに上着とズボンをプレゼントしたんです。
ちょっと嫌な顔をされたけど、ボロボロなのよりいいでしょって押し切りました。
そこから色々とレンくんのお世話をするようになって、お風呂で髪を洗ってあげたり、擦り傷が酷くなってたから手当をしてあげたり……
最終的には、レンくんを私の部屋に匿うようになったんです。レンくんのお父さんは私の部屋には来なかったので。
念の為に鍵を掛けて、一緒に寝ればレンくんに新しい痣が出来ることはありませんでした。
ですが、食事についてはとても困ったことがありました。レンくんは殆ど給食しか食べておらず、私も昼食代の500円とお母さんが部屋の前に置いてくれる夕食だけです。
最初はレンくんと一緒に持って帰ってきた給食と一人分の夕食を分け合っていましたが、次第にお母さんが家にいることも少なくなり、夕食を作ってくれることは無くなってしまったんです。
私はレンくんと相談して、放課後に一緒にスーパーに行って昼食代の500円を使って食材を買い、レンくんが自炊をするようになりました。
そうなって初めて作ってくれたのがオムライスで、それがレンくんの居なくなってしまったお母さんの得意料理だったみたいで。
美味しいって褒めちぎったら、私が落ち込んでるときはいつも作ってくれるようになったんです。
貯金を使って足りなくなってしまった日用品を買い、やがてレンくんのお父さんも居なくなった家で二人で暮らすようになりました。

そうした生活が二年半ぐらい続きました。
とても辛くて苦しい日もあったけど、レンくんと二人だから乗り切ることができたと思います。
誰かに助けを求めることも考えましたが、レンくんと私は本当の姉弟ではありません。離婚となれば、離れ離れになってしまうかもしれない。
それはレンくんを見殺しにしてしまうようで、どうしても出来なかったんです。
ですが、同じ時間は永遠に続くわけはありません。中学の卒業が迫り、進路を決めなければいけなくなりました。
この頃は、家の電気や水道も止まり、友達の手を借りながら何とか過ごしていた時期でした。
高校進学なんて、出来る筈もありません。かといって、就職先があるわけでもありません。
その事で困っていたとき、偶然その話と今の私達の状況が長らく会っていなかった祖父母の耳に入ってしまいました。
非難の矛先は、もちろん私のお母さんとレンくんのお父さんです。
言い争いになり、私達は耳を塞ぎながら二人だけの部屋に籠りました。泣きじゃくる私をレンくんが慰めてくれて、その日は眠りにつきました。

―――その後のことは、よく覚えていません。
鍵を壊して誰かが部屋に入ってきて、私は咄嗟にお父さんの名前じゃなくてレンくんの名前を呼んだような気がします。
目が覚めた時、血塗れでレンくんのお父さんが倒れていて、レンくんが私を揺すっていました。

あの時は、きっと正常な判断が出来ていませんでした。
全てが終わったと思い込んで、絶望していました。

だから、私達は二人で死を選んだんです。